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シャロン絡まれる

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「ねぇ、貴女がシャロン=マーティンさん?」


第二王女殿下ジョセフィーヌ様の東方語の授業の前。

第二王女宮へ向かうわたしは突然声をかけられた。

耳慣れない女性の声。

わたしが振り向くと、そこには背の高い女性騎士が立っていた。

婚約者のエリオット様と同じ濃紺の騎士服を颯爽と着こなす凛とした美人だ。
切れ長の一重の瞳がなんとなく東方絵画の美人画を思い出させる。

わたしはその女性騎士さんに答えた。

「はい。シャロン=マーティンはわたしですけれど、失礼ですが貴女は?」

「あらごめんなさい、名乗りもしないで。私は王宮騎士団第三連隊十三班所属のミオナ=バーンズよ」

「十三班……あ、もしかしてエリオット様と同じ班の方ですか?」

以前エリオット様から十三班に配属になった話を聞いていたおかげですぐにピンときた。

「同じ班員というだけでなく、彼とは学園の騎士科でも一緒だったの」

という事はお兄さまとも同級生になるのね。

「まぁそうなんですね。えっと…それで、バーンズさんはわたしに何かご用ですか?」

わたしがそう言うと、ミオナ=バーンズさんはわたしの全身を舐めるように見回してこう告げた。

「ふふ、あのシャルル=マーティンの妹だというからどれほどのものかと思ったけれど……大した事ないのね」

ん?

「貴女が婚約者の後釜じゃあ、エリオットが可哀想。誓約だかなんだか知らないけどそんなものに縛られて、気の毒すぎるわ」

あら?これってわたし、貶されているのかしら?

「自ら相手を選ぶ事も許されずに将来を決められている彼が可哀想だと思った事はないの?」


それは、わたしもずっと思ってきた。

エリオット様ほどの方なら、本当は女性なんてよりどりみどり、選りすぐりの選びたい放題なのに。

わたしはバーンズさんに言った。

「確かにそうですよね。でもずっとわたしのお姉さまが婚約者だったエリオット様は、そんな事考えた事もなかったのではないかしら?だってお姉さまは超絶美しくてスタイルも抜群で剣の腕前もピカイチで性格も良い、スーパーウーマンだったんですもの」

今はスーパーマンですけどね。
とわたしは内心ひとり言ちてバーンズさんを見た。

まったくその通りでぐぅの音も出ないのだろう、バーンズさんは笑みを浮かべながらも顔面をぴくぴく引き攣らせていた。
その上で彼女はわたしに言い放つ。

「だからこそ余計に貴女みたいなのが婚約者になるなんて彼が可哀想なのよっ、私だって、相手があのシャルル=マーティンだから諦めもついていたのにっ…それがマーティン家の娘ってだけで婚約者面するなんて納得いかないわっ……」

「婚約者面…ですか……」


婚約者面って、どんな顔をしたらそうなるのだろう。

わたしってそんな顔をしているのかな。

さっきから聞いていればそうか、そうなのね。
この人……エリオット様の事が好きなんだわ。

だからわたしが彼の婚約者になった事が気に入らないのね。

でもわたしに言われても困るのよね。

「なんか……ごめんなさい?」

残念そうに彼女に謝罪すると、バーンズさんは顔を真っ赤にして声を荒げた。

「なによっ!調子こいてんじゃないわよっ!貴女知らないでしょうっ?エリオットが魔術師団長に、誓約通りに結婚したらその時点で誓約は消えるのかとか、その後で離婚しても問題はないのかとか聞いていた事をっ!」

「え……?」


りこん?……離婚?

え?それは誓約を果たして結婚した上で、エリオット様が離婚を考えているという事……?


「私も偶然二人が内密に話しているのを聞いただけだけど、エリオットは間違いなく離婚出来るのかを師団長に聞いていたのよ?ふふん、貴女、結婚したらすぐに捨てられるんじゃない?」

「そう……ですか……」

急に顔色が悪くなったわたしを見て、

バーンズさんは勝ち誇ったように笑い声を上げた。

「あははっ!やっぱり知らなかったんだ!哀れね~!」

声高らかにしたり顔で笑うバーンズさんに、わたしは呟くように言った。

「……足が……入ってますわよ」

わたしの声が小さかったのかバーンズさんが聞き返した。

「は?何?」

わたしは足元を見て、バーンズに告げる。


「貴女、わたしを呼び止めるのに必死で気付いていないようですが、貴女が足を踏み入れているのは第二王女宮のエリア内です。王族の居住エリアには関係者以外、許可なく入れない事を王宮騎士である貴女が知らないはずはないですよね……?」

わたしがそう言うと、バーンズさんは自分の足元を見て顔色を変えた。

敷き詰められた絨毯の色が第二王女を象徴する色の物へと変わっている。
王宮エリア内は場所により色分けされているのだ。

そして彼女は、ほんの数歩だがジョセフィーヌ様のお住まいになるエリアへと無断で足を踏み入れたのだ。

わたしも早くに気付けば大事になる前に教えて差し上げられたのに、バーンズさんに捲し立てられてそれが出来なかったわ。

「えっ…ちょっ……これはっその、不可抗力よっ……!」

わたしは彼女の背後にゆらりと現れた二つの影に目をやりながら彼女に言った。

「それは後ろにおられる第二王女宮の護衛騎士の方に言ってください……」

「は?えっ?ヒィィっ!?」

わたしの言葉を訝しんだバーンズさんが恐る恐る後ろを振り返る。

するとそこには第二王女宮を守る屈強な騎士が二名、バーンズさんを睨め付けながら立っていた。

私を追って王女宮へ足を踏み入れたバーンズさんを捕まえに来たようだ。

「待って!待ってくださいっ!これはわざとではっ!決して故意に王女宮に侵入しようとした訳ではないのですっ!」

「言い訳は聞かん。連行しろ」「はっ」

「申し訳ありませんっ!許して!許してーっ!」


第二王女宮付きの護衛騎士に連れて行かれるバーンズさんの声を背に、わたしは踵を返してジョセフィーヌ様の元へと歩き出した。


頭の中がさっき聞いた事でいっぱいになる。

エリオット様……どうして離婚の事を?

やっぱりわたしがお兄さまじゃないから?


愛してもいない女と、生涯を共にするつもりはないという事なの……?


いまはそこに愛情はなくても、幼い頃から共に過ごした情があるなら上手くやっていけると思っていたのに。

そしていつか、小さくとも愛情が育つと思っていたのに。


その後、なんとか気持ちを切り替えてジョセフィーヌ様の授業を終え、わたしは自宅に帰るべく城門の方へと向かった。


いくらポジティブなわたしでもこれは気にしない、ではいられない。

本人に、エリオット様に直接確かめなくては。

誓約を果たしても夫婦のままでいられないだろうかと。
だってやっぱり離婚なんて酷いわ。

古風な考え方が根強く残るこの国で、離婚歴のある女が生きていくのがどれだけ大変な事か。

幸い語学を教えるという手に職はあるけれど、それでもやっぱり大変だと思うのよね。


「……………」


でももし、本当にエリオット様がわたしとの離婚を強く望むなら………。

わたしはそれに応じるだろう。

やっぱり彼には、彼に相応しい女性と結婚する権利があるのだもの。

まぁその権利はわたしにもあるのだけれど、わたしが結婚したいのはエリオット様だけだからどうしようもない。


「………ジョセフィーヌ様、離婚後もわたしを召し抱えてくださるかしら……」

思わずそう呟いた時、俯いたわたしの視界の中に騎士の長靴ちょうかのつま先が入る。

そして頭上から大好きな声が聞こえた。

「離婚後って、何の話?」


わたしはゆっくりと顔を上げて彼を見る。


「……エリオット様……」


額に汗を滲ませ、肩で息をしたエリオット様が私に言った。


「シャロン、ちゃんと話をしよう。これまでの事、そしてこれからの事を」







ーーーーーーーーーーーーーーーーー


次の更新は明日の朝となります。

さーせんっ(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)オロローン

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