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第三部 最終章

あなた

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 いつかこんなことがあった。一緒にテレビを見ていて、何か有名な柔道の大会の決勝戦で、あなたは、よし! とか、いけえ! とか、張り切った感じで応援していたのだけれど、日本人の選手が優勝を決めた瞬間、 テレビが爆発してしまったのかと思うぐらいに破片が飛び散って……。あなたが投げたリモコンで壊れたんだと認識するまでに時間がかかってしまった。

 改めて思った。私と出会っていなければ、あなたはテレビの中で優勝しているはずだったかもしれない。多大にあった可能性を私がゼロにしてしまったんだ。

 そんなことを初めて目の当たりしたものだから、私、ショックで、ショックで、ただただショックで……。泣きそうになったけれど、唇を噛んで堪えたわ。私が泣いてあなたが歩けるようになるなら、いくらでも泣くのだけれど、何も変わらないのが現実だし、もしも私が泣いてしまったら、あなたの立場がなくなってしまうし、私なんかに比べたら、あなたの憤りは計り知れない。

 だから隣であなたが泣いている間、何もせず、何も云わず、私、ずっと傍にいたでしょ?
 実は私、あなたに殴られる覚悟をしていたのよ。顔のどこかが骨折するぐらいの覚悟を、私はしてたの……。本当にしてたのよ。
 

 こんなこともあった。私がうたた寝をしていた時、違和感を感じて目を開けたら、あなたが私の胸を触ろうとしていた。寝た振りをしてればよかったのだけれど少しだけ驚いてしまって、あなたに恥をかかせてしまったと反省したの。

 でも普通に考えたら、彼氏が彼女に触れたいと思うことは、人間が呼吸をするように、当たり前なことだから、私調べたの、下半身不随の性について。

 私、そういうこと、全くといっていいほど無頓着だったから、内容を知った時びっくりしたのを覚えてる。さらに調べてくうえで、私はあなたにひもじい思いさせてきたことを実感したの。
   
 雰囲気づくりの仕方なんて、私、知らないから、急に部屋の明かりを消してキスをして、あなたの手を私の胸にあてがった。

 あなたの手は三秒ぐらい、まったく動かなかったけど、私がいいよ……と言いうと、あなたはそっと触ってくれた。最初はゆっくりだったけど次第に激しくなっていった。

 私が服を脱いでブラジャーを外すと、あなたは乳房を口に含んだ。あんなにも夢中になるものだから、少しとまどってしまったのだけれど、私の身体の一部にだけれど、あなたが夢中になっている現実が、私に存在価値を与えてくれた。

 そしてあなたに今までこんなにも我慢させていたことを反省したのと同時に、役に立てているようで本当に本当にうれしかった。

 もっと私にできることを……。あなたの股間に触れてみた。あなたは胸に夢中で気付いていなかった。

 もしかしてと思ったけど、硬くはなかった。反応するケースがあるらしいが、達也の場合どうなのだろう。私はパンツの中に手を入れて直に触ってみた。
  
 あなたはやめろよ! と言って私の手を引き抜いた。私はやってみないとわからないじゃない、と言って強引に下着を脱がした。あの時の私は自分でも驚くほど大胆だった。

 あなたはしばらく抵抗していたけど、あなたの為になるのならなんだってする。そんな想いで必死だった。

 私はあなたの両手を払いのけ、それを含んでみた。汚いからやめろ、と言われたけど、耳をかさずに続けた。でも全然硬くならなくて……。もういいよって言われても続けた。どのくらいそうしていたのだろう。いつしかあなたは泣いていた。

「惨めだよ。もう、いいよ、ホントにもういいから……。ひとりにしてくれよ……」

「ごめん……私、初めてこういうことしたから、下手くそでごめんね」

「そんなことが問題じゃないのは、よくわかったはずだろ?」

 その途切れそうで消えそうな弱々しい声を聴いた私はそれ以上何も言えず、暗がりの静寂の中ブラジャーをつけ、服を着て部屋を出てから一週間、あなたは私に会ってくれなかった。
  
 山なのか谷なのか、ただのデコボコなのかわからないけど、そんなような出来事を乗り越え繰り返し今に至っている。

 達也が身体が大きいからなのか車椅子で外を歩くと、通り過ぎる人たちによく見られる。その人たちには悪気はないと思うけど、異様な不快感があった。私がそう感じているのだから、達也はもっともっとそう感じているかもしれない。

 だからどんなに空が澄み切って蒼くても、私たちの心が晴れたことは皆無に等しかった。いつも空は泣いていて、時は澱んでいるようだった。

 でも、世界はきっと美しい。世界はきっと素晴らしい。そんな希望をあなたに見せてあげたい。

 私が後ろを向いていたら辿り着けない。私が前を向いていなければ、その世界は幻となってしまうだろう。私は闇を切り裂く光。あなたを導く道標。そうありたい。そうあるべきだ。私があなたを絶対に幸せにする。
 
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