噂のアズマ夫妻

キムラましゅろう

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アズマ夫妻のなれそめ

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「お疲れ様です室長。あの噂はもうお聞きになりましたか?」

王宮魔法文書室室長のギユマン=ギュメット(57)が移動時間も含めた一週間の会合の日程を終えて王宮に顔を出した時に、顔馴染みの文官にそう尋ねられた。

「あの噂とは?」

「筆頭魔術師ジラルド=アズマとその夫人との云々かんぬんですよ。たしかアズマ夫妻の仲を取り持ったのはギュメット室長なんですよね?」

「如何にも。それで?ジラルドあのバカが何かやらかしたのかな?」

文官は軽く肩を竦めて答えた。

「あの夫婦の噂は色々流れてくるのでどれが本当かはわかりませんが、夫人が筆頭魔術師に離婚届を叩きつけたとか、逆に筆頭魔術師が夫人に三行半を突きつけたとか……ホントのところ、どれが真実なのかはわかりませんが……」

「ふむ……」

ーーまぁ前者だろうな

とギユマンは思った。

迷宮ダンジョンに行ったっきり2年間も音信不通だったジラルドにメルシェが怒りを募らせていた事は知っていたし、メルシェを気に入ってるジラルドが別れたいなどと言う筈がない。

ギユマンは文書室へ行く前に魔術師団の詰め所へと向かった。

すると程なくして件の筆頭魔術師の姿を見つけた。

魔術師用の演習場の側に置いてあるベンチに
している。

その姿を見て、ギユマンは吹き出した。

ーーあいつは。
出会った時から全く変わっとらんな。

ジラルドは今、確か23歳になったはず。

となるともう8年前になるのか。


ギユマンがジラルドに引き合わされたのはジラルドがまだ15歳の時だった。

孤児だった彼が類稀なる高魔力保持者とわかるや否や、当時の筆頭魔術師であったレイナード=オジェが弟子にするという名目で引き取ったのであった。

養子ではなく弟子。

レイナードは魔術の事にしか興味がなく、人間嫌いの男だ。

「家族なんて煩わしいだけだ」と口癖のように言っていた奴らしい縁の結び方だった。

まぁ……今のジラルド=アズマの人格は、師匠であったレイナードの影響を色濃く受けていると言っても過言ではないだろう。

生活の全てを魔術や魔法の研究や習得に費やし、
相手にするのは精霊や知能を持つ魔物。
凡そ一般常識と呼べるものとは無縁の環境の中であの師弟は暮らしていた。

まぁジラルドは、
持って生まれた人懐っこさと舞台俳優にも劣らない容姿をしていた為に、13歳頃からは少しずつ、彼を取り巻く環境が変わっていったようだが。
(とにかくジラルドはその頃からかなりモテたらしい)

古くからの馴染みであったレイナードから、ジラルドに魔術師認定の試験を受けさせたいと相談されたのは彼が15歳になる少し手前の事だった。

レイナードは持病悪化のために既に王宮魔術師団を退団しており、その際にこの国の魔術師たちが籍を置く、魔術師協会からも脱会していた為にその手続きや後見人をギユマンに務めて欲しいと頼んできたのだった。

地方都市から王都へ。
初めての長旅を経験し、一人で王都へ出て来たジラルドと対面した時も、彼はああやって乗り合い馬車の待合室のベンチに突っ伏していた。

あの時、ジラルドは挨拶もそこそこにこう言った。

「転移魔法を使えば一瞬で移動出来るのに、無資格だから使っちゃダメだとか横暴だろ……こうなったらさっさと資格を取ってバンバン転移しまくってやる……そして俺はもう二度と、馬車になんか乗らないぞ……オェッ」

まぁ要するに馬車による乗り物酔いをしたわけである。

その後ジラルドは初めて受けた魔術師認定試験でいきなり一級魔術師に合格した。

(魔術師認定試験は初級、中級、一級、準上級、上級、そして特級と階級が定められており、魔力量と扱える魔術のレベルによって飛び級もある。そしてもちろん魔術だけでなく、魔法による座学の試験もあるのだ)

そして瞬く間に特級まで上り詰め、筆頭魔術師の称号を得た。

だがしかし、出世したからといってジラルドの本質が変わるわけではない。
ジラルドは師匠であるレイナードに引けを取らない魔術オタクで、魔物討伐や魔術関連の事件や事故の調査や処理など、王宮魔術師としての仕事が無い時はほとんど王宮内の研究室から出ないような生活を続けていた。

せっかく若くて見目のが良いのだから、少しは表へ出て人と関わり、青春を謳歌したらどうかと薦めても、ジラルドはそんな時間があれば古代魔術の復活の研究をした方がいいと言う始末。

任務で共にする内に気心の知れた友人は一人出来たようだが、ギユマンはジラルドにもっと人間らしく、そして一般常識というものを身に付けて欲しいと思っていた。

その後もジラルドはあの風変わりな性格を維持したままいつしか成人して結婚適齢期を迎えたその頃、ギユマンが室長を務める魔法文書室に一人の娘が配属されて来た。

その娘の名はメルシェといった。

地方の田舎の出で、16歳という若さで王宮文官の試験をパスするというなかなか優秀な娘であった。

趣味の一環から独学で学んだ東方言語翻訳の実力を買われ、文書室へと配属されたのは彼女が17歳の時だ。

真面目で誠実。
年若い娘にありがちな夢見る性質など一切持ち合わせない、超現実主義の娘であった。

しかしそんな内面とはかけ離れた、素朴で純朴な外見。
田舎くさいといえば言葉は悪いが、それが彼女の可愛らしさをより引き立てていた。

芯が強く、容赦なく辛辣なもの言いをする事が多いが意外と面倒見が良く、懐も深く情に脆いところもある。

こんな娘が、化け物レベルの能力チカラを持つあの男の側にいてくれたら……。

ついでに躾と教育もしてくれたら……

なんて、いつしかギユマンはジラルドとメルシェを夫婦にする方法はないかと模索し始めた。

そして二人それぞれを口八丁手八丁で言いくるめ、取り敢えず会ってみるだけでも……と見合いの様な場をセッティングした。

結果は……意外にもジラルドの方がメルシェを気に入ったのだった。

変人ジラルドには全く期待していなかったのだが、
ジラルドのあの容姿と筆頭魔術師という肩書きでメルシェを釣れればそれでいい思っていたのだが……。

なんとジラルドはその日の内にプロポーズまでしたというではないか。

ーーあの変人朴念仁にも恋愛感情というものがあったのだな。

迷うメルシェを説得し、ギユマンはジラルドとメルシェを夫婦にする事に成功した。

二人とも招きたい親も兄弟も親戚もいないというので、式は形式だけのささやかなものにする事が決まった。

しかし結婚式一週間前になって、いきなりジラルドが迷宮ダンジョン攻略を命じられていると言うのだ。

難攻不落と呼ばれた迷宮ダンジョンだ。当然ハイレベルのチームが組まれる。
そこに筆頭魔術師の名が上がるのは当たり前の事であった。

聞けば攻略命令は半年も前に出ていたと言うではないか。

結婚式一週間前になって思い出し(忘れてたんかい)、慌ててメルシェに告げたらしい。

新婚だから~なんて、そんな理由で辞退する事はもちろん許されない。

ジラルドとメルシェは二人で相談した上で、
当初の予定と変わりなく式を挙げ、翌日ジラルドが攻略に向けて出発するという形を取った。

その間メルシェは仕事を続けながらジラルドが帰るのを待つ、という事になったのだ。

それがまさか2年間も音信不通で帰って来なくなるとは……

何度かギユマンが連絡を取ろうと試みたが、
運が悪いのかタイミングが悪いのか現地の人間と全くコンタクトが取れない。

それなのに何故かジラルドがバディの令嬢と恋仲になったような噂だけは流れてくる。

ーーこれは何か裏があるのでは?

と思い始めた頃、メルシェの様子が大きく変わり出した。

まずは見た目である。
化粧っ気が一切ない純朴そうな娘が、顔も髪型も服装も、王都で働く女性らしい洗練された雰囲気になったのだ。

そしてストレス発散の為か食堂の親父に下町言葉まで習い始めた。

ーー何も触れず好きにさせておこう……

と見守り続けていた頃、ようやくジラルドが帰ってくるという知らせを受けた。

しかしその時すでにメルシェはジラルドとの結婚生活に見切りをつけ、引っ越した後だった。

ーーこれは……ジラルドの自業自得だが、もうダメか?


かなり後ろ髪を引かれたが、
ギユマンは魔法文書関連の会合の為に長期出張へと出発した。


そして帰ってみればこの有り様だ。


ギユマンはジラルドの元へと歩いて行った。


「久しいなジラルド。
まぁまずは迷宮ダンジョン攻略おめでとう。歴史に名を刻んだな」

ギユマンの声を聞き、ベンチに突っ伏したままだったジラルドが顔を上げた。

「……ギュメットのおっさん……」

美貌が台無しのなんとも情けない顔をして、ジラルドはギユマンを見た。

「なんて顔をしているんだ。やっぱりメルシェに離婚されてしまったか……」

残念すぎる結果に終わってしまい、ギユマンも情けない顔になる。

するとジラルドがぽつりと呟いた。

「……違う……離婚はしていない。土下座で頼み込んで保留にして貰った……」

その言葉を聞き、ギユマンはほっとした。

「そうか……!メルシェは思い止まってくれたんだな……」

やはり懐深い子だ……とギユマンがそう思った時、ジラルドが泣き言を吐露し出した。

「くすん……メルに怒られた……だってメルがムギ様ムギ様って、あんなやたら流し目ばかりする男に夢中になるからっ……」

「お前、この上何か怒らすような事を仕出かしたのか?」

「……べつに大した事はしてない。ただちょっと、特大ポスターを俺の特大ポスターに変えたり、ファンサうちわって奴の字を俺の名前に変えたり、ムギ野郎のぬいぐるみを俺のぬいぐるみに変えただけだ……」

「お前……」

「だって!!せっかく帰って来たのに一緒に寝たくないって言われるし、指一本触れるなとか言うし、俺の事ほったらかしで“推し活”とかいうわけの分からん事ばかりしてるし……!」

ギユマンは頭を抱えてため息を吐いた。
そしてジラルドに告げる。

「お前だけはそれに文句を言う資格はないぞ。お前だってダンジョンに夢中になって2年間も妻を放置したんだからな!離婚する為に法的に訴えられてもおかしくはなかったんだ、妻の趣味くらいドーンと構えて見守ってやれ」

「でもメルのやつ、俺よりムギの方が大切だって……」

「それは仕方ない。お前がメルシェの側に居ない間もあっちは常に側に居たようなもんだからな。お前に出来る事は、これから信頼をどう勝ち取って行くかだろう?」

「……そうか、そうだよな」

「あぁ、そうだ」

ジラルドはいきなり立ち上がりガッツポーズを取った。

「よし!例えメルが他の男を好きだとしても俺は負けない!その野郎ごとメルを愛せる男に俺はなる!」

「……果てしなく険しい道のりだろうが、まぁ……頑張れ」

ギユマンは更に残念そうな顔をしながらもジラルドを激励した。

「ありがとう!ギュメットのおっさん、あ、今日はメルは早退するから、後の事はよろしく!」

「え?は?早退!?そんなの聞いてないぞっ、お前また何かやらかす気かっ?」

とギユマンが問い正そうとするも、
ジラルドはあっという間にどこかに転移して行った。

まぁおそらく、いや間違いなくメルシェの元だろう。

仲直りをしに行ったのか、果たして……。

やれやれとギユマンが文書室へ行くと、メルシェの同僚のトキラが血相を変えて駆け寄って来た。

「あっ室長、出張ご苦労様でした!あの、さっきアズマ筆頭魔術師が突然現れて、メルシェを攫ってどこかへ消えちゃったんですが、如何致しましょう……?」

それを聞きギユマンはやはりな、と思いトキラにこう告げた。

「明日でもいいから、メルシェに早退届を出しておくようにと伝えてくれ」

「ふふ、承知しました」

ギユマンの表情から既に知っていた事がわかったのだろう。
トキラは安心したように微笑んだ。


ーーまったくジラルドのやつ、仕事中の妻を勝手に連れ去るとは……。まぁ私が言わなくても、今頃こっ酷くメルシェに叱られているだろうがな。


そう思いながら、ギユマンは自身のデスクの上にある書類に目を落とした。


























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