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17歳
不安
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私たちは同棲を始めた。トーヤの仕事は鳶職で、早い時は4時前に起きて家を出る。最初は私も頑張って起きていたけど、さすがに長くは続かなかった。
私のバイト先では学生が試験期間に入ると遅番スタッフが手薄になる。基本的に私は早番だけど、店長に頼まれて遅番シフトに入ることもあった。でも今は店長にどれだけ頭を下げられてもお断りだ。遅番にしたら仕事から帰って来るトーヤと入れ違いになってしまう。
トーヤは早くに寝ちゃうから、一緒にご飯を食べて1秒でも長く一緒にいたい。
だから、あれだけ仲の良かったバイト仲間ともまったく遊ばなくなってしまった。私の生活は完全にトーヤを中心に廻っている。
二十歳過ぎてんのにこんなこと辞めねえとな……って、いつもトーヤは言ってるけど第4土曜日にある集会を楽しみにしているようだった。
『凍える夜に舞い降りた堕天使』
トーヤが私と出会うずっと前に特攻服に刺繍した一文だ。『凍』『夜』『舞』トーヤの名前と私の名前が、一つの文に収まっていた。
「これって運命だよね?」
「間違いねえな」
私は本当に幸せだ。辛かった過去なんて全部忘れてしまうほど幸せだ。でも幸せ過ぎて忘れてしまっていたこともある。
私はバイトの帰りにある物を買ってトイレに駆け込んだ。
説明書をよく読む。3秒間かける。キャップをして水平な場所に置き1分待つ。……判定窓に赤紫の線が浮き上がった。何度も何度も説明書を読み返した。……陽性?
「ただいま、めっちゃ腹減ったわ」
トーヤがタイミングよく帰ってきた。
「なに、それ?」
「……できたみたい」
「……な、何がや?」
「……トーヤの赤ちゃん」
「……マジか」
トーヤは脱いだばかりの靴を履き直した。
「……ちょっと、飯食べてくる」
目も合わさずトーヤは部屋を飛び出していった。バイクの音が遠ざかっていく……。
今までに私一人置いて、しかもバイクでご飯食べに行ったことなんてなかったよね……。これってどういうこと……。不安と静寂が私を包んだ。まだお腹に赤ちゃんがいるなんて実感はない。
あれから二時間が経った。次第に今までに味わったことのない孤独感が私を襲う。気を紛らわそうとテレビをつけた。毎週楽しみにしているバラエティー番組がやっていた。何一つおもしろくない。アホ面でボケてる芸人も、それを見て笑ってる奴らも、一人残らず殴りたくなる。
トーヤが家を飛び出してから、どれくらいたっただろう。もうそろそろ日付けが変わる。眠くもない。明るい部屋でいつもより音量を上げたテレビがやかましく鳴っていた。
しばらくすると物音で目を覚ました。どうやらテーブルに突っ伏して眠ってしまっていたようだ。そっと部屋のドアが開く。トーヤが神妙な面持ちで入ってきた。私は座ったままトーヤを見上げる。トーヤは視線を合わせようとしない。私はテレビを消した。遠くを走る車の音が聴こえる。冷蔵庫の音がやけに大きく聴こえる。トーヤの張り付いた上唇と下唇のはがれる音が聴こえた。
「……もう、やめや。いい機会や」
やっぱりそうかよ……。私は現実を拒むように目を閉じた。
「俺な、貯金とか1円もないんよ。だから、ずっと前から俺の単車欲しがってた後輩に売ってきた。だから族はやめる」
トーヤがバイクを大切にしていたのは知っている。必死にお金を貯め値切りまくってやっと買えたのだ、と何度も聞かされていた。バイクを磨いたり整備したり、バイクの話をする時のトーヤの目は少年のようにいつもキラキラしていたのを思い出す。
トーヤが私に歩み寄ってきて、私の左手を握った。そしてトーヤは私の薬指を締め付けた。
「よかった、サイズぴったりみたいやな。安もんだけど勘忍してな……」
「何これ」
「何これって、指輪じゃん」
「指輪買うのに、どれだけ時間かかってんだよ!」
私はトーヤの胸を叩きながら泣いた。トーヤはそんな私をきつく抱きしめた。
「元気な赤ちゃん産んでくれな」
「不安にさせやがって!」
私は声をあげて子供のように泣きじゃくった。
私のバイト先では学生が試験期間に入ると遅番スタッフが手薄になる。基本的に私は早番だけど、店長に頼まれて遅番シフトに入ることもあった。でも今は店長にどれだけ頭を下げられてもお断りだ。遅番にしたら仕事から帰って来るトーヤと入れ違いになってしまう。
トーヤは早くに寝ちゃうから、一緒にご飯を食べて1秒でも長く一緒にいたい。
だから、あれだけ仲の良かったバイト仲間ともまったく遊ばなくなってしまった。私の生活は完全にトーヤを中心に廻っている。
二十歳過ぎてんのにこんなこと辞めねえとな……って、いつもトーヤは言ってるけど第4土曜日にある集会を楽しみにしているようだった。
『凍える夜に舞い降りた堕天使』
トーヤが私と出会うずっと前に特攻服に刺繍した一文だ。『凍』『夜』『舞』トーヤの名前と私の名前が、一つの文に収まっていた。
「これって運命だよね?」
「間違いねえな」
私は本当に幸せだ。辛かった過去なんて全部忘れてしまうほど幸せだ。でも幸せ過ぎて忘れてしまっていたこともある。
私はバイトの帰りにある物を買ってトイレに駆け込んだ。
説明書をよく読む。3秒間かける。キャップをして水平な場所に置き1分待つ。……判定窓に赤紫の線が浮き上がった。何度も何度も説明書を読み返した。……陽性?
「ただいま、めっちゃ腹減ったわ」
トーヤがタイミングよく帰ってきた。
「なに、それ?」
「……できたみたい」
「……な、何がや?」
「……トーヤの赤ちゃん」
「……マジか」
トーヤは脱いだばかりの靴を履き直した。
「……ちょっと、飯食べてくる」
目も合わさずトーヤは部屋を飛び出していった。バイクの音が遠ざかっていく……。
今までに私一人置いて、しかもバイクでご飯食べに行ったことなんてなかったよね……。これってどういうこと……。不安と静寂が私を包んだ。まだお腹に赤ちゃんがいるなんて実感はない。
あれから二時間が経った。次第に今までに味わったことのない孤独感が私を襲う。気を紛らわそうとテレビをつけた。毎週楽しみにしているバラエティー番組がやっていた。何一つおもしろくない。アホ面でボケてる芸人も、それを見て笑ってる奴らも、一人残らず殴りたくなる。
トーヤが家を飛び出してから、どれくらいたっただろう。もうそろそろ日付けが変わる。眠くもない。明るい部屋でいつもより音量を上げたテレビがやかましく鳴っていた。
しばらくすると物音で目を覚ました。どうやらテーブルに突っ伏して眠ってしまっていたようだ。そっと部屋のドアが開く。トーヤが神妙な面持ちで入ってきた。私は座ったままトーヤを見上げる。トーヤは視線を合わせようとしない。私はテレビを消した。遠くを走る車の音が聴こえる。冷蔵庫の音がやけに大きく聴こえる。トーヤの張り付いた上唇と下唇のはがれる音が聴こえた。
「……もう、やめや。いい機会や」
やっぱりそうかよ……。私は現実を拒むように目を閉じた。
「俺な、貯金とか1円もないんよ。だから、ずっと前から俺の単車欲しがってた後輩に売ってきた。だから族はやめる」
トーヤがバイクを大切にしていたのは知っている。必死にお金を貯め値切りまくってやっと買えたのだ、と何度も聞かされていた。バイクを磨いたり整備したり、バイクの話をする時のトーヤの目は少年のようにいつもキラキラしていたのを思い出す。
トーヤが私に歩み寄ってきて、私の左手を握った。そしてトーヤは私の薬指を締め付けた。
「よかった、サイズぴったりみたいやな。安もんだけど勘忍してな……」
「何これ」
「何これって、指輪じゃん」
「指輪買うのに、どれだけ時間かかってんだよ!」
私はトーヤの胸を叩きながら泣いた。トーヤはそんな私をきつく抱きしめた。
「元気な赤ちゃん産んでくれな」
「不安にさせやがって!」
私は声をあげて子供のように泣きじゃくった。
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