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第三部 最終章
隠し事
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翌朝まで一睡もすることなく朝を迎えてしまった。草井くんに会うのが怖い。私は平静を保てる自信がない。でもあの光景が何なのが、草井くんの口から確認するべきだ。……いや、確認する義務が私にはある。今にも泣き崩れそうな自分の顔が鏡の中に映しだされる。私は頬の傷痕を強く摘んで涙を堪えた。
草井くんはいつも通りベッドの上で私を出迎えたが、ただならぬ私の雰囲気に首を傾げた。
「……桜さんなんかあった?」
私はいつも通りベッド脇の椅子には座らず窓の外を見て言った。
「天気もいいし、たまには外に出てみない?」
「前にも言ったよね。リハビリしてからじゃないと許可がおりないんだよ」
「じゃあ、いつ出れるの?」
「……そんなの……リハビリ終わってからに決まってるじゃない」
「いつも、そう答えるよね? ……思い返してみたら草井くんがベッドから出てるところを見たことないのよ。車椅子に乗ってる姿さえもね」
「………………」
「私、昨日ケータイ忘れちゃったじゃない。実は取りに戻ったの。それで、その時見ちゃったのよ」
草井くんが喉を大きく動かしてごくりと唾を飲み込んだ。
「何を見たんだよ」
「脚に何度もシャーペンを突き刺してた」
「……ちがうちがう! あれはリハビリの一環でマッサージしてただけだよ」
「リハビリって泣きながらするの? シャーペンなんか使うの?」
「…………」
「なんとか言ってよ!」
「……うるせえ!」
草井くんに初めて怒鳴られ涙が溢れてきたが私は怯まなかった。いや怯んではいけないんだ。
「桜さ……、オ、オマ……オマエのせいでこんなことになっちまったんだ! 本当は顔も見たくねえんだ! 同じ空気も吸いたくねえんだ! 出てけ! そんで二度と俺の前に現れるな!」
必死に堪えているはずなのに涙が止まらない。震える唇を強く噛む。くそっ、泣くな……。泣くなよ、桜!
「早く出てけええええ!」
再び怒鳴った草井くんの目尻にも涙が溜まっていた。それが溢れ落ちると慌てて顔を背けた。
「何度言えばわかるんだよ! 頼むから出てってくれよ……」
涙声……。あの強くて大きな草井くんの涙声……。
「草井くん、嘘つくの下手すぎだよ……。私を遠ざける為に、そんなことばかり言ってるんでしょ。リハビリで遠くに転院するって嘘ついた理由もそうだよね。『来る前に必ず連絡する』っていう約束は私が来る前にトイレとかいろいろ済ませるためだよね。歩けないことを隠すために……。それは全て私のためだよね。私が自分を責めて、同じことを繰り返さないように」
私は小さくなっていく草井くんを抱きしめた。
「……この脚、何しても何も感じないんだ。もう柔道できないんだ。もう二度と歩けないんだ……」
私は声が漏れそうになるのを歯を食いしばって堪える。
「……桜さん、同情ならやめてくれ……。もう俺は大丈夫だから……。ぜんぶ受け入れたから……。俺に負い目を感じて毎日来てくれてるなら、本当にもういいよ。逆に辛いからさ……」
私は涙を拭い、草井くんの頭を強引に掴んでキスをした。そして合わせた唇をそっと離し私は言った。
「もう何も言わないでいい。これが私の答えだよ。これでわかってもらえないなら、ひっぱたいて絶交よ」
草井くんは顔をぐしゃぐしゃと歪ませ私の胸の中で泣き叫んだ。
岩のように大きくて硬い草井くんの身体が、とても小さく感じられ、まるで寒空のなか捨てられた子猫のように震えていた。
泣くな強くなれ泣くな強くなれ泣くな強くなれ泣くな……私が泣いてどうする。今度は私が護るんだ。支えるんだ。何があっても強くなる。自分のためじゃなく草井くんのために……。
草井くんはいつも通りベッドの上で私を出迎えたが、ただならぬ私の雰囲気に首を傾げた。
「……桜さんなんかあった?」
私はいつも通りベッド脇の椅子には座らず窓の外を見て言った。
「天気もいいし、たまには外に出てみない?」
「前にも言ったよね。リハビリしてからじゃないと許可がおりないんだよ」
「じゃあ、いつ出れるの?」
「……そんなの……リハビリ終わってからに決まってるじゃない」
「いつも、そう答えるよね? ……思い返してみたら草井くんがベッドから出てるところを見たことないのよ。車椅子に乗ってる姿さえもね」
「………………」
「私、昨日ケータイ忘れちゃったじゃない。実は取りに戻ったの。それで、その時見ちゃったのよ」
草井くんが喉を大きく動かしてごくりと唾を飲み込んだ。
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「脚に何度もシャーペンを突き刺してた」
「……ちがうちがう! あれはリハビリの一環でマッサージしてただけだよ」
「リハビリって泣きながらするの? シャーペンなんか使うの?」
「…………」
「なんとか言ってよ!」
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草井くんに初めて怒鳴られ涙が溢れてきたが私は怯まなかった。いや怯んではいけないんだ。
「桜さ……、オ、オマ……オマエのせいでこんなことになっちまったんだ! 本当は顔も見たくねえんだ! 同じ空気も吸いたくねえんだ! 出てけ! そんで二度と俺の前に現れるな!」
必死に堪えているはずなのに涙が止まらない。震える唇を強く噛む。くそっ、泣くな……。泣くなよ、桜!
「早く出てけええええ!」
再び怒鳴った草井くんの目尻にも涙が溜まっていた。それが溢れ落ちると慌てて顔を背けた。
「何度言えばわかるんだよ! 頼むから出てってくれよ……」
涙声……。あの強くて大きな草井くんの涙声……。
「草井くん、嘘つくの下手すぎだよ……。私を遠ざける為に、そんなことばかり言ってるんでしょ。リハビリで遠くに転院するって嘘ついた理由もそうだよね。『来る前に必ず連絡する』っていう約束は私が来る前にトイレとかいろいろ済ませるためだよね。歩けないことを隠すために……。それは全て私のためだよね。私が自分を責めて、同じことを繰り返さないように」
私は小さくなっていく草井くんを抱きしめた。
「……この脚、何しても何も感じないんだ。もう柔道できないんだ。もう二度と歩けないんだ……」
私は声が漏れそうになるのを歯を食いしばって堪える。
「……桜さん、同情ならやめてくれ……。もう俺は大丈夫だから……。ぜんぶ受け入れたから……。俺に負い目を感じて毎日来てくれてるなら、本当にもういいよ。逆に辛いからさ……」
私は涙を拭い、草井くんの頭を強引に掴んでキスをした。そして合わせた唇をそっと離し私は言った。
「もう何も言わないでいい。これが私の答えだよ。これでわかってもらえないなら、ひっぱたいて絶交よ」
草井くんは顔をぐしゃぐしゃと歪ませ私の胸の中で泣き叫んだ。
岩のように大きくて硬い草井くんの身体が、とても小さく感じられ、まるで寒空のなか捨てられた子猫のように震えていた。
泣くな強くなれ泣くな強くなれ泣くな強くなれ泣くな……私が泣いてどうする。今度は私が護るんだ。支えるんだ。何があっても強くなる。自分のためじゃなく草井くんのために……。
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