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これにてドロン

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「カロ。来たね」

「まぁライオネル様」

入学式に出席するために学園に到着したカロリーナを、
婚約者のライオネルが待ち構えていたように出迎えた。
側にはいつもと変わらず最側近であるマーティン=ドルフが控えている。

なんてこったい。極力接触を控えようと思っていたのに初っ端から出鼻を挫かれた感じだ。
まさかわざわざカロリーナを出迎える為に停車場で待っているなんて思いもしなかった。

まぁ相手は王族で婚約者。
NO干渉NOコンタクトとは言ってもまったくの無視は出来ない。

ライオネルにしても同じ学園にいながら婚約者の顔も見ないとあっては陛下や王妃様に叱られてしまうだろう。

その為一日一度は挨拶をというノルマを自分に課していたので、今日は早くもそれを達成したと思えばよいか……とぼんやり考えているカロリーナの手をライオネルが掬い取った。

「入学おめでとう、カロリーナ。制服がとっても似合っているよ」

そう言ってカロリーナの指先に口付けを落とした。

カロリーナの親友であるジャスミンやライオネルの側近のマーティンにとってはとうに見慣れた光景だが、
他の学園の生徒たちにはかなり衝撃的な光景だったようだ。
小さく息を呑む声や黄色い悲鳴が聞こえる。

ーー……ああぁぁぁぁぁ~……

カロリーナは居た堪れなくなった。
周りにはこれがどう見えているのだろう。

図書館でマーティンと一緒にいた男子生徒のように、
この美しく麗しの王子の横に並び立つのがこんなムチムチの標準体重が崖っぷち令嬢なんて、とても受け入れ難く見るに耐えないに違いない。

実際、カロリーナを頭の先から足のつま先まで食い入るように見つめている数多あまたの視線を感じる。

カロリーナは素早くライオネルから自分の手を引き戻した。

「カロ?」

「お、おはようございますライオネル様。お祝いのお言葉をありがとうございます」

膝を軽く折るだけの略式の礼を執り、カロリーナは挨拶をした。
笑顔だけはいつもと変わらない様子で。
そしてライオネルに訊ねた。

「だけどなぜ停車場こちらに?お忙しいとお聞きしていましたので驚きましたわ」

カロリーナの言葉にライオネルは笑みを浮かべた。

「今日は特別な日だからな。本当は邸まで迎えに行きたかったんだが……せめて学園に着いたカロを出迎えようと待っていたんだ」

「そうでしたの。わざわざありがとうございます」

「カロ?学園では確かに先輩と後輩だが、べつに俺に対しては言葉遣いを改める必要はないぞ?」

「でも学園は小さな社交場とお聞きしていますわ」

「フィルジリア上級学園は学内では自由平等を謳っているんだ。まぁそれでも立場云々はあるのだがカロはそんなこと気にしなくていいんだ」

「おほほほ……」

王子殿下にタメ口なんて、そんなことをしたら目立ってしまうわ…とは言えないのでカロリーナは笑って誤魔化しておいた。

「カロ。キミが入学してくれて本当に嬉しいよ。執行部の仕事で学園ではなかなか一緒にいられないかもしれないけど、困った事があったら一番に頼ってほしい」

ライオネルがそう言うとカロリーナは大袈裟なほど首を振ってこう返した。

「ライオネル様のお手を煩わすなんて滅相もございませんわっ!私の事なんて全くお構いなく!学園では婚約者ではなく私のことはただの一生徒、いえこの学園のどこかで勝手に生息する脂肪の塊くらいなものと認識してくださって結構ですわ!」

一気に捲し立てるように告げるカロリーナに、ライオネルは訝しむ。

「カロ……?それはどういう……

だけどその言葉を最後まで言い終わる前に辺りがざわっ……と騒然となった。

生徒達が一斉にそちらを見るのに釣られてカロリーナもその方向を見る。
そしてカロリーナの目に飛び込んできたのは、数名の男子生徒と一人の女子生徒がこちらに向かっている姿であった。

「……!」

その数名の生徒たちの中に図書館でライオネルの理想の女性のことを言っていた男子生徒がいた事から、彼が生徒会執行部の面々である事がわかった。

そしてその中の紅一点である女子生徒……

ーー長身スレンダー儚げボディ!!

そのひとつひとつの単語に当てはまる理想的な少女がそこにいた。

おそらく身長は170センチ近く、いや二~三センチは超えているのではないだろうか。
すらりと伸びた細くしなやかな足。そして聞いていた通りの折れそうなウエスト。
艶々の栗毛色の髪は真っ直ぐストレートロングで彼女が歩く度にサラサラと揺れていた。
首も肩も手首も足首も何もかもが細く、なるほどこれは儚げだ。
そして何よりその美しい顔立ち。
すっきり切れ長奥二重の涼しげな目元とは対比するようなふっくらとした唇。
全てが完璧な美の女神がそこにいた。

彼女が図書館で聞いたクリステル嬢、その人に間違いはないだろう。

カロリーナは思わずごっくんと生唾を呑んだ。

その生徒会執行部の面々であろう数名の生徒がライオネルの元へとやって来た。
最初に声をかけたのは長身スレンダー儚げボディのクリステル嬢であった。

「殿下、こちらにいらっしゃったのですね。そろそろ講堂へ向かわなくてはいけないのに急にお姿が見えなくなって、皆で探していたのですよ」

その言葉を受け、ライオネルは言った。

「クリステル嬢、すまないな。どうしても婚約者を出迎えたかったのだ」

ーーやっぱりこの方がクリステル嬢!!

カロリーナは小さく息を呑んで、ライオネルの側に来たクリステル嬢を見た。

ーーくすんですわ。

泣きそうだ。
ライオネルとクリステル。二人並び立つとついの美しい彫像のようだ。

美しいライオネルと美しいクリステル。

あまりにもお似合い過ぎてもはや言葉も出ない。

「カロリーナ?」

カロリーナの側にいたジャスミンがじっと二人を見つめるカロリーナに気付く。
カロリーナは困ったような、どこか納得したようなそんな笑顔をジャスミンに向けた。

そんなカロリーナにライオネルは言う。

「カロ、紹介するよ。彼女はクリステル=ライラー嬢。同じ執行部二年で隣国イコリスの伯爵家のご令嬢だ。クリステル、以前から話している私のカロリーナだ。何かと気にかけてやってくれ」

とカロリーナとクリステル、双方を引き合わせた。

国は違えど同じ伯爵位。
だけどこの場合、一応ライオネルの婚約者であるカロリーナが先に声をかけるべきだろう。

「は、はじめましてライラー伯爵令嬢。カロリーナ=ワトソンです」

ライオネル殿下の婚約者、という肩書きを口にする胆力はなかった。
カロリーナがそう挨拶をするとクリステルは花のかんばせを綻ばせて微笑む。

「ようやくお会いできて本当に嬉しいですワトソン伯爵令嬢。どうか私の事はクリステルとお呼びくださいませ」

「では私の事はカロリーナと。ク、クリステル様」

「はい。カロリーナ様」

同性でも見惚れてしまうような美しい笑顔で、クリステルはそう言った。
彼女の人の良さが滲み出たような、そんな好感が持てる笑顔だ。
ライオネルの事がなければ絶対にお友達になりたい!と思った事だろう。

クリステルはライオネルにわざと意地悪そうな顔を向けて言った。

「殿下が忙しい時間を割いてでも出迎えたいお気持ちが分かりました。こんなにお可愛らしい婚約者であれば、みっともなく所有権を振り撒いて他の男子生徒に牽制したくなりますよね」

「みっともなくとはなんだ。しかし最初が肝心だからな」

「ほら一国の王子ともあろうお方がマウントを取るだなんて、やっぱりみっともない」

「だからみっともないと言うな」

「ふふふ」

フランクに仲良く話す二人を見て、カロリーナは思った。

惨敗だ。
二人はお似合いなだけでなく信頼も寄せ合う仲なのだ。
身分を超えてフランクに話し合えるなど、信頼関係が築けているからこそ出来るのだ。
きっと執行部の仕事を通じ、信頼をし合える仲となったのだろう。
カロリーナの知らない時間を二人で共有してきたのであろう。

カロリーナは人知れず一歩、小さく足を後ろに引いた。

やはり自分はライオネルの側にいるべきではない。
少なくともクリステルのいる学園では。

ーー私は消えますね。


これにてドロン。
カロリーナはよく祖父がそう言っているのを思い出していた。


「まぁいい。カロリーナ、何か困った事があったら俺だけでなくクリステル嬢にも頼るといい。同性だから何かと相談しやすい……カロリーナ?」

「え?カロリーナ様?」

今まで確かに目の前にいたはずのカロリーナの姿が消えている事にライオネルは気付き、目を見開いた。

マーティンもカロリーナが消えているのを知って辺りを見回している。

「ジャスミン、カロリーナは?」

ジャスミンとは幼馴染同士であるライオネルが彼女に訊ねた。
ジャスミンは只々困った顔をするのみである。

本当はジャスミンもカロリーナがいつ消えたのか知らない。
誰も知らないのであればカロリーナが自分で消えたという事だろう。
ライオネルもそれはわかっているはずだ。

問題はなぜ何も言わずに突然消えたのか。
これは不敬であり無作法だ。
普段のカロリーナなら絶対にそんな事はしない。
ましてやカロリーナは妃教育で礼儀やマナーを叩きこまれている身だ。
そんなカロリーナがそうしたのであれば……。

ジャスミンは親友のためにこう答えておいた。

「お花を摘みに行きたくなったので失礼しますと殿下に伝え欲しいと言われましたわ~。ちょっと焦っていたのでごめんあそばせ~」

「そ、そうか。大丈夫なのか?」

「さぁ~?でも式が始まる前に捕獲しておきますからご心配なく~」

ジャスミンは手をひらひらと振って、クリステルや他の執行部メンバーと先に講堂へ入って行くライオネルを見送った。


「……まったく……私の可愛いカロリーナったら何をやっているのかしら~」


ジャスミンは嘆息して、そう一人ちた。




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