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婚約破棄
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どんよりと暗い曇り空の下で
ジョージおじ様の葬儀はしめやかに執り行われた。
死因は心臓発作で50歳というあまりにも早すぎる死に、誰もが悲しんだ。
喪主はご長男でジョージおじ様に代わり子爵位を
継がれたフレディ様が務められた。
訃報を受けたワルターがブライス家に
戻って来たのは、ジョージおじ様の葬儀が終わって2日後の事だった。
ボリスは当然の事、あの穏やかなフレディ様までもがワルターに対して怒りを露わにされた。
「なぜ葬儀の日に帰って来れなかったんだっ!?
今頃のこのこ帰って来て、一体何をしに来たんだっ!!」
フレディ様がワルターを叱咤される。
対してワルターは悪びれた様子もなく
力無く返すだけだった。
「仕方ないだろ。殿下のお側を離れるわけにはいかないんだから。今日も父さんに花を手向けにと、それから用事を済ませに来たんだ。それが終わったらすぐに学校に戻るよ」
「ワルター……お前、父さんが死んで悲しくないのか……?」
フレディ様が信じられないものを見るような
目をされた。
「悲しい……よ、もちろん。でも今は何よりも
大切な存在が出来たんだ。その人のためならなんだって出来る。何を犠牲にしても構わないと思えるんだ」
「大切な人?何を犠牲にしても……?」
フレディ様が反芻する。
そしてワルターが私の方を向いた。
「っ……!」
彼は、本当にワルターなのだろうか。
2年近くぶりに見るワルターが大人びていたのは
当然の事だが、それ以前に別人のように
冷たい目をしていた。
昔、わたしに向けていてくれた
あの優しい温かな目ではなかった。
「シリス」
ワルターはわたしを“シリス”と呼ぶ。
ワルターだけが呼ぶ愛称の“リス”ではなく、
シリスと。
「シリス、悪いがキミとの婚約を破棄したい」
「兄貴っ!?」
ボリスをはじめとする
この場にいた皆が息を飲んだ。
わたしは冷たくなってゆく指先を意識しながらも
静かに尋ねた。
「……わけを聞いても?」
「心から愛する人が出来たんだ」
その言葉がわたしの胸に凶器のように突き刺さる。
「彼女は殿下の愛しい人だけど、それも込みで俺は彼女の側にいたい。彼女と殿下の想いが遂げられるように尽力したいんだ。だからシリス、すまないがキミとは結婚出来ない」
あぁ……やっぱりこうなったんだなと
わたしはその時思った。
ワルターはもともと
わたしに対して恋情などなかったんだもの。
ジャンケンで決めたかもしれないくらいの
婚約だったんだもの。
こうなる事はどこか予感していたし、
今は必然めいたものを感じている。
不思議と彼に対して怒りは湧いて来なかった。
ただ、胸の痛みを感じるだけ。
わたしは目を閉じ、静かに応えた。
「わかりました。受け入れます」
「シリスっ!?」
「そんなっ……いいのかいっ!?」
ボリスとフレディ様がわたしに詰め寄った。
「いいも悪いも、相手がそう望んでいるなら
仕方ないじゃないですか」
わたしは微笑んだ。
でもきっと、情けない顔をしているだろう。
だけどこれだけはワルターに告げたかった。
「ワルター。わたし、魔法書士になったの。
あなたが背中を押してくれたおかげよ。
本当に、ありがとう」
それを聞き、
ワルターは特になんの感情もないような顔をした。
「そう、おめでとう。良かったじゃないか」
「うん。それじゃあわたし、魔法省に行く
用事があるから」
そう告げてわたしは部屋を後にした。
とてもじゃないけどワルターの顔を見ていられなかった。
ワルターは……
彼はもはや別人だった。
胸が苦しくて張り裂けそうなくらいに痛い。
そして只々、悲しかった。
そのわたしの後ろ姿をワルターが
見ていたなんて知らなかった。
遠く後ろでフレディ様の声が
聞こえたような気がした。
「ワルター……?お前、泣いてるのか?」
「え?アレ?ホントだ……なんでだろ?
おかしいな……」
無表情、無感情だったワルターが流した涙のわけを
皆が知るのは一年後の事だった。
ジョージおじ様の葬儀はしめやかに執り行われた。
死因は心臓発作で50歳というあまりにも早すぎる死に、誰もが悲しんだ。
喪主はご長男でジョージおじ様に代わり子爵位を
継がれたフレディ様が務められた。
訃報を受けたワルターがブライス家に
戻って来たのは、ジョージおじ様の葬儀が終わって2日後の事だった。
ボリスは当然の事、あの穏やかなフレディ様までもがワルターに対して怒りを露わにされた。
「なぜ葬儀の日に帰って来れなかったんだっ!?
今頃のこのこ帰って来て、一体何をしに来たんだっ!!」
フレディ様がワルターを叱咤される。
対してワルターは悪びれた様子もなく
力無く返すだけだった。
「仕方ないだろ。殿下のお側を離れるわけにはいかないんだから。今日も父さんに花を手向けにと、それから用事を済ませに来たんだ。それが終わったらすぐに学校に戻るよ」
「ワルター……お前、父さんが死んで悲しくないのか……?」
フレディ様が信じられないものを見るような
目をされた。
「悲しい……よ、もちろん。でも今は何よりも
大切な存在が出来たんだ。その人のためならなんだって出来る。何を犠牲にしても構わないと思えるんだ」
「大切な人?何を犠牲にしても……?」
フレディ様が反芻する。
そしてワルターが私の方を向いた。
「っ……!」
彼は、本当にワルターなのだろうか。
2年近くぶりに見るワルターが大人びていたのは
当然の事だが、それ以前に別人のように
冷たい目をしていた。
昔、わたしに向けていてくれた
あの優しい温かな目ではなかった。
「シリス」
ワルターはわたしを“シリス”と呼ぶ。
ワルターだけが呼ぶ愛称の“リス”ではなく、
シリスと。
「シリス、悪いがキミとの婚約を破棄したい」
「兄貴っ!?」
ボリスをはじめとする
この場にいた皆が息を飲んだ。
わたしは冷たくなってゆく指先を意識しながらも
静かに尋ねた。
「……わけを聞いても?」
「心から愛する人が出来たんだ」
その言葉がわたしの胸に凶器のように突き刺さる。
「彼女は殿下の愛しい人だけど、それも込みで俺は彼女の側にいたい。彼女と殿下の想いが遂げられるように尽力したいんだ。だからシリス、すまないがキミとは結婚出来ない」
あぁ……やっぱりこうなったんだなと
わたしはその時思った。
ワルターはもともと
わたしに対して恋情などなかったんだもの。
ジャンケンで決めたかもしれないくらいの
婚約だったんだもの。
こうなる事はどこか予感していたし、
今は必然めいたものを感じている。
不思議と彼に対して怒りは湧いて来なかった。
ただ、胸の痛みを感じるだけ。
わたしは目を閉じ、静かに応えた。
「わかりました。受け入れます」
「シリスっ!?」
「そんなっ……いいのかいっ!?」
ボリスとフレディ様がわたしに詰め寄った。
「いいも悪いも、相手がそう望んでいるなら
仕方ないじゃないですか」
わたしは微笑んだ。
でもきっと、情けない顔をしているだろう。
だけどこれだけはワルターに告げたかった。
「ワルター。わたし、魔法書士になったの。
あなたが背中を押してくれたおかげよ。
本当に、ありがとう」
それを聞き、
ワルターは特になんの感情もないような顔をした。
「そう、おめでとう。良かったじゃないか」
「うん。それじゃあわたし、魔法省に行く
用事があるから」
そう告げてわたしは部屋を後にした。
とてもじゃないけどワルターの顔を見ていられなかった。
ワルターは……
彼はもはや別人だった。
胸が苦しくて張り裂けそうなくらいに痛い。
そして只々、悲しかった。
そのわたしの後ろ姿をワルターが
見ていたなんて知らなかった。
遠く後ろでフレディ様の声が
聞こえたような気がした。
「ワルター……?お前、泣いてるのか?」
「え?アレ?ホントだ……なんでだろ?
おかしいな……」
無表情、無感情だったワルターが流した涙のわけを
皆が知るのは一年後の事だった。
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