Rem-リム- 呪いと再生

雨木良

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最終章 真実と代償 第1節 同胞

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固まっていた本多は、近付いてくる竃山を見て我を取り戻し、壁側に避けて進路を譲った。

池畑は、竃山を写真で見たことはあったが、本人に会うのは初めてだった。白髪混じりの髪に、肌は少し色黒で、体格が良い竃山からは、写真で見た以上の威圧を感じた。

「…どうしてセンター長がこちらに?」

久保寺がやや緊張気味に聞いた。

「いや、なに大した話じゃない。昼間に警察署で起きた騒ぎの遺体が、ここに来ていると聞いて見に来ただけだ。そしたら久保寺先生が執刀できないという会話が聞こえてね。」

そう言うと竃山は、ゴム手袋を付けながら寝そべっている千代田の遺体の横に付き、丁寧に手を合わせた。

「久保寺先生、本多先生、フォローを頼むよ。」

竃山はメスを取り、首から胸にかけて切り込みをスーっと入れ、その後、淡々と解剖を進めていく。久保寺と本多は、その作業の鮮やかさに見いってしまった。

「先生たち、ぼーっとしない。書記して!」

竃山は手を止めることなく、指示を出した。

「あ、は、はい。」

慌てて本多が、黒板の前へ移動すると、竃山が淡々と読み上げる解剖結果を黒板に記入していった。

一通り言い終えると、竃山は手を止めた。

「ふぅ、まぁ見たところ変に争った様子はないね。……普通に考えたら自殺か。…刑事さん、現場は何か気になることはありましたか?」

竃山は池畑たちに目線を向けて聞いた。慌てて溝口が一歩前に出て手帳を見ながら答えた。

「はい。えーっと、飛び降りたのは屋上からで間違いはないようですが……転落防止の金網が壊れてまして。その金網がいつから壊れていたのかがまだ不明でして、千代田さんが、たまたま寄りかかった金網が壊れてそのまま勢いでっていう可能性もあるかと……つまり事故の可能性も。」

「なるほど。ただ、遺体の傷の状態からして、正面から落ちたことは間違いないですな。つまり、背中で寄り掛かった弾みに金網が壊れてそのまま落ちたとは考えづらいです。」

竃山が傷を指差しながら説明した。

「…正面から金網に寄り掛かって…たまたま壊れてそのまま勢いで…。そんな状況あるかしら…。」

久保寺のこの言葉に刑事4人も考え込んだが、明確な答えが思い浮かばなかった。

「………呪い?」

黒板の前で考え込んでいた本多がぼそりと呟いた。その呟きを聞き逃さなかった池畑が思い付いたように言った。

「そうか。正面から金網に寄り掛かるような行動を取るように呪いを掛けた、って可能性はあるな。先生、千代田の脳を診ていただけますか?」

「呪い?桐生とかいう殺人鬼で話題のですか?彼女は檻の中ですよ。まぁ、一応確認はしませんとね。警察の指針には従いますよ。」

竃山はそう言うと、久保寺を助手に頭蓋骨を開き、脳を露にさせ、該当箇所を確認した。一緒に覗き込んだ久保寺が該当箇所を指差しながら竃山に説明を始めた。

「この部分、多少熱を帯びた感じがしませんか?」

「ふむ、初めて見るな、こんな症例。これが呪いによる症状か…。」

久保寺は池畑たちも脳が見えるように招き入れ、説明を始めた。

「この部分、わかる?」

「あ、何か白くなってますね。」

鷲尾が言った。 

「そう、熱を帯び生焼け状態になった跡。ただ、呪いで直接的な死に追いやられた方々よりは熱の帯び方は非常に優しいわね。…呪いによる影響なのかは微妙なとこ。てか、数日前にも同じ状態のご遺体診たわ。…確か若い女性で、えーっと。」

久保寺はそう言うと、部屋の隅の書類棚を開け、過去の解剖歴を確認し始めた。

「あ、この人。…長尾智美さん。」

「え!?」

池畑と溝口は聞き覚えのある名前に久保寺に駆け寄り、資料を久保寺の手から取り上げ、目を通した。

「やっぱりあの長尾さんですね。」

溝口が池畑の目を見ながら言った。

「あぁ。久保寺先生、このご遺体は何故ここに?この人の解剖は前橋総合病院のはずでは。」

池畑は、以前犬童から貰った資料には、前橋総合病院の名前があり、解剖結果は刺し傷や争った時にできた傷痕以外に不審な点はなかったという記載だったことを思い出していた。

池畑の言葉に、久保寺は池畑たちから資料を取り上げると、資料を捲りながら記憶をたどり、思い出したように言った。

「前橋…あ、そうそう。前橋総合病院の解剖医がね、急に出来なくなって、こっちに回されてきたのよ。あ、確か竃山センター長のお知り合いから依頼があったんですよね?」

「あぁ、前橋のか。刑事さん、今久保寺先生が説明した通りです。前橋総合病院の先生が私の教え子でね。直接依頼されて…確か解剖結果を向こうにバックしたんじゃなかったかな、久保寺先生。」

「はい。私が書類を書いて前橋総合病院の先生宛に送りました。」

池畑は、前橋総合病院が単純に記入を誤っただけなのか考えた。ただ、脳の症状については一切記載が無かったことに疑問があり、何か裏があるような気もしていた。

「そうですか。後で群馬県警の知り合いに確認しておきます。」

「…それで、その脳の症状はどんな意味があるんすか?」

秋吉が久保寺に聞いた。

「うーん、呪いってものに詳しくないからわからないけど、熱エネルギーが弱いってこと以外は該当箇所は同じなのよねぇ。」

「…そっか。直接死に結び付かない命令だから…か。」

溝口がメモ帳をペラペラ開きながら呟いた。そして、確信すると池畑に向かって続けた。

「池畑さん、やっぱりそうですよ。直接命に関わる呪いは、対象者の自我と戦うことになって強い熱エネルギーが必要、つまり脳へのダメージも大きい。でも、長尾さんと千代田さんの場合は、その命令が直接死に繋がるものではなかった。」

池畑は、溝口の仮説を頷きながら聞いた。

「なるほどな。千代田の場合は、屋上から本人に飛び下ろさす命令だと死に直接結び付くが、金網に寄り掛かるだけの命令ってわけか。ましてや千代田は金網が壊れてることは知らないとなれば、まさか死に結び付つ行為とは判断されないかもな。…ただ、長尾さんの場合がわからんが…。」

「…いずれにしろ、今は明確な答えは出ないな。死因は飛び降りた際の衝撃による内臓破裂ってくらいだ。」

竃山はそう言うと、千代田に向かって手をゆっくり合わせ、何かをブツブツ呟くと開いた頭部を戻し始めた。

池畑たちも静かに手を合わせながら、竃山の縫合作業を見守っていた。

「…千代田さん…。」

つい数時間前までは生きていた同僚。仕事熱心な先輩。よく飲みに行っていた仲間。それが今は、変わり果てた姿で目の前に横たわり、開かれた頭を縫合されている。冷静に千代田の遺体を眺めたことで、悲しみという感情が一気に噴き出してきた溝口が涙を流した。

「…すまなかった…。守ってやれなくて…。」

溝口の涙に連れて、鷲尾も涙を流しながら頭をゆっくり下げた。

その横で池畑も静かに涙を流し、秋吉は魂が抜かれたような気力のない表情で、縫合されていく千代田を眺めていた。
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