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17歳

凍える夜に

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「気持ち良かったか?」

「……少しね」

「少しには見えんかったけどなあ」

「もう、うるさい! いちいちそんなこと聞くな!」

 熱くなった顔をトーヤの胸に埋めた。

 そして私達は寝るのも惜しんで他愛のない話で盛り上がった。話しても話しても話題は尽きなかった。

「ねえ、そういえばさ『トーヤ』って漢字でどう書くの?」

 この何気ない私の質問にトーヤは微妙に顔をしかめた。

「……俺な、捨て子なんだよ。雪が降り積もる中、孤児院の前に開いたままのビニール傘が捨てられてたらしくてよ。その下にはバスタオルでぐるぐる巻きにされた出てきてよ。死んでると思ったらしいけど、この通り生きてたんだ……。そんで俺はそこの孤児院で育てられたわけよ」

 トーヤは起き上がり私に背を向けベッドに腰掛けタバコに火を着けた。煙を天井に吐くと雨雲のように漂う。指に挟んだタバコの灰がじりじりと伸びていく。私はへし折れてしまいそうな灰を見つめている。トーヤはそれに気づいて慌ててタバコを揉み消した。

「小学生になったら自分の名前を漢字で書くようになるだろ? 先生が親に自分の名前の由来を訊いてくるようにって宿題を出されるわけ。俺には親なんて居ねえから名付けの親の園長に訊いたんよ。そんでみんなの前でそのまま言ってやったわ。凍える夜を生き抜いたから……凍夜(とうや)やって……。俺の時だけシーンとしたわ。何だかわからなくて俺は先生を見た。そしたらな、先生は俺から目を反らして、何ひとつ言わず拍手してごまかしたんよ。つられてみんな拍手したわ。
 俺以外の奴らは先生にそれぞれの名前を褒められとるんよ……。なんで俺だけ何もないんだって不思議に思った。鼻たれの俺もさすがにおかしい思って、辞書のひきかたもろくにわからんくせに、必死になって調べたんだ……そしたら、とっても哀しい名前だった。園長センスねえよな。ホストみたいな名前つけやがって。でも今は気に入ってんだ。だって唯一無二じゃねえか」

 トーヤはもう一度タバコに火をつける。深呼吸するように吸い込むと、チリチリと音を起てて、赤い輪が唇に向かって走っていく。
  
「……ガキの頃って変に正直じゃんか? 俺は捨て子で施設で暮らしてることをみんなに言ったんよ。俺にとってはそれが普通だと思ってたしな。そしたら次の日から誰も遊んでくれんようになって仲間外れにされて、あれは哀しかったわ。その後は言うまでもなく虐められるようになった。あれは5年生になったばかりの頃だったかな……。体育の授業がソフトボールだった。そんで俺の打順になった。ソフトボールって普通下から投げるのに、俺に投げる時だけ上から投げて、バッターの俺にわざとボールぶつけてきたんよ。
 めっちゃ痛くてよろけて泣きなが尻を着いちまったんだ。そしたらみんな笑いやがってよ。そんで投げた奴が言うたんよ『ごめん、投げ方間違えた』って。どっかーんウケてさ……」

 トーヤはタバコをおもいっきり吸い込ん後灰皿に叩きつけた。すると溜まっていた吸い殻が灰を巻き上げて、そこからはみ出した。
 
「今度はキャッチャーの奴に『邪魔、早く退け』って言われてキャッチャーミットで頭叩かれたんだよ。そしたらな……カーンッ! って鳴ったんよ。テレビで甲子園の中継見たことあるだろ? まさにあの音だった……。気付いたらキャッチャーの奴が頭から血流して倒れてた。そしたらセンコー(先生)が慌てて止めにきたんよ。さっきまで傍観してたくせによ。俺は向かってくるセンコーにフルスイングだ。肋(あばら)何本か折れたんだろうな、死にかけのゴキブリみたにのたうちまわってたわ……」

 トーヤの声が震えている。いったいどんな表情をしているのだろうか。

「みんな祭りみたいに声あげて逃げ惑って、俺はボールぶつけた奴を追っかけてたらそいつが足が縺らせてすっ転ころんだんよ。そいつな、身体めっちゃでっかくって、ジャイアンみたないな奴だったんけど、そんな奴が小便漏らして『おかあさ~ん』って泣き叫ぶんよ。なんか俺、情けなくって悔しくってな、こんな奴らに虐めらてたと思ったら、小便みたいに涙が出てきてよ。俺には、おかんなんておらんし、辛い時に縋りつけるもんなんて、何もなしに生きてきたんだ……。気付いた時には、ジャイアンのでっかい身体は紫色に変色して人形みたいにぐったりしとった……」

 トーヤはゆっくり振り返り哀しげに私を見た。

「どうだ……俺、かなりイカれてるよな。抱いた後に言うのもおかしいけどよ。やめといたほうがいいぞ、俺なんか……」

 トーヤは泣きそうな顔で笑っていた。
  
「どうして私に話してくれたの? 黙ってればわからなかったじゃない」

 私に問われうろたえたトーヤは少年のように見えた。私はトーヤの横に腰を下ろし言葉を使わずトーヤの瞳の奥に問い掛けた。この気持ち届くだろうか……。トーヤは瞬きもせず私から目を反らさなかった。トーヤの瞳からじんわりと涙が滲み出た。

「……実はな、こんなこと、誰かに言うたんは初めてなんだよ。でも何でか知らんけど本当の俺を、お前だけには知ってほしかった、わかってほしかった。いつか俺はお前を傷つけてまうかもしれない……」

 私は何も言わずトーヤを抱きしめた。わかる……その気持ち、私はわかるよ。私も小さい頃からトーヤと似たような感情を抱いて、今まで生きてきたんだよ。でも『わかるよ』なんて、絶対言わないし、絶対言えない。

 人が背負ってきた哀しみは、背負ってきた本人にしか絶対にわからない。だから私はそんな偽善の言葉を聞きたくはないから、他人に過去を語ったことは一度もない。でもトーヤは私に過去を語ってくれた。この重みは、わかる人にしか絶対にわからない。

「トーヤは私を救ってくれたんだよ……。
 だから、たとえトーヤが私を傷つけたとしても、血だらけになっても、その傷から溢れ出る血を飲み干すよ」

 私の肩に熱い雫が落ちる。私はトーヤにキスをしてを頬を伝う涙を舐めた。そして、しょっぱい過去を分かち合うようにキスをして、想いを確かめ合うようにいつまでも抱き合った。

 

 
 
 
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