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本編
28話 新しい職場
しおりを挟むマリアナから、この国で聖女専属の料理人になって欲しいと、お願いをされた後、リリゼットは城の敷地内にある建物に案内された。
この建物は、4つあった離宮のうち1つを改装したもので、マリアナは日々この場所で生活品の試作や研究をしたり、作ったものを貴族階級だけでなく庶民達にも広まるようにと、職人や商人達と打ち合わせをするのに使用しているのだという。
いわば、転生者のためだけに作られた工房といっても過言ではない。
このマリアナ専用の工房にある厨房が、リリゼットの新たな職場となる。
「本日は私も同席させて頂きます。異世界式のパンがどのように作られるのかとても楽しみです!」
工房に入ると、リリゼットが前世の記憶を頼りにパンを作ると聞き、見学を申し出たのかヤゴスが工房に来ていた。
リリゼットが工房内にある厨房に案内され、厨房を確認すると、離宮を改装したものというだけあって、ダンカム家のものより少し広く、マリアナがこれまで製作に関わった最新の調理用の魔道具や器具が揃っていた。
そして、調理台の上には、以前にもマリアナがどうしても食べたかった食パンをこの厨房で再現しようとしたときに使用したと思われる、パウンド型より大きいパン型が用意されていた。
「そういえば、以前にも食パンを再現しようとした時ってどんな風だったの?」
「この城でパン職人をしている人にお願いしたんだけど…、どうやってもいつもの酸味がある固いパンになっちゃうの…」
マリアナがパン作りを依頼したパン職人も粉の種類や水分量を変えたりなどして頑張っても、食感と味もイマイチなものに仕上がってしまうのだという。
「この世界のパンってどんな酵母菌を使ってるの?」
リリゼットは今まで、この世界のパン職人との繋がりもなければ、図書館などでパンの作り方が書かれた本を見つけたことも無かった。
この世界のパンがどのように作られているのかを一切知らなかったリリゼットは、マリアナに質問した。
「え?パンって粉に水とか塩とか入れればできるんじゃ無いの?」
「いやいやいや、イーストとか酵母菌とか入れないとパンは膨らまないでしょ!?」
パンの食感を柔らかくするには酵母菌が必要不可欠なのだ。
前世でいうパン作りに便利なドライイーストは無くとも、ドライフルーツ等で作った酵母液に小麦粉を混ぜて発酵させた発酵種くらいはあるだろうと、リリゼットは思っていたのだが…。
「え?何回かパンを作ってるところを見せてもらったけど、材料はこれだけだったよ?」
アリシアによると、本当にこの世界のパンはこのシンプルな材料で生地を作り、生地が膨らむまで暖かい場所で発酵させたものを焼いているのだという…。
「思いのほかこの世界のパンの製法って古代のパンに近いのね…」
前世で読んだパンの歴史によると、古代のパンは、はじめは小麦と他の穀物を粉にして水と練ったものを平焼きしたものだったが、その余った生地を暑い気温の中で放置したことで、穀物類が発酵したことで酵母菌が発生して、それを焼いたら柔らかくて美味しかったことからパンの製法が発展し様々な種類のパンが生まれたと、書いてあった記憶がある。
この世界のパンはそれに近い形で発展が止まってしまったようだ…。
どうやら、食パン作りは天然酵母を起こすところから始めなければならないらしい。
「パン生地を膨らませる為の酵母を作らなきゃね…。定番の干し葡萄の他に、早く作れるようにヨーグルトを使おうかしらね」
「何日くらいでフワフワのパンが食べられるの?」
期待に満ち、キラキラと輝かせた目で、リリゼットを見つめながらマリアナが言った。
「小麦粉とヨーグルトを混ぜて作る手抜きの物でも、5日くらいかしらね」
「え、5日も待たなきゃいけないの!?」
「味噌や醤油の発酵期間と比べたら短いでしょ…」
醤油や味噌といった、長い期間発酵させて作られる発酵食品より、パンに使う天然酵母の方が作り方も簡単な上に発酵期間が短く済むのだが、たった5日でも待ちきれないようだ。
「じゃあ、天然酵母作りが終わったら作れそうなものに限るけどマリーのリクエスト聞いてあげるから、そんな顔しないで」
リリゼットの前世、綾奈だった時代、友人つくりが今世以上に苦手で、友人らしい人物は美香しかいなかったのもあり、彼女に対して少し甘やかし気味であったが、転生した今でもそれは変わらなかった。
「最近のクリスティアの貴族の間でレセッサの香辛料が流行ってるから、リリィが作るカレーが食べたい!」
レセッサとは、リリゼットとマリアナの前世で生きていた世界でいうインドのような熱帯の国だ。
本場レセッサの料理人が作る料理は辛く、香りが強すぎるし、こちらの貴族向けの料理人が作るものは贅沢に量を使い過ぎて食べれたものでは無いと、味覚と嗅覚が日本人と大差無いマリアナには耐えられなかったのだという。
「カレーなら、これに使われる香辛料をダンカム家でも取り扱い始めてて、スープに少し入れて作ったりしてるから出来るかも…」
ダンカム家は、美容と薬用効果があるハーブや花、それらを使用した製品の取り扱い専門の商家なのだが、リリゼットとダンカム夫人が料理好きということもあり、レセッサの香辛料も種類は少ないが取り扱い始めている。
レセッサの独特な風味を持つ香辛料が売れるよう、それぞれの香辛料にあった料理の試作をリリゼットは行なっていたのだが、カレーはまだ弟のグレンでも食べやすいよう、辛くないカレー風味のスープしか作っていなかった。
「肉類と魚は冷蔵庫に入ってるわ。野菜や乾物とか保存してる部屋に案内するね」
カレーに使う材料を確認する為、マリアナが食材を保存している部屋にリリゼットを案内する。
こうしてリリゼットの初出勤初日に、マリアナが所望するパンの酵母とカレー作成というダブルミッションが決定したのだった。
あとがき
ちょくちょくメモ機能に書き溜め、納得いく文字数に達したので、恐ろしいほど久しぶりの投稿です…。
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