上 下
17 / 27

一時解除

しおりを挟む
「……大賢者……?五百年以上生きてるという、あの有名な?この方がその有名な大賢者の弟子なの?」

目を瞬かせながらラビニアがそう言った。
それまで腹立たしげに不機嫌さを撒き散らしていたというのに、ロアが高名な魔術師だと知ると途端に別人のように声のトーンを上げて目を輝かせた。

「そんな貴方が忠誠を誓う相手とは……チェルカって、クローの婚約者のあの冴えない女よね?あんな地味な子に忠誠だなんて……今まで周りに残念な女しかいなかったのね、かわいそうに……」

ラビニアはそう言ってロアに撓垂れ掛かるように隣に立ち、下から長身の彼を覗き込んだ。

金色の瞳を縁どる長いまつ毛を優雅にはためかせて潤んだ瞳をロアに向けた。
魔力を色濃くして。
が、その途端に……
「ぎゃっあっ!?」
ロアは王女の目を人差し指と中指で突こうとした。
所謂“目潰し”をしようとしたのだ。
まぁ恐らくロアにしてみれば本気で突こうとは考えていなかったのだろう。
思わずムカついてふざけてやったくらいの感覚だと思われる。
現にラビニアでもすんでのところで顔を後ろに下げてロアの指を避ける事が出来たのだから。

「ちょっと!危ないではないのっ!」

ラビニア的には九死に一生を得て、再びヒステリックな声を出してロアに抗議した。
瞳術を用いてロアに魅了を掛けようとした自分の行いを棚に上げて。

「危うく目に当たるところだったのよっ、なんて酷いことをするの!?」

「黙れ醜女しこめ

「しこっ……?」

この悪口も、今まで悪意ある言葉を向けられた事のないラビニアにはどう反応してよいのかわからない。
そんな彼女にロアは恐ろしく低い声で告げる。

「この俺に魅了を掛けようとしやがって。生憎俺の方がお前と契約している魔法生物より遥かに魔力が上だから屁でもねぇが、今度ふざけた真似をしやがったら本当にその両目をくり抜いて魔獣の餌にするからな」

「……ん?え?」

どうやらラビニアにはロアが言った言葉の半分も理解できなかったようだ。
今まで自分に心地よく都合のよい言葉しか耳にして来なかったせいか、単に頭が悪いのか、あるいはその両方か。
そう考えるロアの耳元で近くにいた精霊が“その両方だよね☆”と囁いた。
「ふっ……そうだな」
ロアが吹き出しながら同意する。

だが、ラビニアには悪口の意味が理解できなくてもクロビスや取り巻きたちにはその言葉を当然理解し、憤慨する。
皆、口々にロアに向けて訂正しろだの謝罪せよだのと喚き散らしてきた。

それをロアは鬱陶しそうに、自らにたかる虫でも払うかのように手を振る。
すると途端に、取り巻きたちの口がまるで縫い付けられたように開かなくなってしまった。

種明かしをすると、水の精霊ウィンディーネに命じて唾液を糊のよう変質させて物理的に口を開けないようにしたのである。
なぜなら、当然唾液には“水分”が含まれていて……まぁここら辺の説明は汚いので割愛しよう。

しかしロアはクロビスだけは口が利けるままにし、封じていた体の動きも解放した。
他の者とは逆に、突然自由を取り戻した自身の体に驚くクロビスにロアは言う。

「可愛いチェルカを冴えないとか地味だとかほざく女にうつつを抜かすなど俺には理解できん。まぁ王女の魅了に掛かっているお前に何を言っても無駄だろうが」

「確かにチェルカは可愛いけどっ……それでもラビニア様には到底及ばないよ……!」

クロビスのその発言に、ロアは訝しげな顔をする。

「やっぱりお前の術の掛かり方が奇妙なんだよなぁ……普通、魅了を掛けた術者に精神の全てを乗っ取られて自我は残らないはずなんだが……王女に対する愛情を植え付けられてもチェルカへの好意も残しているとはな。まぁよほど強い精神力の持ち主なら例外もあるが……しかしお前がその強い精神力の持ち主とも思えんしなぁ」

「な、なんだよっ、何が言いたいんだっ」

「……それだけ元のお前はチェルカの事が好きだったという事か。長い付き合いで無意識に漏れ出すチェルカの魔力に多く触れていたのも大きいだろうし……だが、それでも魅了にかかったのはお前の心に隙があったからだ。あの醜女に対して少しでも可愛いだの、憧れだのという恋情に変わりかねない感情を抱いた所為で簡単に術中に堕ちたんだ」

ロアがそこまで言うと、副師長ジスタスが確認すかのように訊いてきた。

「王女に対し、多少なりとも邪な心があったということでしょうか?」

「ああ。スケベ心に付け込まれたんだこいつは」

「なっ……!」

「なるほどスケベ心ですか」

あけすけに言うロアと感心して納得するジスタスにクロビスは反論する。

「違うっ!僕は純粋にラビニア様を敬愛してっ……!」

「嘘つけ。正直に言ってみろ?お前、王女をオカズにした事があっただろ」

ロアの言葉にジスタスが眉根を寄せてクロビスを見る。

「うわっ……キミ、王女でヌイたの……?」

「やめろよ!ラ、ラビニア様の前でなんて事言うんだっ!!」

「なにカッコつけてんだこのスケベ野郎が」

「スケベは仕方ないとしても婚約者がいる身で他の女性でとは……いただけないなぁ」

「うるさいうるさいうるさいっ!!」

ロアとジスタスとクロビス、三人の会話をラビニアは意味がわからずきょとんとして見ていた。
「………オカズ?ヌク?なにかしら?それ……」
王女として下ネタなど聞いたこともないラビニアには当然の反応だろう。

クロビスは慌ててラビニアに言い訳をして誤魔化す。

「ラビニア様っ……僕はただっ……じゅ、純粋に貴女様を愛しているのです!」

「何が純粋だ。てめぇ、チェルカもオカズにしてやがったら腐り落ちる呪いを掛けてやるからな」

「僕にはラビニア様だけだ!」

「じゃあなんでチェルカと婚約を解消しないんだよ」

「それはチェルカの事も好きだからだよ!それにどんなにラビニア様を愛していても結婚はできないからっ……だから」

「ローウェル君で欲を晴らそうと?うわぁ最低ですね」

軽蔑に満ちた目をクロビスに向けるジスタスの隣でロアが射殺さんばかりにクロビスを睨みつける。

「このっ腐れ外道、今すぐ呪いを掛けてやる」

「ヒッ、ヒィッ!ヤダよ!や、やめろよ!」

クロビスは恐怖に慄きながら股間に手を当てた。
それをやはり不思議そうに見つめるラビニア。
はたから見たら何とも言えないカオスな光景である。
そして空気が読めないラビニアはそんなクロビスに甘ったるい声で話しかけた。

「どうしたの?クロー、あなた大丈夫?」

「ラビニア様っ……なんとお優しいっ……!」

「優しくねぇわ。そいつは醜い上にクズだぞ」

「み、醜いだとなんてっ!こんなにお美しいラビニア様をさっきから醜女醜女と言って!キミは目が腐っているんじゃないのかっ!?」

「目が腐ってるのはお前だよクロビス・アラバスタ」

「はあっ!?そ、そんな訳はないだろっ!」

「可愛いチェルカが婚約者という恵まれた立場にありながら一瞬でも他に目が行くなんて俺には信じられん。目どころか脳ミソも腐っているとしか考えられんな」

「なんだとーーっ!確かにチェルカは可愛いけどラビニア様のような美しい方が近くにいて心が動かない男なんて居るわけないじゃないかー!」

「さっきから何ですのっ?皆してあの地味女を可愛い可愛いと連呼して!わたくしの方が女性として優れているのに!」

ずっと喚き続けるクロビスと一緒になってラビニアまで喚き出し、辟易としたロアが言った。

「うるせぇなぁ……じゃあ以前の自分に聞いてみろよ?本当にその醜女にチェルカ以上の価値があったのか」

「え?」

「は?何を……」

訝しむクロビスとラビニアを他所に、ロアは
クロビスの足元に魔法陣を出現させた。

複雑な紋様のように刻まれた精霊文字と古代文字エンシェントスペル
その陣から強烈な光が発せられ、側にいたラビニアはその光からまるで拒絶されたかのように弾かれる。

「きゃあっ!?」

一瞬何かが破裂するようにバチンという音と衝撃を発し、ラビニアは後ろに飛ばされるように尻もちを突いた。

ロアは精霊の言語で術式を詠唱する。
精霊魔術による解呪の方法であった。

そして陣から発せられた光がクロビスの全身を包み込み、やがて唐突に光が消えた。

クロビスは自身の身に何が起きたのか訳が分からない様子でわなわなと震え出す。
そして、
「うっ……うわっ……くっ……う、」と小さく呻き声をあげて頭を抱えた。

その様を見ながらロアが言う。

「一時的にお前を魅了の洗脳から解いてやった。今までの己の行いを振り返ってみろ。チェルカに言った言葉、チェルカに示した態度、その全てを振り返り、それでもその醜女の方が素晴らしいと言えるのか是非俺に教えてくれ」





───────────────────



次回、クロビス、懺悔タイム。

これからのざまぁ展開について。
作者の考えをXにポストしています。
もしよろしければお読みになって頂いた上でこれからの断罪を見届けて頂けましたら有り難いです。








しおりを挟む
感想 538

あなたにおすすめの小説

その日がくるまでは

キムラましゅろう
恋愛
好き……大好き。 私は彼の事が好き。 今だけでいい。 彼がこの町にいる間だけは力いっぱい好きでいたい。 この想いを余す事なく伝えたい。 いずれは赦されて王都へ帰る彼と別れるその日がくるまで。 わたしは、彼に想いを伝え続ける。 故あって王都を追われたルークスに、凍える雪の日に拾われたひつじ。 ひつじの事を“メェ”と呼ぶルークスと共に暮らすうちに彼の事が好きになったひつじは素直にその想いを伝え続ける。 確実に訪れる、別れのその日がくるまで。 完全ご都合、ノーリアリティです。 誤字脱字、お許しくださいませ。 小説家になろうさんにも時差投稿します。

結婚記念日をスルーされたので、離婚しても良いですか?

秋月一花
恋愛
 本日、結婚記念日を迎えた。三周年のお祝いに、料理長が腕を振るってくれた。私は夫であるマハロを待っていた。……いつまで経っても帰ってこない、彼を。  ……結婚記念日を過ぎてから帰って来た彼は、私との結婚記念日を覚えていないようだった。身体が弱いという幼馴染の見舞いに行って、そのまま食事をして戻って来たみたいだ。  彼と結婚してからずっとそう。私がデートをしてみたい、と言えば了承してくれるものの、当日幼馴染の女性が体調を崩して「後で埋め合わせするから」と彼女の元へ向かってしまう。埋め合わせなんて、この三年一度もされたことがありませんが?  もう我慢の限界というものです。 「離婚してください」 「一体何を言っているんだ、君は……そんなこと、出来るはずないだろう?」  白い結婚のため、可能ですよ? 知らないのですか?  あなたと離婚して、私は第二の人生を歩みます。 ※カクヨム様にも投稿しています。

あの約束を覚えていますか

キムラましゅろう
恋愛
少女時代に口約束で交わした結婚の約束。 本気で叶うなんて、もちろん思ってなんかいなかった。 ただ、あなたより心を揺さぶられる人が現れなかっただけ。 そしてあなたは約束通り戻ってきた。 ただ隣には、わたしでない他の女性を伴って。 作者はモトサヤハピエン至上主義者でございます。 あ、合わないな、と思われた方は回れ右をお願い申し上げます。 いつもながらの完全ご都合主義、ノーリアリティ、ノークオリティなお話です。 当作品は作者の慢性的な悪癖により大変誤字脱字の多いお話になると予想されます。 「こうかな?」とご自身で脳内変換しながらお読み頂く危険性があります。ご了承くださいませ。 小説家になろうさんでも投稿します。

貴方を捨てるのにこれ以上の理由が必要ですか?

蓮実 アラタ
恋愛
「リズが俺の子を身ごもった」 ある日、夫であるレンヴォルトにそう告げられたリディス。 リズは彼女の一番の親友で、その親友と夫が関係を持っていたことも十分ショックだったが、レンヴォルトはさらに衝撃的な言葉を放つ。 「できれば子どもを産ませて、引き取りたい」 結婚して五年、二人の間に子どもは生まれておらず、伯爵家当主であるレンヴォルトにはいずれ後継者が必要だった。 愛していた相手から裏切り同然の仕打ちを受けたリディスはこの瞬間からレンヴォルトとの離縁を決意。 これからは自分の幸せのために生きると決意した。 そんなリディスの元に隣国からの使者が訪れる。 「迎えに来たよ、リディス」 交わされた幼い日の約束を果たしに来たという幼馴染のユルドは隣国で騎士になっていた。 裏切られ傷ついたリディスが幼馴染の騎士に溺愛されていくまでのお話。 ※完結まで書いた短編集消化のための投稿。 小説家になろう様にも掲載しています。アルファポリス先行。

初恋の相手と結ばれて幸せですか?

豆狸
恋愛
その日、学園に現れた転校生は私の婚約者の幼馴染で──初恋の相手でした。

夫婦にまつわるすれ違い、または溺愛を描く短編集

キムラましゅろう
恋愛
様々な夫婦のすれ違いだったり、溺愛だったり、勘違いだったり、犬も食わないアレだったり……を描いた短編集です。 完全ご都合主義、異世界ノーリアリティ主義、元サヤハピエン至上主義、不治の誤字脱字病患者の作者が思いつくまま書いてゆく物語です。 どうぞ生暖か〜い目とお心でお読み頂けますと有り難いです。 作中、性表現はありませんがそれを連想させるワードが幾つが出て来ます。 苦手な方はご注意を。 小説家になろうさんにも投稿します。

【電子書籍発売に伴い作品引き上げ】私が妻でなくてもいいのでは?

キムラましゅろう
恋愛
夫には妻が二人いると言われている。 戸籍上の妻と仕事上の妻。 私は彼の姓を名乗り共に暮らす戸籍上の妻だけど、夫の側には常に仕事上の妻と呼ばれる女性副官がいた。 見合い結婚の私とは違い、副官である彼女は付き合いも長く多忙な夫と多くの時間を共有している。その胸に特別な恋情を抱いて。 一方私は新婚であるにも関わらず多忙な夫を支えながら節々で感じる女性副官のマウントと戦っていた。 だけどある時ふと思ってしまったのだ。 妻と揶揄される有能な女性が側にいるのなら、私が妻でなくてもいいのではないかと。 完全ご都合主義、ノーリアリティなお話です。 誤字脱字が罠のように点在します(断言)が、決して嫌がらせではございません(泣) モヤモヤ案件ものですが、作者は元サヤ(大きな概念で)ハピエン作家です。 アンチ元サヤの方はそっ閉じをオススメいたします。 あとは自己責任でどうぞ♡ 小説家になろうさんにも時差投稿します。

寡黙な貴方は今も彼女を想う

MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。 ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。 シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。 言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。 ※設定はゆるいです。 ※溺愛タグ追加しました。

処理中です...