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16歳

世界の終わり

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 ロッカーの扉が次々と激しく開き、ワイシャツの胸元を仰ぐように摘みながら出てくる男、練習着を着ている男、大柄な男、太り気味な男……男がぞろぞろと出てきた。全員マスクをしていて誰かはわからない。

「あちー! ロッカーなんかに隠れさせやがって、いつまで待たせんだよ! 酸欠になっちまううぜ」

「ごめんごめん、念には念をでさ、安全確認してきたんだよ」

 イチ……ニイ……サン……ヨン……彼をいれて計五人。

「どうだった? 何度メールしても返ってこないじれったさは? 桜には散々焦らされてきたから、やり返してみたんだ。それに彼女が探しにきたなんてのはウソ。ここに連れ込むための口実だよ。ここまできたらだいたい予想つくだろう? ねえ、桜あ……マワされてみよっか?」

 狂喜の雄叫びが鳴り響く。それはまさに心の音だった。どす黒くて鋭利で生臭くて醜悪な音色。その音は不快感となり私の全細胞が一斉に拒否反応を示した。

 私が叫ぶと同時に飛び掛かってくる四人改め獣四匹。私の強張った喉は懸命に何かを発するが、それは悲鳴にもなっていない掠れた音。

 ベンチに仰向けに押し倒され、一人が私の下腹部に跨がり、強引に両腕を掴まれる。必死に足をばたつかせるが、左右の足を一人ずつに捕獲される。

「おっ、ピンクだぜ! このアングル堪んねえな!」

 それは私の下着の色だ。内股を舐められ寒気が走る。

「順番まもれよな! 高い金払ってんだ。オレが最初だぞ!」

「ケチケチすんなよ。ちょっと舐めただけじゃんか」

 もうまったく動けない。

 私は叫ぶ。でも叫びになっていない。鳴り続く私の喉はまるで雛鳥のよう。

「ピーピーうっせえんだよ!」

 頬を叩かれる。痛みは感じないのに涙が溢れ出て頭がクラクラして脱力感に見回れる。

「おもいっきり叩きすぎ!」

「わりいわりい、でもいいじゃん。おとなしくなったぜ!」

 獣たちは湿った息を撒き散らしながら、私の口にガムテープを張り、両腕をベンチの背面に回して結束バンドて縛られる。暴れてみるが肩が外れそうだ。私はベンチに括りつけられてしまった。 

 彼は手を叩いて燃え上がる炎を鎮火させるように言った。

「よーし! ここまでは計画通りだ。再確認しておくぞ。まずは制服を破かない。ビリビリにしたらコイツの親が怪しんでしまうからね。順番はまもれ。高値をつけた順番だ。それぞれ把握してるよな? イれる時は必ずゴムを付けろよ。妊娠したら学校も巻き込んで大騒ぎになる可能性がある。みんなちゃんと持ってるよな? そして最後に撮影会だ。ちゃんと顔と体一緒に撮れよ。部分部分撮っても誰のか解んないと意味ないからね。それが終わったら電気消してパーティータイムだ。これで外部からの邪魔は入らない。くれぐれも騒がないようにね。もしも緊急事態があれば焦らず僕に従え。いいな?」

 元彼が言い終わると誰かが、お前はどうすんの? と質問した。
  
「もう僕は他の女とバンバンやってるし、君らの後に挿れるのもどうかと思うし、今回僕は撮影係に徹するよ。初めての彼女っていうのもあるかもしれないけど、こんなオンナとヤろうなんて意固地になりすぎてたよ。今考えたらマジ阿保らしくて情けないね。散々僕に金遣わした挙げたく、双子の妹を売るようなオンナだ。僕を利用して終いには嵌めやがった。性根が腐ってんだよコイツ。そんな悪女に君たちの正義の槍を突き刺してやってよ」

 元彼は男たちの股間を指差して不敵に笑った。そうかもしれない。私は悪魔かもしれない。犯した罪の罰を受けなければならないのかもしれない、だけど……。だけどだけどだけどどうしてもどうしてもどうしても絶対絶対絶対に……厭だ。だから私は百二十パーセント以上の感情で必死に赦しを乞う。

 無論、端から見れば口は塞がれ体は固定されているので、首を振りながらうめき声を上げているにすぎない。それでも気持ちは伝わるのだと信じ、開かない口でゴメンナサイモウシマセン、と繰り返した。今までの後悔がちっぽけに思えるほど、とてつもなく巨大な後悔が私を押し潰す。

 そんな私を見て、おかしくなっちまったか? とゲラゲラと笑う男たち。

「さっさと脱がしちまおうぜ!」

 その一声に賛同の意を示すかのように笑い声が失せる。蛍光灯の光を遮るように陰った四つの顔が私を見下ろす。生唾を飲み込む音に悶える私。

 ゴメンナサイという言語が吹っ飛び、心がただただ拒絶を叫ぶ。それが塞がれた口を抜けずに私の顔面に篭る。叫べど叫べど顔面の中が熱くなって涙が溢れるばかり……。

 乱暴に胸をわしづかみにされる。汗ばんだ手が太股を撫でる。尖った指が股間に食い込む。八個の手の平が、四十本の指が、体中をはいずり回る。

 ブラウスのボタンが全て外され、ブラジャーを外そうと背中に手を入れてくる。

 スカートがうまく外れないようで苛立ちながら無理矢理引っ張られる。スカートなんて別にいいんじゃん、と誰かが言うと、早くパンツ脱がせよ! と誰かが言う。

 私は絶叫するが届かない。誰にも何にも一ミリも届かない。私の意志も感情も全て虚無。私は人ではなく既に玩具。下着に手をかけられた。必死に抵抗するも男四人の力に虫けらの如くあしらわれる。そして下着が私の腰から剥がれ出したその時だった。

 ドアが鳴った。誰もが息を呑んだ。ドンドンドンッ! と、もう一度鳴る。

「ごめんください。どなたかいらっしゃいませんか」

 ドアの向こうで聴こえる声を私は知っている。野太くて真っ直ぐで……。

 私は力の限り叫ぶが顔面を思いっきり殴られ繊維喪失する。慌てだす男たちに元彼は小さな声で、落ち着け、と言った。

「ちょっと待ってくださいね。今開けますから!」

 訪問者にそう言った後、四人それぞれに手先で指示を出す元彼。

 私はベンチごと持ち上げられ、ロッカーの並ぶ一番奥の死角に運ばれてしまった。そして一人が私のお腹の上に跨がり口を押さえ、もう一人が両脚を押さえた。

 それを確認した元彼は男たちと目を合わせ軽く頷いた後、ドアを開けた。
  
「お! 珍しいな。誰かと思えば草井じゃないか? こんな遅い時間にどうした? 。柔道部の草井がサッカー部に何の用だい?」

「大会前だから自主練してて今終わって帰るところだったんだけど、さっきこの辺りで女の悲鳴みたいの聴こえなかった? 電気ついてるの此処だけだったからさ」

「えっ……」

 元彼の声色からは明らかに動揺が伺えた。

 助かった、と思った次の瞬間、女性の喘ぎ声が鳴り出した。私の声ではない。意味が解らない。

「もしかして、草井が聴いたのはこの声じゃないかな?」

「えっ……ああ……」

 今度は草井くんの方が戸惑っている様子だ。悲鳴にちかい喘ぎ声は鳴り続けている。

「これさ、何年か前に人気あったアイドルがAV女優になったデビュー作なんだよ。なかなか出回ってなくて、やっと入手したんだ。それで今上映会してたところだよ。だけどこの女優の声が煩くてさ、外まで響いてたんだね。まあ、しょうがない。僕等の秘密を知ってしまったんだから、草井も一緒に見てけよ。ティッシュならいっぱいあるしさ」

「い、いいよ! お、俺は大会近いからさ!」

 草井くんのおどけた様子は、今時そんな奴いるかよ! と元彼の大爆笑を誘った。

「わかったわかった。じゃあそろそろ帰ってくれないかな? 早く上映会を再会したいんだ」

 笑いながら言う元彼に不機嫌そうに返す草井くん。

「ああ、邪魔したな」

 待って行かないで助けて、という感情を丸出しにして叫んだけど、AV女優の喘ぎ声が私の呻き声を掻き消す。

 さらには馬乗りしている男に、お腹に体重をかけられ、力いっぱい顔面を押さえ込まれたら、苦しくて痛くて気持ち悪くて、何も考えられなくなっていった。

 意識の遠くの方でドアが閉まり、鍵がかけられたのがわかった。いっそのこと意識を失ったほうが楽かもしれない。

 私は眠りにつこうとしたが、元彼が死んじゃうよ、と笑いながら言って、私に跨がっていた男の手を退かした。逃げられない現実。

 あの時みたく嘔吐すれば、きっとシラけてこんなことも終わるのだろうけど……。絶望のような脱力感に、もう太刀打ちできない。

 目を閉じて、全てを受け入れることにした。なにもかも全てだ。私が元彼をこんなふうにしてしまった。そして舞の心を殺し続けた罰だ。ベンチが宙を浮き、また蛍光灯の下に移動。

 あっけなくブラジャーもパンツも剥ぎ取られて、はだけたブラウスとお腹まで上がったスカート。
  
「やっべぇな、オイ! めっちゃエロいカラダしてんじゃん」

 恥辱にまみれ涙が垂れる。

「さっさと画像撮って、始めようぜ!」

 股を開かれ脚を高く持ち上げられている。下半身の方でシャッター音が鳴っている。ああ……ああ……世界が終わっていく……。私の生きてきた世界が崩れ落ちていく。トミーくん、ごめんなさい。私……これから……汚れます。ああ、死にたい。いっそのこと殺して……。

 でも安心してください。唇だけは守れそうです。あなたとのファーストキスだけは……なんとか……。私は馬鹿な現実逃避を試みるが全くうまくいかない。

 シャッター音の嵐が止み、しばらくすると電気が消えた。ケータイの明かりだけが私を照らしている。騒いでる男たちを元彼が静めている。

「最初はオマエだろ。早くしろよ。もう我慢できねえよ」

 私の開かれた内股に男の肌が触れる。鳥肌が立つ。ああっ! ああっ! あああああっ! 抑え切れぬ激情。やっぱり厭だ。イヤダアアアアアアアアアア!   

 股の間にいる男を蹴飛ばして、脚を動かした。できるだけ動かした。自転車を立ち漕ぎするようにして、なりふり構わず脚を動かした。

「痛ってえな! 今更暴れたって遅えんだよ!」

 直ぐさま脚を押さえられる。動くのは腰だけだ。

 動かすなら入れてからにしろよ! と言いながら腰を押さえ込まれる。口を塞がれ鼻でしか呼吸できない私の体力はあっという間に削られていった。動かない。もう動かない。動けない。それでも動こうとした。だけどもう……。

「なんだよ、萎えちまったよ」

「何してんだよ。もたもたすんな。順番変わるか?」

「ふざけんな! お前等が見てっから勃たねえんだよ」

 乱暴に胸を揉みしだかれ吸われ舐められる。

「よしっ、勃った。入れるぞ」

 私の股に熱くて固くてベトついた何かが触れた。

 世界の終わり……バリバリだかガラガラだかわからないが音を起てて崩れ落ちていく。誰もが息を呑む。鼻だけの呼吸は予想以上に私の体力を奪い、抵抗する力を残していない。諦めが絶望に塗り潰されていく。脱力感に比例して涙が溢れてくる。硬い異物が私を刺し殺そうとしている。入ってきた……。声にならない声が鼻の穴から漏れる。そして崩壊していく私の世界に鮮烈な音が鳴った。
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