上 下
15 / 18

快適過ぎると困るんです

しおりを挟む
ウェンディとシュシュがデニスの家で暮らし始めて二週間が経った。

近所の男に厭らしい視線を向けられる事もなく下着も盗まれない安全安心な暮らし。

習慣付いているので入浴後に洗濯するにしても便利な洗濯魔道具がありあっという間に終わるのだ。
しかも干した洗濯物は夕方前にはドゥーサが取り込んでくれている。
そして終業後シュシュを託児所に迎えに行ってそのまま帰ると温かな食事が用意され、「お疲れ様」と一日の労をねぎらって貰える。

重い荷物を運ぶのも、
踏み台を登って高い所にある物を取るのも、
魔力灯の球を交換するのも害虫の駆除も自分でやらなくてもいいというのだ。


ーーこれは……困るわ。快適すぎる……。

十代後半で両親を亡くしてからずっと自分一人の力で生きて来た。

デニスの恋人時代は頼るべきところは頼って守られる安心感に包まれていたが、生活はまた別のものだった。

そしてデニスと別れシュシュを産んでからは殊更ガムシャラに生きてきたのだ。

それを……こんな……

「ウェンディさん、どうせデニス坊ちゃんとクルト坊ちゃんのシャツにアイロンを掛けるんです。この際もう一枚増えたって大して変わりませんよ、さぁさぁ遠慮しないでそのブラウスを渡してくださいな」

「ウェンディ。重い物を運ぶ時は呼んでくれと言っただろう?高い所の物を取るのもそうだ。ゴキ○リ退治?そんなものは男の仕事だ」


困る、困るのだ。

ゴ○ブリ退治が男の仕事かどうかは別として、こんなに甘やかされては困るのだ。

新しい部屋が決まり次第ここを出て行くというのに、これでは再び母子二人だけの世帯に戻った時に辛くなるのは目に見えている。

何もかも自分一人の肩にのし掛かる生活に戻れなくなってしまう前に、早くデニス邸ここから出なくては……。

ウェンディは進捗状況をデニスに訊ねてみた。

「デニス、新しい部屋はまだ見つからないの?」

「一つ条件に当てはまる部屋があったんだが、隣家が女の出入りが激しい住人らしく、ほぼ毎日夜に女性の嬌声が聞こえるとかで却下したんだ」

「……それは……嫌ね……シュシュには絶対に聞かせたくないわ」

「すまない、もう少し待ってくれ。必ず良い部屋を探すから」

「ええ。ありがとう、よろしくね」

なるべく早く見つかるよう祈るしかない。

費用はデニス持ちなのだ。
自分で勝手に無理矢理選んで金だけ出してくれなんて言えないし、それでまたハズレの物件を引き当てて引っ越しとなれば目も当てられない。

だけどやっぱり出来るだけ早くここを出て行きたい。

デニスに守られ大切にされたかつての日々を彷彿とさせるこの生活が、気付きたくなかった真実を突きつけてくる。

本当はまだ彼の事が好きなのだと。
何年経とうと捨てられない想いが、まだ自分の中にあるのだと。

そして別れを告げられた時の傷の痛みが今こうやって再び接するようになった事により、他ならぬ彼自身によって癒されていう事を。

悔しいけどウェンディの想いは変わらない。
だけどデニスはどうなのだろう。

自分の娘であるシュシュに対し父親として愛情を抱いてくれたのは分かった。

でも自分は?
自分に対しての愛情は?
昔と同じ想いで、熱量で、ウェンディに対し愛情を抱いてくれているのだろうか。

ーーここに住む様に言われたのも思えばシュシュの為だものね……。


デニスが今のウェンディをどう思っているのか、それを知りたくなってしまう。

だけど知ってどうする……そんな考えも自分の中にはある。
知ったからとはいえ自分達はもう別れたのだ。

シュシュの親という事でのみ繋がっているだけの関係。

部屋が決まりここを出ればただの元恋人に戻るだけのそんな薄っぺらい関係だ。

デニスはきっと生涯シュシュの父親としての責務は果たしてくれるだろう。

だけど彼には今後幾らでも素敵な女性との新たな出会いがあり、
その女性と本当の家庭を築いていけるという未来があるのだ。


そしてその事実が形となって知らされる出来事が起きる。

デニスは次年度から第二王子側近の末席に迎えられる事が決まっている。
なので近頃はそちら関連での仕事が増え、ほぼ第二王子の執務室勤めとなっていた。

その執務室でデニスはとある女性と出会ったらしい。

社会勉強と称して第二王子の侍女として上がった王宮筆頭侍従長の末娘がデニス=ベイカー卿にぞっこんだと、
王宮中に吹き流れる風の噂としてウェンディの耳に届いたのであった。











しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。

アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。 今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。 私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。 これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。

ガネット・フォルンは愛されたい

アズやっこ
恋愛
私はガネット・フォルンと申します。 子供も産めない役立たずの私は愛しておりました元旦那様の嫁を他の方へお譲りし、友との約束の為、辺境へ侍女としてやって参りました。 元旦那様と離縁し、傷物になった私が一人で生きていく為には侍女になるしかありませんでした。 それでも時々思うのです。私も愛されたかったと。私だけを愛してくれる男性が現れる事を夢に見るのです。 私も誰かに一途に愛されたかった。 ❈ 旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。の作品のガネットの話です。 ❈ ガネットにも幸せを…と、作者の自己満足作品です。

結婚三年、私たちは既に離婚していますよ?

杉本凪咲
恋愛
離婚しろとパーティー会場で叫ぶ彼。 しかし私は、既に離婚をしていると言葉を返して……

別れてくれない夫は、私を愛していない

abang
恋愛
「私と別れて下さい」 「嫌だ、君と別れる気はない」 誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで…… 彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。 「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」 「セレンが熱が出たと……」 そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは? ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。 その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。 「あなた、お願いだから別れて頂戴」 「絶対に、別れない」

さよなら私の愛しい人

ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。 ※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます! ※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。

幼馴染みとの間に子どもをつくった夫に、離縁を言い渡されました。

ふまさ
恋愛
「シンディーのことは、恋愛対象としては見てないよ。それだけは信じてくれ」  夫のランドルは、そう言って笑った。けれどある日、ランドルの幼馴染みであるシンディーが、ランドルの子を妊娠したと知ってしまうセシリア。それを問うと、ランドルは急に激怒した。そして、離縁を言い渡されると同時に、屋敷を追い出されてしまう。  ──数年後。  ランドルの一言にぷつんとキレてしまったセシリアは、殺意を宿した双眸で、ランドルにこう言いはなった。 「あなたの息の根は、わたしが止めます」

【完結】私の婚約者(王太子)が浮気をしているようです。

百合蝶
恋愛
「何てことなの」王太子妃教育の合間も休憩中王宮の庭を散策していたら‥、婚約者であるアルフレッド様(王太子)が金の髪をふわふわとさせた可愛らしい小動物系の女性と腕を組み親しげに寄り添っていた。 「あちゃ~」と後ろから護衛のイサンが声を漏らした。 私は見ていられなかった。 悲しくてーーー悲しくて涙が止まりませんでした。 私、このまなアルフレッド様の奥様にはなれませんわ、なれても愛がありません。側室をもたれるのも嫌でございます。 ならばーーー 私、全力でアルフレッド様の恋叶えて見せますわ。 恋情を探す斜め上を行くエリエンヌ物語 ひたむきにアルフレッド様好き、エリエンヌちゃんです。 たまに更新します。 よければお読み下さりコメント頂ければ幸いです。

【完結】私が貴方の元を去ったわけ

なか
恋愛
「貴方を……愛しておりました」  国の英雄であるレイクス。  彼の妻––リディアは、そんな言葉を残して去っていく。  離婚届けと、別れを告げる書置きを残された中。  妻であった彼女が突然去っていった理由を……   レイクスは、大きな後悔と、恥ずべき自らの行為を知っていく事となる。      ◇◇◇  プロローグ、エピローグを入れて全13話  完結まで執筆済みです。    久しぶりのショートショート。  懺悔をテーマに書いた作品です。  もしよろしければ、読んでくださると嬉しいです!

処理中です...