Rem-リム- 呪いと再生

雨木良

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第2章 救いの発明 第1節 震える心

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「あ、いましたよ、生駒さん。」

「目の前にいるんだからわかるわ、バカ。」

エレベーターが開いたと同時にコントが始まり、正人は思わず微笑んでしまった。生駒と畑はエレベーターを降りた。

山本、三戸、生駒、畑の四人は受付等の手伝いが終わった後も色々気遣ってくれ、この時間まで残っていてくれているようだった。

「今日は長時間ありがとうな。こんな時間まで申し訳ない。」

正人は二人に一礼した。 

「どうってことないって。色々大変だったな。畑に聞いたが、南雲さんも亡くなったみたいじゃないか。」

「あ、そうか。生駒は一回会ってるんだったな。うん、彼女も急にだよ。」

「そうか…色々辛いだろうけど、とりあえず一杯飲ませたいと思って迎えに来たんだ。下に行こうぜ。」

「ありがとう。調度行こうと思ってたんだよ。」

エレベーターの扉は閉まっていたが、三階に止まったままだったので、ボタンを押すと、すぐに扉が開いた。

畑は、エレベーターに乗り一階のボタンを押しながら正人に聞いた。

「そう言えば、さっき警察が来てましたよ、池なんとかさん。」

「あぁ、畑たちが来る前に上で会ったよ。千里の件で色々世話になった。由実の件でも色々世話になるし。」

「あれ、南雲さんって自殺って聞いたが…」

先日に警察は呪いによる犠牲者の脳には特定の症状が出ることを公表したが、南雲由実にその症状が出たということは、まだ伏せているようだった。理由は定かではないが、呪いで人を殺せる人物が桐生朱美以外にもいるということを世間に公表したくなかったのか、はたまた南雲由実を殺したのが桐生朱美であった場合は、身柄を拘束しときながら、警察は何をやってるんだと非難の餌食になることを避けたいのか、何れにしろ公表できない理由があるんだろうと正人は思っていた。

池畑が、自分に由実の事件も担当になったことを告げたのは、やはり警察的にはアウトな発言なんだろうとわかっており、誰にも口外しないと思っていたが、つい口が滑ってしまったのだ。正人は、“しまった!”と思ったが、こいつらなら話しても大丈夫だろうと思った。

「それがな…南雲由実の解剖で、脳にこの前警察が発表した症状が出たんだ。」

「…え?南雲さんは誰かに呪い殺されたってことか?」

生駒は表情を凍らせた。それもその筈だ。先日は畑が取材した長尾智美が自分の母親に殺された事件もあり、この数日で身の回りの人物がどんどん死んでおり、その内二人が殺人だ。生駒はこの状況は普通じゃないと考え、そして普通じゃないとすれば、その結論は呪いじゃないかと恐怖を抱いていた。

エレベーターが一階に着き、三人は通夜振舞いの部屋に向かった。 

「二人とも、南雲由実が呪いによる殺人ってのは、まだ警察は公表してないから、くれぐれも口外はしないでくれ。池畑刑事は俺を信用して話してくれたんだと思うから。」

二人は頷いた。

部屋に入るなり、山本と三戸のテーブルに行き、しばらく仕事の話や励ましの言葉をもらい、正人は良い人たちに囲まれて、自分は幸せなんだと実感した。

お開きとなり、帰り支度をする山本たちの中、畑が村上を手招きで呼び、山本たちに見つからないように、会場の外に出た。

「どうしたんだ、畑。」

「…あの、さっきの池畑刑事さんは良い人ですか?」

正人は畑の質問の意図がわからず首を傾げたが、とりあえず自分の印象を語ることにした。

「あぁ、そりゃいい人だ。とても正義感も強く、理想の警察だな。」

「そうですか。…村上さんから池畑刑事に繋いでほしいことがあるんですが。…実は、先日前橋で起こった殺人事件なんですが、ニュース見ました?」

「あ、あの母親に殺された事件か!」

「はい。実はその殺された女の子が、呪い経験者へのインタビューで協力してくれた子なんです。」

「…嘘だろ。なんか、周りで事件起きすぎじゃないか。」

「それで、一回池畑刑事に相談したいことがありまして。」

正人は、何か上手くは言えないが、悪い予感がして、畑の言うとおり池畑に相談すべき話だと感じた。

「わかったよ。今日は時間も時間だから、明日にでも池畑さんに連絡取ってみる。向こうから返事貰ったらすぐに畑に連絡するよ。」

畑は礼を言うと、すぐに山本たちのとこに戻った。皆が荷物を持って会場から出てくると、会場の外で待っていた正人は一礼した。

「遅くまでありがとうございました。」

山本は、頭を下げている正人の肩を優しく叩いた。

「君こそお疲れ様だったな。でも、無理はするなよ、こういう時に助け合うべく、仲間がいるんだからな。…明日は私と稗田班長で行くからな。」

「編集長、連日すみません。よろしくお願いいたします。」

「正人は今日は帰らないのか?」

生駒が聞いた。

「千里の線香を明日まで絶やさないようにしないといけないんだ。今日は皆で交代しながらここで仮眠をとるよ。まだ、しばらく休み貰っちゃうけど、仕事よろしく頼む。」

「そうか、俺そういうの全然わかんないからよ、やっぱり色々大変なんだな。勿論仕事の事は気にすんな。まぁ、復帰したら飯を一週間ほど奢ってもらいますか。ね、班長。」

「一番大変なときに、バカな話やめろ。村上、気持ちだけは保てよ。なんかあったら、俺でも生駒でも連絡くれ。勿論身体も無理しないようにな。」

三戸は生駒を軽く小突いた。

「はい、ありがとうございます。」

正人は深く頭を下げた。三戸が正人の頭を優しく撫で、「じゃあまたな」と皆帰って行った。

「ふぅぅ。」

皆を見送り一段落した正人は、千里のいる部屋に向かった。さっきの通夜式の会場とは別の部屋に位牌や棺が移されており、部屋に入ると千里の妹の紗希が線香の見張りをしていた。

「あ、お義兄さんお疲れ様。」

「紗希ちゃんは今日はホテルに帰らないのかい?」

「もう少ししたら。」

正人の目には、紗希が物凄く元気がないように感じた。それは姉の葬式だから当たり前と言われればそうなのだが、なんか違う要因もあるように感じた。

「紗希ちゃん、変なこと聞くけど何かあった?何かこう元気がないというか、まぁ当たり前なんだけど、その…」

「…え?わかりますか。…実は友達も急に亡くなっちゃって…この前、前橋で女の子が母親に殺される事件があったじゃないですか。あれ、友達だったんです。前に呪いに詳しい子がいるって言ったのがその子で。」

正人は目を丸くした。

「えっ、そうなの!?でも、結構歳離れてるよね?」

「確か6歳くらい上なんですけど、好きなアーティストのライブで知り合って、結構仲良くしてて、連絡もよく取ってたんです。」

正人は正直世間の狭さには驚いた。

「そうなんだ。…こんな短期間に身近な人が二人も亡くなって、相当辛いだろ。もうここは俺が代わるから、ホテルで休んでよ。」

正人がそう言うと、紗希は「ありがとう。」と言って部屋を出た。

「…千里、俺たちの周りでは一体何が起こってるんだ。」

正人は棺に向かって呟いた。

正人は立ちあがり棺の扉を開き、千里の髪を撫でた。明日には千里は骨や灰になってしまう。千里の顔が見れるのが、肌に触れられるのが残り数時間だとは信じたくなかった。正人は何を話しかけるでもなく、優しく髪を撫でながら、千里の顔を眺めていた。
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