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心、揺れる
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魔術師団本部の研究棟にて、夫イムルの研究室を掃除した翌週のことであった。
マユラの唯一の肉親である叔父のハーベイが突然、家を訪れた。
イムルの元に嫁いでから半年、久しぶりの対面となる。
できればあまり会いたくはなかったのだが、来てしまったからには仕方がない。
マユラはハウゼンに叔父を客間に通すように告げ、簡単に身支度を整えた。
「ご無沙汰しております。ハーベイ叔父様」
お茶の用意を携えたザーラと共に客間に入ると、ハーベイが品定めをするようにマユラの全身を見た。
「半年ぶり、か。ほぅ……すっかり人の妻という雰囲気を醸し出すようになってるじゃないか」
ハーベイの、どこか女性を見下すような態度が昔から苦手であった。
男色家である叔父がマユラを引き取ったのはあくまでも世間体のため。
そして自らは望めない子どもを……マユラが産んだ子どもを後継として自身が経営する商会を継がせようと考えている。
だからイムルとの縁談を打診された際に、彼の身辺調査をしたのだ。
イムルにギャンブル癖や借金があれば自分に迷惑がかかるから。それだけのためである。
できれば知りたくなかった。
毎週夫がどこに泊まっているのかなど最初から知らずにいられたら、イムルが帰宅しない日にハウゼンからそれを告げられても仕事のためだと勝手に勘違いをしていられたかもしれないのに。
マユラはハーベイの言葉に返事をする気になれず、ただ曖昧な笑みを浮かべるに留めてソファーに腰を下ろした。
ザーラがお茶をセッティングし、焼き菓子をサーブしてくれる。
その様子をハーベイは食い入るように眺めていた。
その様子からなんだか嫌な予感がしたのだ。
ザーラが下がるとハーベイはマユラに言った。
「で、どうなんだ?旦那とは上手くやっているのか?」
「おかげさまで」
「王国魔術師で、しかも本部に勤めるような上位魔術師の妻になれたんだ。愛人の一人や二人居ようが我慢しろよ」
「……」
「愛人を囲えるのは男のステータスだ。それだけその男に甲斐性があるというもの。おかげでそんないい服を着て魔術機械人形たちに傅かれる生活を送れているんだ。感謝すらこそしても決して不平不満を口にするなよ」
「……わかっております」
「分不相応に旦那に文句を言って離縁されても、もうお前に帰る家などないのだからな」
「はい……」
マユラは目を伏せたままでお茶を飲んで叔父の言葉をやり過ごす。
真面に聞くだけ無駄だから。
早く帰ってくれないかしら。
ザーラが淹れてくれるお茶はいつも美味しいわ。
人に淹れてもらうお茶ってどうしてこんなに美味しく感じるのかしら。
と、他のことを考えてハーベイの言葉をおざなりに聞いていたマユラだが、次にハーベイが発した言葉は無視できるものではなかった。
「それで?いつになったら俺のための魔術機械人形が届くんだ?」
「…………は?」
「せっかく魔術機械人形の製作をする男の元に嫁いだんだ。育ててもらった礼として、魔術機械人形の一つや二つ贈ってくるのが当たり前だろう」
なにが当たり前なのか。
「おっしゃっていることの意味がよくわかりません。確かに夫は魔術機械人形製作者ですが、それとこれとは別なのではないでしょうか」
「うるさいっ。俺も魔術機械人形が欲しいんだ!お前から旦那に言ってすぐに作らせろ。言うまでもなく、顔立ちの美しい少年の姿をした魔術機械人形にしろよ」
「夫は自分が造りたいと思った人形しか製作しません。諦めてください」
努めて冷静にマユラがそう言うと、ハーベイがローテーブルをダンッと拳で叩いた。
そして怒りを露わにして立ち上がる。
「お前っ……生意気だぞっ!家を出たからと偉そうに!誰のおかげで生きてこれたと思ってるんだっ!」
その怒号が客室に響き渡ったと同時に、部屋の外で待機していたハウゼンがマユラの元へと駆けつけた。
「奥様、」
「大丈夫よ、慣れているから。叔父はすぐに声を荒らげるの。でも暴力は振るわれたことはないから心配要らないわ」
「シカシ、」
表情に乏しい魔術機械人形。
感情も簡単なものを知識として与えられているだけなのだが、そんなハウゼンからマユラを心配する気配を感じられる。
ハウゼンが傍で守ってくれるのだ。
ここでハッキリさせておかねばきっと叔父は事ある毎に何かを要求してくるだろう。
マユラは意を決してハーベイに告げる。
「引き取っていただいた恩は忘れたことはございません。ですが、亡き両親が私のために遺してくれた財産は私の養育費という名目で全て叔父様のものになったでしょう。それに異議申し立てをせずに受け入れた時点で相殺になったと考えてはいただけませんか?」
「うるさいっ!うるさいうるさいうるさいっ!女のくせに生意気だぞ!お前はただ黙ってこれまで通り俺の言うことを聞いておけばいいんだっ!」
今まで意のままに従わせてきたマユラが反発したことが気に食わないのだろう。
途端に癇癪を起こしたハーベイが唾を撒き散らしながらそう言ってマユラに詰め寄ろうとした。
大柄な叔父が近づくだけで威圧感が半端ない。
が、すぐにその圧から逃れることができた。
マユラの視界が広い背中で覆われる。
ハーベイからマユラを隠すように現れたその背中の持ち主を見て、マユラは瞠目した。
「……イムル様っ……?」
なぜ、どうして。
仕事で不在であるはずのイムルがマユラの目の前にいる。
ハーベイが突然現れたイムルに驚愕の表情を向け、言葉を失ったように口をハクハクとさせていた。
それはマユラも同様で、ただ目の前に立つイムルを見上げるしかできなかった。
「旦那様、」
場の膠着を解くようにハウゼンが声を発した。
イムルが低い声色でハウゼンに問う。
「……何があった?」
「奥様ノ叔父上殿ガ突然訪問サレマシタ」
そして用心のために客室の外から会話を拾っていたのであろうハウゼンが事の次第をイムルに説明した。
それを聞いたイムルがハーベイの方に顔を向ける。
隠れた目元で睨まれているのかどうかもわからない。声を荒らげて何かを言われたわけでもないのに、ハーベイの肩がビクリと揺れた。
静かなイムルから感じる得体の知れない威圧から逃れるために、ハーベイはわざとあっけらかんとした口調でイムルに話かけた。
「こ、これは婿殿っ……!こうしてお会いするのは結婚式以来かな?元気そうで何よりだ!」
握手を交わそうと右手を差し出したハーベイ。
それを無視してイムルが言う。
「俺はアンタの婿じゃない」
握手をされることなく所在無さげに右手を彷徨わせながら、ハーベイが苦笑いを浮かべる。
「ハハハ……大切な姪の夫となったのだから、我が家の婿殿で相違ないだろう」
「アンタはその大切な姪とやらに暴言を吐くのか?」
「ぼ、暴言などと人聞きの悪いっ……私は叔父として至らぬ姪を躾ねばと……」
「マユラは俺の妻だ」
「あ、ああ」
「もうアンタの姪じゃない」
「いやでも、結婚しても姪であることには……」
「必要ない」
「は?」
「マユラは俺の妻であればいい」
「そ、そんな理不尽なっ……」
「帰れ」
「は?」
「二度と来るな」
「えっ?ちょっ……
イムルが人差し指を振ったと同時にハーベイの姿が消えた。
ハウゼンが呆気にとられるマユラに「叔父上殿ハ強制的ニ転移魔法デ自宅ニ戻サレタノデショウ」と告げた。
イムルがゆっくりと振り返りマユラを見る。
「イムル様……どうし、て……?」
どうして戻ってきたのか。
どうして叔父に怒ったのか。
「マユラが怖いと感じたのを感知した」
「感知……?」
「俺の魔力でお前とは繋がっている」
その仕組みがどうなっているのかもわからない。
が、今はそれよりも、
「だらからって……どうして……」
どうしてマユラが恐怖を感じたからといって仕事中であるにも関わらず飛んで帰ってきてくれたのか。
家にはハウゼンがいる。
ザーラだってマユラを守れるくらいには強い。
わざわざ戻って来ずとも大丈夫だったはずだ。
それなに、どうして。
それにどうして、自分の妻であればいいだなんて……
そんな、心を揺さぶることを言うのだろう。
嬉しいと思ってしまった。
面倒くさがりで、全てにおいてどうでもいいと考えるイムルがマユラのために魔術を用いて帰ってきてくれたのだ。
そして叔父から守ってくれた。
自分の妻だと言ってくれた。
そのことが嬉しいと、マユラは思ってしまったのだ。
都合のよい妻として、分不相応な感情を抱かずにいようと決めたのに。
どうしてその心構えを揺さぶるようなことをするのか。
他の誰かに心を置くイムルに、何も求めないと決めて嫁いだというのに。
マユラは泣きたくなった。
マユラの唯一の肉親である叔父のハーベイが突然、家を訪れた。
イムルの元に嫁いでから半年、久しぶりの対面となる。
できればあまり会いたくはなかったのだが、来てしまったからには仕方がない。
マユラはハウゼンに叔父を客間に通すように告げ、簡単に身支度を整えた。
「ご無沙汰しております。ハーベイ叔父様」
お茶の用意を携えたザーラと共に客間に入ると、ハーベイが品定めをするようにマユラの全身を見た。
「半年ぶり、か。ほぅ……すっかり人の妻という雰囲気を醸し出すようになってるじゃないか」
ハーベイの、どこか女性を見下すような態度が昔から苦手であった。
男色家である叔父がマユラを引き取ったのはあくまでも世間体のため。
そして自らは望めない子どもを……マユラが産んだ子どもを後継として自身が経営する商会を継がせようと考えている。
だからイムルとの縁談を打診された際に、彼の身辺調査をしたのだ。
イムルにギャンブル癖や借金があれば自分に迷惑がかかるから。それだけのためである。
できれば知りたくなかった。
毎週夫がどこに泊まっているのかなど最初から知らずにいられたら、イムルが帰宅しない日にハウゼンからそれを告げられても仕事のためだと勝手に勘違いをしていられたかもしれないのに。
マユラはハーベイの言葉に返事をする気になれず、ただ曖昧な笑みを浮かべるに留めてソファーに腰を下ろした。
ザーラがお茶をセッティングし、焼き菓子をサーブしてくれる。
その様子をハーベイは食い入るように眺めていた。
その様子からなんだか嫌な予感がしたのだ。
ザーラが下がるとハーベイはマユラに言った。
「で、どうなんだ?旦那とは上手くやっているのか?」
「おかげさまで」
「王国魔術師で、しかも本部に勤めるような上位魔術師の妻になれたんだ。愛人の一人や二人居ようが我慢しろよ」
「……」
「愛人を囲えるのは男のステータスだ。それだけその男に甲斐性があるというもの。おかげでそんないい服を着て魔術機械人形たちに傅かれる生活を送れているんだ。感謝すらこそしても決して不平不満を口にするなよ」
「……わかっております」
「分不相応に旦那に文句を言って離縁されても、もうお前に帰る家などないのだからな」
「はい……」
マユラは目を伏せたままでお茶を飲んで叔父の言葉をやり過ごす。
真面に聞くだけ無駄だから。
早く帰ってくれないかしら。
ザーラが淹れてくれるお茶はいつも美味しいわ。
人に淹れてもらうお茶ってどうしてこんなに美味しく感じるのかしら。
と、他のことを考えてハーベイの言葉をおざなりに聞いていたマユラだが、次にハーベイが発した言葉は無視できるものではなかった。
「それで?いつになったら俺のための魔術機械人形が届くんだ?」
「…………は?」
「せっかく魔術機械人形の製作をする男の元に嫁いだんだ。育ててもらった礼として、魔術機械人形の一つや二つ贈ってくるのが当たり前だろう」
なにが当たり前なのか。
「おっしゃっていることの意味がよくわかりません。確かに夫は魔術機械人形製作者ですが、それとこれとは別なのではないでしょうか」
「うるさいっ。俺も魔術機械人形が欲しいんだ!お前から旦那に言ってすぐに作らせろ。言うまでもなく、顔立ちの美しい少年の姿をした魔術機械人形にしろよ」
「夫は自分が造りたいと思った人形しか製作しません。諦めてください」
努めて冷静にマユラがそう言うと、ハーベイがローテーブルをダンッと拳で叩いた。
そして怒りを露わにして立ち上がる。
「お前っ……生意気だぞっ!家を出たからと偉そうに!誰のおかげで生きてこれたと思ってるんだっ!」
その怒号が客室に響き渡ったと同時に、部屋の外で待機していたハウゼンがマユラの元へと駆けつけた。
「奥様、」
「大丈夫よ、慣れているから。叔父はすぐに声を荒らげるの。でも暴力は振るわれたことはないから心配要らないわ」
「シカシ、」
表情に乏しい魔術機械人形。
感情も簡単なものを知識として与えられているだけなのだが、そんなハウゼンからマユラを心配する気配を感じられる。
ハウゼンが傍で守ってくれるのだ。
ここでハッキリさせておかねばきっと叔父は事ある毎に何かを要求してくるだろう。
マユラは意を決してハーベイに告げる。
「引き取っていただいた恩は忘れたことはございません。ですが、亡き両親が私のために遺してくれた財産は私の養育費という名目で全て叔父様のものになったでしょう。それに異議申し立てをせずに受け入れた時点で相殺になったと考えてはいただけませんか?」
「うるさいっ!うるさいうるさいうるさいっ!女のくせに生意気だぞ!お前はただ黙ってこれまで通り俺の言うことを聞いておけばいいんだっ!」
今まで意のままに従わせてきたマユラが反発したことが気に食わないのだろう。
途端に癇癪を起こしたハーベイが唾を撒き散らしながらそう言ってマユラに詰め寄ろうとした。
大柄な叔父が近づくだけで威圧感が半端ない。
が、すぐにその圧から逃れることができた。
マユラの視界が広い背中で覆われる。
ハーベイからマユラを隠すように現れたその背中の持ち主を見て、マユラは瞠目した。
「……イムル様っ……?」
なぜ、どうして。
仕事で不在であるはずのイムルがマユラの目の前にいる。
ハーベイが突然現れたイムルに驚愕の表情を向け、言葉を失ったように口をハクハクとさせていた。
それはマユラも同様で、ただ目の前に立つイムルを見上げるしかできなかった。
「旦那様、」
場の膠着を解くようにハウゼンが声を発した。
イムルが低い声色でハウゼンに問う。
「……何があった?」
「奥様ノ叔父上殿ガ突然訪問サレマシタ」
そして用心のために客室の外から会話を拾っていたのであろうハウゼンが事の次第をイムルに説明した。
それを聞いたイムルがハーベイの方に顔を向ける。
隠れた目元で睨まれているのかどうかもわからない。声を荒らげて何かを言われたわけでもないのに、ハーベイの肩がビクリと揺れた。
静かなイムルから感じる得体の知れない威圧から逃れるために、ハーベイはわざとあっけらかんとした口調でイムルに話かけた。
「こ、これは婿殿っ……!こうしてお会いするのは結婚式以来かな?元気そうで何よりだ!」
握手を交わそうと右手を差し出したハーベイ。
それを無視してイムルが言う。
「俺はアンタの婿じゃない」
握手をされることなく所在無さげに右手を彷徨わせながら、ハーベイが苦笑いを浮かべる。
「ハハハ……大切な姪の夫となったのだから、我が家の婿殿で相違ないだろう」
「アンタはその大切な姪とやらに暴言を吐くのか?」
「ぼ、暴言などと人聞きの悪いっ……私は叔父として至らぬ姪を躾ねばと……」
「マユラは俺の妻だ」
「あ、ああ」
「もうアンタの姪じゃない」
「いやでも、結婚しても姪であることには……」
「必要ない」
「は?」
「マユラは俺の妻であればいい」
「そ、そんな理不尽なっ……」
「帰れ」
「は?」
「二度と来るな」
「えっ?ちょっ……
イムルが人差し指を振ったと同時にハーベイの姿が消えた。
ハウゼンが呆気にとられるマユラに「叔父上殿ハ強制的ニ転移魔法デ自宅ニ戻サレタノデショウ」と告げた。
イムルがゆっくりと振り返りマユラを見る。
「イムル様……どうし、て……?」
どうして戻ってきたのか。
どうして叔父に怒ったのか。
「マユラが怖いと感じたのを感知した」
「感知……?」
「俺の魔力でお前とは繋がっている」
その仕組みがどうなっているのかもわからない。
が、今はそれよりも、
「だらからって……どうして……」
どうしてマユラが恐怖を感じたからといって仕事中であるにも関わらず飛んで帰ってきてくれたのか。
家にはハウゼンがいる。
ザーラだってマユラを守れるくらいには強い。
わざわざ戻って来ずとも大丈夫だったはずだ。
それなに、どうして。
それにどうして、自分の妻であればいいだなんて……
そんな、心を揺さぶることを言うのだろう。
嬉しいと思ってしまった。
面倒くさがりで、全てにおいてどうでもいいと考えるイムルがマユラのために魔術を用いて帰ってきてくれたのだ。
そして叔父から守ってくれた。
自分の妻だと言ってくれた。
そのことが嬉しいと、マユラは思ってしまったのだ。
都合のよい妻として、分不相応な感情を抱かずにいようと決めたのに。
どうしてその心構えを揺さぶるようなことをするのか。
他の誰かに心を置くイムルに、何も求めないと決めて嫁いだというのに。
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