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どうしようもない旦那とのなれそめ ④

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この頃ロイがおかしい。


どこがおかしいかと聞かれたら
全部、というしかない。

家にいる時は用もないのに
わたしの周りをウロチョロするし、

いつも何か言いたそうな顔をしている。


あの術式のおかげで
夜もぐっすり寝れるようになり
せっかく目の下の隈が消えたというのに
ロイの目には何やら焦りのようなものが
宿っていた。

どうしたんだろう。

何かあったのかな。


薬のお礼なら
何度も何度も、それこそもう耳だこに
なるくらい何度も言われたけど。

それとは別の事?


でも本人が何も言わないものを
わたしが勝手にしゃしゃり出て、
無理やり白状させるというの
はおかしな話なので
敢えて知らないふりをした。


わたしはというと
イザベラの勧めでフリーの術式師として
ギルドに籍を置く事になった。

イザベラ姐さんの馴染みのお客さんが営む
ギルドらしく、
イザベラがギルドとわたしの間に入って仕事の
やりとりをしてくれる事になった。
人付き合いの苦手なわたしにとっては
ホントありがたい話だ。

この頃ではそのギルドを通しての
仕事依頼が増え、収入が得られる
ようになってきた。

ならそろそろこの家を出る事も考えねば。

でもわたしがここを出たら、
またこの家は元のように汚れるんだろうなぁ。

後任の家政婦さんも探しておくべき?

どんな人がいいだろう。

優しくて穏やかでロイは沢山食べるから
料理上手なおばさんがいいかな。


…………ん?

なんでわたし今、次の家政婦さんは
おばさんがいいって思ったんだろう?

別に若い人でもいいはずなのに。

多分ロイには今、恋人と呼べる人はいないと思う。
あれだけ毎日早く家に帰ってくるんだもの、
誰かと付き合ってるようには感じられない。

まぁ今だけなんだろうけど。

そのうちすぐにロイに恋人が出来て、
そうしたらわたしはお邪魔になる。
その前にここを出て行かないと。


つきん。


また一人になる寂しさと喪失感がわたしを襲う。


イザベラが言った。
わたしは “消失恐怖症”だと。

相次いで両親がこの世を去り、
兄までも亡くした。
そして家財道具も全て奪われた事により、
自分の手から何かが失われる事への恐怖心が
強くなってしまっているらしい。

そうなのかもしれない。
ならば、
どうしたらいいのだろう。

生き続けるという事はどうしても大切なものが
増えてゆく。
それらのものをいつか失うのではないかという
恐怖と付き合いながら生きて行くしかないのか。

わたしはそんな自分の空虚な気持ちに蓋をして、
家事や術式師の仕事の合間に
不動産屋さんや家政婦案内所で
新しい物件と新しい家政婦さんを探した。


ロイは今、
また地方で発生した魔物の討伐に行っている。

きっと次に帰った時には
わたしの新しい家も
この家の新しい家政婦さんも決まっている
事だろう。

そうしたらロイとはまたお別れだ。


つきん。


違う。
これは違う、胸の痛みなんかじゃない。
初恋はとうに終止符を打ったはずだ。
それがわたしの中に熾火のように残ってるなんて
事は断じてない。


そんな事を日々考えているうちに
ロイが遠征先から帰ってきた。
(まだ家も人も決まってないのに)

今回の遠征も苛烈を極めたのだろう。

心身共に疲れきっているのが
ロイの顔色から如実に読み取れる。

それなのにわたしのために
お菓子を買って来てくれる。

疲れた顔と可愛らしいお菓子の包み紙の対比が
シュールすぎてなんだか痛々しい。

わたしはなるべく努めて
優しく、穏やかに微笑んだ。

「ロイおかえりなさい。
今回も本当にご苦労様でした。
まずはゆっくり休んで。
今夜はロイの好きなゴハンばかり作るからね」

お菓子の包み紙を受け取り
ロイの荷物も受け取ろうとした時、
ふいに片手を掴まれた。

荷物がどさりと下に落ちる。


「ロイ?」

「……ララ、もう少しだけ待って欲しい。
もうすぐが再出発するんだ。たがらそれまで、どうかどこにも行かず待ってて欲しい」


待つ?何を?

最初の二人?再出発?

一体なんの話をしているの?

わたしはロイに意味を尋ねようとしたが、
それは叶わなかった。

ロイがそのまま倒れるように
いや、実際に意識を失ったロイが
わたしの上に倒れて来たからだ。


「ええっ!?ちょっと、ロイっ!?」

わたしにロイの全体重がのし掛かる。
無理、大の男の体なんて支えられない。

わたしは咄嗟に以前、組み立てた術式を詠唱した。

“なんでも軽々と持ち運べる魔術”

一人暮らしの女の必須アイテム魔術だ。

途端に軽々とロイの体を支える事が出来た。
ロイは眠っていた。

糸が切れた操り人形みたいに
力無く、でも寝息はとても穏やかだった。

ロイは長身なので
肩に抱えての荷物運びは
運びにくそう。

なのでわたしはロイを姫抱っこして
寝室まで運んだ。

側から見たら、すんごい絵面えづらだったと思う。

ベッドに横にならせ、靴を脱がせる。

こんなになるまで頑張って来たんだなぁと思うと
切なくなる。

ぐっすり寝てるんだ。
どうせわからない。
そう思ってわたしは、ロイの額にキスを落とした。

「お疲れ様、ゆっくり眠ってねロイ」




◇◇◇◇◇


待ってて欲しいと言われたけど、
アレってどういう意味なんだろう。

家を出るのを待てってこと?

新しい家政婦を探すのを待てってこと?


あ、もしかして誰かと結婚するつもりだから
家政婦さんは必要ないという意味かな?


でもいつまで待てばいいんだろう。

結婚相手を連れ帰って来たら嫌だなぁ。

それまでにはここを出たいなぁ。

家政婦さんの事は置いとくとしても
ここを出てもちゃんと行く所があるように、
家の契約だけでもしておこうか。

もし、ロイが結婚相手を連れてきたら……

わたし、ちゃんと笑って挨拶できるかな。
ショックを受けたまま固まってしまうんじゃないかな。

……ショック……

そうだ、わたしはショックなんだ。

ロイが誰かと結ばれるのを見るのが辛いんだ。

今は居させて貰えてる
彼の隣を、見知らぬ誰かに譲るのが
嫌なんだ。

これも消失恐怖症?

多分違う。

これは……好きだからだ。

わたしはやっぱり、
ロイの事が好きで好きでたまらないからだ。


広げていた術式を書く紙の上に涙が落ちる。

ぽたり、ぽたりと。

自覚したらどんどんロイへの想いが溢れてくる。

それと同時に涙も一緒に溢れてきた。

「結局この想いにたどり着くのか……
ロイド=ガードナー、お前のせいだ」


「何が誰のせいなの?」

その時不意に聞こえた声に驚いて、

わたしの肩はびくっと跳ね上がった。


ロイだ。

遠征がない時は毎日
王宮の騎士団詰所に出仕しているロイが
部屋の入り口の所にいた。

時間はまだ午後に差し掛かったばかりで、
普段なら絶対に帰って来ないような時間だ。

それが何故ここにいるんだろう。
何かあったのだろうか。

わたしは涙を拭いながらロイに尋ねる。

「ロイ…こんな時間に「ララ、なんで泣いてるの!?」

わたしの問いかけに
ロイの問いかけが重なる。

ロイが慌ててわたしが座っている
椅子の所まで駆け寄ってくる。

「どうしたの?何か辛い事でもあったの!?」

「わ、わたしは平気、目に大量のゴミが入っただけだから」

わたしは泣いていた理由を知られたくなくて
かなり適当に言い訳をした。

「大量のゴミ!?」

「それよりロイこそどうしたの?
いつもより帰宅時間が早いじゃない、
……あら、花?」

よく見るとロイの手には花束が握られていた。

わたしの好きな色、
淡いペールブルーの色味の花ばかりが
集められた花束だった。


ロイは一瞬逡巡して、
かなり照れくさそうにわたしの前に跪いた。

わたしは椅子に座っているから
かなり目線が近い。

ロイの頬が少し赤みを帯びている。

でも眼差しは真剣そのものでわたしは
はっと息をのむ。

「ロ、ロイ……?」

「ララ」

ロイがわたしに花束を掲げる。


「ララ、正直に話すけど、
決して俺の事を下心だらけの
イヤラシ男だとは思わないで欲しいんだ。
いやホントは下心の塊なんだけど、
ってそうじゃない、」

「はい?」

「キミは俺の事を兄貴の友達……
としてしか見ていないのはわかってる。
でも俺は出会った時からララの事が可愛いなぁ、
好きだなぁ、恋人になってくれないかなぁとかそういう目で見ていた」

「……はい?」

「でも当時、俺は魔物討伐の所為で精神的に
狂っていた。
精神障害の一つらしいんだけど、
ハッキリ言ってケダモノだった。
そんな状態でララの近くにいて、
理性を保てる自信がなかった。
いつ押し倒して無理やり襲ってしまうか自分でもわからないくらいにヤバかったんだっ、だってそれくらいララは可愛かった。それでまぁ…ララに出来ない事を玄人のお姐さんで発散してたんだけど……」

「はいぃぃ!?」

おい、最後の方、ゴニョゴニョ言っとったけど、
バッチリ聞こえたぞ。
それにこちとらその現場も目の当たりに
しとるっちゅーねん! 


「親友の妹を、恥ずかしながら恋心を抱いた女の子を俺なんかが汚しちゃいけないって思って……。
しかもララにとって俺は兄貴の友人枠だってわかってたし。
それで距離を取ったんだ。でも突然、アイツが死んで……」

「………」

そうね、
ロイとかなり疎遠になっていた中、
兄は命を落としたんだった。

でも……

それからは可能な限り側にいてくれたよね。


「泣きくずれるキミを見て、たまらなく辛かった。
これからは俺が守り、支えたいと思った。
そのための権利を、誰にも譲るつもりはなかった。今だってそうだ、誰に責められようとも誰にも渡すつもりはない。
ララを手に入れるためなら嘘も付くし、
なんでもするつもりだ」

ロイはまるで何かに追い立てられているかのように話続けた。

わたしに聞かせてるんじゃない、
自分に言い聞かせている……?

「ちょっ、ちょっと待ってロイ、
なんの話をしているの!?」

「あぁ……ご、ごめん、なんでもないんだ。
ララ、こんな俺だけどずっとずっとララの事が
好きだった。
ララがあんな事になって、卑怯な俺はチャンスだと
思った。ララの弱みに漬け込んで、
自分の懐に囲い込んだんだ」

「……」

でも実際わたしは本当に救われたけどね。


「俺が悪夢を見て魘された時、
ララが抱きしめて子守唄を歌ってくれて
心から安堵した。
優しくされて嬉しかった。
そしてもう絶対に離したくないと思った」

ロイが花束を持っていない方の手で
わたしの手を取る。

「ララ、白状するとキミと再会するまで
俺は結構遊んできた。精霊騎士は軟派だってよく言われるけど俺はその最たるものだと自覚してる」

自覚しとるんかい。


「でもララと再会してからは全然遊んでないよ!
も見届けたし、ホントに今はララ一筋なんだ!」



これは……現実に起きていること? 

ロイがずっとわたしの事を好きだったって?

そして今も……わたしの事を好き……
ってそう言ったわよね?


ダメだ。

もう色々一変に情報が入ってきて混乱してる……

まともな考えが纏まらない。


だから……

自分の素直な気持ちに従ってみる?

さっき、涙を流したわけにきちんと向き合ってみる?

この人を失いたくないんでしょう?

この人の側に居続けたいんでしょう?


……せやな。


「ララ」

ロイがわたしの名を呼ぶ。

わたしは静かに視線を合わせた。


「ララ、どうか俺と結婚してください。
俺の本妻はララだけだ。
だからどうか、どうか俺と一緒の墓に入って下さい!」

「………………………ぷっ」

「へ?」

「ごめん、だってプロポーズの決め台詞が一緒の墓に入って欲しいなんて、面白いなぁと思って」

「ダ、ダメだった!?」

「ううん。
ロイらしくていいいなぁと思った。
ロイ、わたしもロイが好き、
ロイが初恋だったんだと思う。
どうかわたしをロイと一緒のお墓に
入れてください」


「…………ホントに?」

「うん」

「ホントのホントに?」

「そうよ」

「っ~~~~~!ララっ!!」

「キャアっ!!」


……わたしはそのまま押し倒された。


後になってロイが白状したけど、

一年近く禁欲生活が続いてて、

この時の理性の箍は綿菓子のように
ふわっふわだったのだとか。


こうしてわたしとロイは

3ヶ月後にささやかな式を挙げて
夫婦になった。


今になって思えば、
この時のロイの言葉には
様々な意味が込められていた。

でも当時、何も知らなかったわたしには、
その意味に気づく事など出来るはずもなく。



それから4年、本当に幸せで
穏やかな日々が続いた。


あの黒い目をした幼な子を連れた
“1番目の妻”と名乗る女が、
我が家に訪れてロイに複数の妻がいると告げるまでは。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


作者のひとり言


いつもお読みくださりありがとうございます。
そして感想とお気に入り登録も
本当にありがとうございます!


4話も続いた馴れ初め話にお付き合いくださり、
ありがとうございました。

次回から漸く話が進みます。

タグにある〈嫌な女〉も〈無自覚なクズ〉も
出てきます。
〈甘ったれ旦那〉も拍車がかかりそうです。

不快な思いもさせてしまうかもしれません。
何をもって不快と感じるかは人それぞれだとは思いますが。

じつはラストを2種類考えていて、
まだ決めかねてました。
でも漸く決まり、これからキバって書いてゆこうと思います。

なので敢えてハッピーエンドタグは付けなかったのですが、
果たしてどんなラストになるのか
一緒に見届けて下さると嬉しいです。

これからもどうぞよろしくお願いします!









































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