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カロリーナ、絡まれる
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「……お嬢様、ダイエットされると仰ってませんでしたか?」
ワトソン伯爵家の朝食の時間、昨夜は遅くまで読書をした為に少し寝坊をしたキャメロンがダイニングに行くと、カロリーナの侍女であるエッダがそう言ったのが聞こえてきた。
続けて娘カロリーナの声も耳に届く。
「え?してるわよ?え?もしかしてこの脂がとってもジューシーなジンジャーポークソテーがダメ?」
「バケツポテトサラダもよろしくないかと」
「でもジャガイモはお野菜よ?それにマッシュしてるからカロリーも潰されてるんじゃないかしら?」
「どんなご都合カロリーゼロ理論ですか。本当にお痩せになる気があるのですか?」
「あるわ!だってライオネル様にこれ以上嫌われたくないもの……わかったわ。じゃあ……ポテトサラダは諦める……」
「そんな血の涙を流されるように言わなくても……それにジンジャーポークソテーを諦める、というお考えはないのですね」
「こ、これだけはっ……!」
などという会話が聞こえ、キャメロンが二人に声をかけた。
「おはよう二人とも。どうしたの?まさかカロリーナ、あなたダイエットするの?一体どういう風の吹き回し?」
ダイニングにやって来た母の姿を見てカロリーナは笑みを浮かべ、エッダは頭を下げて出迎えた。
「おはようございますお母さま。そうなの、私頑張って痩せて綺麗になろうと思って」
「アラどうして急に?」
「だって……ライオネル様の理想の女性に近づきたくて。今の私は正反対だから……」
娘のその発言にキャメロンは眉間にシワを寄せて訝しむ。
「殿下の理想の女性?なぁにソレ?詳しく話して頂戴」
其処はかとない母の圧を感じ、カロリーナは図書館で聞いた事から始まった一連の騒動の内容を話した。
母は何も言わず静かにカロリーナの話を聞いていたが、なぜか手にしていたオレンジジュースの入ったグラスがメキメキと音を立てていた。
一応話終えたところで登校時間となったのでカロリーナは自邸を出たが、母がバーモントに「王妃様に謁見の申し入れを出して」と言っていたのが聞こえた気がした。
◇◇◇
そしてその日のランチタイム。
学園のカフェテリアのテラスで一緒に食事をしているジャスミンがカロリーナに言った。
「あらカロリーナ、今日のランチはそれだけ~?どこか具合が悪いの~?」
ジャスミンの視線はテーブルの上、カロリーナの前に置かれている山盛りシーザーサラダとツナとゆで卵のマカロニサラダ、ビーンズサラダにベーコンチップの食感が楽しいコールスローサラダ、それと焼き野菜のマリネ風サラダに注がれていた。
どれも大皿によそわれている。
「どこも悪くはないわ。でもダイエット中だから軽くサラダだけにしておこうと思って」
「軽く~って量じゃないけどね~。でも今日は堂々とテラスで食事してていいの~?殿下に見つかったら困るからといつも隠れて食事してたじゃな~い?」
ライオネルは基本、生徒会室で執行部の面々と意見交換をし合いながらのパワーランチをしている。
それでもカロリーナは念の為にといつも食堂の片隅の目立たない位置で食事をしているのだった。
もちろんジャスミンはそれに文句も言わずに付き合ってくれている。
カロリーナは本日のAランチ(エビドリアとトマトサラダと焼きたてパンのセット)を食べているジャスミンに答えた。
「今日はライオネル様、まだ登校されていないそうよ。ご公務かしら?」
「それでカロリーナはのびのびとしているのね~」
そんな事を話ながら二人で楽しく昼食を摂った。
そして食べ終えて食器を返却口に戻した時、ふいに声をかけられた。
「失礼。あなたがワトソン伯爵令嬢?」
「え?」
カロリーナが声の主の方を見ると、そこには小柄な女子生徒が数名の男女を交えた生徒と共に立っていた。
学年章を見ると二年生である事がわかる。
カロリーナは返事をした。
「はい。カロリーナ=ワトソンは私ですわ」
「……あなた、よく平気でいられますのね」
「え?」
「そんなスタイルで……まぁお顔は人より整っておいでだけど、それでもそんな肉厚な体型で、よく第二王子の婚約者なんて名乗っておられますわね」
学園でそう名乗った事はないのだけれど…と思いながらカロリーナは女子生徒の話を聞いていた。
するとその女子生徒の後ろにいた黒髪の女子生徒が何やら彼女に耳打ちした。
それを受けてかどうかはわからないが、女子生徒がカロリーナに言う。
「あなた、王子殿下とクリステル=ライラー様の自由恋愛を邪魔しているんですって?」
「えっと……?」
もちろん邪魔どころか逆にそれを見たくなくてライオネルとクリステル嬢から逃げまくっているカロリーナにはなんの事だかさっぱりわからない。
首を傾げるばかりのカロリーナの代わりにジャスミンがその女子生徒に言った。
「あぁ。あなた達、王子と隣国令嬢の許されざる恋の妄想劇場を本気で信じてる痛い人達ね~」
「妄想劇場って……!」
「痛いとはなんだっ……!!」
口々に文句をいう生徒を無視してジャスミンが言う。
「それで~?まさか王家が認めた婚約者であるワトソン伯爵令嬢に向かって、身の程を弁えて身を引けとか言うんじゃないでしょうね~?」
「認めたとは言っても子どもの時の話でしょう?学園で真実の愛に出会った王子殿下の足枷になっているのがわからないのっ?」
「足枷……」
表情を暗くしてその言葉をつぶやくカロリーナにジャスミンが言った。
「カロリーナ、真に受けちゃダメよ~。何にもわかってないおバカさんの発言なんて」
ジャスミンのその言葉に女子生徒がカッとなる。
「バカとは何よ!現実を教えてあげてるんじゃないっ!誰がどう見てもあの麗しい完璧な王子殿下に相応しいのはクリステル=ライラー様よっ!!あなたみたいな人は今すぐ婚約を辞退するべきだわっ!!」
捲し立てるようにそう言われ、カロリーナは困った。
そんな事、他の人間に言われずともカロリーナが一番よく分かっている。
分かっているからこそ、こんなにも苦しくて必死に足掻いているのではないか。
カロリーナは女子生徒やその連れであろう生徒達に言った。
「ご心配をおかけしてごめんなさい。すべては私が不甲斐ないばかりに周りの方に迷惑をかけて……」
「あらご自分でも分不相応だと分かっているんじゃな…「でも」
カロリーナの謝罪の言葉でこれ見よがしに喜色満面となる女子生徒の言葉を遮って、カロリーナは言った。
「でも、だからこそ私はこれまで七年間、少しでもライオネル様に相応しい人間になろうと努力してきたつもりです。そして王妃様には妃教育で七年もの間ずっとご指導を賜りました。そこまでして頂きながら、その上婚儀を二年後に控えて今さら婚約を辞退するなど許される事ではないのです。少なくとも私には言えません。私が次期第二王子妃に相応しくないとお考えなら直接、モルトダーン王室に陳情書をお出しください。陛下も王妃殿下もお話のわかるお心の広い方です。きっと皆さまのご意見に耳を傾けてくださるはずですわ」
「っ………!」
カロリーナは素直な気持ちで言ったつもりだが、王家に陳情書など、一介の貴族令嬢や平民に出来るわけがない。
カロリーナの言葉を受け、ジャスミンが当て擦りのように言った。
「そうね~、それがいいわ~。国王陛下が決められた婚約が気に入らないなら直接言えばいいのよぅ。自分たちの理想の女性じゃないからこの婚約は取りやめてくれ~とね。もちろん、すでに準備が始まっている婚儀の為にかかった公費は破談になった後、言い出したあなた方が支払うのよね?」
「っな……!?」
「そ、そんなつもりで言ったんじゃ……」
「あくまでも一般論を……」
「そんな事できるわけが……」
などと途端にしどろもどろになる生徒たち。
黒髪の女子生徒だけが尚も忌々しげにカロリーナとジャスミンを睨みつけていた。
その時、凛とした涼やかな声が聞こえた。
「あなた達、そこで何をやっているの?」
「「「「………!」」」」
「クリステル様……」
「出ましたわね完璧令嬢~」
カロリーナたちの騒ぎを聞きつけたのか、渦中のクリステル=ライラーが側にやって来た。
カロリーナは入学式以来の接触となる。
クリステルはカロリーナに軽く会釈して、婚約を辞退しろと絡んできた生徒たちに言った。
「何度言ったらわかるの?私と第二王子殿下は恋仲であるどころか互いに恋愛感情などないと。それなのにとうとうカロリーナ様に自分たちの妄信を押し付けて……いい加減にしなさいっ」
普段温厚で相手が誰であろうと分け隔てなく穏やかに接するクリステルからの叱責に、生徒たちは狼狽えながら何も言えず俯いた。
クリステルは黒髪の女子生徒と一瞥した後、カロリーナの方へと向き直った。
「カロリーナ様、迷惑をかけてしまってごめんなさい。詳しくは殿下にお聞きして欲しいのだけれどこれには事情があって……でもこの人たちを放置しておいて貴女に不快な思いをさせた事に変わりはないわね、本当にごめんなさい」
そう言ってクリステルは頭を下げた。
それを見た周りの生徒から声が上がる。
その生徒もおそらくライオネルとクリステルが本当は想い合っていて、カロリーナが邪魔をしていると思い込んでいるのだろう。
「しかし!王子殿下は絶対にライラー様を愛しておられるはずです!だってあんなにお似合いでいつも一緒におられるのに!」
それに対し、クリステルは硬質な声で答えた。
「見た目で似合っているから想い合っているなんておかしな考えだと思わないの?それに一緒にいるように見えるのは執行部の役員同士だからです。他のメンバーもいつも一緒なのに。あなた方のその恋愛脳でいうならば、私は執行部メンバー全員と恋人にならなくてはいけないわ」
「それは……でも、王子の気持ちはわからないじゃないですか……」
クリステルの発言を受けてもその生徒は認めたくないようだった。
絶対にライオネルはクリステルを愛していると信じきっているようだ。
「あらま~。完璧令嬢、まともな考えの持ち主だった~」
ジャスミンがぽつりと呟くのを聞きながらカロリーナは目を丸くしていた。
ーークリステル様はライオネル様に恋愛感情はないという事……?
ライオネル様の片想い……?
そんなカロリーナの思考がわかるのかジャスミンがカロリーナに言った。
「カロリーナ~、今考えた事は違うと思うな~」
「え?違うって?」
目を丸くしたままジャスミンを見た時、今度は後ろから聞き慣れた大好きな声が聞こえた。
「カロリーナっ!!」
「!」
声がした方向、カフェテリアの入り口付近に視線をやるとそこにはやはり、婚約者であるライオネルがいた。
今まで見た事がないような焦燥感を含んだ真剣な眼差しをカロリーナに向けている。
「ライオネル様……」
カロリーナがその名を呟くとライオネルは言った。
「可愛いカロ。大切な話がある。どうか逃げずに俺の話を聞いて欲しい……っておい、カロリーナっ!!」
気付けばカロリーナは走り出していた。
あんなに真剣な表情のライオネルは初めてで、何を言われるのか怖くなったのだ。
クリステルは否定したがライオネルはそうでないのでは?
カロリーナとの婚儀を取りやめる事は出来なくても、クリステルを想い続けることは許して欲しいなんて言われたら?
もしくはクリステルを側妃に迎えたいと言われたら?
あくまでも憶測に過ぎないとわかっていても、
先ほどから他の生徒とのやりとりでカロリーナの心はもういっぱいいっぱいであった。
今は何も聞きたくない。何も知りたくなかった。
逃げても解決しないけれど、足が気持ちに反映して動いてしまうのだから仕方ない。
背後からライオネルの声が追ってくるがそれに構わず、カロリーナは走り続けた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
物理的追いかけっこスタートです。
この追いかけっこが終わる頃には二人の問題は解決するかな?
●控えめおっぱいのカロリーナも…という読者様の声を受け、
控えめなお胸(ぺちゃではない)のカロリーナが届きました!
イラスト集③の後ろの方に纏めてありますのでよろしければご覧くださいませ♡
ワトソン伯爵家の朝食の時間、昨夜は遅くまで読書をした為に少し寝坊をしたキャメロンがダイニングに行くと、カロリーナの侍女であるエッダがそう言ったのが聞こえてきた。
続けて娘カロリーナの声も耳に届く。
「え?してるわよ?え?もしかしてこの脂がとってもジューシーなジンジャーポークソテーがダメ?」
「バケツポテトサラダもよろしくないかと」
「でもジャガイモはお野菜よ?それにマッシュしてるからカロリーも潰されてるんじゃないかしら?」
「どんなご都合カロリーゼロ理論ですか。本当にお痩せになる気があるのですか?」
「あるわ!だってライオネル様にこれ以上嫌われたくないもの……わかったわ。じゃあ……ポテトサラダは諦める……」
「そんな血の涙を流されるように言わなくても……それにジンジャーポークソテーを諦める、というお考えはないのですね」
「こ、これだけはっ……!」
などという会話が聞こえ、キャメロンが二人に声をかけた。
「おはよう二人とも。どうしたの?まさかカロリーナ、あなたダイエットするの?一体どういう風の吹き回し?」
ダイニングにやって来た母の姿を見てカロリーナは笑みを浮かべ、エッダは頭を下げて出迎えた。
「おはようございますお母さま。そうなの、私頑張って痩せて綺麗になろうと思って」
「アラどうして急に?」
「だって……ライオネル様の理想の女性に近づきたくて。今の私は正反対だから……」
娘のその発言にキャメロンは眉間にシワを寄せて訝しむ。
「殿下の理想の女性?なぁにソレ?詳しく話して頂戴」
其処はかとない母の圧を感じ、カロリーナは図書館で聞いた事から始まった一連の騒動の内容を話した。
母は何も言わず静かにカロリーナの話を聞いていたが、なぜか手にしていたオレンジジュースの入ったグラスがメキメキと音を立てていた。
一応話終えたところで登校時間となったのでカロリーナは自邸を出たが、母がバーモントに「王妃様に謁見の申し入れを出して」と言っていたのが聞こえた気がした。
◇◇◇
そしてその日のランチタイム。
学園のカフェテリアのテラスで一緒に食事をしているジャスミンがカロリーナに言った。
「あらカロリーナ、今日のランチはそれだけ~?どこか具合が悪いの~?」
ジャスミンの視線はテーブルの上、カロリーナの前に置かれている山盛りシーザーサラダとツナとゆで卵のマカロニサラダ、ビーンズサラダにベーコンチップの食感が楽しいコールスローサラダ、それと焼き野菜のマリネ風サラダに注がれていた。
どれも大皿によそわれている。
「どこも悪くはないわ。でもダイエット中だから軽くサラダだけにしておこうと思って」
「軽く~って量じゃないけどね~。でも今日は堂々とテラスで食事してていいの~?殿下に見つかったら困るからといつも隠れて食事してたじゃな~い?」
ライオネルは基本、生徒会室で執行部の面々と意見交換をし合いながらのパワーランチをしている。
それでもカロリーナは念の為にといつも食堂の片隅の目立たない位置で食事をしているのだった。
もちろんジャスミンはそれに文句も言わずに付き合ってくれている。
カロリーナは本日のAランチ(エビドリアとトマトサラダと焼きたてパンのセット)を食べているジャスミンに答えた。
「今日はライオネル様、まだ登校されていないそうよ。ご公務かしら?」
「それでカロリーナはのびのびとしているのね~」
そんな事を話ながら二人で楽しく昼食を摂った。
そして食べ終えて食器を返却口に戻した時、ふいに声をかけられた。
「失礼。あなたがワトソン伯爵令嬢?」
「え?」
カロリーナが声の主の方を見ると、そこには小柄な女子生徒が数名の男女を交えた生徒と共に立っていた。
学年章を見ると二年生である事がわかる。
カロリーナは返事をした。
「はい。カロリーナ=ワトソンは私ですわ」
「……あなた、よく平気でいられますのね」
「え?」
「そんなスタイルで……まぁお顔は人より整っておいでだけど、それでもそんな肉厚な体型で、よく第二王子の婚約者なんて名乗っておられますわね」
学園でそう名乗った事はないのだけれど…と思いながらカロリーナは女子生徒の話を聞いていた。
するとその女子生徒の後ろにいた黒髪の女子生徒が何やら彼女に耳打ちした。
それを受けてかどうかはわからないが、女子生徒がカロリーナに言う。
「あなた、王子殿下とクリステル=ライラー様の自由恋愛を邪魔しているんですって?」
「えっと……?」
もちろん邪魔どころか逆にそれを見たくなくてライオネルとクリステル嬢から逃げまくっているカロリーナにはなんの事だかさっぱりわからない。
首を傾げるばかりのカロリーナの代わりにジャスミンがその女子生徒に言った。
「あぁ。あなた達、王子と隣国令嬢の許されざる恋の妄想劇場を本気で信じてる痛い人達ね~」
「妄想劇場って……!」
「痛いとはなんだっ……!!」
口々に文句をいう生徒を無視してジャスミンが言う。
「それで~?まさか王家が認めた婚約者であるワトソン伯爵令嬢に向かって、身の程を弁えて身を引けとか言うんじゃないでしょうね~?」
「認めたとは言っても子どもの時の話でしょう?学園で真実の愛に出会った王子殿下の足枷になっているのがわからないのっ?」
「足枷……」
表情を暗くしてその言葉をつぶやくカロリーナにジャスミンが言った。
「カロリーナ、真に受けちゃダメよ~。何にもわかってないおバカさんの発言なんて」
ジャスミンのその言葉に女子生徒がカッとなる。
「バカとは何よ!現実を教えてあげてるんじゃないっ!誰がどう見てもあの麗しい完璧な王子殿下に相応しいのはクリステル=ライラー様よっ!!あなたみたいな人は今すぐ婚約を辞退するべきだわっ!!」
捲し立てるようにそう言われ、カロリーナは困った。
そんな事、他の人間に言われずともカロリーナが一番よく分かっている。
分かっているからこそ、こんなにも苦しくて必死に足掻いているのではないか。
カロリーナは女子生徒やその連れであろう生徒達に言った。
「ご心配をおかけしてごめんなさい。すべては私が不甲斐ないばかりに周りの方に迷惑をかけて……」
「あらご自分でも分不相応だと分かっているんじゃな…「でも」
カロリーナの謝罪の言葉でこれ見よがしに喜色満面となる女子生徒の言葉を遮って、カロリーナは言った。
「でも、だからこそ私はこれまで七年間、少しでもライオネル様に相応しい人間になろうと努力してきたつもりです。そして王妃様には妃教育で七年もの間ずっとご指導を賜りました。そこまでして頂きながら、その上婚儀を二年後に控えて今さら婚約を辞退するなど許される事ではないのです。少なくとも私には言えません。私が次期第二王子妃に相応しくないとお考えなら直接、モルトダーン王室に陳情書をお出しください。陛下も王妃殿下もお話のわかるお心の広い方です。きっと皆さまのご意見に耳を傾けてくださるはずですわ」
「っ………!」
カロリーナは素直な気持ちで言ったつもりだが、王家に陳情書など、一介の貴族令嬢や平民に出来るわけがない。
カロリーナの言葉を受け、ジャスミンが当て擦りのように言った。
「そうね~、それがいいわ~。国王陛下が決められた婚約が気に入らないなら直接言えばいいのよぅ。自分たちの理想の女性じゃないからこの婚約は取りやめてくれ~とね。もちろん、すでに準備が始まっている婚儀の為にかかった公費は破談になった後、言い出したあなた方が支払うのよね?」
「っな……!?」
「そ、そんなつもりで言ったんじゃ……」
「あくまでも一般論を……」
「そんな事できるわけが……」
などと途端にしどろもどろになる生徒たち。
黒髪の女子生徒だけが尚も忌々しげにカロリーナとジャスミンを睨みつけていた。
その時、凛とした涼やかな声が聞こえた。
「あなた達、そこで何をやっているの?」
「「「「………!」」」」
「クリステル様……」
「出ましたわね完璧令嬢~」
カロリーナたちの騒ぎを聞きつけたのか、渦中のクリステル=ライラーが側にやって来た。
カロリーナは入学式以来の接触となる。
クリステルはカロリーナに軽く会釈して、婚約を辞退しろと絡んできた生徒たちに言った。
「何度言ったらわかるの?私と第二王子殿下は恋仲であるどころか互いに恋愛感情などないと。それなのにとうとうカロリーナ様に自分たちの妄信を押し付けて……いい加減にしなさいっ」
普段温厚で相手が誰であろうと分け隔てなく穏やかに接するクリステルからの叱責に、生徒たちは狼狽えながら何も言えず俯いた。
クリステルは黒髪の女子生徒と一瞥した後、カロリーナの方へと向き直った。
「カロリーナ様、迷惑をかけてしまってごめんなさい。詳しくは殿下にお聞きして欲しいのだけれどこれには事情があって……でもこの人たちを放置しておいて貴女に不快な思いをさせた事に変わりはないわね、本当にごめんなさい」
そう言ってクリステルは頭を下げた。
それを見た周りの生徒から声が上がる。
その生徒もおそらくライオネルとクリステルが本当は想い合っていて、カロリーナが邪魔をしていると思い込んでいるのだろう。
「しかし!王子殿下は絶対にライラー様を愛しておられるはずです!だってあんなにお似合いでいつも一緒におられるのに!」
それに対し、クリステルは硬質な声で答えた。
「見た目で似合っているから想い合っているなんておかしな考えだと思わないの?それに一緒にいるように見えるのは執行部の役員同士だからです。他のメンバーもいつも一緒なのに。あなた方のその恋愛脳でいうならば、私は執行部メンバー全員と恋人にならなくてはいけないわ」
「それは……でも、王子の気持ちはわからないじゃないですか……」
クリステルの発言を受けてもその生徒は認めたくないようだった。
絶対にライオネルはクリステルを愛していると信じきっているようだ。
「あらま~。完璧令嬢、まともな考えの持ち主だった~」
ジャスミンがぽつりと呟くのを聞きながらカロリーナは目を丸くしていた。
ーークリステル様はライオネル様に恋愛感情はないという事……?
ライオネル様の片想い……?
そんなカロリーナの思考がわかるのかジャスミンがカロリーナに言った。
「カロリーナ~、今考えた事は違うと思うな~」
「え?違うって?」
目を丸くしたままジャスミンを見た時、今度は後ろから聞き慣れた大好きな声が聞こえた。
「カロリーナっ!!」
「!」
声がした方向、カフェテリアの入り口付近に視線をやるとそこにはやはり、婚約者であるライオネルがいた。
今まで見た事がないような焦燥感を含んだ真剣な眼差しをカロリーナに向けている。
「ライオネル様……」
カロリーナがその名を呟くとライオネルは言った。
「可愛いカロ。大切な話がある。どうか逃げずに俺の話を聞いて欲しい……っておい、カロリーナっ!!」
気付けばカロリーナは走り出していた。
あんなに真剣な表情のライオネルは初めてで、何を言われるのか怖くなったのだ。
クリステルは否定したがライオネルはそうでないのでは?
カロリーナとの婚儀を取りやめる事は出来なくても、クリステルを想い続けることは許して欲しいなんて言われたら?
もしくはクリステルを側妃に迎えたいと言われたら?
あくまでも憶測に過ぎないとわかっていても、
先ほどから他の生徒とのやりとりでカロリーナの心はもういっぱいいっぱいであった。
今は何も聞きたくない。何も知りたくなかった。
逃げても解決しないけれど、足が気持ちに反映して動いてしまうのだから仕方ない。
背後からライオネルの声が追ってくるがそれに構わず、カロリーナは走り続けた。
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物理的追いかけっこスタートです。
この追いかけっこが終わる頃には二人の問題は解決するかな?
●控えめおっぱいのカロリーナも…という読者様の声を受け、
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