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二人は同期でライバルでそして……? ③

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『クリスの女性の好みは昔っから小柄でぽやっとした可愛い系なんだよなぁ?』


いつだったか、かつての同期会でクリスとは古い付き合いだという職員がそう言っていた。
その頃のジュリアはまだクリスに対し恋情を抱いてはいなかったので興味もなく聞いていたが、何故かその言葉だけをずっと覚えていた。

「……小柄でぽやっとした、ねぇ……」

今、目の前の鏡にはそれとは正反対の女が映っている。

背は女性の平均身長よりも少し高く、顔立ちは意思の強さを表すようなハッキリとしたキツめの印象だ。
総じて美人であるとはよく評されるが、クリスの好みの女性のタイプとは似ても似つかない。

「ま、仕方ないわね!これが私だもの。元々実るような恋でもなし!私はバリバリ仕事に生きるのよ!」

そう言ってジュリアはまた鏡に映った自分を見た。
今日の彼女は新年の祝賀パーティーのためにドレスアップした装いだ。

魔法省は毎年、年が明けて最初の登省日の二日前に祝賀パーティーが開催される。
それに出席する為に新調したカジュアルなフォーマルドレスに身を包んでいるのだ。

生地はパールがかった光沢のあるベージュのタフタ。
ウェストラインから首元までは同じくベージュのレースで覆われたホルターネックのデザインだ。
袖は緩やかで控えめな肘丈のパフスリーブでスカートはミディ丈のタイト。
全体的に上品で落ち着いた印象のデザインだが、このドレスのキメ手はなんといっても背中の深いスリットである。
下着を選ばなくてはならない大胆なスリットに購入時には随分迷ったが、店員にシミや吹き出物が一切ないきめ細やかなジュリアの肌を武器にするべきだと激推しされたので思い切ってこのドレスを選んだ。

───武器ってなに?誰を攻撃するの?

と思いつつも豪華なアクセサリーなど持っていないジュリアが他の女性に引けを取らないためにはちょっとした小細工も必要だろうと思う事にした。
それに胸元や足をガッツリ出すよりヘルシーな気がする。

まぁ誰もジュリアが背中を出したところで気にも留めないだろうけど。

祝賀会に出席するために王都に来ている同期であり友人でもある女性職員二人と合流して、ジュリアは会場入りをした。

王都の一等地にあるホテルのフロアを貸し切っての祝賀会。
年に一度とあってかなり豪華だ。

そして本省や地方局の職員が多く出席している事もあり、もう誰が誰だから分からない人の多さである。

───これじゃあクリスがどこにいるのかもわからないわね。

どうせならひと目会って新年の挨拶を交わしたかったけれど、この人の多さでは無理だろう。

「ジュリア、向こうの軽食スペースに行きましょうよ。一流ホテルのシェフの味なんて、こんな時でもないと味わえないわよ?」

友人の一人がジュリアにそう言った。

─── 一流ホテルのシェフの味………。

「わたくし、全種類を制覇する所存っ……!」

生来美味しいものを食べるのも作るのも好きなジュリアが拳を握り宣言すると、友人二人は盛大に笑った。

「あははっ!ジュリアったら相変わらずの食い意地ねぇ」

「ワインの種類も豊富らしいわよ、早く行きましょ!」

二人に引き連れられ、ジュリアは軽食スペースへと歩き出した。

だけどその瞬間、視界の端にクリスの姿を捉えてしまう。
たとえ遠くからでも、一瞬だけでもすぐにわかる。
魔法省の男性職員用の礼服に身を包んだクリスの姿をジュリアは見つけた。

いつもは無造作に流している髪も今日はバックに撫でつけてその秀でた額を惜しげもなく晒している。
かっちりとした印象の礼服に着負けない、凛々しい姿で友人たちと談笑していた。
………周りに大勢の女性職員を侍らかして。

あんなに隙もなく周りをガッチリ女性たちに囲まれたクリスの側に行くなんて頼まれても御免だ。
どちらかと言うと決して近付きたくはない。
誰が新年の挨拶などしてやるものか。

───相変わらずおモテになりますこと!

ジュリアはふん、と鼻白んでその場を後にした。

その後ろ姿を見たクリスの目が大きく見開かれている事など、当然ジュリアは知らない。

その後は友人たちと食べて呑んで、合間に行き交う顔馴染みの同僚や先輩や上官に挨拶をして、ジュリアは祝賀会を楽しく過ごした。

外はすっかり夕闇に包まれている。

ジュリアは少し人とワインに酔ったので友人たちに断りを入れて一人テラスで涼んでいた。

熱く火照った頬を冷たい宵の風が心地よくすべってゆく。

「ふぅ……良い夜」

ジュリアはテラスの手摺りの所に立ち、王都の夜景を見つめた。
西方大陸でも屈指の夜景の美しさを誇るアデリオール王都の夜景。
それをぼんやりと見つめ、ジュリアはひとりつぶやいた。

「思えば遠くへ来たもんだ……」

地方の田舎育ちのジュリア。
両親はジュリアが幼い頃に離婚し、今ではそれぞれ別の家庭を持っている。
そこにジュリアの居場所などあるはずもなく、ジュリアは天涯孤独に近い身の上だった。

「まぁもう成人してしまえばどうでもいいけどね……」

「何がどうでもいいんです?」

「え……?」

後ろからふいに声をかけられてジュリアは悠然として振り返る。
そこには見知らぬ男性職員の姿があった。

「………?」

誰だろう?
見かけない顔なのでおそらくは地方局の職員なのだろう。
年の頃は30前半といったところか。
なかなかの………イケメンである。

「こんばんは。良い夜ですね」

男性職員はそう言ってジュリアの元へとやって来て手摺りの所に並んで立った。

「ええ……あの……」

彼も外の空気を吸いに来たのだろうか、ジュリアと同じく人に酔ってここまで来たのかもしれない。
それなら邪魔しては悪いと思って、ジュリアはその場を離れる事にした。

「ここに立つと、風がとても気持ちいいですよ。どうぞ、私は中に戻りますのでごゆっくり」

ジュリアがそう言って立ち去ろうとすると、男性職員はジュリアの手を握って引き止めてきた。

「待ってください」

「?」

「テラスに出るあなたの姿を見かけて、追ってきたと言ったらどうします……?」

「え?何か問題でもありましたか?」

「ふ、ふふふ……」

ジュリアの空気の読めないポンコツ発言に男性職員は柔らかな笑みを浮かべた。
普通の女性ならその笑みを見て胸がとぅんくするのであろうが、何せジュリアはほぼ毎日これ以上の美形を見ているものだから全く心が動かない。
そんなジュリアに男性職員は静かに告げる。

「会場でお見かけした時から美しい方だと思っていたんです」

「え、まさかそれ、私の事ですかっ?」

「他に誰がいると言うんです?」

「えっと、会場にはわんさか?」

「あなたはご自分の魅力がわかっていないのですね」

ゴジブンノミリョク……という単語、確かにジュリアは知らない。

不思議そうにきょとんとするジュリアの方へ一歩距離を縮めた男性職員がジュリアの透明度の高いブルーの瞳を見つめる。

「あなたはじつに魅力的な女性だ。そのドレスはそんなあなたの魅力を存分に引き立てている」

「え……」

そう言った男性職員の手がするりとジュリアの開いた背中へ伸びる。
なんだか現実味がなくジュリアがそれをぼんやりと眺めていると、ふいにふわりと後ろから上衣がかけられた。

「え?」

いつの間に背後に居たのか、首だけ振り向くとそこには上衣を脱いだクリスが立っている。

「クリス……」

「探したぞジュリア。いつまでもこんな所にいたら風邪を引くだろう」

そう言ってからクリスは今度は男性職員の方へと視線を向ける。

「あんたも女性に対する配慮が足りないんじゃないか?下心を隠しもせずに彼女の背中ばかり見る暇があったら、上衣の一つでも掛けてやれよ。まぁ……他の男の上衣なんか掛けさせるつもりはないが」

「な、なんだキミはっ、し、失敬じゃないかっ」

男性職員は突然現れて凄んでくるクリスにたじたじになりながらもそう言い返した。
対するクリスはシレッとして告げる。

「いいのか?上官でもあるあんたの妻の父親が会場入りしたぞ?」

「!?」

その言葉を聞き、男性職員は何も言わずにそそくさと建物の中へと入って行った。
その姿をきょとんと見送るジュリアにクリスが言う。

「お前……そんなナリをして一人でテラスに出るから、あんな良からぬ虫が寄ってくるんだぞ」

クリスのそのもの言いに心地よかった気分が台無しだ。
ジュリアは悔しくてムキになって言い返す。

「そんなナリってなによっ、似合ってないと言いたいのっ?ええ分かっているわよどうせドレスに着られているわよ、私なんてオシャレしても無意味よねっ」

「誰も似合ってないなんて言ってないだろう」

「言ってるのも同然よっ」

勇気を出して着てみた女性らしいドレス。
クリスに褒めてもらえるなんて端から期待はしていなかったけれど、それでも、嘘でも、お世辞でもいいから少しくらい努力を認めてくれてもいいと思う。
ジュリアはなんだか悲しくなって俯いた。

そんなジュリアの頭上からぽつりとクリスの声が降ってくる。

「………綺麗だと思ってるよ……」

「………………………………………え?」

聞き間違いかと思い、何度も脳内で反芻する。
でも何度リピートしてみても綺麗だと言われたような気がして、たっぷり間を空けてジュリアはクリスを見た。

「え」

そこには耳まで赤くして照れながら顔を背けるクリスがいた。
彼は顔を背けたままでジュリアに言う。

「会場で見た時、あんまり綺麗なんで驚いた。そしてその後ろ姿を見て焦った……綺麗な肌を惜しげも無く晒しやがって、野郎連中の目が釘付けだったのに気付いてないだろお前……」

「え?ウソ、見られてた?」

「そら見るわ!みんな見るわ!俺も見るわ!でも今日はもうその上衣を取るな!」

「えー暑いから嫌よ……」

「それならもう帰ろう。送るから」

そう言ってクリスはジュリアの手を引いて歩き出す。
ジュリアはしっかりと握られたその手を見た。
そして前を歩くクリスの背中に視線を巡らせ思う。


───ねぇクリス。あなたがどういうつもりで私の世話を焼くのかは知らないけれど、私はあなたの事が好きなのよ?それなのにこんなに優しくされたら、勘違いしてしまうじゃない……。


ジュリアはそう心の中でクリスに話かける。
そして彼に手を引かれて、会場となったホテルを後にしたのであった。





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あ、もちろん、行動を共にした友人女性二人には帰る事をちゃんと伝えましたよ。










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