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まさかの再会 デニスside

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ベイカー卿、今日からよろしくお願いします」

三年前に一方的に別れを告げた恋人だった人が突然デニスの目の前に現れた。

「………よろしく」

幼い頃から貴族たるもの感情をおもてに出し過ぎてはいけないと教えられてきたデニスはここでもそれを遺憾なく発揮し、端的にそう告げた。

しかし心の中は………

ーーウ、ウ、ウ、ウェンディっ!?なぜ彼女がここにっ!?
え?王宮文官に?え?前の役所は?

混乱波乱大錯乱である。


とりあえずなんとか落ち着きを取り戻したい、そう思ったデニスは他の部下を呼びウェンディへの仕事諸々の説明を任せた。

その後もチラチラと彼女を目で追う。

当たり前だが三年前よりずっと大人びて、そして綺麗になっていた。
だが少し痩せたか?
なぜウェンディがここに来たのか…偶然か必然か。思えばその日デニスは相当錯乱していたのだろう、終業後に部屋に引き込むという暴挙に出てしまった。

普通ならこんな事は絶対にしない。
デニスはどちらかというと冷静で堅実な男だ。
その時どきで最良と思える選択をしてきた。
……ウェンディに関する事以外では。

しかしデニスはどうしても確かめたかったのだ。
この再会が偶然なのか必然なのか。

もし、もし、必然なのであれば……。


「もちろん偶然です。もう二度と会いたくもないと思っていたのに。そんな風に思われるのは心外です」

偶然、もう二度会いたくないと思っていた、心外、
その言葉たちがデニスに現実を突きつける。


当たり前だ。

繋いでいた手を離したのは自分なのだから。
それに傷つく資格はない。

兄が急逝し、その上父に余命幾許いくばくもない病が見つかった。

家督を継ぎ、兄の婚約者だった隣領の令嬢と婚姻して姻戚にならねば、数年前の災害で負った膨大な借金は返せない。
婚姻を条件に無担保で貸付をして貰う約束になっているからだ。
このままでは領地を失い、建国以来の名家であるベイカー子爵家の名が地に貶められてしまう。

デニス自身は本当はそこまで家門の存続に必死なわけではない。
だがしかし、己の人生を家と領地領民の為に捧げてきた父が、最期に嫡男を亡くし領地まで失うという失望を味合わせたくはなかった。

せめて最期は心穏やかに、それがデニスに出来る最後の親孝行だと思ったから……。

だから、だから身を切る思いで最愛の人の手を離した。
でもそれでいいと思った。
もし、無理やり兄の婚約者との婚約を無効としてウェンディを妻に迎えたとして、彼女が嫁いだ先は膨大な借金と婚約不履行の違約金が加算された斜陽貴族という地獄が待っているだけである。

美しく優しく祐筆としての才能もあるウェンディ。
彼女にそんな苦労を強いる結婚を乞えるはずがない。
彼女には穏やかで幸せな人生こそ似合うのだ。

その時のデニスはそれを信じて疑わなかった。
こんな不良物件ではなく、ウェンディにはもっと相応しい男がいる……そう思い、彼女に別れを告げたのだった。

だがその後、ベイカー子爵家にとんでもない事が起きた。
兄が死に父の病が見つかり最愛の人の手を離した、もうこれ以上何も起こり得ないだろう、いや起こってたまるかと思っていたというのに……。

それは、どちらも兄が遺したものだった。

多額の借金と隠し子の発覚。

隠し子はたまたま知り合い、深い関係になった寡婦との間に生まれた子だという。
その子の母親が事故で亡くなり、父やデニスに秘密裏に認知していた父親の親族が引き取るべきだと連れて来られたのだ。
そして借金はこれも兄が秘密で通っていた賭博場でこさえたものらしい。

「なんて事だ……」

デニスは片手で額を押さえながら二歳になる兄の遺児を見た。

兄や自分と同じ明るいキャメルブラウンの髪色。
ベイカー子爵家特有の髪色だ。

なんて兄や亡き母に面差しが似た子なのだろう。

この子にはなんの罪もない。
そしてこの子は母親の出自はともかくベイカー子爵家嫡男の息子だ。

不思議そうに自分を見る甥にデニスは言った。

「……お前にベイカーの全てをやろう。もはや負債金額は婚姻を結んでもどうにか出来るものではない……お前がいるなら、後継の為に無理に結婚する必要もないわけだ」

デニスは心を決めた。

隣領の令嬢との婚約は解消して貰おう。
相手側もみすみす博打による借金のある家に嫁がせたくはないだろう。
そして案の定、婚約はすんなりと解消となった。

なんとか守りたかった領地領民だが、多額の負債を抱えた領主よりももっと真面な家門に治めて貰う方がいいに決まっている。

ベイカー子爵という名ばかりの爵位となるが仕方ない。
それに……それに、
ウェンディ以外の女性と結ばれるなんて、本当は嫌だったから。

だからと言って……隣領の令嬢との婚姻をやめたからといって、今さらウェンディの手は取れない。
取る資格がない。
自分から離したのだ、どうして今さらもう一度と望めようか。

なら一生独身でいい。

領地と保有財産、屋敷や家財道具を全て売り払い全額負債に当て一気に完済した。
学友だった第二王子の口利きで名家に領地を買い上げて貰えたのが僥倖だった。

そしてそれらを全て見届けて、父は眠るように人生の幕を閉じた。

残された家族はクルトという名の幼い甥と乳母のドゥーサのみ。
これも第二王子のおかげで王宮の文官としての職を得る事が出来、デニスはクルトとドゥーサを連れて王都へと移住した。

役職に就いている王宮文官の給料はなかなかに良い。
加えて次の異動は第二王子の側近に迎えられるらしく、徐々にそちらの仕事も振り分けられているので特別手当も出る。
領地にいた頃よりも安定した暮らしを手に入れる事が出来た。

こうやってこのまま一生誰と添う事もなく、甥の成長を見守って生きてゆくのだと思っていたのに………

そこに彼女が、ウェンディが現れた。

あの頃から変わらず彼女だけを愛し続けているデニスの前に。

しかしそのウェンディに当たり前だが拒絶され、自分には少しの希望を見出す事さえ烏滸がましいと現実を突きつけられる。

だからせめて、同じ職場の上官として彼女を見守りたいと思ったのだ。


そしてそんな時にふいに齎された事実。

ウェンディが二年前に子どもを産み、一人で育てているという事実。

二歳二ヶ月であるという年齢から考えても間違いなく自分の子だ。

当時デニスと付き合っていたウェンディが他の男と関係を持つなんて有り得ない。
彼女はそんな女性ひとではない。

確かめなくては……。

そして自分の子であるなら、責任を担わせて欲しい。

父親面したいわけではない。
(したいけど)

一緒に暮らしたいわけではない。
(暮らしたいけど)

でもせめて、せめて子どもに対して責任という繋がりを得たいのだ。
そして勿論、ウェンディとも……。


とにかくウェンディと話さねば。

そしてヤコブとの一件の片を付けねば。

デニスは第二王子の元へと行き、彼にこう願った。


「すまない、ちょっと人を貸して欲しいんだ」









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