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陽だまりの中の彼女
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ここは……どこだろう。
俺は一体、何をしていたんだろう。
何かを守りたくて。
何かを失いたくなくて、力を欲した。
大切な人の手を離して、
他の誰かから与えられなくては留めておけないような玉座なら要らない。
国王として無責任な事は絶対に出来ないが、
本心ではずっとそう思っていた。
そうだ、
俺は……アンリエッタを、彼女を失いたくなくて、
ただその思いだけで突き進んで来たんだ。
その中で魔力の暴走を引き起こしかけた。
そしてそれを抑えつける為に全てを自分の身の内に閉じ込めたんだ。
王家の魔法を復活させ、抑制し、制御出来る事を目指して最後の最後でミスった。
何がいけない?何が足りない?
俺ではこの力を有効に扱う事など不可能なのだろうか。
これはやはり触れてはいけない、禁忌とすべき魔法なのか。
この力を恐れた先祖によって放棄された魔法。
先祖達はこの魔法をこう呼んだ。
『神々の秤盤』と。
まだ法も裁定も刑罰も定まっていなかった時代、
かつて王族がこの力を用い、理非の判別をして裁可を下していたらしい。
その罪状を秤盤にのせ天秤の傾きにより生殺与奪が決まる、まさに神より与えられし力……
とは王家所有の禁書に書かれていた内容で、
要するに人の命を簡単に奪える事も与える事も出来る能力だという事だ。
まさに蝋燭の火を吹き消すように人の命を無にする事が出来る、殺奪。
そして命の力を強める事が出来る生与。
この二つの力を意のままに操る事が出来れば、
国を守る堅固な力となり、利を齎し国を潤す力ともなる。
そうすれば誰も何も言えなくなるのだ。
国力を上げる為の婚姻も、国内を平定させる為の婚姻も必要ない。
ただ心を寄せる大切な者と添い遂げる事が出来るんだ。
大切なアンリエッタと生涯を共にする事が。
それなのに。
あともう少し、あともう一歩なのに。
殺奪と生与の均衡が保てない。
暴走を防ぐ為に自らの内に術を閉じ込めた今も、二つの力は俺の中で不安定なままで存在している。
どちらかが偏ればバランスが崩れ、身の内から壊されて俺は死ぬだろう。
ダメだ。
今、こんなところでまだ死ぬわけにはいかない。
待ってるんだ。
待ってくれているんだ。彼女が、アンリエッタが。
彼女に初めて会った時から、その人柄に好感が持てた。
微妙な自身の立場を悲観せず、いつも朗らかで優しくて。
人を思いやる心に溢れていて裏表のない彼女に、どうして惹かれずにいられようか。
十二歳の時には既に自分がアンリに恋をしている事を自覚していた。
そしてもうその頃にはアンリ以外の妃を迎えるなんて考えられなかった。
繋いでいる彼女の手を離し、他の誰かの手を取り直すなんて出来る筈がない。
だけどそれを宰相であるモリス侯爵に打ち明けたらこう言われた。
「辺境伯令嬢は幼い陛下の妃としては認められても、成人した陛下の妃としては不十分だと考える有力諸侯が多いのです。それなら我が家門と娘でよいではないかとイチャモンを付けてくるでしょう。それによりお辛い思いをされるのは他ならぬアンリエッタ様です。それでも、どうしてもアンリエッタ様を正妃にしたいのであれば、陛下ご自身が有象無象を黙らせる力を身につけないといけません。貴方が力を持ち、アンリエッタ様を守れなければ互いに不幸になるだけなのですよ」と。
有象無象を黙らせる力。
他人に与えられるのではなく、
自ら手にする強大な力。
祖父が暗愚であったらしいが為に失われつつある王家の求心力。
それを再び手にし、そしてアンリエッタを側に置き続けられる力。
それにはかつて人々を統制する為に用いていた魔法を復活させるしかないと思った。
そして俺はそれを成人までに必ず成し遂げるとモリス侯爵を約束を交わし、
その間のアンリエッタの庇護を要請した。
それからの日々は研究室に篭り、王家の魔法の復活に心血を注いだ。
そしてあともう一歩のところでこの事態となってしまった。
ごめん、ごめんアンリ。
俺は自分が情けないよ。
キミは信じると言ってくれたのに。
俺がこの魔法を復活させ、恐ろしいだけの魔法ではなくなると、キミはそう信じてくれたのに。
“いつか優しい魔法になる”
彼女はそう言ってくれた。
優しい魔法……そう、アンリエッタのような。
いつも優しくて温かくて、彼女といると陽だまりの中にいるような心地よさを感じる。
そんな魔法になって欲しい。
…………?
なんだ………?
アンリとの優しい日々を思い浮かべただけで、陽だまりの中の彼女を思い浮かべただけで、こんなにも気持ちが満たされて心が安定する。
抑えつける魔力によって崖の端に立つような不安定さだったのに。
温かい……
アンリに触れられている温かさを感じた。
おかげでこの恐ろしい魔力に触れても、冷たさを感じないし取るに足らないもののように思える。
そうか………そんな事だったのか……
ようやくわかった。
それなら、それならきっと、
アンリが信じてくれたように、
この魔法は優しい魔法になる。
俺は陽だまりの中に居るアンリに手を伸ばす。
意識が浮上してゆくのがわかった。
あんなに昏く深い場所から這い上がれない感覚がしていたのに。
心理の世界から覚めたら、アンリに会いにゆこう。
そしてこの気持ちを伝えるんだ。
アンリエッタ、全てはキミのおかげだと。
沈んでいた意識が完全に水面に浮上した感覚がして、
俺は意識を取り戻した。
今まで頭の中だけで感じていた感覚が急に五感として全身が捉え出す。
耳が音を拾い、目がその光景を映す。
目を覚ました俺を見て、医術師たちが騒然としていた。
体の状態を診ようとするが、悪いが今はそれどころではない。
彼女に、アンリエッタにすぐにでも会いたい。
俺は無事だと、キミのおかげだと言いたい。
そう思うと堪らなくなり、
俺はまだ気怠い倦怠感を抱えながらも
アンリエッタの元へと転移した。
俺は一体、何をしていたんだろう。
何かを守りたくて。
何かを失いたくなくて、力を欲した。
大切な人の手を離して、
他の誰かから与えられなくては留めておけないような玉座なら要らない。
国王として無責任な事は絶対に出来ないが、
本心ではずっとそう思っていた。
そうだ、
俺は……アンリエッタを、彼女を失いたくなくて、
ただその思いだけで突き進んで来たんだ。
その中で魔力の暴走を引き起こしかけた。
そしてそれを抑えつける為に全てを自分の身の内に閉じ込めたんだ。
王家の魔法を復活させ、抑制し、制御出来る事を目指して最後の最後でミスった。
何がいけない?何が足りない?
俺ではこの力を有効に扱う事など不可能なのだろうか。
これはやはり触れてはいけない、禁忌とすべき魔法なのか。
この力を恐れた先祖によって放棄された魔法。
先祖達はこの魔法をこう呼んだ。
『神々の秤盤』と。
まだ法も裁定も刑罰も定まっていなかった時代、
かつて王族がこの力を用い、理非の判別をして裁可を下していたらしい。
その罪状を秤盤にのせ天秤の傾きにより生殺与奪が決まる、まさに神より与えられし力……
とは王家所有の禁書に書かれていた内容で、
要するに人の命を簡単に奪える事も与える事も出来る能力だという事だ。
まさに蝋燭の火を吹き消すように人の命を無にする事が出来る、殺奪。
そして命の力を強める事が出来る生与。
この二つの力を意のままに操る事が出来れば、
国を守る堅固な力となり、利を齎し国を潤す力ともなる。
そうすれば誰も何も言えなくなるのだ。
国力を上げる為の婚姻も、国内を平定させる為の婚姻も必要ない。
ただ心を寄せる大切な者と添い遂げる事が出来るんだ。
大切なアンリエッタと生涯を共にする事が。
それなのに。
あともう少し、あともう一歩なのに。
殺奪と生与の均衡が保てない。
暴走を防ぐ為に自らの内に術を閉じ込めた今も、二つの力は俺の中で不安定なままで存在している。
どちらかが偏ればバランスが崩れ、身の内から壊されて俺は死ぬだろう。
ダメだ。
今、こんなところでまだ死ぬわけにはいかない。
待ってるんだ。
待ってくれているんだ。彼女が、アンリエッタが。
彼女に初めて会った時から、その人柄に好感が持てた。
微妙な自身の立場を悲観せず、いつも朗らかで優しくて。
人を思いやる心に溢れていて裏表のない彼女に、どうして惹かれずにいられようか。
十二歳の時には既に自分がアンリに恋をしている事を自覚していた。
そしてもうその頃にはアンリ以外の妃を迎えるなんて考えられなかった。
繋いでいる彼女の手を離し、他の誰かの手を取り直すなんて出来る筈がない。
だけどそれを宰相であるモリス侯爵に打ち明けたらこう言われた。
「辺境伯令嬢は幼い陛下の妃としては認められても、成人した陛下の妃としては不十分だと考える有力諸侯が多いのです。それなら我が家門と娘でよいではないかとイチャモンを付けてくるでしょう。それによりお辛い思いをされるのは他ならぬアンリエッタ様です。それでも、どうしてもアンリエッタ様を正妃にしたいのであれば、陛下ご自身が有象無象を黙らせる力を身につけないといけません。貴方が力を持ち、アンリエッタ様を守れなければ互いに不幸になるだけなのですよ」と。
有象無象を黙らせる力。
他人に与えられるのではなく、
自ら手にする強大な力。
祖父が暗愚であったらしいが為に失われつつある王家の求心力。
それを再び手にし、そしてアンリエッタを側に置き続けられる力。
それにはかつて人々を統制する為に用いていた魔法を復活させるしかないと思った。
そして俺はそれを成人までに必ず成し遂げるとモリス侯爵を約束を交わし、
その間のアンリエッタの庇護を要請した。
それからの日々は研究室に篭り、王家の魔法の復活に心血を注いだ。
そしてあともう一歩のところでこの事態となってしまった。
ごめん、ごめんアンリ。
俺は自分が情けないよ。
キミは信じると言ってくれたのに。
俺がこの魔法を復活させ、恐ろしいだけの魔法ではなくなると、キミはそう信じてくれたのに。
“いつか優しい魔法になる”
彼女はそう言ってくれた。
優しい魔法……そう、アンリエッタのような。
いつも優しくて温かくて、彼女といると陽だまりの中にいるような心地よさを感じる。
そんな魔法になって欲しい。
…………?
なんだ………?
アンリとの優しい日々を思い浮かべただけで、陽だまりの中の彼女を思い浮かべただけで、こんなにも気持ちが満たされて心が安定する。
抑えつける魔力によって崖の端に立つような不安定さだったのに。
温かい……
アンリに触れられている温かさを感じた。
おかげでこの恐ろしい魔力に触れても、冷たさを感じないし取るに足らないもののように思える。
そうか………そんな事だったのか……
ようやくわかった。
それなら、それならきっと、
アンリが信じてくれたように、
この魔法は優しい魔法になる。
俺は陽だまりの中に居るアンリに手を伸ばす。
意識が浮上してゆくのがわかった。
あんなに昏く深い場所から這い上がれない感覚がしていたのに。
心理の世界から覚めたら、アンリに会いにゆこう。
そしてこの気持ちを伝えるんだ。
アンリエッタ、全てはキミのおかげだと。
沈んでいた意識が完全に水面に浮上した感覚がして、
俺は意識を取り戻した。
今まで頭の中だけで感じていた感覚が急に五感として全身が捉え出す。
耳が音を拾い、目がその光景を映す。
目を覚ました俺を見て、医術師たちが騒然としていた。
体の状態を診ようとするが、悪いが今はそれどころではない。
彼女に、アンリエッタにすぐにでも会いたい。
俺は無事だと、キミのおかげだと言いたい。
そう思うと堪らなくなり、
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