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さわこさんと、春のとある夜 その2

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 今日の私は、朝からリンシンさんと一緒に森に出向いていました。

 今日は冒険者の皆様での狩りはなく、リンシンさんはシロ達白銀狐のみなさんと一緒に山菜採りを行うために森へ出向いておられます。
 私は、それに同行しております。

 バテア青空市の裏を抜けて森の中へ。

 この一帯には、バテアさんが防壁魔法を展開なさっておいでなのですが、私やリンシンさんは通過許可の設定をしてもらっていますのでいつでも自由に行き来することが出来るんです。

「少し前までは一面雪でしたのに……」

 その一帯は、今では鬱蒼としげった森の中へと姿を変えていました。
 昨年何度もこのあたりにやってきていましたのでよく知っているつもりだったのですが、冬の間にすっかり記憶が書き換えられていたのでしょうね、すっごく新鮮な感じがいたします。

 今も、シロ達白銀狐のみなさんはバテア青空市を寝床になさっておいでです。

「……いつもなら、そろそろ北へ移動するんだけど、今年はここで夏を越すつもりみたい」
「まぁ、そうなんですか」

 リンシンさんの横には、シロが笑顔で寄り添っています。
 私達の前方を白銀狐のみなさんが先導してくださっていまして、時折山菜を見つけては咥えて持って来てくださっているんです。

 白銀狐のみなさんがここで越冬ならぬ越夏を決められたのには、シロがリンシンさんに懐いているのも一因だと思いますが、私がみなさんに食事を提供しているのも影響しているのかもしれませんね。

 もともと益獣として保護されている白銀狐のみなさんだけに、トツノコンベのみなさんも、むしろ喜ばれるかと思います。

◇◇

 森を進んで行きますと、やがてどこか懐かしい光景が私の前に広がりました。
 周囲の木々が針葉樹林から竹林へと変わっていったのです。
 もっとも、この世界では竹ではなくてタルケと言うそうなのですが……

「まさか、異世界でこんなに立派な竹林を見ることが出来るなんて」

 感動した私は、しばらくその竹林ならぬタルケ林に魅入ってしまいました。

 すると、シロがそんな私の手をひっぱります。

「……あそこ……ここも」
 
 そう言って地面を指さしているのですが……よおく見てみると、その部分の土が少し盛り上がっているんです。

 すかさず、リンシンさんがスコップを片手にその場所を掘り起こしてくださったのですが、そこから小振りなタケノコならぬ、タルケノコが姿を現しました。

「……シロは、地面に出かけのタルケノコを見つける天才なの」
「まぁ、そうなのですね」

 リンシンさんの言葉に目を丸くする私。
 そんな私の横では、リンシンさんに褒められて嬉しそうに笑っているシロの姿がありました。

 なんでしょう、雪ん子って言う言葉がすごくしっくりくる、真っ赤なほっぺの女の子です。
 その可愛さのあまり、思わず抱きしめたくなってしまうこと請け合いです。

 今日の私達は、このタルケノコを中心に山菜を収穫していきました。

 この世界の山菜は成長が早いそうで、根っこを残しておけば、一度収穫しても2日もすれば再生しているそうなのです。
 おかげで、居酒屋さわこさんといたしましても春の山菜に苦労せずに済んでいます。
 これも、こういった山菜採りに長けている白銀狐のみなさんあってこそ、なんですけどね。

「……さわこ、タルケはこれでいい?」
「そうですね……あ、その隣にある比較的若めなのをお願い出来ますか?」
「……わかった」
 
 私の指示を受けまして、リンシンさんがタルケを数本切り倒していきました。
 まだ若く、そんなに背の高くないタルケを6本切り倒してもらいまして、その場で長さ10センチごとにカットしてもらっています。
 
「あ、必ず節の部分が底になるようにお願いしますね」
「……ん、まかせて」

 リンシンさんがカットして、それを私が磨いていきます。
 加工が終わった物から腰につけている魔法袋の中へ入れていますので、全然荷物にはなりません。

 この日の私達は、午前中いっぱい使って山菜採りを満喫していきました。

◇◇

 その夜、居酒屋さわこさんの営業が始まりました。

「へぇ……変わった入れ物だね」

 今日の一番乗りだった龍人のスーガさんは、バテアさんがお出ししたお酒を見つめながら目を丸くなさっていました。
 その言葉どおり、お酒よりもその入れ物にびっくりなさっている感じです。

 それもそのはず……スーガさんの前におかれているのは、竹ならぬタルケのコップに注がれているお酒なんです。
 もちろんこの竹のコップは、朝、リンシンさんと一緒に加工した、あのタルケを使用しております。
 
「はい、春を満喫していただこうと思いまして」
「へぇ、はじめてですね、こういうのって」

 そう言うと、スーガさんはお酒を口に運んでいかれました。

 ぬる燗のお酒を少し深めに加工してあるタルケに入れて、そこからお注ぎしていますのでタルケの匂いがお酒に移っております。
 
「お酒に、なんだか清々しい風味が加わっていてなんとも言えないね」

 スーガさんはすごく嬉しそうにそうおっしゃいました。
 すかさずそこにバテアさんが

「さぁさぁ、くいっといきましょう、くいっと」

 タルケに入ったお酒を片手に笑顔で寄り添っていかれています。
 タルケで飲むお酒がすっかり気に入った様子のスーガさんは、そのお酌をどんどんお受けしては飲み干していかれています。

 あらあら、このままではいけませんね。せっかく準備している料理も味わって頂きませんと。

 タルケのお酒を飲まれるお客様には、会わせてタルケノコのコース料理もお出ししています。

 田楽盛り合わせ
 木の芽焼き
 お造り
 天ぷら

 いずれも、今朝採れたばかりの新鮮なタルケノコだからこその味が楽しめる趣向になっています。

「へぇ、タルケノコってこんなにいろんな食べ方があったんですね」

 田楽を頬張りながら笑顔のスーガさん。
 一口、口になさってはタルケのコップでお酒をぐいっと、そして次に天ぷらを……

 満面の笑顔を浮かべておいでのスーガさん。

 その姿を、来店なさったお客様が見られますと、

「さわこさん、あのスーガさんが食べているのをこっちにも」
「あの変わった入れ物のお酒をくださいな」

 そんな声をあげていかれます。
 そんな皆様に、私も笑顔で

「はい、よろこんで!」

 そうお返事をお返ししながら、新しくタルケノコのコース料理を作成していきます。

 この調子ですと、今日の居酒屋さわこさんはタルケノコで埋め尽くされてしまいそうですね。

 実は、甘露煮にしたタルケノコを餡子と混ぜ合わせたタルケノコまんじゅうも準備していたのですが……

「さーちゃん! これ美味しいニャ!」
「さわこ、これすごく美味しいわ!」

 ベルとエンジェさん、それに偶然バテアさんの魔法道具のお店に来店なさっていたツカーサさんの3人に食べ尽くされてしまったんです。

「え~……それは残念」

 それを聞いた、喫茶店をなさっているマリーさんがすごく残念そうな顔をなさっておいででした。

「今日は材料がなくなってしまいましたので……また明日にでもお作りいたしますね」
「あ、じゃあ明日は私も一緒に行きたいです」
「そうですね、ではご一緒いたしましょうか」
「わぁ、楽しみぃ!」

 マリーさんは、笑顔でタルケ入りのお酒を飲み干していかれました。
 すでにその後方には、バテアさんがスタンバっておられたのは言うまでもありません。

 今日の居酒屋さわこさんの店内には、タルケのいい匂いが広がっていました。
 まさに、春ですね。

ーつづく
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