ホラー短編集

仙 岳美

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魅惑のブラブラ

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釣り人・語り 仙 岳美
 
 休日前夜、釣った川魚をその場で焼き、それを肴に川でも観ながら風流に酒を呑もうかと、そんなささやかな夢を思い描き釣りに来たが、その日は何も釣れず心も折れ、夕刻には納竿し残った生き餌の川虫を逃し、残夢でもある一合のパック酒の吸い口の膜を付属ストローでプツッリと刺し破り、「あっと!」声を漏らし、刺した勢いで涙の様に溢れた酒を慌てて舌で舐め取り、その後、リュックの中にある出番無き盃の姿を想像し、後ろ髪を引かれる様な心持ちで虚しくストローを吸いながら、ススキしか生えていないどこか寂しく感じる岸を下流へと下っていった。そんな残念な日の帰りでのお話し。🌾
 
 そのうち遠くに歪気にギラギラと光群らしき物が見え、近付くとそれは沢山のルアーがぶら下がっている川中の潜り木だった。(※川中とは、岸と岸の間にある岸、その地帯。※潜り木とは、川が増水した時に潜ってしまう木)
 その吊られたルアー達は個々に不規則にブラブラと風に揺れ、そのさまは釣り人達の夢の跡がまだ消えずに、手を出しあがいてる様にも見え、私に夢を継ぐ様に訴えている亡者の様に不気味に見えた、ただ中には、まだ新しく私など手の届かない高価なルアーもぶら下がっていた、その事に私の心は揺れた……が、虫の知らせか、浅瀬を這う川虫が目に止まり、やがて見えなくなった事から水深が思っていたよりも深い事に気づき、水面に映り込んだ自分の顔も何か不機嫌な顔に見えた事から、やはりその誘いは罠に思え、相手にするのは止め、私はその場を後にした……。[終]


化けルアー[題材]
 川底に沈んだロストルアー、その中には長年使われ思念が溜まった物もあり、その残留思念は釣り人を逆恨みし惑わし、川へと引き込む事もあると言う。
※[近代妖怪聞取り集]参照
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