上 下
12 / 36
本編

5話 赤い瞳

しおりを挟む




リリゼットがツキシロとの会話を終えるとギルヴェルトが木製の器に盛った食事を2人分持って幌馬車に戻ってきた。

彼はそのうち一つの器をリリゼットに手渡す。

彼が持ってきた食事はリリゼットの体調と滋養を考慮したと思われる米と卵を煮て作られた玉子粥だった。

この世界では米の調理法はリゾットくらいしかなく精米する手間もかかる為大半がもみ殻付きで王族貴族が食す家畜の高級飼料に使用されている。

転生してからリゾットですら彼女はあまり米を食したことがなかったので玉子粥を用意されたことに感激というよりも少し驚いていた。

「…依頼人からお前の体調が悪くともコレなら食えるだろうと聞いていたからな」

彼女の表情を見てギルヴェルトが言った。

無意識のうちにリリゼットは『なぜ米粥のつくりかたを知っている?』と言いたそうな表情になっていたようだ。

確かに米粥は彼女の前世、日本人が風邪や胃腸の調子が悪い時に食す馴染み深いものだ。

だが何故リリゼット救出を依頼した者が米粥のことを知っているのか疑問に思ったが彼女は拘束されてから極度のストレスと恐怖で1日パンを一口分と水を数杯しか口にしていなかったので落ちた体力と不足した魔力を回復させるために質問より食事を優先した。

「美味しい…美味しいなぁ…」

木製の器に盛られたまだ熱い玉子粥を木のスプーンですくい、息を吹きかけ少し冷まして口にすると塩加減も丁度良く懐かしい米の甘み、卵の旨味が口いっぱいに広がり胃だけでなく体の芯から温まるのを感じた。

18年ぶりに食べた玉子粥を『美味しい』と涙ぐみながら彼女は食し綺麗に完食した。

「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」

リリゼットはパンッと両手を合わせ笑顔でギルヴェルトにごちそうさまと言った。

この世界には貴族どころか平民の間でさえ両手を合わせて『ごちそうさま』と言う習慣はない。

懐かしい玉子粥を食した所為か普段は親しい友人達どころかアルガリータ家にいる時でさえ隠している彼女の前世、日本人だった頃の癖が出てしまった。

それを見たギルヴェルトはキョトンとしていた。

てっきり彼女が両手を合わせてごちそうさまを言ったのが可笑しいのかと思ったが…。

「…やはりお前は俺のを見ても平等に接するんだな」

ギルヴェルトは彼女が瞳の色を理由に悪態をついたりしないことに少々驚いているようだ。

ー赤い眼…あぁ、そうだった…。フランで慣れてるからすっかり忘れてた…。

この世界で赤い眼は悪魔の瞳と呼ばれ迫害の対象となり真っ当な職に就くことができず裏稼業に身を投じるしか選択肢がなくなるという悪循環が生まれている。

フランとは彼女の元同級生、フランシス・アルヴァンの愛称である。

フランシスはウェーブがかかり背中まで伸ばした白髪と赤眼、眼鏡をかけているのが特徴の『聖天使アリシア』に登場する攻略キャラの一人だ。

フランシスは伯爵、代々宮廷医師として王族に仕えるアルヴァン家の生まれではあるが悪魔の瞳と呼ばれる赤眼だけでなく生まれつきの白髪も原因で周囲の人間、家族からも疎まれアルビノゆえに幼い頃から病弱だったこともあり学園には初等部から在学していたものの高等部に上がるまで屋敷の本と実験道具で溢れた自室に引きこもっていた。

彼は大人でも難しい医学書や薬品の本を絵本代わりに読んで育ったので医術や薬品の知識が豊富だった。

『聖天使アリシア』においての彼のグッドエンドルートはアルヴァン家を捨てアリシアと共に遠く離れた国へ行き貧困層の者達を治療する医師となるのだが…。

フランシスのバッドエンドルートでは…アリシアまたはリリゼットに拒絶されても自分の側に置くために監禁して少しずつ彼が調合した特殊な薬品を注射して相手を生きた人形にしてしまうという恐ろしく病んだものだった…。

「これでもう君は僕だけのものだね…」

と狂気の笑みを浮かべながら廃人になったアリシアやリリゼットの頬を撫でながら言うスチルでトラウマになったプレイヤーは多い。

そちらのフランシスの印象が強く高等部1年時代のリリゼットは彼のことがかなり苦手だった。

だが二人一組になる必要がある授業のチーム分けをした時に同じクラスで互いに他に組めるような友人がいなかったので何度も組んだ結果、現在『聖天使アリシア』の攻略キャラの中で彼女が一番会話をする程の仲となりフランシス自身もゲームではボソボソとした口調だったのが今でははっきりとした口調で話すようになり在学中にリリゼット以外の理解ある友人も少人数ながらつくれていた。

そしてリリゼットがエドワードから断罪された日に『悪魔の癖に』、『出来損ない』と言われても怯まずもう一人の攻略キャラ、アレンと一緒にリリゼットの味方となりエドワードに立ち向かってくれた。

フランシスのゲームでの奇行は長年、瞳の色が原因で疎まれ引きこもりだったが故に自分に自信もなく他者の気持ちや距離の取り方が分からず暴走した結果だったのだろうと彼女は推測している。

「フランシス・アルヴァンだけでなく俺の眼を見ても平然としてるとはな。"転生者"は皆そういうものなのか?」

「な、な…なんで知って…」

流石諜報員、リリゼットの友人関係は把握済みのようだ。

だがギルヴェルトの口から出た"転生者"という単語で無意識にリリゼットは体が強張るのを感じた。

長年リリゼットは転生者だということを隠してきたというのに何故ギルヴェルトはそのことを知っているのだろう?

「俺はクリスティアにいる転生者からお前の保護を頼まれたからだ」

リリゼットを救出、保護をしたのはクリスティアにいる転生者の依頼だったとギルヴェルトは告げた…。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。 飲めないお酒を飲んでぶったおれた。 気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。 その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

そして乙女ゲームは始まらなかった

お好み焼き
恋愛
気付いたら9歳の悪役令嬢に転生してました。前世でプレイした乙女ゲームの悪役キャラです。悪役令嬢なのでなにか悪さをしないといけないのでしょうか?しかし私には誰かをいじめる趣味も性癖もありません。むしろ苦しんでいる人を見ると胸が重くなります。 一体私は何をしたらいいのでしょうか?

子持ち主婦がメイドイビリ好きの悪役令嬢に転生して育児スキルをフル活用したら、乙女ゲームの世界が変わりました

あさひな
ファンタジー
二児の子供がいるワーキングマザーの私。仕事、家事、育児に忙殺され、すっかりくたびれた中年女になり果てていた私は、ある日事故により異世界転生を果たす。 転生先は、前世とは縁遠い公爵令嬢「イザベル・フォン・アルノー」だったが……まさかの乙女ゲームの悪役令嬢!? しかも乙女ゲームの内容が全く思い出せないなんて、あんまりでしょ!! 破滅フラグ(攻略対象者)から逃げるために修道院に逃げ込んだら、子供達の扱いに慣れているからと孤児達の世話役を任命されました。 そりゃあ、前世は二児の母親だったので、育児は身に染み付いてますが、まさかそれがチートになるなんて! しかも育児知識をフル活用していたら、なんだか王太子に気に入られて婚約者に選ばれてしまいました。 攻略対象者から逃げるはずが、こんな事になるなんて……! 「貴女の心は、美しい」 「ベルは、僕だけの義妹」 「この力を、君に捧げる」 王太子や他の攻略対象者から執着されたり溺愛されながら、私は現世の運命に飲み込まれて行くーー。 ※なろう(現在非公開)とカクヨムで一部掲載中

処理中です...