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妻の家出 ②

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妻のキャロラインとの出会いは鮮烈だった。

王宮の芝生を素足で歩くような女性。

そんなタイプの女性は今まで自分の周りには居なかったから。
そして感情の赴くままにコロコロと表情を変えるところも。

月明かりの下で、細く綺麗な白い足をそろそろと動かしながら、芝生を傷付けないようにゆっくり歩く姿に釘付けになった。

陳腐なセリフだが月の妖精かと思ったんだ。

手にしていた彼女の物であろう靴さえも神聖に見えるほど、美しい光景だった。

一目惚れ……なんてものは一時の気の迷いだと思っていたのにな。

だけど僕はあの夜、キャロラインに一目惚れをしたんだ。

二人で祝賀会場に戻り、そこで彼女が騎士爵を賜った一師団長の娘である事を知った。
まだ婚約者も恋人もいないという。

これから間違いなく有象無象の男共に求婚されるであろう彼女を誰にも奪われたくなくて、父を説き伏せて速攻で縁談を申し入れた。

すると直ぐに「お受けします」という返事をキャロラインの父上から貰う事が出来た。
天にも登るような気持ちとはこの事かと、嬉しさのあまり家令に抱きついたのを覚えている。

嬉しかった。

彼女も同じ気持ちでいてくれたのだと思い、本当に嬉しかった。

必ず幸せにする。
この世の全ての悲しみや苦しみから守ってみせると思っていたのに………


誰でもない、僕自身がキャロラインを傷付けてしまった。



◇◇◇◇◇



スープの冷めない距離にある、前ワート伯爵である父親の屋敷から戻ったエリックを家令が出迎えた。
(①に出て来た執事は前伯爵に仕えている人です)

「お帰りなさいませ旦那様。大旦那様のご容体は如何でございましたか?」

「今はかなり安定しているようだ。やはりレリーヌが来た事で生きる張り合いになっているのだろう……」

「それはようございました。レリーヌ様のご様子は?かなり不安がられているとお聞きしましたが」

「そうだね。あの騒ぎの後に何も知らせずに、鑑定結果を見てそのまま連れて来てしまったから、訳が分からず心配していたよ。でも部屋に来たのが僕の妻だと説明して、やっと理解してくれたかな。あとは旅行から帰ってくる母上にどうお話するかだな……」

然様さようでございますね……嵐の予感が致します……」

「ハッキリ言ってもう、勝手にしてれと言いたいよ……巻き込まれたおかげでキャロラインが……」

額を押さえて沈み込むエリックに家令は努めて端的に言った。

「奥様の事でご報告がございます」

「!キャロの意識が戻ったかっ!?」

家令は一度目を閉じ、そして意を決してエリックに告げる。

「……はい。奥様の意識は戻られましたが……そのまま直ぐに何処かに出て行かれたと思われます」

「………は?」

「一回使い捨ての転移魔道具が打ち捨ててありましたから……」

「キャロラインっ!!」

エリックは妻が寝ている筈の夫婦の寝室へと駆け込んだ。

そして慌てた様子で寝室に居た家政婦長に尋ねる。

「キャロはっ?妻はどうしたっ!?」

「奥様は家出なさいました」

「っ……!?」

その言葉を聞いた途端にエリックは膝から崩れ落ちた。

そうだ……キャロラインなら目覚めて直ぐに動き出してもおかしくはない。

目を離すんじゃなかった……激しい後悔が押し寄せる。

「………」

それを一瞥した家政婦長が、一枚の紙を手渡した。

「……?」

家政婦長が無言で渡してくる紙を無言で受け取り、エリックはその紙に目を落とした。

“クソったれ”

キャロラインが残した手紙だろう。
デカデカとした文字で紙いっぱいに書かれた内容を見て、エリックは思わず紙に顔を突っ伏す。

「………」

そして家政婦長が静かなる怒りを込めてエリックに言った。

「ワタクシは坊っちゃまがお小さい頃よりお側に仕えさせて頂いておりますが、まさかあのお可愛らしくお優しい坊っちゃまが妻を平気で裏切るクソったれ野郎になられるとは思いも寄りませんでした……」

「坊っちゃまって久しぶりに呼ばれたな……いや待ってくれ、僕は妻を裏切ってなどいない。これには深い訳があるんだ」

「下町のスケベ宿で何度も女と会ってる事に、どういった深い訳があるというのです……?」

「……いずれ明らかになるだろうけど、母上がお戻りになるまでは言えない」

「坊っちゃまの浮気と大奥様と、どのようなご関係があるというのです?」

「いや大いにあるんだよ……ていうか浮気じゃない……」

かなりゲッソリとした表情でエリックが答えた。

それを聞き、家政婦長は盛大にため息を吐いてから言った。

「わかりました」

「……やけにすんなりと受け入れるんだな……」

家政婦長とは長い付き合いであるエリックが身構える。

「奥様が戻られるまで、ワタクシ共使用人一同、ストライキをさせていただきます!」

「えっ!?えぇっ!?」

「使用人の分際で分を弁えない発言をしているのは充分に承知しております。されどワタクシ共の大切な奥様を傷付けた訳も聞かされず、ただ黙って働けとはあまりにもご無体。ならば我ら一同、職務を放棄する事により抗議の意を示したいと存じます」

「ま、待てっ、話せば分かるっ!」

「話して下さらないではありませんか。大切な主人達の危機に、何も知らないのではお力になる事すら出来ません」

「父上に緘口令を敷かれているのだっ」

「全て話せと申しているのではございません。大切な事だけを知りたいのです。坊っちゃま、貴方は本当にレリーヌなる女と不貞をされて奥様を裏切られたのですかっ?」

「違うっ!断じて不貞などしていないっ!」

「ではレリーヌという女は一体何者なんですか?関係は持っていなくても、愛人として囲うおつもりの女性なのですか?」

「レリーヌは腹違いの妹だっ!……あ」

乗せられたっ!と思った時には時既に遅しであった。

親にも等しい間柄と性格を把握された誘導にまんまと引っかかり、つい吐露してしまった。

なんとも情けない……とエリックは嘆息するも、この家政婦長という老獪に21歳の若輩者が敵う筈もない。

まぁいい。
むやみやたらと口外する人間でないという事はエリック自身がよく知っている。

案の定、家政婦長はその言葉だけで全てを理解し、端的に返事するだけであった。

「然様でございますか。では奥様の捜索は如何なさいますか?」

「……冷静になって考えて、少し思うところがあるんだ。キャロラインの事は任せてくれ」

「かしこまりました」

「あとそれから、メイドのカナがあれこれコソコソとしていても見逃してやって欲しい」

「………なるほど。承知いたしました」

「はぁぁぁぁ……」

今一度、エリックは大きくため息を吐いた。



◇◇◇◇◇


キャロラインがワート伯爵家の本邸の寝室から姿を消して丸一日が経った。

キャロラインは窓からボーッと外を眺めて退屈そうに言う。

「ねぇカナ。目が覚めてちゃんと一日ベッドで大人しくしていたわ。もう動いてもいいんじゃないかしら?」

キャロラインの専属メイドであるカナがお茶を淹れながらキッパリと告げる。

「まだダメですよ奥様。階段から落ちて二日も目が覚められなかったのですから。強いショックが原因だそうですが、それでも頭を打たれた事に変わりはないのですよ」

「ええー、もう全然大丈夫なのに……」

「せめて今日一日、大人しくしていてくださいませ。厨房からクッキーをくすねて参りました、お茶にしましょう♪」

「ふふ、くすねてって貴女……」

「だって「食べてくれ」って言わんばかりに置いてあるんですよ?そりゃ~頂戴してくるでしょう」

「ふふふ、カナったら。あ、美味しい」

サクっとホロホロの食感とバターの風味が堪らないクッキーだ。

さすがはワート伯爵家ウチのシェフだわ、とカナと二人で食べながら話す。

そう、キャロラインは何処か別の場所に家出したわけではなく、実は本邸の中に居たのだった。

さすがに意識不明だった後すぐに家を出るという事が出来ず、かといってエリックには会いたくなかったキャロラインは、頼み込んでカナの部屋に居候させて貰っているのだ。

ワート伯爵家の使用人は敷地内にある寮に部屋が与えられている。

浴室やキッチンは共用だが、各部屋に個室トイレが設けられていて使用人達の満足度はなかなかだ。

その中の一室、カナの部屋にキャロラインは潜伏していた。

体が完全に回復したらエリックと離婚について話し合い、この屋敷を出るつもりだが、今はまだ冷静にエリックと話が出来る自信がない。

泣き喚き、罵詈雑言を浴びせ、殴る蹴るの暴行を加えてしまいそうだ。

そのくらい、キャロラインにとってエリックの裏切りは許せないものだった。

好きだから、愛しているからこそ許せない。

でも……結婚して三年。
キャロラインはまだ懐妊の兆しが見られない。

エリックはもしかして……子どもだけは他の女性に産ませる覚悟をして、あのレリーヌなる女性を選んだのではないだろうか。

そんな考えがキャロラインの中で芽生えていた。

それならキャロラインは黙ってそれを受け入れて、産まれた子どもを本妻の自分の子として育てればいいのだろうか。

でもキャロラインはとてもじゃないがそんなのは耐えられないと思った。

貴族であれば珍しい話でもないのだろう。
でもキャロラインは生粋の貴族ではない。

今でも価値観は市井で平凡に暮らす平民のものだ。

夫の事が好きだから、愛しているからこそそんな事は受け入れられなかった。

それならキャロラインが身を引いて、エリックは産まれた子どもとその母親を新しく迎え入れればいい。

キャロラインはそう思うのだ。

お茶を飲んだ後カナは洗濯をしてくると言って、洗濯物を抱えて部屋を出て行った。

一人部屋に取り残され、キャロラインは嘆息する。

急に姿を消して、エリックは驚いた事だろう。
クソったれと思いの丈をその言葉に表し書き殴った手紙を見て驚いただろう。

「……クソったれの意味、知ってるわよね?」

伯爵家の嫡男としてお上品に生きて来た彼には意味がわからないのではないかという一抹の不安がぎる。

その時、ふいに同じ室内で声が聞こえた。

「知ってるよ。忌々しい人間をそしる時に使う市井の言葉だろ」

「……!」

居るはずのないエリックが、カナの部屋に突然現れた。

「転移魔道具を使ったのね」

「使い捨ての道具が使われた形跡が無かったからね」

「どうしてここに居るとわかったの?」

「だってキミに他に行ける場所なんて無いじゃないか……身体の事もあるし。ならばきっと、キミを主人と仰ぐメイドの部屋に居るだろうなぁと思ったんだ」

「あ、頭いいのね……」

くそぅ、全てお見通しだったという訳か。
さすがは王宮の文官だ……と、変なところで感心するキャロラインであった。

しかしエリックはその言葉を受け、自嘲した。

「……本当に賢い人間なら、キミをこんな目に遭わせなかったさ」

「エリック……?」

その瞬間、エリックがもの凄い勢いで平伏した。

東方の国から伝わった謝罪の作法、土下座である。

「エ、エリックっ!?」

初めて見る土下座にキャロラインは度肝を抜かれる。

「キャロっ!!本当にすまなかった!!誤解させるような行動を取った僕が全て悪いっ!!でも誓って僕はキミを裏切ってなんかいないんだ、それだけは信じて欲しいっ……!!」

額を床に擦り付けてエリックは話し続ける。

「父上に緘口令を敷かれても無視してキミにだけは真実を話しておけば良かった。本当に血縁関係がどうかを確かめてから告げようなんて、思わなければ良かったっ!」

真実……?血縁……?確かめる?どういう事?

色々と気になる言葉が出てきたが、とりあえずキャロラインはエリックの腕を引っ張って立たせた。
そしてベッドに座らせる。

「とにかくそのままじゃ声がくぐもって聞こえ辛いわ。ちゃんと顔を見て話して」

そう言ってキャロラインも隣に腰掛けた。


エリックは今回の騒動は17年前の父親の出来心から始まったのだと告げた。

今から17年前、今のエリックのように王宮に文官として勤めていた父である前ワート伯爵が、ランドリーメイドとして働いていた女性と男女の仲になってしまったというのだ。

関係は一度だけ。
当時の父としては本当に出来心だったらしい。
未婚の平民女性に手をつけた事を悔い、そのメイドだった女性に多額の金銭を渡して詫びたという。

女性はその金を持って王宮の仕事を辞め、父の前から姿を消した。

それで終わった筈だった。

しかし女性は身籠っていたのだという。

父には妻子がいる事を当然知って居る女性は父には知らせず、一人で子を産んだ。

生まれた子どもは女の子だった。

そして女性は貰ったお金で宿屋を営み、母一人子一人で細々と生きて来たという。

男女が逢瀬に使う安宿だが、女一人で子を養っていくには充分な収入を得ていたそうだ。

だけどその女性が死病を患ってしまった事で、全てが変わり出す。

まだ16歳の娘を一人遺して逝かねばならない女性は、病の床に在りながら必死の思いで父に手紙を書いたという。

父もまた数年前に病を患い、長く病床に臥している事を知らずに、ただ娘の行く末を一心に案じて手紙を出したのだろう。

“実は貴方様には娘がおります。名をレリーヌといいます。どうか、この子の事をよろしくお願いします”と、手紙には書かれていたそうだ。

当然身に覚えのある父は狼狽えた。
もしそれが本当なら、自分はその娘の父親でありながら、なんの責任も果たして来なかった事になる。

そこで息子のエリックに、まずはその母娘に会いに行き、手紙の内容が真実かどうか確かめて欲しいと頼んだそうだ。

しかし初めてエリックが女性が営んでいた宿屋へ足を運んだ時、既にその女性は亡くなっていた。

一人残された娘が懸命に宿屋で働いていたという。

まだ本当に腹違いの妹かどうか確かめてはいないが、未成年の少女を放置する事も出来ないと、とりあえずエリックは宿屋の経営を任せられる人物を探したり、次々と辞めていく従業員の代わりを確保したりと奔走したそうだ。

その為に何度もあの宿屋に足を運んでいたという。

まだ事情を話す訳にはいかないからと、キャロラインに知られないように必死で隠していたらしい。

そしてようやく、キャロラインが飛び込んだあの日に、父の…ワート伯爵家の血を引く者かを確かめる事が出来たそうなのだ。

魔術による血縁鑑定は脊髄から魔力を採取し、測定用の魔道具にその魔力を注入して、血の繋がりがあるかどうかを調べるらしい。

採取する部位は頸か尾骶骨。
本人の希望で頸から、という事になった。

その際の、服を少しはだけさせた状態の時にキャロラインに見られたそうなのだ。

「キャロが部屋に入って来るまでは、実はもう一人女性魔術師が部屋に居たんだよ。採取した魔力と魔道具を持って転移魔法で王宮に戻った瞬間にキミが飛び込んで来たんだ」

「そ、そうなのっ?で、でもっ、なんか疾しい気持ちがあるからあの時わたしを見て卒倒したんじゃないのっ?」

「疾しい気持ちはあったさ……だってずっとキャロに隠れてコソコソしてたし、この状況を見られたら絶対に誤解される恐怖に怯えていたし……そしたらまさにキミが現れて、僕はもう精神の振れ幅が振り切れてしまったんだよ……」

「…………ヘタレか」

「面目ない……キャロが階段から落ちて、死ぬほど後悔した。異母妹じゃないと結果が出たしても、隠そうとせずにキミにだけは伝えておけば良かったと……」

「……隠したかったのは、もし妹さんじゃなかった場合はそのまま無かった事にしようとしたから?お義父様がそうしてくれと仰ったのね?」

「うん……」

「お義母を傷付けないためね……」

「そうだね。でもあの子は…レリーヌというんだけだけど、レリーヌは父の子だった。王宮魔術師が鑑定したんだ、間違いはない。こうなったからにはもう隠しようもないけどね」

「レリーヌさん……」

妹だったのかよ!と、内なるキャロラインは叫んだ。

「今、そのレリーヌさんはもうお義父様のいる別邸にいるの?」

「ああ。今はね、父が直ぐに会いたいと言って」

「感動の親子の対面となった?」

「いや、お互い複雑な気持ちで…といった感じかな。でも父はやっぱり娘だと思うと可愛いくて仕方ないらしい。レリーヌが来て体調が良くなったみたいだ」

「それは喜ばしい事だけど……」

やはり問題は義母だろう。
数日前から旅行に行っているが、戻って来たら一波乱ありそうだ。

「キャロ……」

エリックが情けなさそうな顔をしてキャロラインを呼んだ。

「本当にごめんね。勿論母さんを傷付けるのは嫌だけど、僕にとってはキャロラインに辛い思いをさせた方がもっと嫌だったよ……僕の判断ミスだ。僕が全て悪い……」

項垂れるエリックが、叱られてしょんぼりする犬のように見えてキャロラインはなんだか毒気が抜かれてしまった。

どうぞチョロラインとでもお呼びください。

惚れた弱み、裏切ったのではないのなら全面的に力になってあげたいと思ってしまうのだ。

「……悪いのはお義父様ね。まぁレリーヌさんの亡くなられたお母様もだけど。振り回されるエリックとレリーヌさんが可哀想だわ」

「キャロ……」

「お義父様には、たとえ病床にあったとしても、ちゃんとご自分でお義母様と向き合って頂かないとダメね。その間、レリーヌさんには本邸我が家に来て貰いましょうよ。幸い部屋はいっぱいあるんだし」

「いいの……?」

「いいも何も、あなたの妹でしょう?じゃあわたしにとっても妹だわ。わたし、妹が欲しかったのよね」

「キャロっ……」

エリックがキャロラインを抱き寄せた。

今ではすっかり馴染んだ夫の香りと体温。

だけどなんだか酷く懐かしい感じがする。

ここ数日離れていただけなのに、やっと戻って来れた……そんな感覚がした。

キャロラインはポツリとエリックの腕の中で言った。

「もし……もし、わたし達の間に子どもが出来なかったらどうする……?やはり他の女性に産んで貰うの……?」

それを聞き、エリックはキャロラインから身を離し、もの凄い勢いで首を横に振った。

「そんな事はしないよ!というかしたくない。その時は分家から養子を取ればいい。我が家門は大家族だからね」

「それでいいの?許されるの?」

「許すも何も当主は僕だ。誰にも何も言わせない。まぁヘタレだけどね……キャロ以外は要らない、必要ない」

「エリックぅぅ……!」

キャロラインは堪らず泣き出した。

滅多に泣かないキャロラインも、これは泣かずにはいられなかった。

エリックはキャロラインだけのエリックだった。

そしてこれからも変わらずキャロラインだけのエリックでいてくれるという。

嬉しくて嬉しくてどうしようもない。

股間を踏んでごめんね、クソったれなんて言って(書いて)ごめんなさい。

今度はキャロラインがエリックに謝った。


こうしてかつての義父の下半身が起こした一連の騒ぎは幕を閉じ……てはいないが、
必ずまだひと騒ぎもふた騒ぎもありそうだが、とりあえずキャロラインとエリックの夫婦としての危機は去った。

その後やはり全てを知らされた義母は怒り狂った。

が、それは義父と浮気相手の元メイドに対してで、
苦労したであろうレリーヌには優しく接しているという。

病を患う義父がこの騒動の所為で病状が悪化するのではないかと心配したが、義母への献身的な償いをする事と、レリーヌが良縁に恵まれて嫁ぐまでは死ねないと活力を得たようだ。

近頃ではベッドから起き上がれる日が増えている。

宿屋はワート伯爵家の名の下に売却し、レリーヌの財産として義父が管理する事となった。

まぁとりあえずは良かったと言って良いのだろうか……。


そしてこれは勿論、大手を振って良かったと言える事であろう。

キャロラインはその後懐妊し、無事に元気な男の子を産んだ。

キャロラインとエリックのいいとこ取りをしたと、親バカ発言が出るほどの愛しい子だ。


そしてトーマスと名付けられたその子が、
いずれこの国の王太子の側近になり、主君とその婚約者に振り回される事になるのは、また別の物語である。



           おしまい



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



苦労人トーマス君は、この短編集の後に書こうと思っているお話に登場する予定です。





















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