Rem-リム- 呪いと再生

雨木良

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第5節 決断の瞬間(とき)

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10月24日(現在)

ー 北条出版社 ー

9時11分

眞鍋は昨夜の正人の決意を聞き、リムを利用できる日を朝一で確認し、正人へ電話を掛けてきていた。

「では、決行の日取りですが、明後日の26日土曜日はいかがでしょうか?場所は横浜駅でお会いしてお連れいたしますので。」

正人は、ポケットから手帳を取り出し予定を確認した。

「土曜日なら大丈夫です。時間は?」

「午前10時に南口でいかがでしょうか?」

「はい、承知しました。よろしくお願いします。」

正人は眞鍋の言葉をメモに取りながら言った。

「あ、そうだ。遺骨のほかに、以前奥様が着られていた服もお持ちください。衣服までは再生できませんので。では、当日に。」

眞鍋はそう言うと電話を切った。正人は電話を終えて、執務室に戻ろうと応接室を出ると、調度執務室方向から生駒が歩いてきていた。

「おぅ、正人。ちょっとこれ行かないか。」

生駒はタバコを吸うジェスチャーをして、正人を喫煙室に誘った。正人は、以前喫煙していたが、3ヶ月前程から禁煙中で、喫煙以降、一番長い期間の禁煙に成功していた。

しかし、長いこと迷惑をかけたこともあり、正人は生駒に誘われるがまま、喫煙室に一緒に入った。

喫煙室に入ると生駒は胸ポケットからタバコを取り出し火を付けて、深い一服をした。生駒は、ふーっと煙を吐き出し、正人を見た。

「あれ!?あ、まだ禁煙続いてたんかぁ。いやぁ、悪ぃ悪ぃ、てっきりまた吸い始めているかと思って。」

生駒は驚いた表情を見せた。

「…いいよ、そんな演技しなくて。」

生駒の演技はバレバレだった。正人は、生駒が嘘を付くときに瞬きの量が通常の3倍になる事を知っており、今まさにその仕草をしながら言葉を吐いている姿に気付いていた。 

「俺を誰もいない場所に誘いたかったんだろ?何だよ、用件は。」

生駒は観念し、もう一度タバコを吸うと、まだ残っている筈のタバコの火を灰皿で揉み消した。

「…何でもお見通しだな。…まだ、上には報告してないんだけどな、親父から極秘な情報手に入れてな。」

「警察から?お前の親父さん、相変わらずお前に協力的だな。てか、警察的にはアウトだろ。」

「まぁまぁ、それは置いといて。それでよ、俺たちが追ってた由比裁判長…死んだらしいぞ。」

「え?死んだ!?事故か?事件か?」

生駒の言葉に、正人は驚きを隠せなかった。

「それが警察的には自殺で片付けるようだ。まぁ、動機はいくらでも結び付けられるだろ。桐生朱美に非現実的な判決を言い渡したって、一部からは相当叩かれてるからな。でもよ…。」

喫煙室には二人しかいないはずだが、生駒は話の内容が内容だけに、ボリュームを落としながら話した。続けた正人も生駒のボリュームに合わせて答えた。

「あぁ、出来すぎだな。殺しだよ、多分。それこそ呪いによるものかもしれないな。自分がこの世に存在を認めてしまった、非現実的な方法で……皮肉だな。…次の記事にすんのか?」

生駒は首を横に振りながら答えた。

「いや、もうちょい様子見るよ。俺も殺しの線で記事書きたいんだ。それでよ、畑が相談した刑事に話できないか?」

正人は、またかと思いながらも、親友の頼みは無下には断れないなかった。

「…池畑さんか…わかったよ。次会ったときに話してみ…。」

ガラガラっとガラス張りの引き戸が開き、荒木が入ってきた。

「おっ、村上、禁煙は断念か?まぁ色々大変だったからな。あんまり無理すんなよ、仕事は生駒に任せときゃ大丈夫だからよ!」

「あ、荒木さん。ありがとうございます。」

正人と生駒は軽くお辞儀して喫煙室を出ようと引き戸を開けた。

「あっ、荒木さん。俺まだ禁煙続いてますから。」

正人はそう言いながら引き戸を閉めた。

「…じゃなんで喫煙室に…。」

荒木がタバコを吹かしながら呟いた。

ー 神奈川県警 署内 ー

11時50分

杉崎との面談を終えて、会議室を出た溝口は執務室に向かって歩き出した。

すると、廊下の角を曲がった所で後ろから急に右腕を捕まれ、そのまますぐ脇の喫煙室に連れ込まれた。

溝口の目の前には秋吉が立っていた。

「イッテェ!秋吉さん、何ですか乱暴に!」

喫煙室に乱暴に引き込まれた際に腕を何処かに強打した溝口は、痛い部分を押さえながら少し怒り気味に言った。

「お前たち何を企んでる?」

秋吉は、溝口の話は無視をして睨みながら質問した。

「…企み?何の話ですか?」

溝口は皆目検討が付かなかった。

「千代田の野郎はお前か池畑の差し金か?」

「千代田さん…?いや、何の話か全く…。」

溝口はそう言いながらも昨日、千代田の様子がおかしかったのは秋吉に関連したことかと思い浮かんだ。

「まぁいい。お前さっき、課長と面談してたろ?何のだ?」

「いや、普通に評価の話でしたが…。」

「馬鹿か。この時期に評価の面談なんかしねぇよ。…今日、池畑の奴、急に休みを取ったらしいな。昨日の午前中に話をしに来た北条出版の連中に何か言われたんだろ?…気をつけろよ、課長はお前たちに目を付けてるぞ。桐生朱美の件にはもう何も触れるな。」

秋吉の真剣な眼差しに溝口は少し恐怖を感じた。

「…か、課長は何を企んでるんですか?」

「課長も組織の上の連中に言われてるんだろうが、桐生朱美の件はこれ以上深入りするな。二度と言わないぞ。千代田と池畑にも良く言っておけ。」

秋吉はそう言うと喫煙室を出ようとした。

「待ってください!何かを隠してるってことですよね、それって。」

溝口は、少し震えた声で秋吉を呼び止めた。秋吉は扉のノブを掴んだ手を離し、溝口に振り返った。

「…桐生朱美の判決を言い渡した由比裁判長が死んだ。間違いなく殺しだ。だが、警察は自殺で片付けるつもりだとよ。お前たちも同じ目に合うぞ。」

「由比裁判長が!?……警察は…クソですね。俺や池畑さんは真実のため、自分のために権力には屈しませんよ!」

溝口は驚きよりも警察の失態に腹が立ち、恐怖よりも怒りが増した結果、自分の考えをストレートに秋吉にぶつけた。

「ふん、真実か。…真実を知って何になる?知らない方が幸せな真実もある。」

一度ボルテージが上がった溝口は、興奮気味になり、いつもは言えないような本音を秋吉に突き付けた。

「知らない方が幸せ…それを判断するのは、真実を知ってから本人が決めることですよ。誰にでも真実を知る権利があります!僕は警察として当たり前に真実を突き止めるだけですから!」

「ふん、好きにしろ。…一応同僚としては忠告したからな。」

秋吉はそう言うと喫煙室から出ていった。秋吉は喫煙室のドアを閉めると溝口には聞こえない声で呟いた。

「…馬鹿が。」
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