最期の時間(とき)

雨木良

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榊 祐太郎 16

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二日後、祐太郎は一時退院する日を迎えた。

病室には、母親のゆかりと妹の加奈子が来ていた。

「でも良かったよ、お兄ちゃん退院できるくらいまで回復してさ。」

加奈子が祐太郎の荷物を鞄に詰めながら言った。

「悪かったな、加奈子も仕事休んでくれたんだろ?」

「いいのよ、倒れて入院した日に来れなかったんだから、そのお詫び。あ、そうだ、車に袋忘れてきちゃった!ちょっと取りに行ってくるね。」

加奈子はそう言って病室を出ていった。

二人きりになると、ゆかりがパイプ椅子に腰掛けて、荷物を整理している祐太郎に話し掛けた。

「祐太郎、紗希ちゃんとはどうなの?」

「…どうって?」

「…あなたが倒れた時から、紗希ちゃんの様子が少し変わったような気がして。…連絡は取ってるの?」

祐太郎はその場で固まった。

確かに、以前よりメッセージをやり取りする回数が減っており、その返事もシンプルで何処か素っ気ないものばかりになっていた。

「…別に前と変わらず連絡取ってるけど…。」

祐太郎はゆかりに振り向いて答えた。

「…あなた嘘ついてるでしょ!?」

「…な、何だよそれ。」

「何年あなたの母親やってると思ってるのよ。あなたが嘘つくときの癖くらい分かってます。」

「く、癖って?」

祐太郎は分かりやすく動揺していた。

「…内緒よ。それよりもどうして?…もしかして、母さんが原因?」

ゆかりは、祐太郎が倒れた時に取り乱し、片野医師や紗希に失礼な言動をしたことをずっと後悔していた。

あの後、片野医師や紗希をはじめ、その場にいた面々にはお詫びをして、紗希もゆかりの気持ちは理解できると、私も止めるべきだったと逆に謝られてしまっていた。

その後も顔を合わせてはいたが、紗希の様子が以前と違うような気がして、自分のせいで紗希が祐太郎から離れていってしまったら、どう責任を取ればよいのかと悩んでいたのだ。

潤んだ瞳で問い掛けてくるゆかりに対し、祐太郎は首を横に振った。

「まさか、母さんのせいなわけないよ。悪いのは僕だよ。」

「何かあったの?」

「僕が倒れたから…。紗希に不安な思いをさせたから、現実を見て色々思うことがあるんだと思うよ。」

「…祐太郎…。」

「でも、僕は紗希と結婚したいと思ってるんだ。北海道でプロポーズしたけど、これからもう一度プロポーズしてみようかと思ってて。…結婚してください!ってさ。」

「こちらこそ、結婚してください!」

急に病室の入口から声がして二人が振り向くと、紗希が肩を震わせながら立っていた。

「…紗希。え?今日仕事で来れないって…。」

驚いている祐太郎に、紗希は駆け寄って抱き付いた。

「生駒さんが、仕事は俺に任せてゆうちゃんのとこに行けって、言ってくれたの。」

「…タケのやつ。」

「それよりさ、さっきのプロポーズは本気よね?」

紗希が耳元で囁いた。祐太郎は、紗希の背中に手を回し、ギュッと抱き締めながら答えた。

「あぁ。僕と結婚してください。」

「…うぅ…勿論よ。ずっとずっとずっとずーっとゆうちゃんと一緒にいるから。」

紗希は祐太郎の肩を濡らしながら答えた。

ドサッ! 
車から戻ってきた加奈子が、病室の光景を見て驚き、手に持っていた荷物を落とした。

それを見たゆかりが、涙を拭いながら加奈子に駆け寄り、二人はそのまま病室から出て扉を閉めた。

二人きりになった病室。

「ゆうちゃん、愛してる。」

「僕も、愛してるよ。」

祐太郎は紗希にそっと顔を近付け唇を重ねた。


二時間後。

会社では生駒が上機嫌で、鼻歌を唄いながら仕事をしていた。

「生駒くん、随分機嫌が良いじゃないか。新規の大口でも取ったのかい?」

偶々前を通り掛かった山本が気が付いて問い掛けた。

「あ、課長。すみません、仕事の話じゃないんすよ。これですよ、これ。」

生駒はそう言って、自分のスマホの画面を山本に見せた。

それは紗希とのメッセージアプリの画面だった。山本はスマホを手に取り、表示されている紗希からのメッセージを読み上げた。

「“生駒さんのおかげで、ゆうちゃんと結婚することになりました。本当にありがとうございました。”…これって…。」

「えぇ、あの二人がゴールインってことです!」

満面の笑みで答える生駒。

「そりゃめでたい話だ。…だが…。」

山本は浮かない表情を浮かべた。

「…幸せは長く一緒にいることが全てじゃないっすよ。」

山本の考えを読んだ生駒が言った。

「あの二人はそれは覚悟してますよ。でも、この結果を選んだ。俺は本当に凄いことだと思うし、めでたい話で俺自身も嬉しいですよ。」

生駒の言葉に、山本も頷いた。

「で、課長!俺からお願い事がありまして…。」

「お願い事?」



その日の夜。

「…緊張するな。」

「ゆうちゃんなら大丈夫よ。」

祐太郎と紗希は、紗希の実家の前に来ていた。紗希との結婚について承諾を貰うため、アポを取って来たのだ。

ガチャ。
玄関の扉が開いた。紗希の母親の一恵(かずえ)が姿を現した。

「あなたたち、いつまで外にいるの?入りなさい。」

「あ、母さん。」

「祐太郎さん、いらっしゃい。どうぞ。」

一恵が笑顔で出迎えた。祐太郎はペコリと頭を下げた。

二人は一恵の誘導でリビングに入ると、父親の孝夫(たかお)が先にソファに腰掛けていた。

祐太郎は面識はあるが、事が事だけにとても緊張していた。

「おとうさん、夜分にすみません。お久しぶりです。」

「おう、祐太郎くん。紗希から病気の話は聞いた。今まで見舞いにも行けずにすまなかった。というのも、紗希から君の病気のことを聞いたのは三日前なんだ。」

二人は対面のソファに腰掛け、一恵は孝夫の隣に座った。

「いえ、とんでもないです。病気の話は全てお聞きですか?」

孝夫と一恵は一度目を見合せ、再び祐太郎の顔を見ながら頷いた。

「そうですか。今日、お時間をいただいたのは…。」
「紗希は君にはやれない。」

祐太郎が本件を話す前に、孝夫が割り込んだ。祐太郎と紗希はその場で固まった。

「あなた!」

「お前は黙ってろ。…祐太郎くん。君の気持ちには感謝している。それに君は人間としてとても出来てる人だ、申し分ない。…だが…、やはり余命がない人間に娘はやれない。…別に籍を入れる必要はないだろ?」

申し訳なさそうにも、淡々と話す孝夫。祐太郎は何も反論することなく、孝夫の話をじっと聞いていた。
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