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ラミアと料理番と領主 その4

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「……あ、あれ?」

 目を覚ました僕の目の前には……最近毎朝見ている天井が広がっていました。
 ……つまり、今の僕は自分のベッドの上って事なのでしょう……

 周囲を見回すと……うん、間違いありません。
 ここは、僕が彼女の好意で使わせてもらっている部屋の中にあるベッドの上で間違いないようです。

 来ている衣服は……いつも寝間着にしている服になっています。
 額がやけに冷たいな、って思い手を伸ばしてみると、濡れたタオルがおかれていました。
 そのタオルを手で掴んで、上半身を起こしていったのですが、

「あぁ、クマ様よかったぁ」

 部屋の中から女の子の声が聞こえてきました。

「え?」

 シャルロッタ……ではありません。この声は……

 そこに立っていたのはピリでした。
 ピリは、ちょうど僕のタオルを交換に来てくれたところらしく、その手に新しいタオルを持っていました。

「あ、ピリ……って、あ、あれ?……僕はどうしたんだっけ……」
「クマ様ってば、森の中でいきなりぶっ倒れて気絶しちゃったんですよ。みんなで担いで帰って来るの、大変だったんだからね」
 ピリはそう言いながら笑っています。

「倒れたって……あ」

 ピリの言葉で僕はすべてを思い出しました。
 森の中で、ミリュウっていうラミアの女の子を助けて……そこにシャルロッタが現れて……そこで……

 ……そこで……

 僕の頭の中に、額の髪をかき分けながら近づいてくるシャルロッタの顔がどアップで再生されていきまして……

 僕は、真っ赤になりながら額に手を当てていました。

 そうだった……ぼ、僕はついさっき、永遠に縁がないと思っていたリア充だけのイベント、『おでこで体温測定』を体験してもらったのでした……し、しかも、シャルロッタに……

 その事を思い出した瞬間に、他の記憶が全てぶっ飛んでしまい、心臓が早鐘をならすようにどっくんどっくんと鼓動し始めてしまいました。

「ちょ、ちょっとクマ様!? 顔が真っ赤じゃない! ほら、早くベッドに横になって!」

 そんな僕を横で見ていたピリは、慌てた様子で僕をベッドに押し戻していきました。

「もう、クマ様! 村のみんなのために頑張ってくださるのは本当にありがたいですけど、無理はしないでくださいよ。ここ数日、寝る間も惜しんで流血狼を狩ってくれてて、そのお疲れが出てしまったんでしょう?」

 いつも快活で、笑顔を振りまいているピリなのですが、今のピリはすごく真剣な表情で僕を見つめていました。

「え、あ、う、うん、そうだね……」

 ピリの言葉に対して、少しどもりながら頷いた僕なのですが……さ、さすがに『シャルロッタにおでこで検温されたせいで倒れてしまいました』なんて、本当の事を言えるはずもありません。

 すると、ピリはベッドの端に腰を下ろしました。

「……もう……プロポーズのお返事もまだお返ししてないんですから……死んじゃったら許しませんからね……」
「え?」

 ピリの言葉に、僕は目が点になってしまいました。
 そんな僕に、ピリはその頬を赤くしながら僕へ視線を向けているではありませんか。

 ……え?……ぷ、プロポーズ? お返事?

 僕の頭の中をいくつものクエスチョンマークが飛び交っています。
 そんな僕の目の前で、頬を真っ赤にしています。
 真っ赤なのですが、その表情はすっごく真剣です。

「ほら、あの時……『ピリ、結婚しよう』って……言ってくださったじゃないですか……」

 そんなピリの言葉を聞いた僕は、自分の顔が真っ赤になるのを感じていました。

 これがマンガでしたら、おそらく鼻・耳・そして脳天からとんでもない量の湯気が噴き出していたに違いありません。

 あの時の、『ピリ、結婚しよう』って言葉って……ピリの料理の美味しさに感動して、反射的に頭の中に思い浮かんだ言葉だったはずなのですが……今のピリの様子を見るにつけ……ど、どうやら僕はあのとき、その言葉を無意識のまま口に出してしまっていたみたいなのですが……じ、自分がそんな事をしていたなんて、これっぽっちも思っていなかったもんですから、僕はただただ目を丸くする事しか出来ませんでした。

 そんな僕の前で、ピリは僕にゆっくりと体を寄せて来たのです。

「……クマ様……私、料理以外に取り柄のない女ですけど……クマ様にいっぱい美味しい物を食べて頂けるようにこれからも頑張ります……だから……」

 さらににじりよってくるピリ。
 その顔を見つめながら、僕はさらに真っ赤になっていました。

 バン!

 その時、部屋の扉が開け放たれ、

「おぉ、クマ殿!目が覚めたようじゃな!」

 シャルロッタが入ってきたのです。

 相変わらずシャルロッタはノックをしません。
 まぁ、ここは彼女の邸宅の中なんだし、それはそれで仕方がないとはいえ……心臓に良くないことこの上ありません。

 心臓が飛び出したかのような錯覚を感じながら、ピリから離れる僕。
 顔が赤くなっているのを感じているものですから、無意識のうちに右手で顔を隠していました。
 ピリの方も、大慌てしながらベッドから立ち上がっています。
 真っ赤な顔をしたまま、僕用に持って来ていたタオルを自らの顔に押し当てています。
 おそらく、ピリも顔が赤くなっている自覚があるのでしょう。
 そのタオルで、シャルロッタに赤くなっている顔をみられないようにしているみたいです。

「うん? 2人ともどうかしたのかの?」

 そんな僕とピリを交互に見つめながら、ベッドに歩み寄ってくるシャルロッタ。
 えっと……僕達が慌てている様子にまったく気がついていないみたいです……シャルロッタってば、こういう事に鈍感なのでしょうか?
 ……い、いや……ただ単純に、僕なんかに恋愛イベントが発生しているなんて思ってもいなかったに違いありません。
 
 そんな事を考えている僕の側へ歩みよってきたシャルロッタは、

「クマ殿よ、森の中でいきなりぶっ倒れた時には肝を冷やしたのじゃが、ともあれ、大事なさそうで何よりじゃ」

 満面の笑みでそう言いながら、僕に向かって笑いかけてくれました。

「じゃ、じゃあアタシはこれで……」

 そんなシャルロッタの横に立っていたピリは、そそくさと部屋を後にしていきました。

「うむ、ピリよ、クマ殿の看病世話になったの」

 そんなピリを笑顔で見送ったシャルロッタは、改めて僕へ視線を向けました。

 ただ……今の僕は、その笑顔というか、シャルロッタの額に目が釘付けになっていました。

『あ、あの額が、僕の額に……』

 そんな事を考えながら、再び心臓がばっくんばっくんし始めるのを感じていました。

「うん? どうかしたかのクマ殿? 妾の顔を見つめておるようじゃが、何かついておるかの?」
「え? い、いえ、そ、そう言うわけじゃあ……」

 シャルロッタの言葉に、あたふたしながら返事を返す僕。
 そんな僕の様子を、見つめながら、シャルロッタはクスクス笑っています。

「ふふ、おかしなクマ殿なのじゃ。でも、元気になったみたいで安心したのじゃ」
「え、えぇ、し、しっかり休ませてもらいましたので、もうバッチリです!」
「うん……クマ殿がそう言ってくれるのはありがたいのじゃが、また村のために無理をしていそうで若干心配なのじゃが……」

 口元に手を当てながら、少し思案していた様子のシャルロッタは、しばらくすると、意を決したように口を開いた。

「あの……クマ殿、起きたばかりのところ申し訳ないのじゃが、手を貸してもらえぬかの……」
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