上 下
2 / 27

苦労人のチェルカ

しおりを挟む
「キミがチェルカ?」

「はい。ローウェル男爵ゲスタンの娘、チェルカです」

「ぼくの未来のお嫁さんだ。ぼくはアラバスタ伯爵家の次男、クロビスだよ」

「クロビス様……」

「うんよろしくねチェルカ」

「でも……いいのかな?わたしは“庶子”ですよ?お父様には黙っておけと言われたけれど、それはやっぱりいけないことだと思うので」

「ショシ?」

「本妻の子どもではないということです」

「キミはむずかしい言葉を知ってるんだね」

「勉強が好きなんです。とくに魔術の勉強が」

「僕は魔力がないから剣を学んでる」

「おぉ~」

「うん気に入った。ショシでもなんでもいいよ。僕とキミは今日から婚約者同士になったんだ。これから仲よくしようね」

「はいクロビス様」


チェルカとクロビス、二人の婚約が結ばれたのはクロビスが十四歳、チェルカが十五歳の時だった。

チェルカの母親はかつてローウェル男爵家のメイドをしており、その時にまだ独身で家督を継ぐ前の父のお手付きとなったのだった。

だがやがてチェルカの父であるゲスタンが爵位を継ぐと同時に婚約者だった貴族令嬢と婚儀を挙げることになり、婚前に女性関係を精算するという意味合いで母は男爵家を追い出された。
要は父に捨てられたのだ。
その時母のお腹にはすでにチェルカが宿っていたというのに。

母と娘、なんとか生活をしていけるだけの金は出すが認知はしない。
今後一切ローウェル男爵家と関わることを禁ずる。
そう言い放って、母は子供を産むなら国外へ行くようにと命じられた。
名は体を表すとはいうが、なかなかどうしてゲスタン・ローウェルは本当にゲスな男であった。

そうしてチェルカの母は移民を受け入れる国へ移り住み、そこでチェルカを産んで育てた。
だけどチェルカは父がいなくて寂しいと思ったことは一度もない。
近所の人は良い人ばかりだったし、母は父の悪口は言わないが置かれた環境を思うとそんな父親なら居ない方が良いと子供ながらに思っていたからだ。
そうしてチェルカは母ひとり子ひとり、慎ましくも幸せに暮らしていたのだった。

チェルカは先祖返りの一種らしく、高い魔力を持って生まれてきた。

平民でも魔力があり、魔術を学べばそれはそれは良い仕事に就けるのだ。
母はチェルカの将来のために魔術専門の街の私塾に通わせてくれた。
そこでの学びは本当に楽しく、飄々とした愉快な先生や一緒に塾で学ぶ仲間たちと切磋琢磨しながら魔術や魔法を学んでいたのだった。

が、チェルカがもうすぐ十四歳になろうかという時に転機が訪れる。
大好きだった母が流行り病であっけなくこの世を去った。
そして母の死とチェルカが高魔力保持者だと知った実の父親であるゲスタンが、いきなりチェルカを引き取りたいと申し出てきたのだ。

今までこの世にいないものとして放置していた娘のチェルカをいきなり認知し、ローウェル男爵家の娘として招き入れたいと言ってきたのだ。
母を失いまだ未成年のチェルカを、塾の先生が後見人になり成人まで一緒に暮らそうか……とまで言ってくれていたのだが、実の父親が引き取ると申し出てきたことによりそれはなくなった。

相手は正真正銘血の繋がった父親。
これには誰も異を唱えることは出来ず、チェルカは母と移民として暮らしていた国を出て、父親の国へと渡ったのであった。

だけどチェルカにとって実父といえどほとんと他人も同然。
継母と異母弟の居るローウェル男爵家は完全アウェイの居心地悪い暮らしであった。
そして男爵家で暮らし始めてすぐに、なぜ父親がチェルカを引き取ると言い出したのかその理由がわかった。

武門の家柄であるアラバスタ伯爵家がまだ婚約者が定まっていない次男に、魔力のある貴族令嬢を添わせたいと婚約者探しをしているとの情報を、父が聞きつけたからだ。

チェルカは本妻の娘ではないが認知さえすればローウェル男爵家の娘。
そして魔力を有し、次男クロビスとの年齢の釣り合いもとれる。
まぁ要するにチェルカは父の世渡りの道具とするために引き取られただけなのであった。

そうしてチェルカはクロビスと引き会わされ、本人同士の顔合わせもでも問題なしされ婚約が結ばれた。

以降それから六年。
二人は仲良く良好な関係を続けてきたのだ。
なんでも話せて互いの夢を応援しあえる、そんな気の置けない関係。

チェルカは魔術師に。クロビスは王国の正騎士に。

そしてその夢がそれぞれ実現し、王宮魔術師と王宮騎士となることができた。

クロビスは栄誉ある王宮魔術師になれたチェルカの意を汲んで、結婚は三年後にと両親に願い出てくれた。
それまではこれまでと変わらず婚約者同士仲良く付き合ってゆき、互いに職務を頑張ろうと二人で決めた矢先、クロビスが栄えある近衛騎士となり第二王女ラビニアの専属護衛騎士に任ぜられる。

誉高いことだ。
さすがクロビス。わたしも負けないように魔術師として頑張ろう。と、そうチェルカは思っていたのに。

だけどクロビスはあっという間に王女に夢中になり、チェルカとの関係をおざなりに扱うようになってしまった。

何度クロビスとの時間を取り、ちゃんと向き合おうとしても「ラビニア様が」とばかり言ってドタキャンや約束を簡単に反故にする。
それは以前のクロビスには考えられないことであった。

「どうしたの?クロビス……わたしたち、あんなにお互いを大切にし合えていたのに……」

チェルカにとっては十五歳で出会ったクロビスが初恋の人という訳ではないが、縁あって婚約者となり将来は夫婦となるのだとそう思ってきた。
だからその関係を誰よりも大切にしていたのだ。
そしてそれはクロビスも同じだと、そう感じていたのに……。

別人になったかのように急に変わってしまったクロビスの言動。
王宮勤めのチェルカが毎日目にする、王女に夢中になっているクロビスの姿。

寂しくて悲しくて。
ちくちく痛む胸を抱え、それでもチェルカは王宮魔術師の職にしがみつき、懸命に働くしかなかった。

だって毎月男爵家に金を仕送りをしろと言われているから。
引き取ってやった恩を返せと言われているから。

「まぁあまり裕福ではないのに、勉強のために高価な魔導書を沢山揃えて貰ったのは確かだからね~。その分を返すまでは仕送りも致し方なしね」

お金のせいで継母や異母弟との仲が最悪になってしまったこともあるため、チェルカは今後の憂いを断つためにそれを返金する意味でも送金しているのであった。

いつも飄々としているチェルカだが、じつはなかなかの苦労人なのであった。






───────────────────────




皆様、お読み頂き&感想をお寄せ頂きありがとうございます!

ちと忙殺されていてお返事が出来ないのもありますが、
著者近況の告知で書いたように、“このキャラのために考えたお話”のキャラについてやタグのナマハゲについて、感想欄でついウッカリ口を滑らせて、ネタバレしかねないので承認のみにさせて頂きます✰

だって~鋭い読者さんが多いんだもの~
ましゅろう、それを躱すスキルゼロなんだもの~

と、いうわけでごめんなさいです。(´>∀<`)ゝテヘ
しおりを挟む
感想 539

あなたにおすすめの小説

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

彼が愛した王女はもういない

黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
シュリは子供の頃からずっと、年上のカイゼルに片想いをしてきた。彼はいつも優しく、まるで宝物のように大切にしてくれた。ただ、シュリの想いには応えてくれず、「もう少し大きくなったらな」と、はぐらかした。月日は流れ、シュリは大人になった。ようやく彼と結ばれる身体になれたと喜んだのも束の間、騎士になっていた彼は護衛を務めていた王女に恋をしていた。シュリは胸を痛めたが、彼の幸せを優先しようと、何も言わずに去る事に決めた。 どちらも叶わない恋をした――はずだった。 ※関連作がありますが、これのみで読めます。 ※全11話です。

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話

ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。 リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。 婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。 どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。 死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて…… ※正常な人があまりいない話です。

彼の過ちと彼女の選択

浅海 景
恋愛
伯爵令嬢として育てられていたアンナだが、両親の死によって伯爵家を継いだ伯父家族に虐げられる日々を送っていた。義兄となったクロードはかつて優しい従兄だったが、アンナに対して冷淡な態度を取るようになる。 そんな中16歳の誕生日を迎えたアンナには縁談の話が持ち上がると、クロードは突然アンナとの婚約を宣言する。何を考えているか分からないクロードの言動に不安を募らせるアンナは、クロードのある一言をきっかけにパニックに陥りベランダから転落。 一方、トラックに衝突したはずの杏奈が目を覚ますと見知らぬ男性が傍にいた。同じ名前の少女と中身が入れ替わってしまったと悟る。正直に話せば追い出されるか病院行きだと考えた杏奈は記憶喪失の振りをするが……。

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

【完結】私よりも、病気(睡眠不足)になった幼馴染のことを大事にしている旦那が、嘘をついてまで居候させたいと言い出してきた件

よどら文鳥
恋愛
※あらすじにややネタバレ含みます 「ジューリア。そろそろ我が家にも執事が必要だと思うんだが」 旦那のダルムはそのように言っているが、本当の目的は執事を雇いたいわけではなかった。 彼の幼馴染のフェンフェンを家に招き入れたかっただけだったのだ。 しかし、ダルムのズル賢い喋りによって、『幼馴染は病気にかかってしまい助けてあげたい』という意味で捉えてしまう。 フェンフェンが家にやってきた時は確かに顔色が悪くてすぐにでも倒れそうな状態だった。 だが、彼女がこのような状況になってしまっていたのは理由があって……。 私は全てを知ったので、ダメな旦那とついに離婚をしたいと思うようになってしまった。 さて……誰に相談したら良いだろうか。

処理中です...