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【第4章】
■第93話 : ゴーストスロッター
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「……バカにしてんのか?」
名乗り出たのかどうかを茶化すように言われ、少しムッとした神崎。
そう、パニック発作で倒れていたこの男。
それは、優司が最終目標に定めていた「神崎真佐雄」だった。
そして、一緒にいるのは「伊達慎也」。
学生時代からの神崎の親友で、実質的に神崎のグループを管理している人間だった。
「嘘だよ、嘘。怒るなって。
……ってかさ、なんであんなところで夏目と喋ってたんだ?」
「いや、それがさ……。
つい油断してて、久々やっちゃったんだよ、発作を。
で、水も持ってなくて、へたりこんじゃってさ」
「ああ、なるほど……。
最近なかったのになぁ? 例の資格の勉強とかで忙しかったとか?」
「うん。それもあるし、他にもいろいろ、ね。
とにかく時間がなくて、体も疲れてたし」
「そういう時は自律神経が乱れてやばい、って言ってたもんな」
「まあ、これからは気をつけるよ」
そう言った後、神崎は大きく息を吐き、少し微笑みながら呟くように話し出した。
「それにしても、気のいい人間だったなぁ、彼。俺が倒れこんでるのを見て声をかけてくれたし、水を求めたらすぐさま近くの自販機まで買いに行ってくれたし、俺の話を嫌がりもせず聞いてくれたし」
「へぇ~、そういう感じの奴なんだ?
スロ勝負仕掛けまくってる、ってイメージが強いから、もっとギスギスしたヤツなのかと思ってたよ」
「うん、俺もそう思ってた。だから、途中で気付いた時はびっくりしちゃってさ」
「なるほどね。……じゃあさ、夏目が勝負を挑んできたらどうする?」
「うーん……」
少し考え込む神崎。
「まあ……受けるかな。
あんな感じの奴だって知らなかったし、あれなら、土屋の時みたいに殺伐とした感じにならずにイベント感覚で楽しめるかもしれないじゃん?
それで夏目が満足するならやってみてもいいかも」
「おお~? そうなんだっ? 絶対受けないと思ってたのに。
やっぱ、さっき話してみて印象が変わったからか?」
「いや……。前から、受けてもいいかなとは思ってたんだ。同じような状態に陥ってる者として」
「同じような状態?」
「うん。夏目ってさ、『神懸り的なヒキ弱』ってので、まともにホールで打つことができなくなってるんだろ?」
「そういえばそんな話を聞いたな。実際どうだか知らないけど。
で、まともにホールで打つことができないから、仕方なくスロッター相手に賞金稼ぎみたいなことを始めた、って感じだろ? つまり、スロ台との勝負は諦めて、スロッターと勝負してる、と」
「…………」
「それがどうした?」
「……似てない? 俺と」
「ん?」
「理由は違えど、俺も『まともにホールでは打てない』って状態になってるじゃん」
「ああ……まあ、そうか。
真佐雄は、ホールで発作が起きてから打ちづらくなってるんだもんな。
パニック障害ってのは、発作が起こる病気じゃなくて、発作を恐れるがあまり行動が制限される、って病気だよな?」
「大雑把に言えばそんな感じだよ。
でも、勘違いされることが多いんだけどね。『パニック障害』って名前がよくないよなぁ。自制が効かなくなって暴れだす、みたいなイメージを持たれることもあるし。逆だってのに。
……まあそれはともかく、俺と夏目って同じような状況だと思わないか? まともにホールでスロが打てない、っていう部分で」
「確かにそういう意味では一緒かぁ」
「だろ? でさ、そういう奴のことを、俺の中では勝手に『ゴーストスロッター』って呼んでるんだよね」
「は? 何それ?」
「俺の造語。要は、なんらかの事情でまともにパチスロを打つことができない人間の総称、みたいな感じかな。
理由はどうであれ、結局ホールの中では俺達は幽霊みたいな存在じゃん?
普段からホールの中をウロウロはするけども、特別な事情がない限り打たない、みたいな」
「なるほどねぇ……。それで『ゴーストスロッター』かぁ」
「ま、そういうことでさ。滅多に出会えない同じ者同士、ってことで興味はあったんだ。
で、実際話してみたらあんな感じだったし、そんなあいつが『どうしても勝負したい』って言うなら、別にしてもいいかな、ってね」
「ふーん、そっか。
まあ、俺もその勝負には興味あるし、実現したら面白いかもね。神崎真佐雄 VS 夏目優司、ってか」
「どうなるかね。わかんないけどさ。
あ! そういえばさ、東口のガイオン、最近カモりすぎじゃない? 客も飛び出してるし」
「だろ? だから言ったじゃん!
あそこは店長変わってからひどいんだって! この間のイベントなんか――」
そのまま話は、何気ないホール談義・スロ談義へと移っていった。
◇◇◇◇◇◇
翌朝、優司がいつも泊まるマンガ喫茶にて。
(もう9時かぁ……早く起きないと。昨日はなかなか寝付けなかったからなぁ)
なぜ寝付けなかったのか?
もちろん、「スロ勝負」について悩んでいたからだった。
頑なに継続しようとしていたスロ勝負だったが、広瀬に本心を打ち明け、そこで真剣なアドバイスをもらったことにより、考えが揺らいできていたのだ。
しかし、一晩考えて出した答え、それは……「やはり勝負は継続する」というものだった。
(乾と神崎……。あと2回、あとたった2回なんだ!
それでケジメがつく。
ここまで来たのなら、やっぱりケジメはつけるべきだ。
で、全てやり終えて、スッキリしてからまた日高たちとツルみたい。
変なわだかまりは残したくない)
これが、優司の出した答えだった。
寝付けなかった原因の9割は、スロ勝負をどうするかということだったが、少しだけ違う原因もあった。
それは、自分の将来。
偶然遭遇した、パニック発作に苦しんでいた男、神崎。
まだ優司は、あの男が神崎だったということは知らない。
しかし、発作に苦しんでいた男と出会った、ということに大きな意味があった。
(医者……かぁ)
心療内科の開業医である父親との不仲から抵抗のある職業だったが、なんとなく意識してしまう。
しかし、すぐにそんな思いを打ち消した。
(何考えてんだ俺は! それじゃ、あのオヤジの思い通りじゃんよ!
医者なんかになってたまるかよ……。
俺は、自分で自分のやりたいことを見つけ出す。
自分の将来を、あんな親に決められてたまるかっ……。
無理矢理だろうがなんだろうが、子供にはとにかく勉強させておけばいい、としか考えていない親なんかクソだ……)
苦々しい表情を浮かべながら、改めて決意を固める優司。
それから、おもむろに体を起こし、外へ出るための準備を始めた。
名乗り出たのかどうかを茶化すように言われ、少しムッとした神崎。
そう、パニック発作で倒れていたこの男。
それは、優司が最終目標に定めていた「神崎真佐雄」だった。
そして、一緒にいるのは「伊達慎也」。
学生時代からの神崎の親友で、実質的に神崎のグループを管理している人間だった。
「嘘だよ、嘘。怒るなって。
……ってかさ、なんであんなところで夏目と喋ってたんだ?」
「いや、それがさ……。
つい油断してて、久々やっちゃったんだよ、発作を。
で、水も持ってなくて、へたりこんじゃってさ」
「ああ、なるほど……。
最近なかったのになぁ? 例の資格の勉強とかで忙しかったとか?」
「うん。それもあるし、他にもいろいろ、ね。
とにかく時間がなくて、体も疲れてたし」
「そういう時は自律神経が乱れてやばい、って言ってたもんな」
「まあ、これからは気をつけるよ」
そう言った後、神崎は大きく息を吐き、少し微笑みながら呟くように話し出した。
「それにしても、気のいい人間だったなぁ、彼。俺が倒れこんでるのを見て声をかけてくれたし、水を求めたらすぐさま近くの自販機まで買いに行ってくれたし、俺の話を嫌がりもせず聞いてくれたし」
「へぇ~、そういう感じの奴なんだ?
スロ勝負仕掛けまくってる、ってイメージが強いから、もっとギスギスしたヤツなのかと思ってたよ」
「うん、俺もそう思ってた。だから、途中で気付いた時はびっくりしちゃってさ」
「なるほどね。……じゃあさ、夏目が勝負を挑んできたらどうする?」
「うーん……」
少し考え込む神崎。
「まあ……受けるかな。
あんな感じの奴だって知らなかったし、あれなら、土屋の時みたいに殺伐とした感じにならずにイベント感覚で楽しめるかもしれないじゃん?
それで夏目が満足するならやってみてもいいかも」
「おお~? そうなんだっ? 絶対受けないと思ってたのに。
やっぱ、さっき話してみて印象が変わったからか?」
「いや……。前から、受けてもいいかなとは思ってたんだ。同じような状態に陥ってる者として」
「同じような状態?」
「うん。夏目ってさ、『神懸り的なヒキ弱』ってので、まともにホールで打つことができなくなってるんだろ?」
「そういえばそんな話を聞いたな。実際どうだか知らないけど。
で、まともにホールで打つことができないから、仕方なくスロッター相手に賞金稼ぎみたいなことを始めた、って感じだろ? つまり、スロ台との勝負は諦めて、スロッターと勝負してる、と」
「…………」
「それがどうした?」
「……似てない? 俺と」
「ん?」
「理由は違えど、俺も『まともにホールでは打てない』って状態になってるじゃん」
「ああ……まあ、そうか。
真佐雄は、ホールで発作が起きてから打ちづらくなってるんだもんな。
パニック障害ってのは、発作が起こる病気じゃなくて、発作を恐れるがあまり行動が制限される、って病気だよな?」
「大雑把に言えばそんな感じだよ。
でも、勘違いされることが多いんだけどね。『パニック障害』って名前がよくないよなぁ。自制が効かなくなって暴れだす、みたいなイメージを持たれることもあるし。逆だってのに。
……まあそれはともかく、俺と夏目って同じような状況だと思わないか? まともにホールでスロが打てない、っていう部分で」
「確かにそういう意味では一緒かぁ」
「だろ? でさ、そういう奴のことを、俺の中では勝手に『ゴーストスロッター』って呼んでるんだよね」
「は? 何それ?」
「俺の造語。要は、なんらかの事情でまともにパチスロを打つことができない人間の総称、みたいな感じかな。
理由はどうであれ、結局ホールの中では俺達は幽霊みたいな存在じゃん?
普段からホールの中をウロウロはするけども、特別な事情がない限り打たない、みたいな」
「なるほどねぇ……。それで『ゴーストスロッター』かぁ」
「ま、そういうことでさ。滅多に出会えない同じ者同士、ってことで興味はあったんだ。
で、実際話してみたらあんな感じだったし、そんなあいつが『どうしても勝負したい』って言うなら、別にしてもいいかな、ってね」
「ふーん、そっか。
まあ、俺もその勝負には興味あるし、実現したら面白いかもね。神崎真佐雄 VS 夏目優司、ってか」
「どうなるかね。わかんないけどさ。
あ! そういえばさ、東口のガイオン、最近カモりすぎじゃない? 客も飛び出してるし」
「だろ? だから言ったじゃん!
あそこは店長変わってからひどいんだって! この間のイベントなんか――」
そのまま話は、何気ないホール談義・スロ談義へと移っていった。
◇◇◇◇◇◇
翌朝、優司がいつも泊まるマンガ喫茶にて。
(もう9時かぁ……早く起きないと。昨日はなかなか寝付けなかったからなぁ)
なぜ寝付けなかったのか?
もちろん、「スロ勝負」について悩んでいたからだった。
頑なに継続しようとしていたスロ勝負だったが、広瀬に本心を打ち明け、そこで真剣なアドバイスをもらったことにより、考えが揺らいできていたのだ。
しかし、一晩考えて出した答え、それは……「やはり勝負は継続する」というものだった。
(乾と神崎……。あと2回、あとたった2回なんだ!
それでケジメがつく。
ここまで来たのなら、やっぱりケジメはつけるべきだ。
で、全てやり終えて、スッキリしてからまた日高たちとツルみたい。
変なわだかまりは残したくない)
これが、優司の出した答えだった。
寝付けなかった原因の9割は、スロ勝負をどうするかということだったが、少しだけ違う原因もあった。
それは、自分の将来。
偶然遭遇した、パニック発作に苦しんでいた男、神崎。
まだ優司は、あの男が神崎だったということは知らない。
しかし、発作に苦しんでいた男と出会った、ということに大きな意味があった。
(医者……かぁ)
心療内科の開業医である父親との不仲から抵抗のある職業だったが、なんとなく意識してしまう。
しかし、すぐにそんな思いを打ち消した。
(何考えてんだ俺は! それじゃ、あのオヤジの思い通りじゃんよ!
医者なんかになってたまるかよ……。
俺は、自分で自分のやりたいことを見つけ出す。
自分の将来を、あんな親に決められてたまるかっ……。
無理矢理だろうがなんだろうが、子供にはとにかく勉強させておけばいい、としか考えていない親なんかクソだ……)
苦々しい表情を浮かべながら、改めて決意を固める優司。
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