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クロビス、 慚愧の念に堪えられず

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あぁ目が回る。
目の前の景色がぐるぐると。
景色?人も回ってる。色々な人が。
両親、兄弟、騎士団の仲間、ラビニア様も回ってる。
そして……あれは……。

チェルカだ。
僕の可愛くて大切な婚約者。
彼女は僕の初恋の人で、僕はチェルカの隣に並び立つに相応しい男になりたくて頑張った。

でも……そうだ、ラビニア様の専属護衛騎士になって、段々とその気持ちが薄れていったんだ。

ラビニア様に初めてお会いした時、チェルカとはまたタイプの違う女性にときめいたのを覚えてる。
視線を誘うようにデコルテが大きく開いたドレスの胸元にドキドキした。
チェルカが絶対に着ないような、体の線の出るラビニア様のドレス姿を見るのが、護衛任務の醍醐味と感じた頃から、なんだか今まで大切だと思っていたことがどうでもよくなり出したんだ。
ラビニア様に見つめられ、ラビニア様の瞳を見つめると恍惚とした気持ちになれる。
胸の内から愛しさが込み上げてきて、彼女の為なら何でも出来る……そう思えたんだ。
ラビニア様の側に居たい。誰よりも近くに。
ラビニア様に愛されたい。誰よりも強く。
そんな感情がどんどん大きくなっていった。

だけどその感情とは裏腹に、チェルカが可愛いと思う気持ちもあって……そんなちくはぐな感情を自分でも不思議に感じていたけど、ラビニア様と共にいる多幸感に満たされて深く考えることをやめてしまった。

そう。考えるのやめてしまうと楽だった。
とても心地よく、とても幸せだった。

僕はこんなに幸せなのに、チェルカは僕を責めて婚約を解消したいと言う。
そんな意地悪を言うならもう婚約解消でいいやと思う気持ちと、絶対にチェルカを手放しちゃダメだと思う気持ちでゴチャゴチャになる。
でもその度にラビニア様の瞳を見ると嫌な感情が全て消えて楽になれたんだ。

だから僕は幸せだった。
このぬるま湯のような心地よい幸せな世界にずっと居たいと思っていた。

そう、思っていたのに。

なんだ?この景色は?

勝手に頭の中に流れ込んでくる。この、悲しくて辛い光景は。

チェルカが困ってる。
チェルカが悲しんでいる。
チェルカが怒ってる。
チェルカが……泣いている。

どうして?誰がチェルカを悲しませた?

僕が…‥僕が悲しませた……?僕が?チェルカを?

僕はチェルカを……チェルカを傷付け、た……?

その瞬間、僕の中で何かが弾けて……そしてチェルカの声が頭に響いた。

“クロビスなんて大嫌いっ……!”






ロアに一時的に魅了を解かれたクロビス。

途端に体をくの字に曲げ頭を抱え込むクロビスを見て、ジスタスは不安そうにロアに訊ねる。

「か、彼は一体どうしたんです?」

「今、走馬灯の如くこれまでの事が記録のように頭の中に流れ込んでいるんです。奴が到底知らないチェルカの胸の内も、全て」

「そ、そんな事が可能なんですか?」

「その時、色々な場面でその場に居た精霊たちの記憶を集めて奴の脳内に流し込むだけですから」

「いたく簡単に言われますが、普通の人間には到底出来ない事です……」

「精霊たちはこの世界の自然の理を司る存在でありながら、この世界の空間や時間枠に囚われないイキモノですからね。精霊は万能です」

「その精霊を使役する、精霊魔術とは……おそろしや……」

ロアとジスタスがそんな会話をしていると、クロビスがぐしゃりと膝から崩れ落ちた。
両手を地面につき、わなわなと小刻みに震えている。

そのさまを見て、ロアがつぶやくように言った。

「どうやら自分がしでかした事を全て理解したようだな」

クロビスは大きく目を見開き、瞬きもせずに地面に目を落としていた。
何を見ているわけではない。
ただ現実を受け入れ難い状況に愕然としている様子だった。

そしてクロビスは徐に顔を上げてロアを見た。

「……あなたがチェルカの幼馴染?……大賢者の弟子がチェルカの……?チェル、チェルカは今……どこに?」

「この世で一番安全な所に。彼女はこれまでの心労が祟って、今は眠っている」

「あぁっ……チェルカっ!」

クロビスは今度は地面に思い切り額を付けて蹲った。
そしてそのままぶつぶつと独り言のように自分を責め出した。

「ぼ、僕はなぜっ……どうしてチェルカにあんな態度をっ?どうしてチェルカにあんな言葉をっ?どうしてチェルカに……どうしてっ!?」

ロアは黙ってクロビスを見ている。

「婚約者として大切にしてきたんだっ、チェルカも僕との関係を大切にしてくれたっ……お互いの夢を語りあって、応援して、誕生日にはプレゼントを贈りあって!そして成人して、夢が叶って、互いに仕事に邁進してっ、落ち着いたらっ……式を挙げようって……!」

クロビスはダンッと地面を強く打った。

「それをっ……壊した!全部っ、全部自分でっ……チェルカを蔑ろにしてっ、好きだという気持ちがありながらも彼女の事がどうでもよくなった……それがなぜなのか自分でも解らなくて、面倒くさくて考える事を放棄したんだ!チェルカは何度も婚約解消をしてくれと言っていたのに!それが段々と切実に言われるようになって……正直、煩わしいとまで感じてしまっていたっ」

クロビスは両腕で地面を強く叩き、そして今度は力ない声で言う。

「……そうやってチェルカを裏切り、傷付けてきたんだね、僕は……そして挙句の果てに練習台に丁度いいと、彼女の気持ちを無視して……」

その件については既に精霊から聞き及んでいたのだろう。クロビスの言葉を聞き、ロアは拳をギリッと握りしめた。

蹲ったままクロビスは力ない声で話し続ける。

「大嫌いだと言われた……目の前から消えてと言われた……あの優しいチェルカに僕はそこまで言わせてしまった、そこまで嫌われてしまったんだっ……!うっ……ヒック……うぅ…くっ……」

そして蹲ったまま、クロビスは啜り泣き始めた。

その様子をラビニアはキョトンと不思議そうに見ていた。

「クロー?いきなりどうしてしまったの?なぜ泣いているの?」

ロアはラビニアに告げる。

「今、能天気に奴に話しかけない方がいいぞ。術が解けて一気に現実に引き戻されたんだ。その現実に打ちのめされている最中だからな、諸悪の根源のあんたを見たら、奴は何をするかわからない」

「術を解いた……?嘘おっしゃい。あの術はわたくしが死ぬか契約している魔法生物が死ぬかでないと解けないと魔導書に書いてあったのよ。そのどちらでもないのに解けるわけがないわ」

「世の中にはな、魔導書に書いていない理が沢山あるんだよ。お前はそれを、後で身をもって知る事になるだろう」

「なぁに?訳のわからない事ばかり言って。もういいわ、わたくしなんだか疲れてしまったの。クロー、わたくしお昼寝がしたいわ。いつものように添い寝してちょうだい」

ラビニアがそう言うと、クロビスはゆっくりと顔を上げて彼女を見た。
涙で充血して目は真っ赤になり、顔は濡れてぐしゃぐしゃになっている。

「ラビニア様……いや、王女……あなたの所為ですよ?……あなたの所為で、僕は、大切な人を蔑ろにした……どうしてくれるんです?もしチェルカと元の関係に戻れなかったら、どう責任をとってくれるんですか……?」

「やだクローったら怖い顔をして。混乱して分からなくなっているの?わたくしよ?貴方の愛するわたくしなのよ?そんな怖い顔を向けないでちょうだい」

ラビニアがそう言うと、クロビスは昏い眼差しをラビニアに向けてゆらりと立ち上がった。

「お前なんか愛してない……愛するわけがないだろう……」

「え?クロー……?本当に術が解けてしまったの?」

クロビスは剣のヒルトに手をかけてスラリと鞘から抜いた。

「クロー……?」

ペットやアクセサリーの如く侍らしていたクロビスに切先きっさきを向けられて、ラビニアは怪訝な顔をする。

その瞬間、クロビスがラビニアに斬りかかった。

「キャアッーー!?」

突然クロビスに襲いかかられ、ラビニアは悲鳴をあげる。
ラビニアの眼前に剣先が届こうとしたその時、クロビスの身体が地面に叩きつけられるように倒された。
その様子を見てラビニアは更に悲鳴をあげる。

「キャアッーー!?」

「煩い、黙れ醜女」

ロアがそう言って魔術の縄を使ってクロビスを締め上げ、身柄を拘束した。

気絶しているクロビスにロアは言う。

「クロビス・アラバスタ。魅了を解いたのはあくまでもお前自身が罪を知るための一時的なものだ。目が覚めたら再び醜女王女の術にかかった状態に戻っている。そう簡単に術を解いてなどやるもんか。お前は一般的に用いられる方法で解呪処置を受けろ。長く辛く苦しい時間が続き、精神的にもかなりキツいだろう。人によっては解呪に耐えられず命を落とす者もいるという。それを受けながら、チェルカに対しての悔恨の念にも苛まれろ。それがお前にできる贖罪だ」

そしてそれを乗り越えて初めて、チェルカに会って謝罪をする立場となれる。
そうでないと一人で苦しんできたチェルカが報われない。
まぁチェルカが謝罪も何も要らないから二度と会いたくないと言うのなら、一生会わせるつもりはないが。
ロアはそう考えた。

拘束されたクロビスを見て、ラビニアの取り巻き連中は動けないまま恐怖に打ち震えている。
中にはその場で失禁している者もいた。

クロビスが動かなくなったのをいい事に、ラビニアは威勢を取り戻して彼を詰った。

「なんて無礼な!そんな乱暴な人だとは思わなかったわ!ガッカリよ!もうクローなんてクビにしてやるんだからっ!」

そう言ってラビニアは倒れているクロビスの背中を踏みつけようとした。

しかしその瞬間、ロアは今度はラビニアを地面に這いつくばらせた。

「ぎゃうっ」

潰れたカエルのように力なく全身を地面に縫い止められるラビニアに、ロアは告げた。

「……お前は清々しいほどに醜い奴やな……お前は簡単に許されると思うなよ?自分の犯した罪、きっちり落とし前を付けてもらうぞ」
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