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さわこさんと、温泉 その3

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 脱衣所で大人気になったミリーネアさん。
 その周囲を子供達が取り囲んでいたのですが、その様子を笑顔で見回していたミリーネアさんは、

 ♪ふわふわのかみのけ~さわったら~

  ♪とても気持ちがいいかしら~

 そんな歌を歌い始めました。
 吟遊詩人のミリーネアさんですので、その歌声がとても素晴らしいのは当然です。
 子供達を見回しながら、手を振り、足でリズムを刻んで歌うミリーネアさん。

 その様子に、子供達も楽しそうに歌を歌い始めました。

 単純な歌詞の繰り返しなので、子供達もすぐに一緒に歌えるようになっています。

「こういう時って、ミリーネアの臨機応変ぶりってすごいわよねぇ」

 その様子に、バテアさんも感心した表情を浮かべておられます。

「そうですね。いつもお店で、お客様の様子をみながら、それに合わせて歌を歌っておられますから……」

 バテアさんにお返事している私も、思わず笑顔を浮かべていました。

 そんなわけで、しばらくの間脱衣所の中は、ミリーネアさんのオンステージが繰り広げられた次第なんです。

◇◇

 大勢の子供達に見送られながら脱衣所を後にした私達。
 みんなに見送られているミリーネアさんと一緒に、移動した私達といった方が正しいんですけどね。

「ミリーネアさん、本当に素敵でした」
「……そう? でも、さわこの料理の方が素敵だと思う」
「いえいえいえ、そんな事は……」
「……ううん、そうだよ」
「いえいえいえ、そんな……」
「……ううん、そうだってば」

 そんな言葉のキャッチボールをしながら廊下を移動していく私とミリーネアさん。

「もう、さわこの料理もミリーネアの歌もどっちもデリシャスじゃない」
「そうですね、私もそう思います」

 そこに、真顔でそう言ったエミリアと、頷いているショコラ。
 2人の一言で、私とミリーネアさんの言葉のキャッチボールは終了と相成りました。

 部屋に戻ると、お料理の準備が出来ていました。

「あら、お戻りだね。じゃあ、料理を運んでもいいかしら?」

 私達の部屋の担当をしてくださっているらしい、ドワーフの女性の方が笑顔でそう言いました。

「えぇ、お願いするわ。おチビ達が特にお腹ペコペコみたいだし」

 そう言ったバテアさんの視線の先には、お通しが乗っているお膳を並んで凝視しているベル達の姿がありました。
 確かに、お風呂に長く入っていましたし、その後もみんなで一緒に歌っていましたからね。
 
「じゃあみんな、席に座りましょう」
「「「は~い!」」」

 私の声を合図に、ベルをはじめとしたおチビさん達は一斉に席に座っていきました。
 
「まーま!行こ!」

 そんな中、みゅうは私の手を引っ張りながら、一緒に行こうと急かしています。
 どうやら、私と並んで座りたいみたいですね。

「ニャ! さーちゃんはベルの隣ニャ!」
「あら、さわこは私の隣よ!」
「凝りはないのじゃが、やはりさわこは妾の隣が良いのではないかの?」

 そんな中、ベル・エンジェさん・ロッサさんがそんな言葉を口にしながら、私に向かって一生懸命手招きをしています。
 なるべくみんなと一緒に……と、思うのですが……私の体はひとつしかありません。
 
 仕方なく、じゃんけんで席を決めてもらったのですが……

「みゅ! まーまの隣!」
「ニャ! さーちゃんの左隣ニャ!」

 その結果、私の左右はみゅうとベルになりました。
 エンジェさんとロッサさんが少し残念そうな表情を浮かべているのですが……そうですね、ベルとみゅうにお願いして、途中で席を交代してもらいましょう。

 そうこうしているうちに、料理がどんどん運ばれてきました。
 

 料理を運んでくださっているドワーフの女性の皆さんは、この温泉の奥にあるドワーフ集落で暮らしているそうでして、家事の合間にこの旅館で働いておられるそうなんです。

「ここの領主様には、色々よくしてもらっているからね。その恩返しも兼ねているってわけさ」

 そんな言葉を口にしながら、笑顔で料理を運んでくださっているドワーフの皆様。

「さ、待たなくてもいいからさ。どんどん食べとくれ」
「はい、わかりました。じゃあ、みんな、手を合わせて……いただきます」

 私が手を合わせると、みんなも同じように手を合わせ、

「「「いただきます!」」」

 そう、声をあげました。
 子供達だけでなく、バテアさんやリンシンさん、ミリーネアさん達も当然のように同じ仕草をしておられます。
 
 バテアさんの家では、この挨拶がすっかり定番になっているんです。

 挨拶を終えると、みんな一斉にご飯を食べ始めました。

 この旅館の料理人の方は、エルフの男性なのだそうですが、このパルマ大陸をあちこち回って料理の腕を磨いていたそうです。
 
「うん……ここの料理は本当に美味しいです」

 口に運んだお肉を噛みしめながら、思わずそんな声をあげた私。

 このお肉……マウントボアのお肉だと思うのですが、臭みを完全に抜いてあり、香草を揉み込んであるのでしょう、お肉の焼けた香ばしい匂いと一緒に香しい香りが鼻をくすぐっています。

「……それだけじゃないわ……この味付け……乾燥カゲタケの戻し汁に……」

 料理を噛みしめつつ、お皿の料理を見つめながら味を解析しようとしている私。

「もう、さわこったら。今日くらい純粋に料理を楽しんだらどうなのよ」

 そんな私の肩を、後方から近寄ってきたバテアさんが笑顔で抱き寄せました。
 その手には、スアビールの瓶が握られています。

「そ、そうですね……美味しい料理を口にすると、つい、どんな料理方法なのか気になってしまって」
「はいはい、気持ちはわかるけど、今日はそういうのはなしよ」

 そう言って、私のコップにスアビールを注いでいくバテアさん。

「いつもご苦労さま、さわこ」
「ありがとうございます、バテアさん」

 私は、バテアさんとコップを一度合わせると、スアビールを一気に飲み干していきました。

 おチビさん達は、料理を夢中で口に運んでいます。
 よっぽどお腹が空いていたのもあるでしょうけど、それ以上に料理が美味しいからでしょう。
 みんな、一心不乱に料理を口に運び続けています。

 リンシンさんが、大皿を持ち上げ、それを一気に口の中にかきこんでいます。

「ニャ! リーちゃん! ベル、それまだ食べてないニャ!」

 その様子に、目を丸くしながら声をあげるベル。
 すると、

「はいはい、慌てなくても、まだあるよ」

 ドワーフの女性が、同じ大皿料理をベルの前に置いてくれました。

「ニャ! ありがとニャ!」

 きちんとお礼を言い、深々と頭を下げてから、料理を自分の取り皿に取り分けていくベル。
 自分だけでなく、エンジェさんやロッサさん、みゅうの分も取り分けてくれています。
 そして、リンシンさんが来ないように威嚇することも忘れていません。

「はいはい、こっちの食いっぷりのいいお姉さんには別の皿でもっていくから、お嬢ちゃんもそんなに威嚇しなくてもいいよ」

 ドワーフの女性の一言で、部屋の中に笑い声があがりました。
 なんでしょう、とっても楽しい雰囲気が充満しています。

 温泉の後、みんなで楽しく美味しい料理を食べる事が出来るなんて、本当に最高の贅沢ですね。

 そんなわけで、この日は夜遅くまで、みんなワイワイ楽しい時間を過ごすことが出来ました。

◇◇

 食事が終わり、布団を敷くとおチビさん達が真っ先に寝入ってしまいました。
 みゅうだけは、私の膝の上から動こうとしなかったものですから、その頭を撫でてあげていました。

 その後、大人組はお酒を飲みながらお話を続けていきました。

 いつも家で行っている晩酌タイムの拡大版とでも申しますか。
 今日は、いつものメンバーにエミリアとショコラも加わっていますので、少し賑やかです。

「今日の料理もグッドだったけど、でもね、さわこの料理がベストだからね」

 珍しく酔っ払っているエミリアが、浴衣をはだけさせながら私に絡んでいます。

「ホント……さわこのおかげで、こうしてアミリア姉さんと一緒に頑張れてるんだから……サンクスよさわこ」
「いえいえ、私こそ、アミリアさんのお野菜やアミリア米のおかげで助かっているんですから」
「そう言ってくれるさわこがベリーラブよ~」

 そう言いながら、私の首に抱きついてくるエミリア。

 酔っ払いすぎな気がしないでもないのですが……今日くらいは……ね。

 それに、エミリアと始めてあった時って、アミリア米が売れなくて困っていたんですよね。
 そこに私が出くわして、あのアミリア米と出会ったわけでして……アミリア米って、私の世界のお米に勝るとも劣らない美味しいお米だったんです。
 ただ、この世界では、お米が一般に流通していなかったこともあって……本当に、あの出会いがあったからこそ、居酒屋さわこさんの名物料理の1つになっている土鍋ご飯が成り立っていると言っても過言ではありません。

 そんなことを思い出しながら、私達は夜遅くまで歓談を楽しみました。

◇◇

 翌朝……誰よりも早起きした私が、無意識のうちに脱ぎ散らかした衣類を慌てて拾い集めていたことは、どうか他言無用で願いします……

ーつづく

 

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