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クマ、正式に村人になる
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ミリュウが僕の使い魔になって1週間が経ちました。
言葉が全く通じない魔獣ということで、最初は村の人達からスゴク怖がられていたミリュウなのですが、ミリュウが僕の使い魔だと知れ渡っていくと、村のみんなの態度は徐々に変わっていきました。
相変わらず僕以外の人には言葉が通じないものの、ミリュウも村の人達と積極的に交流するようになっていまして、昼間に木柵の外へでかける村人達の護衛をかって出るまでになっているんです。
「流血狼はいっつもたくさんで襲ってくるし、すっごく速いから苦手なの」
そい言っているミリュウなのですが、流血狼以外の魔獣相手であればほぼ敵なしの状態なんです。
先日、昼間に流血狼が襲ってきたのも、ミリュウが夜の間に負った傷口から流れ出していた血が原因だったみたいでして、その傷が完治している現在では流血狼がミリュウの周囲に現れることはありませんでした。
……って、いうか
この1週間というもの、流血狼そのものが村の周囲に現れることがなくなっていたんです。
この1週間、夜の間に何度か狩りに出かけたのですが、1度も流血狼に出くわすことがないどころか、その鳴き声を聞くこともなかったのです。
「なんでだろう……この間まではあんなに気配があったのに……」
僕は首をひねるしかありません。
そんな僕の側にやって来たミリュウが、にっこり微笑みました。
「きっとダーリンを恐れて逃げたんですの」
「え? そ、そんな馬鹿な……」
「ううん、きっとそうなの! 流血狼は賢いですの。自分達が敵わない相手がいるとわかれば狩り場を変えて当然ですの」
「……そうなんだ……流血狼って、そんな習性があるんだ」
「はいですの」
まぁ、結果的に、流血狼の群れを2度ほど壊滅させていますので、そうなのかもしれないですが……これで、村のみんなに被害が出なくなる事がすっごく嬉しかったんです。
ただ、そこまでの知性を持っているのであれば、うまく会話することが出来ればミリュウのように僕の使い魔になってもらうことが出来たかもしれないな、とも思ったりもしたのですが……それを試すことが出来るのははたしていつのことになるのやら……
そんな生活の中で、僕は自分の能力についてもあれこれ試し続けていました。
何しろ、この世界にやってきてわからないことばかりなわけだし、その筆頭が自分の能力なわけですからね。
正確に把握しておかないと、いざという時に力が発揮出来ないなんてことになったらえらいことですから。
今までの経験を思い返してみて、間違いないのは、
身体能力が強化されている事。
でっかい木を引っこ抜いて振り回せたり、
長距離をジャンプして柵をひとっ飛びできたり、
剣で刺されたくらいでは体に傷がつかなかったり、
遠くの声を聞くことが出来たりしています。
これらの能力は、
「木を引っこ抜いて振り回すぞ!」とか、
「おもいっきりジャンプするぞ!」とか、
「体を硬くして身を守るぞ!」とか、
「遠くの声を聞くぞ!」とか、
頭の中で思っただけで発動する感じです。
魔法を使ったことがないので、これが魔法なのかどうかはさっぱりわからないのですが、例えると、僕の体が僕の呼びかけに応じている……そんな感じとでもいいますか。
一方、ミリュウを使い魔にすることが出来た魔獣使いのスキルなんだけど、これに関してはシャルロッタが詳しかったのであれこれ教えてもらいました。
「魔獣使いのスキルはの、コミュニケーションを取ることが出来る知性を持った魔獣との間に契約を結び、その魔獣を使い魔とすることが出来る能力のことを言うのじゃ」
具体的に、この能力を持っている者は
・魔獣と会話することが出来る
・魔獣の言葉を理解することが出来る
・魔獣に契約の首輪をはめ、従わせることが出来る
・契約下にない魔獣でも、一時的であれば支配下におき、従わせることが出来る
主にこのような能力を使用することが出来るそうです。
ちなみに、「魔獣と会話する」ことと「魔獣の言葉を理解する」ということは似ているようでちょっと違うそうです。
まず、魔獣と会話するというのは、今の僕とミリュウのように普通の人間同士のように会話を交わす事が出来るということ。
一方、「言葉を理解する」ことが出来るというのは、僕が、魔獣が何を言っているのか理解することが出来ているものの、魔獣の方が僕の言葉を理解出来ていない状態のこと。
これは、相手の魔獣の知力が大きく関係しているらしく、要は人間の言葉を理解出来る知性がない相手ではこちらの言葉を理解することが出来ないということみたいです。
魔獣と話が出来るのであれば、こちらがその魔獣の言葉を話すことで会話がなりたつのではないかと思ったりもしたんだけど、これに関してはミリュウが、
「ミリュウがお話しようとしても、お話出来ない魔獣がいるの。同族同士の間で簡単な意思表示しか行っていない魔獣だと、使い魔としての契約の概念を理解出来ないから使い魔には出来ないの」
そう言って教えてくれました。
ちなみに、その後で、
「あ、でも、ダーリンにはミリュウがいるの、他の使い魔は必要無いの!」
そう言いながら、尻尾を僕の体にしっかり巻き付けながら抱きつかれてしまって、結構大変でした。
……で
そんなミリュウに抱きつかれている僕を見ていたシャルロッタなんだけど……
「……クマ殿……ミリュウがなんと言っているか、妾にはわからぬのじゃが……何やらあまり好ましくない会話をかわしておるのではないか?」
そんな事を言いながら、ジト目で僕を見つめていたんです。
な、なんだろう……これってば、シャルロッタが僕に対してやきもちを焼いてくれているってことなのかな?
それだったら、僕にとってはすっごく嬉しいことではあるんだけど……その事を確認するためには、僕の体に蛇の下半身を巻き付けながらじゃれているミリュウをなんとかしてからでないと……
それに、そろそろはっきりさせておかないといけない事もあります。
* * *
その夜……
僕はシャルロッタの部屋を訪ねました。
結構遅い時間だったのですが、シャルロッタは、執務室でまだ仕事をしていました。
コンコン
「シャルロッタ、ちょっといいかな?」
『うむ、クマ殿か?構わぬぞ』
シャルロッタの返事を確認した僕は、ドアをあけて室内へ入りました。
すでに夜も更けていたんだけど、シャルロッタはいまも夕食の際に来ていた服のまま、椅子に座って机の上の書類を片付けているところでした。
シャルロッタはいつもこんな感じなんです。
日中は村を視察してまわり、何か陳情があれば自らそこに出向き対応します。
それが終わると、邸宅内にあるこの執務室の中で書類仕事をこなしています。
総人口200人程度の小さな村だけど、シャルロッタ以外に事務官的な役人がいないため、そのすべての執務を彼女がこなしているんです。
だから、シャルロッタは朝早くから夜遅くまで仕事に明け暮れているんです。
だから、一緒のお屋敷に暮らしていてもシャルロッタと一緒に過ごす時間があまりないんです。
それでもシャルロッタに言わせると、
「クマ殿が来てくれてから、とても仕事が楽になったのじゃ」
とのことでした。
これは、
僕が夜な夜な魔獣を狩りまくったことで、村の食糧事情が非常によくなったこと。
村に魔獣、特に流血狼が近寄らなくなったことで、村人が森に食べ物採取に出やすくなったこと。
ミリュウがその護衛にあたってくれていること。
こういった事が積み重なって、シャルロッタの元へ寄せられていたそれらに関係する苦情・陳情の類いがほぼなくなったからだそうです。
僕がはじめてシャルロッタと出会った時も、彼女は森に出没していた山賊退治に自ら出向いていたわけですけれども、これにしても、
「村を襲いにくる山賊を退治して欲しい」
との村の人達の要望に堪えたわけでしたものね。
その山賊も、運良く僕が全員捕縛することが出来たものですから、今はその被害がまったくなくなっているそうです。
逆に、
「あの村は怪力の用心棒を雇った」
っていう噂が山賊達の間に広まっていて、この辺りを根城にしていた山賊達が軒並み逃げ出したって噂もあるそうでして……
「クマ殿、こんな夜更けにどうしたのじゃ?」
僕に、そう話しかけるシャルロッタ。
そんなシャルロッタに、僕は、
「あの……前に言われていたことなんだけど……」
「前に?」
「うん、ほら。「よかったらいつまででもここにいていい」って言ってくれてた、あのことです。そのことでお話しておこうとおもって……」
「……あ」
僕がそう口にすると、シャルロッタは少し寂しそうな表情を浮かべながら椅子から立ち上がりました。
「く、クマ殿……こ、この村を出ていくというのか……」
そう言うシャルロッタの顔は、どこか青ざめて見えました。
元々魔法灯という、僕が元いた世界の蛍光灯とは比べものにならない程暗い灯りしかない部屋の中なので、偶然そう見えたのかも知れないけど……そうでないのかもしれないけど……
「いえ、その逆です。シャルロッタさえよかったら、この村でシャルロッタの手伝いをさせてもらえないかと思っているんです。今のようにお客さまとしてではなく、今後はこの村の住人の1人として……もし、可能であれば、シャルロッタの部下の1人として働かせてもらえないかな?」
僕はそう言うと、緊張した面持ちでシャルロッタを見つめていた。
正直、内心はビクビクです。
何しろ、今までの僕の人生において、誰かに必要とされたことなんてただの1度もありませんから……
学生時代はいじめられ、社会人になってからはずっと平社員で……最後は首を言い渡されてしまったし……
果たして……こんな僕の申し出を、シャルロッタが受け入れてくれるのだろうか……いくらすごい能力をもっているからといっても、おじさんだし、そんなに格好良くもないし、太っているし、性格も後ろ向きだし……
とはいえ、この申し出を断られてしまったら、僕はこの世界で生きて行く自信も価値もないというか……
そんなことを考えている僕。
そんな僕の眼前にシャルロッタが駆け寄って来た。
「く、クマ殿! それは真か! 本当にこの村にいてくれるのか!」
そう言うと、シャルロッタは満面の笑顔を浮かべながら僕の両手を、自らの両手で握りしめました。
いきなりの事にびっくりする僕。
そんな僕を、笑顔で見つめているシャルロッタ。
「し、正直、妾は怖かったのじゃ……クマ殿が、この村に嫌気がさして、不意にいなくなってしまうのでは無いかと思って……何しろ、この村には何にもない……お金も、店も……そんなつまらない村よりも、もっと発展しておる辺境都市や王都にいつか行ってしまうのではないかと……」
そう言っているシャルロッタの瞳からは大粒の涙がこぼれていた。
あぁ……そうか……
シャルロッタってば、この村をたった一人で支えたいたんだ。
だから、こんなどうしようもない僕なんかでも、シャルロッタの心の支えとしてすごく大きな役割を果たすことが出来ていたんだ……
その大粒の涙を見つめながら、僕は今更ながらだけど、そのことを理解した。
そっか……僕なんかでもシャルロッタの役にたてていたのか……
僕には、そのことを実感出来たことがこの上なく嬉しかった。
自分のことを心の底から必要としてくれている人が、今、ここにいる。
そのことがたまらなく嬉しかった。
ここで、
『この村にはシャルロッタがいるじゃないか』
とか気の利いた言葉を口に出来ていれば……ひょっとしたら僕はこの場でシャルロッタに、きききキスの1つでもしてもらえたかもしれない……そんな事を思ったものの、今の僕は、
「ととと、とにかく頑張るから!うん」
裏返った言葉でそう言うのがやっとだった。
そんな僕に、シャルロッタは、
「ありがとうクマ殿、頼りにしておるのじゃ」
そういいながら、僕の顔に両手を添えて……え?
僕の眼前に、シャルロッタがいます。
体を目一杯伸ばして、目を閉じて、そして……そして、僕の口を、自らの口で塞いでいます。
……そうなんです
僕の唇に、シャルロッタがキスをしていたんです。
言葉が全く通じない魔獣ということで、最初は村の人達からスゴク怖がられていたミリュウなのですが、ミリュウが僕の使い魔だと知れ渡っていくと、村のみんなの態度は徐々に変わっていきました。
相変わらず僕以外の人には言葉が通じないものの、ミリュウも村の人達と積極的に交流するようになっていまして、昼間に木柵の外へでかける村人達の護衛をかって出るまでになっているんです。
「流血狼はいっつもたくさんで襲ってくるし、すっごく速いから苦手なの」
そい言っているミリュウなのですが、流血狼以外の魔獣相手であればほぼ敵なしの状態なんです。
先日、昼間に流血狼が襲ってきたのも、ミリュウが夜の間に負った傷口から流れ出していた血が原因だったみたいでして、その傷が完治している現在では流血狼がミリュウの周囲に現れることはありませんでした。
……って、いうか
この1週間というもの、流血狼そのものが村の周囲に現れることがなくなっていたんです。
この1週間、夜の間に何度か狩りに出かけたのですが、1度も流血狼に出くわすことがないどころか、その鳴き声を聞くこともなかったのです。
「なんでだろう……この間まではあんなに気配があったのに……」
僕は首をひねるしかありません。
そんな僕の側にやって来たミリュウが、にっこり微笑みました。
「きっとダーリンを恐れて逃げたんですの」
「え? そ、そんな馬鹿な……」
「ううん、きっとそうなの! 流血狼は賢いですの。自分達が敵わない相手がいるとわかれば狩り場を変えて当然ですの」
「……そうなんだ……流血狼って、そんな習性があるんだ」
「はいですの」
まぁ、結果的に、流血狼の群れを2度ほど壊滅させていますので、そうなのかもしれないですが……これで、村のみんなに被害が出なくなる事がすっごく嬉しかったんです。
ただ、そこまでの知性を持っているのであれば、うまく会話することが出来ればミリュウのように僕の使い魔になってもらうことが出来たかもしれないな、とも思ったりもしたのですが……それを試すことが出来るのははたしていつのことになるのやら……
そんな生活の中で、僕は自分の能力についてもあれこれ試し続けていました。
何しろ、この世界にやってきてわからないことばかりなわけだし、その筆頭が自分の能力なわけですからね。
正確に把握しておかないと、いざという時に力が発揮出来ないなんてことになったらえらいことですから。
今までの経験を思い返してみて、間違いないのは、
身体能力が強化されている事。
でっかい木を引っこ抜いて振り回せたり、
長距離をジャンプして柵をひとっ飛びできたり、
剣で刺されたくらいでは体に傷がつかなかったり、
遠くの声を聞くことが出来たりしています。
これらの能力は、
「木を引っこ抜いて振り回すぞ!」とか、
「おもいっきりジャンプするぞ!」とか、
「体を硬くして身を守るぞ!」とか、
「遠くの声を聞くぞ!」とか、
頭の中で思っただけで発動する感じです。
魔法を使ったことがないので、これが魔法なのかどうかはさっぱりわからないのですが、例えると、僕の体が僕の呼びかけに応じている……そんな感じとでもいいますか。
一方、ミリュウを使い魔にすることが出来た魔獣使いのスキルなんだけど、これに関してはシャルロッタが詳しかったのであれこれ教えてもらいました。
「魔獣使いのスキルはの、コミュニケーションを取ることが出来る知性を持った魔獣との間に契約を結び、その魔獣を使い魔とすることが出来る能力のことを言うのじゃ」
具体的に、この能力を持っている者は
・魔獣と会話することが出来る
・魔獣の言葉を理解することが出来る
・魔獣に契約の首輪をはめ、従わせることが出来る
・契約下にない魔獣でも、一時的であれば支配下におき、従わせることが出来る
主にこのような能力を使用することが出来るそうです。
ちなみに、「魔獣と会話する」ことと「魔獣の言葉を理解する」ということは似ているようでちょっと違うそうです。
まず、魔獣と会話するというのは、今の僕とミリュウのように普通の人間同士のように会話を交わす事が出来るということ。
一方、「言葉を理解する」ことが出来るというのは、僕が、魔獣が何を言っているのか理解することが出来ているものの、魔獣の方が僕の言葉を理解出来ていない状態のこと。
これは、相手の魔獣の知力が大きく関係しているらしく、要は人間の言葉を理解出来る知性がない相手ではこちらの言葉を理解することが出来ないということみたいです。
魔獣と話が出来るのであれば、こちらがその魔獣の言葉を話すことで会話がなりたつのではないかと思ったりもしたんだけど、これに関してはミリュウが、
「ミリュウがお話しようとしても、お話出来ない魔獣がいるの。同族同士の間で簡単な意思表示しか行っていない魔獣だと、使い魔としての契約の概念を理解出来ないから使い魔には出来ないの」
そう言って教えてくれました。
ちなみに、その後で、
「あ、でも、ダーリンにはミリュウがいるの、他の使い魔は必要無いの!」
そう言いながら、尻尾を僕の体にしっかり巻き付けながら抱きつかれてしまって、結構大変でした。
……で
そんなミリュウに抱きつかれている僕を見ていたシャルロッタなんだけど……
「……クマ殿……ミリュウがなんと言っているか、妾にはわからぬのじゃが……何やらあまり好ましくない会話をかわしておるのではないか?」
そんな事を言いながら、ジト目で僕を見つめていたんです。
な、なんだろう……これってば、シャルロッタが僕に対してやきもちを焼いてくれているってことなのかな?
それだったら、僕にとってはすっごく嬉しいことではあるんだけど……その事を確認するためには、僕の体に蛇の下半身を巻き付けながらじゃれているミリュウをなんとかしてからでないと……
それに、そろそろはっきりさせておかないといけない事もあります。
* * *
その夜……
僕はシャルロッタの部屋を訪ねました。
結構遅い時間だったのですが、シャルロッタは、執務室でまだ仕事をしていました。
コンコン
「シャルロッタ、ちょっといいかな?」
『うむ、クマ殿か?構わぬぞ』
シャルロッタの返事を確認した僕は、ドアをあけて室内へ入りました。
すでに夜も更けていたんだけど、シャルロッタはいまも夕食の際に来ていた服のまま、椅子に座って机の上の書類を片付けているところでした。
シャルロッタはいつもこんな感じなんです。
日中は村を視察してまわり、何か陳情があれば自らそこに出向き対応します。
それが終わると、邸宅内にあるこの執務室の中で書類仕事をこなしています。
総人口200人程度の小さな村だけど、シャルロッタ以外に事務官的な役人がいないため、そのすべての執務を彼女がこなしているんです。
だから、シャルロッタは朝早くから夜遅くまで仕事に明け暮れているんです。
だから、一緒のお屋敷に暮らしていてもシャルロッタと一緒に過ごす時間があまりないんです。
それでもシャルロッタに言わせると、
「クマ殿が来てくれてから、とても仕事が楽になったのじゃ」
とのことでした。
これは、
僕が夜な夜な魔獣を狩りまくったことで、村の食糧事情が非常によくなったこと。
村に魔獣、特に流血狼が近寄らなくなったことで、村人が森に食べ物採取に出やすくなったこと。
ミリュウがその護衛にあたってくれていること。
こういった事が積み重なって、シャルロッタの元へ寄せられていたそれらに関係する苦情・陳情の類いがほぼなくなったからだそうです。
僕がはじめてシャルロッタと出会った時も、彼女は森に出没していた山賊退治に自ら出向いていたわけですけれども、これにしても、
「村を襲いにくる山賊を退治して欲しい」
との村の人達の要望に堪えたわけでしたものね。
その山賊も、運良く僕が全員捕縛することが出来たものですから、今はその被害がまったくなくなっているそうです。
逆に、
「あの村は怪力の用心棒を雇った」
っていう噂が山賊達の間に広まっていて、この辺りを根城にしていた山賊達が軒並み逃げ出したって噂もあるそうでして……
「クマ殿、こんな夜更けにどうしたのじゃ?」
僕に、そう話しかけるシャルロッタ。
そんなシャルロッタに、僕は、
「あの……前に言われていたことなんだけど……」
「前に?」
「うん、ほら。「よかったらいつまででもここにいていい」って言ってくれてた、あのことです。そのことでお話しておこうとおもって……」
「……あ」
僕がそう口にすると、シャルロッタは少し寂しそうな表情を浮かべながら椅子から立ち上がりました。
「く、クマ殿……こ、この村を出ていくというのか……」
そう言うシャルロッタの顔は、どこか青ざめて見えました。
元々魔法灯という、僕が元いた世界の蛍光灯とは比べものにならない程暗い灯りしかない部屋の中なので、偶然そう見えたのかも知れないけど……そうでないのかもしれないけど……
「いえ、その逆です。シャルロッタさえよかったら、この村でシャルロッタの手伝いをさせてもらえないかと思っているんです。今のようにお客さまとしてではなく、今後はこの村の住人の1人として……もし、可能であれば、シャルロッタの部下の1人として働かせてもらえないかな?」
僕はそう言うと、緊張した面持ちでシャルロッタを見つめていた。
正直、内心はビクビクです。
何しろ、今までの僕の人生において、誰かに必要とされたことなんてただの1度もありませんから……
学生時代はいじめられ、社会人になってからはずっと平社員で……最後は首を言い渡されてしまったし……
果たして……こんな僕の申し出を、シャルロッタが受け入れてくれるのだろうか……いくらすごい能力をもっているからといっても、おじさんだし、そんなに格好良くもないし、太っているし、性格も後ろ向きだし……
とはいえ、この申し出を断られてしまったら、僕はこの世界で生きて行く自信も価値もないというか……
そんなことを考えている僕。
そんな僕の眼前にシャルロッタが駆け寄って来た。
「く、クマ殿! それは真か! 本当にこの村にいてくれるのか!」
そう言うと、シャルロッタは満面の笑顔を浮かべながら僕の両手を、自らの両手で握りしめました。
いきなりの事にびっくりする僕。
そんな僕を、笑顔で見つめているシャルロッタ。
「し、正直、妾は怖かったのじゃ……クマ殿が、この村に嫌気がさして、不意にいなくなってしまうのでは無いかと思って……何しろ、この村には何にもない……お金も、店も……そんなつまらない村よりも、もっと発展しておる辺境都市や王都にいつか行ってしまうのではないかと……」
そう言っているシャルロッタの瞳からは大粒の涙がこぼれていた。
あぁ……そうか……
シャルロッタってば、この村をたった一人で支えたいたんだ。
だから、こんなどうしようもない僕なんかでも、シャルロッタの心の支えとしてすごく大きな役割を果たすことが出来ていたんだ……
その大粒の涙を見つめながら、僕は今更ながらだけど、そのことを理解した。
そっか……僕なんかでもシャルロッタの役にたてていたのか……
僕には、そのことを実感出来たことがこの上なく嬉しかった。
自分のことを心の底から必要としてくれている人が、今、ここにいる。
そのことがたまらなく嬉しかった。
ここで、
『この村にはシャルロッタがいるじゃないか』
とか気の利いた言葉を口に出来ていれば……ひょっとしたら僕はこの場でシャルロッタに、きききキスの1つでもしてもらえたかもしれない……そんな事を思ったものの、今の僕は、
「ととと、とにかく頑張るから!うん」
裏返った言葉でそう言うのがやっとだった。
そんな僕に、シャルロッタは、
「ありがとうクマ殿、頼りにしておるのじゃ」
そういいながら、僕の顔に両手を添えて……え?
僕の眼前に、シャルロッタがいます。
体を目一杯伸ばして、目を閉じて、そして……そして、僕の口を、自らの口で塞いでいます。
……そうなんです
僕の唇に、シャルロッタがキスをしていたんです。
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※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
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・アメリカ合衆国は、ウェーキ島、グアム島、アリューシャン島、ハワイ諸島、ライン諸島を大日本帝国へ割譲
・アメリカ合衆国はフィリピンの国際連盟委任独立準備政府設立の承認
・アメリカ合衆国は大日本帝国に戦費賠償金300億ドルの支払い
・アメリカ合衆国の軍備縮小
・アメリカ合衆国の関税自主権の撤廃
・アメリカ合衆国の移民法の撤廃
・アメリカ合衆国首脳部及び戦争煽動者は国際裁判の判決に従うこと
確かに、多少は苛酷な内容であったが、「最も屈辱」とは少々大げさであろう。何せ、彼らの我々の世界に於ける悪行三昧に比べたら、この程度で済んだことに感謝するべきなのだから……。
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