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2話 猫娘、思い出せない

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「本当に…何がどうしてこうなった…」

彼女は前世で交通事故により命を落とした筈だった。

それが目覚めてみればルァナという名前の猫娘の姿になっており初めて遭遇したメイドに"ルァナお嬢様"と呼ばれ近年日本の小説や漫画で人気が高いジャンル"異世界転生"の主人公に自身がなってしまったのだと気が付いた。

ー夢…じゃないのかな…。明らかに人間じゃない姿で転生とか…。

今世の彼女は獣人族なのか頭には白い猫耳、尾てい骨あたりには長毛猫のような立派な白い尻尾まで生えている。

彼女は今世の自分の詳細どころか転生先の世界のことが未だ把握できていなかった。

ーそうだ!異世界転生ならそろそろ今世の自分の記憶が蘇るはず!

異世界転生系列の小説であれば主人公に転生先の人物のこれまでの人生の記憶が蘇る筈と彼女はルァナとしての記憶を思い出そうとするがルァナの記憶が何一つ思い浮かびすらしない。

「テンプレが働かないだと…?」

異世界転生定番のテンプレ設定が発動せず表情筋が硬く常時無表情の彼女でさえ動揺が隠しきれない。

先ほど部屋に入ってきたメイドは今世の自分ルァナのことを知っているようだったがメイドは目を覚ました彼女を見て"旦那様"とやらに報告へ行ってしまった。

それより目覚めたルァナじぶんを見た時、相手は喜ぶどころか恐ろしいものを見たかのような反応だったのが気になった。

ーもしかしてルァナは悪役令嬢か何かだったのかな?

ルァナという人物は乙女ゲームに登場する悪役令嬢並みに性格が悪くこの屋敷ではメイドなどの使用人から恐れられているのだろうかと彼女は推測するしかなかった。

ダダダダダダッ

部屋の外あたりから何者かが走ってくる音が聞こえた。
だが、その音は先程のメイドが戻って来たにしては少しばかり重い気がする…。

「ルァナ!!」

少し長めの金髪とルァナより赤みが強い金眼、エルフ程ではない長耳、貴族らしい格好、整ってはいるが寡黙が似合いそうな人相をした外形30代後半に見える男性が慌てた様子で部屋に入ってきた。

恐らくこの男が先程のメイドが言っていた"旦那様"なのだろう。

男は彼女のいるベッドに駆け寄ると両手で彼女の頬に触れた。

「あぁ…ルァナ…、お前が私の元に戻ってきただけでなくちゃんと目を覚ましてくれて本当に…本当に良かった…」

ルァナは何かの事件か事故に巻き込まれて先程まで意識不明の重体だったのだろうか?

男はルァナと近しい関係であるようで先程のメイドと違い彼女が目を覚ましたことを泣きながら喜んでいた。

「だれですか…?」

しかし、今の彼女は肉体はルァナでも意識は玉木千春。

ルァナとしての記憶が無い今の彼女にとってこの男とは初対面同然なのだ。

「私のことが分からないのか…?」

「あの…わたし…、貴方のことだけじゃなくて自分のことも分からならなくて…」

彼女に記憶が無いと知った男は絶句した表情になった。

「まさか記憶が…無いのか…?カリィ、ドクターを呼んで来てくれ」

「か、かしこまりました…」

男は部屋の外に控えていた先程のメイド、カリィにドクターを呼んでくるよう命じカリィはまた小走りでどこかへ行ってしまった。


「私は名門上位魔族ソーティア家当主のレイド・ソーティア。そしてお前の父親だ…」

ルァナの記憶がない彼女にこの男、レイド・ソーティアは名門上位魔族ソーティア家の現当主でありルァナの実父であると彼女に名乗った。

「ちち…お…や…?」

レイドがルァナの実父だと知ると先程ルァナとしての記憶を思い出そうとした時には何事もなかったというのに一瞬、今世の記憶のようなものが見えた気がしたが同時に強烈な目眩と頭痛に襲われた。

その目眩と頭痛はまるでレイドもしくはルァナ自身が記憶を思い出すことを拒絶しているかのように…。

「ルァナ!!大丈夫か!?」

レイドは強烈な目眩と頭痛で大きくよろけた彼女の体を抱きとめた。

少し間を置くと目眩と頭痛は多少落ち着いたが彼女の呼吸は苦しげだ。

「記憶を思い出すことがそれほど辛いのなら以前の記憶なんか無くて良い。私はルァナが目を覚ましてくれただけでも充分なんだ…。」

彼女の頭と背を優しく撫でながらレイドは優しい声で言った。

彼女の体はルァナでも持っている記憶は玉木千春だ。

それでも千春だった時代、血の繋がった親類でさえ優しく声をかけてくれるどころか抱きしめてくれた者はいなかったので彼女は慣れぬ待遇ゆえに戸惑っていたが同時に嬉しかった…。

しかし、本来レイドから無償の愛情を注がれるべき相手は千春としての彼女ではなくルァナとしての彼女なのだ。

愛情だけでなく彼の娘だからこそ得ることが出来る恩恵も全て千春としての彼女が根こそぎ奪っているような罪悪感を感じ始めていた彼女は『わたしはルァナじゃない』と、レイドに言い出せなかった…。

彼女はレイドに撫でられているのが余程心地よかったようでそのまま夢の世界に落ちていった。


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