3 / 17
アルキオとの婚約 ②
しおりを挟む
「え?一年後に入籍と同時に結婚式を挙げるの……?」
婚姻後にマリー・ルゥが昼夜逆転の生活を送るようになる一年と少し前。
女学院の最終学年に進級した祝いにと、婚約者であるアルキオに食事に誘われた折りに結婚式について告げられた。
そのことにマリー・ルゥ(当時十七歳)は驚きを隠しきれずにそう言ったのだ。
対するアルキオは、長い足を組み換えながらマリー・ルゥに言った。
そんな仕草さえ優雅だ。
「何をそんなに驚いているの?もともとマリーが十八の成人を迎えたら婚姻すると決まっていたんだ。何もおかしな事はないと思うんだけど」
「だ、だって……」
(だってこの婚約は解消されると思っていたもの……)
他ならぬアルキオに。
マリー・ルゥはそう思っていた。
だから結婚式を挙げると聞き、驚いてしまったのだ。
「アルキオ様は本当にいいの?……私なんかが妻になって……」
五歳も年下の、石鹸の香りはしても女の色香など皆無であり、後ろ盾が無く何の益にもならない名ばかりの子爵令嬢と結婚なんかして……彼は本当にそれでいいと思っているのだろうか。
そんな意を込めてそう尋ねたのに、アルキオは何でもないことのように答える。
「私なんか、とは聞き捨てならないな。マリーは大変優秀で教授陣からの覚えもめでたいと聞いているよ。それに明るくて可愛くて性格もいい。非の打ち所のない素敵な女性じゃないか」
「まぁ。アルキオ様は相変わらず褒めて伸ばすタイプなのね?でももう私は何も伸びませんわよ?」
どうやら成長期は終わってしまったようだ。
それにも彼はさらりと返してきた。
「事実を告げているだけさ」
久々に会ったアルキオだが、彼は昔と変わらない柔らかな笑顔をマリー・ルゥに向けた。
その美しい笑顔に幼い頃から耐性のあるマリー・ルゥでさえ心臓がドキドキと暴れ出すというのに、ほら……レストランのあちこちから小さな黄色い悲鳴と共にカトラリーを落とす音が聞こえてくる。
あ、ウェイターが食器をひっくり返してしまった。
本当に罪なお方だわ……と思いながら、マリー・ルゥは改めて自分の婚約者をまじまじと見つめた。
漆黒の瞳に女性であれば濡れ羽色と表現したのであろう、ほんのり青みがかった艷めく黒髪。
中性的にも見える美しい顔立ちに加え、色白で陶器のような滑らかな肌を持つのに軟弱に見えないのは、長身で均整の取れた体格をしているからだろう。
“美人”と評するのは何も女性だけとは限らない、とはアルキオを見ていて常々思うことだ。
対して自分はどうだろう。
母方の血筋だという珊瑚色の髪と瞳は確かに珍しい。
だが中肉中背、お胸とお尻にお肉が集まってしまいスレンダーとは程遠い体形のマリー・ルゥが、完璧な美人であるアルキオの隣に立つなど分不相応過ぎる。
そういう事からも婚約は解消されるものと思っていたのに……。
「俺といるのに、考え事かな?」
光さえも屈しそうな、漆黒の瞳がマリー・ルゥを捉えている。
(あなたのことを考えていたのよ?)
そんな思いを込めて笑みを浮かべて肩を竦めると、アルキオの長くしなやかな腕が伸びてきた。
そしてその指の背でマリー・ルゥの頬を撫でる。
子どもの頃から変わらぬ、本当の兄のような優しく甘やかな仕草に、マリー・ルゥの胸がつきんと痛んだ。
(私たちは少しも変わらない。変われない。
そんな私たちが本当に夫婦になれるのかしら?
貴方が側に置くという女性にはどんな風に接して、そしてどんな風に触れているの……?)
アルキオは亡父が決めたこの結婚をやめる気はないようだ。
他に心を置いたまま、婚約という約束を果たすつもりらしい。
ではそれなら、それならば、もしかしたらこの結婚は白い結婚になるのではないだろうか。
(後継のためと努力しても、アルキオ様は私を抱けないのではないかしら?妹に毛が生えたような存在である私にアルキオ様が勃つとは思えないわ……。ということは、物語でもよくある白い結婚というものになるのではないかしら……)
現代もののティーンズラブ小説や古代の官能小説ばかりを目にしているマリー・ルゥは、残念な耳年増ならぬ目年増になってしまっているのであった。
そうしてマリー・ルゥは白い結婚という懸念を胸に秘め、女学院での最後の一年を過ごした。
そしてアルキオの言葉通り、卒業してすぐに結婚式を挙げたのであった。
婚姻後にマリー・ルゥが昼夜逆転の生活を送るようになる一年と少し前。
女学院の最終学年に進級した祝いにと、婚約者であるアルキオに食事に誘われた折りに結婚式について告げられた。
そのことにマリー・ルゥ(当時十七歳)は驚きを隠しきれずにそう言ったのだ。
対するアルキオは、長い足を組み換えながらマリー・ルゥに言った。
そんな仕草さえ優雅だ。
「何をそんなに驚いているの?もともとマリーが十八の成人を迎えたら婚姻すると決まっていたんだ。何もおかしな事はないと思うんだけど」
「だ、だって……」
(だってこの婚約は解消されると思っていたもの……)
他ならぬアルキオに。
マリー・ルゥはそう思っていた。
だから結婚式を挙げると聞き、驚いてしまったのだ。
「アルキオ様は本当にいいの?……私なんかが妻になって……」
五歳も年下の、石鹸の香りはしても女の色香など皆無であり、後ろ盾が無く何の益にもならない名ばかりの子爵令嬢と結婚なんかして……彼は本当にそれでいいと思っているのだろうか。
そんな意を込めてそう尋ねたのに、アルキオは何でもないことのように答える。
「私なんか、とは聞き捨てならないな。マリーは大変優秀で教授陣からの覚えもめでたいと聞いているよ。それに明るくて可愛くて性格もいい。非の打ち所のない素敵な女性じゃないか」
「まぁ。アルキオ様は相変わらず褒めて伸ばすタイプなのね?でももう私は何も伸びませんわよ?」
どうやら成長期は終わってしまったようだ。
それにも彼はさらりと返してきた。
「事実を告げているだけさ」
久々に会ったアルキオだが、彼は昔と変わらない柔らかな笑顔をマリー・ルゥに向けた。
その美しい笑顔に幼い頃から耐性のあるマリー・ルゥでさえ心臓がドキドキと暴れ出すというのに、ほら……レストランのあちこちから小さな黄色い悲鳴と共にカトラリーを落とす音が聞こえてくる。
あ、ウェイターが食器をひっくり返してしまった。
本当に罪なお方だわ……と思いながら、マリー・ルゥは改めて自分の婚約者をまじまじと見つめた。
漆黒の瞳に女性であれば濡れ羽色と表現したのであろう、ほんのり青みがかった艷めく黒髪。
中性的にも見える美しい顔立ちに加え、色白で陶器のような滑らかな肌を持つのに軟弱に見えないのは、長身で均整の取れた体格をしているからだろう。
“美人”と評するのは何も女性だけとは限らない、とはアルキオを見ていて常々思うことだ。
対して自分はどうだろう。
母方の血筋だという珊瑚色の髪と瞳は確かに珍しい。
だが中肉中背、お胸とお尻にお肉が集まってしまいスレンダーとは程遠い体形のマリー・ルゥが、完璧な美人であるアルキオの隣に立つなど分不相応過ぎる。
そういう事からも婚約は解消されるものと思っていたのに……。
「俺といるのに、考え事かな?」
光さえも屈しそうな、漆黒の瞳がマリー・ルゥを捉えている。
(あなたのことを考えていたのよ?)
そんな思いを込めて笑みを浮かべて肩を竦めると、アルキオの長くしなやかな腕が伸びてきた。
そしてその指の背でマリー・ルゥの頬を撫でる。
子どもの頃から変わらぬ、本当の兄のような優しく甘やかな仕草に、マリー・ルゥの胸がつきんと痛んだ。
(私たちは少しも変わらない。変われない。
そんな私たちが本当に夫婦になれるのかしら?
貴方が側に置くという女性にはどんな風に接して、そしてどんな風に触れているの……?)
アルキオは亡父が決めたこの結婚をやめる気はないようだ。
他に心を置いたまま、婚約という約束を果たすつもりらしい。
ではそれなら、それならば、もしかしたらこの結婚は白い結婚になるのではないだろうか。
(後継のためと努力しても、アルキオ様は私を抱けないのではないかしら?妹に毛が生えたような存在である私にアルキオ様が勃つとは思えないわ……。ということは、物語でもよくある白い結婚というものになるのではないかしら……)
現代もののティーンズラブ小説や古代の官能小説ばかりを目にしているマリー・ルゥは、残念な耳年増ならぬ目年増になってしまっているのであった。
そうしてマリー・ルゥは白い結婚という懸念を胸に秘め、女学院での最後の一年を過ごした。
そしてアルキオの言葉通り、卒業してすぐに結婚式を挙げたのであった。
1,819
お気に入りに追加
2,079
あなたにおすすめの小説

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします
暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。
いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。
子を身ごもってからでは遅いのです。
あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」
伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。
女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。
妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。
だから恥じた。
「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。
本当に恥ずかしい…
私は潔く身を引くことにしますわ………」
そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。
「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。
私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。
手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。
そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」
こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」
王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?
いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、
たまたま付き人と、
「婚約者のことが好きなわけじゃないー
王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」
と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。
私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、
「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」
なんで執着するんてすか??
策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー
基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。
わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない
鈴宮(すずみや)
恋愛
孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。
しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。
その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
君を愛す気はない?どうぞご自由に!あなたがいない場所へ行きます。
みみぢあん
恋愛
貧乏なタムワース男爵家令嬢のマリエルは、初恋の騎士セイン・ガルフェルト侯爵の部下、ギリス・モリダールと結婚し初夜を迎えようとするが… 夫ギリスの暴言に耐えられず、マリエルは神殿へ逃げこんだ。
マリエルは身分違いで告白をできなくても、セインを愛する自分が、他の男性と結婚するのは間違いだと、自立への道をあゆもうとする。
そんなマリエルをセインは心配し… マリエルは愛するセインの優しさに苦悩する。
※ざまぁ系メインのお話ではありません、ご注意を😓
婚約破棄を、あなたのために
月山 歩
恋愛
私はあなたが好きだけど、あなたは彼女が好きなのね。だから、婚約破棄してあげる。そうして、別れたはずが、彼は騎士となり、領主になると、褒章は私を妻にと望んだ。どうして私?彼女のことはもういいの?それともこれは、あなたの人生を台無しにした私への復讐なの?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる