ホラー短編集

仙 岳美

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徒花

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序.
 季節は秋から冬に代わる頃、岩手県遠野市に旅行で訪れた物書きは昨夜、宿の主から聞いた話しを伝に山中の小さい泉を訪れた、泉の周りには石の破片が散乱していた、その一つを手に取り、思いにふける……

【徒花】
 夜分、歳は三十路半のマタギの男が提灯をぶら下げ、根の道と言われている山道を歩いていた、その山道は言われ名の通り、旅人の足を引っ掛けるかの様に半輪状の根が土壌の至る所から飛び出ている、さらに行くてを、阻むかの様に無数の棘枝が、季節問わず脇の下を刺す様に、道の両横から突き出ていた。
男は山刀で棘枝を打ち払いながら進む。
男がそこ迄の荒道を行き、目指す場所は、二日前にキノコ狩りの帰り、道に迷い、たまたま見つけた小さい泉、その脇に祀ってあった女性を模った石像を目にし、一目で気に入り、その石像を家に持ち帰る事に決めたからである。
男はその石像を手に入れる為なら、この程度の荒道は苦には感じなかった。
家に持ち帰った石像を夜な夜な眺めながら呑む酒の日々を想像すると元気も湧いてくるのであった。
ちなみにその泉の水は飲むと貧血に効くと言う。

 しかし湧き水にたどり着くと目的の石像は見当たらなく、男が前回その石像に供えた花が一輪だけ転がっていた。その花は山中で見かけた季節外れの徒花で何となく摘んだ物だった。
誰かに先を越されたかと男が残念に思いまた何気なく、その転がっている徒花を手に取り匂いを嗅いでいた時、頭上から笛の音が聞こえて来た。
~♪
見上げた木の枝には女が座りこちらを見ていた。
男はすぐに目の前の女が目的の石像の化身であると思い話しかけた。
「あなたに会いに来たのです」
「そう、じゃあ、もう帰りなさい、あとお花ありがとうね」
「うちに一緒に来てくれませんか」
「無理よ、私はこの泉を守る役目があるのマタギのあなたならわかるでしょ」
 男は必死に女を口説いた、そしてどうにか一緒に来てくれると言ってくれた。
 木から降りて来て目の前に立った女は瓜顔でその格好は、髪は後ろで束ね、薄肌着の上に、芍薬柄の上着を肩掛で羽織っており、腰には笛を差していた。🪈
女はニッコリし男に微笑み、元の石像の姿になった。
男は早速持って来た縄で女を縛り背中に背負おうとしたが思う様に持ち上げられない。

男の背から女の声が聞こえて来た。

「だから無理って言ったじゃない、人間には重すぎるのよ私は、でも頑張って」

 一夜奮戦した男の身体中は凝り固まった、そして朝の日の出と共に遂に心は折れ諦め、縄を解き、帰ろうとしたら女は言った。
「待ってよ、私の気持ちはどうする気、このまま返さないわよ」

 そう言うと女は男の足元にしゃがみ込み、懐から取り出した小さい刃を笛の先に素早く取り付け、ひと回りした。
男は足元で舞回る女の上着が、開く花の様に見えただけで意味がわからず、体の異変に気づき山刀の柄に慌てて手をかけたが、時すでに遅し、男の両足首からは花吹雪かの様に血が吹き出し、その流れ出た血が泉を赤く染めていった。
男の凝りはさらに酷くなってゆき、やがて泉の脇には石像が一つ増える事と、なった。

 後の人達が何処でこの出来事を知り得たのかは、定かでは無いが、石は祀っている物に限らずその場から持ち帰る物では無く、また山中で徒花を見かけても、むやみやたらに触れる物では無いと、この話しを隠す様に語り継いだと言う。

幕.
 ……物書きは握っていた石を地に静かに置き、泉に手を合わし空を見上げた、その心中は無の様に思えた……[終]

※マタギとは、山神様に許可を得、山仕事で生計を立てる人の事。

※徒花(無駄花)とは、季節外れに咲く花。咲いてもすぐ散る花。咲いても実を結ばない雄花……。

創作ホラー昔物語。

内容はフィックション。
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