上 下
36 / 36
本編

28話 新しい職場

しおりを挟む



マリアナから、この国で聖女マリアナ専属の料理人になって欲しいと、お願いをされた後、リリゼットは城の敷地内にある建物に案内された。

この建物は、4つあった離宮のうち1つを改装したもので、マリアナは日々この場所で生活品の試作や研究をしたり、作ったものを貴族階級だけでなく庶民達にも広まるようにと、職人や商人達と打ち合わせをするのに使用しているのだという。

いわば、転生者マリアナのためだけに作られた工房といっても過言ではない。

このマリアナ専用の工房にある厨房が、リリゼットの新たな職場となる。

「本日は私も同席させて頂きます。異世界式のパンがどのように作られるのかとても楽しみです!」

工房に入ると、リリゼットが前世の記憶を頼りにパンを作ると聞き、見学を申し出たのかヤゴスが工房に来ていた。

リリゼットが工房内にある厨房に案内され、厨房を確認すると、離宮を改装したものというだけあって、ダンカム家のものより少し広く、マリアナがこれまで製作に関わった最新の調理用の魔道具や器具が揃っていた。


そして、調理台の上には、以前にもマリアナがどうしても食べたかった食パンをこの厨房で再現しようとしたときに使用したと思われる、パウンド型より大きいパン型が用意されていた。

「そういえば、以前にも食パンを再現しようとした時ってどんな風だったの?」

「この城でパン職人をしている人にお願いしたんだけど…、どうやってもいつもの酸味がある固いパンになっちゃうの…」

マリアナがパン作りを依頼したパン職人も粉の種類や水分量を変えたりなどして頑張っても、食感と味もイマイチなものに仕上がってしまうのだという。

「この世界のパンってどんな酵母菌を使ってるの?」

リリゼットは今まで、この世界のパン職人との繋がりもなければ、図書館などでパンの作り方が書かれた本を見つけたことも無かった。

この世界のパンがどのように作られているのかを一切知らなかったリリゼットは、マリアナに質問した。

「え?パンって粉に水とか塩とか入れればできるんじゃ無いの?」

「いやいやいや、イーストとか酵母菌とか入れないとパンは膨らまないでしょ!?」

パンの食感を柔らかくするには酵母菌が必要不可欠なのだ。

前世でいうパン作りに便利なドライイーストは無くとも、ドライフルーツ等で作った酵母液に小麦粉を混ぜて発酵させた発酵種くらいはあるだろうと、リリゼットは思っていたのだが…。

「え?何回かパンを作ってるところを見せてもらったけど、材料はこれだけだったよ?」

アリシアによると、本当にこの世界のパンはこのシンプルな材料で生地を作り、生地が膨らむまで暖かい場所で発酵させたものを焼いているのだという…。

「思いのほかこの世界のパンの製法って古代のパンに近いのね…」

前世で読んだパンの歴史によると、古代のパンは、はじめは小麦と他の穀物を粉にして水と練ったものを平焼きしたものだったが、その余った生地を暑い気温の中で放置したことで、穀物類が発酵したことで酵母菌が発生して、それを焼いたら柔らかくて美味しかったことからパンの製法が発展し様々な種類のパンが生まれたと、書いてあった記憶がある。

この世界のパンはそれに近い形で発展が止まってしまったようだ…。

どうやら、食パン作りは天然酵母を起こすところから始めなければならないらしい。

「パン生地を膨らませる為の酵母を作らなきゃね…。定番の干し葡萄の他に、早く作れるようにヨーグルトを使おうかしらね」

「何日くらいでフワフワのパンが食べられるの?」

期待に満ち、キラキラと輝かせた目で、リリゼットを見つめながらマリアナが言った。

「小麦粉とヨーグルトを混ぜて作る手抜きの物でも、5日くらいかしらね」

「え、5日も待たなきゃいけないの!?」

「味噌や醤油の発酵期間と比べたら短いでしょ…」

醤油や味噌といった、長い期間発酵させて作られる発酵食品より、パンに使う天然酵母の方が作り方も簡単な上に発酵期間が短く済むのだが、たった5日でも待ちきれないようだ。

「じゃあ、天然酵母作りが終わったら作れそうなものに限るけどマリーのリクエスト聞いてあげるから、そんな顔しないで」

リリゼットの前世、綾奈だった時代、友人つくりが今世以上に苦手で、友人らしい人物は美香マリアナしかいなかったのもあり、彼女に対して少し甘やかし気味であったが、転生した今でもそれは変わらなかった。

「最近のクリスティアの貴族の間でレセッサの香辛料が流行ってるから、リリィが作るカレーが食べたい!」

レセッサとは、リリゼットとマリアナの前世で生きていた世界でいうインドのような熱帯の国だ。

本場レセッサの料理人が作る料理は辛く、香りが強すぎるし、こちらの貴族向けの料理人が作るものは贅沢に量を使い過ぎて食べれたものでは無いと、味覚と嗅覚が日本人と大差無いマリアナには耐えられなかったのだという。

「カレーなら、これに使われる香辛料をダンカム家でも取り扱い始めてて、スープに少し入れて作ったりしてるから出来るかも…」

ダンカム家は、美容と薬用効果があるハーブや花、それらを使用した製品の取り扱い専門の商家なのだが、リリゼットとダンカム夫人が料理好きということもあり、レセッサの香辛料も種類は少ないが取り扱い始めている。

レセッサの独特な風味を持つ香辛料が売れるよう、それぞれの香辛料にあった料理の試作をリリゼットは行なっていたのだが、カレーはまだ弟のグレンでも食べやすいよう、辛くないカレー風味のスープしか作っていなかった。

「肉類と魚は冷蔵庫に入ってるわ。野菜や乾物とか保存してる部屋に案内するね」

カレーに使う材料を確認する為、マリアナが食材を保存している部屋にリリゼットを案内する。

こうしてリリゼットの初出勤初日に、マリアナが所望するパンの酵母とカレー作成というダブルミッションが決定したのだった。




あとがき

ちょくちょくメモ機能に書き溜め、納得いく文字数に達したので、恐ろしいほど久しぶりの投稿です…。

しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(39件)

ひつじ
2021.09.07 ひつじ

久しぶりの更新に感動です‼️
おかえりなさいです(* ´ ▽ ` *)

雨宮洪
2021.09.08 雨宮洪

恐ろしいほど更新があいてしまっていたのに待っていてありがとうございます!

解除
みき
2021.03.04 みき

こんにちは。初めまして。長文となっている文章の中に「、」が無いのが多いです。読んでいて、どこの場所で息つぎをしたら良いのか分かりません。文章が長文となるのなら、長文の中に「、」を増やして下さい

解除
ひつじ
2020.07.26 ひつじ

更新よろしくお願いします❗

解除

あなたにおすすめの小説

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

そして乙女ゲームは始まらなかった

お好み焼き
恋愛
気付いたら9歳の悪役令嬢に転生してました。前世でプレイした乙女ゲームの悪役キャラです。悪役令嬢なのでなにか悪さをしないといけないのでしょうか?しかし私には誰かをいじめる趣味も性癖もありません。むしろ苦しんでいる人を見ると胸が重くなります。 一体私は何をしたらいいのでしょうか?

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

子持ち主婦がメイドイビリ好きの悪役令嬢に転生して育児スキルをフル活用したら、乙女ゲームの世界が変わりました

あさひな
ファンタジー
二児の子供がいるワーキングマザーの私。仕事、家事、育児に忙殺され、すっかりくたびれた中年女になり果てていた私は、ある日事故により異世界転生を果たす。 転生先は、前世とは縁遠い公爵令嬢「イザベル・フォン・アルノー」だったが……まさかの乙女ゲームの悪役令嬢!? しかも乙女ゲームの内容が全く思い出せないなんて、あんまりでしょ!! 破滅フラグ(攻略対象者)から逃げるために修道院に逃げ込んだら、子供達の扱いに慣れているからと孤児達の世話役を任命されました。 そりゃあ、前世は二児の母親だったので、育児は身に染み付いてますが、まさかそれがチートになるなんて! しかも育児知識をフル活用していたら、なんだか王太子に気に入られて婚約者に選ばれてしまいました。 攻略対象者から逃げるはずが、こんな事になるなんて……! 「貴女の心は、美しい」 「ベルは、僕だけの義妹」 「この力を、君に捧げる」 王太子や他の攻略対象者から執着されたり溺愛されながら、私は現世の運命に飲み込まれて行くーー。 ※なろう(現在非公開)とカクヨムで一部掲載中

断罪イベント? よろしい、受けて立ちましょう!

寿司
恋愛
イリア=クリミアはある日突然前世の記憶を取り戻す。前世の自分は入江百合香(いりえ ゆりか)という日本人で、ここは乙女ゲームの世界で、私は悪役令嬢で、そしてイリア=クリミアは1/1に起きる断罪イベントで死んでしまうということを! 記憶を取り戻すのが遅かったイリアに残された時間は2週間もない。 そんなイリアが生き残るための唯一の手段は、婚約者エドワードと、妹エミリアの浮気の証拠を掴み、逆断罪イベントを起こすこと!? ひょんなことから出会い、自分を手助けしてくれる謎の美青年ロキに振り回されたりドキドキさせられながらも死の運命を回避するため奔走する! ◆◆ 第12回恋愛小説大賞にエントリーしてます。よろしくお願い致します。 ◆◆ 本編はざまぁ:恋愛=7:3ぐらいになっています。 エンディング後は恋愛要素を増し増しにした物語を更新していきます。

婚約者のいる側近と婚約させられた私は悪の聖女と呼ばれています。

鈴木べにこ
恋愛
 幼い頃から一緒に育ってきた婚約者の王子ギルフォードから婚約破棄を言い渡された聖女マリーベル。  突然の出来事に困惑するマリーベルをよそに、王子は自身の代わりに側近である宰相の息子ロイドとマリーベルを王命で強制的に婚約させたと言い出したのであった。  ロイドに愛する婚約者がいるの事を知っていたマリーベルはギルフォードに王命を取り下げるように訴えるが聞いてもらえず・・・。 カクヨム、小説家になろうでも連載中。 ※最初の数話はイジメ表現のようなキツイ描写が出てくるので注意。 初投稿です。 勢いで書いてるので誤字脱字や変な表現が多いし、余裕で気付かないの時があるのでお気軽に教えてくださるとありがたいです٩( 'ω' )و 気分転換もかねて、他の作品と同時連載をしています。 【書庫の幽霊王妃は、貴方を愛することができない。】 という作品も同時に書いているので、この作品が気に入りましたら是非読んでみてください。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。