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出発前夜のシャルロッタのお話

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 クマとシャルロッタが出立する前夜の事……

* * *

 視点:シャルロッタ

* * *

 部屋へ戻った妾は、部屋の扉を閉めると、その扉に背を預けたままジッとしておった。

「……わ、妾は……な、なんて事を……」

 か、顔が熱い……

 クマ殿の唇の感触が、今も妾の唇にはっきりと残っておる……

 無意識のうちに、右手で唇をなぞっていた。
 
 かつて、妾には婚約者がおった。
 上流貴族の長男だった彼とは、貴族学校の同級生で、共に学び、共に日々を過ごしており……いつしか彼から、
『学校を卒業したら、僕と結婚してほしい』
 そう、言われたのじゃ。
 そんな彼に見合う女になるべく、妾は勉学にも、剣の修錬にも一層打ち込んでいった。
 その結果、貴族学校で常に上位の成績を収めていた妾は、彼よりも常に優秀な成績を収めるようになっておった。
 その時の妾は、すべて彼のためにと思って頑張っておった。

 ……でも

 卒業式の日……彼は妾を校舎裏に呼び出して言ったのじゃ。
『お前のように可愛げのない女はお断りだ。婚約の話もなかったことにさせてもらう』
 と……

 妾は、何がなんだかわからなかった。

 後で、同級生に聞いた話によると……妾が勉学に、剣術に勤しんでいた間に、彼は貴族の子息が主催している宴会に頻繁に顔を出しており、そこで他の貴族の令嬢と恋仲になったために妾を切り捨てたそうなのじゃ。
 その噂話の通り、彼は妾を振って1ヶ月も経たないうちに新たな女性との婚約を発表した。

  振られても……ひょっとしたら、まだ迎えに来てくれるのではないか……そう、思っていた妾の心は、ここでぷっつりと切れてしまったのじゃ。

 その後の妾は、王都を出たくて……彼から離れたくて、辺境のニアノ村の領主の仕事を引き受けた……

 あれから数年……村のために必死に仕事をこなし続けてきた。
 誰にも弱みを見せることなく、誰にも助けを求めることなく、常に一人で頑張ってきた。

 そんな妾の前に、いきなり現れたクマ殿……

 雇った冒険者達に裏切られ、全てを諦めていた妾。
 そんな妾を、自らの危険を顧みることなく救い出し、村の食糧難を救い、そして……妾のために働きたいと言ってくれたクマ殿……

「……も、もう一度……殿方を信じてもよいのだろうか……」

 そんなことを呟いたものの……先ほど、クマ殿に思わず口づけてしまった妾……すでに、気持ちは……

「い、いかんのじゃ、いかんのじゃ……」

 わざと仕事に没頭して、クマ殿と食事時しか合わないようにして、気持ちを抑えつけておったのに……
 クマ殿が、村に残ると言ってくれて……妾のために働きたいと言ってくれて……

「……どうしたらよいのじゃ……気持ちが、抑えられそうにないのじゃ……こ、こんな状態で、クマ殿と2人で山賊退治に向かって大丈夫なのかの……い、いっその事、クマ殿が強引に……」

 頭の中に、クマ殿に押し倒される自分の姿を思い浮かべた妾は、顔どころか耳まで真っ赤になるのを感じた。


「ななな何を馬鹿な事を考えておるのは、妾は……あああ、あくまでも仕事なのじゃ! ししし、仕事として出向くだけであってじゃな、そそそ、そのような邪な思いを持ってはいかんのじゃ……い、いかんのじゃ……」

 激しく左右に顔を振りながら、そんな事を呟いている妾なのじゃが……どうしよう……もし、本当にクマ殿に押し倒されたら……拒める気がしないのじゃ……


「……い、いかんのじゃ……あ、明日の朝までには、気持ちを落ち着けねば……」

 ベッドに倒れ込んだ妾は、枕に顔を埋めたまましばらくジッとしておった。
 いろんな事が頭の中を駆け巡って……そのうちに、眠りに落ちていった。

* * *

 あ……く、クマ殿!?

 い、いかん、そ、それは……そ、そんなところを触っては……

 だ、だめ……じゃ、ない……うん……

 や、やさしく、して……

* * *


 ガバッと枕から顔を上げた妾。
 すでに窓の外が明るくなりはじめておった。

「……ゆ、夢……だったの、かの……」

 先ほどまで見ていた光景が、すべて夢だったことを悟った妾は、思わず吐息をもらした。

「……夢だったのじゃな……はぁ……」

 がっかりした気持ちになっている妾。
 どこかで気持ちが高ぶっている妾。

 いろいろな感情が、体の中を駆け巡っていて……

「い、いかんのじゃ……と、とにかく体を拭いて気持ちを落ち着けねば……」

 慌てて立ち上がった妾は、桶に水を汲むために邸宅の外にある井戸に向かって歩いていった。



 
 
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