NOISE

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Book 1 – 第1巻

Op.1-30 – Rebel (2nd movement)

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 光は徐々に内声を加えていき、新たな発想を提示する。

「(音が変わった……?)」

 明里はこれまで光がピアノソロでこの曲を演奏しているのを何度も聴いている。明らかに光の内声の音色がこれまでと違う。恐らく使っている音自体は微妙に違うだけでほぼ同じ。

 しかし、その内声はこれまで聴いたことのないような美しい響きを内包したまま、まるで氷が水に浮かぶようにその姿を露わにする。
 そして時間が経つにつれて氷が水に溶けて一体化するように、光が奏でた内声は曲全体に染み渡っていく。

 光がこの変化を自覚しているのかは定かでない。しかし、これは最近、折本とのレッスンで始めた『平均律クラヴィーア曲集』の影響が大きい。
 折本は第1番前奏曲のようにメロディーを綺麗に響かせる技術を身に付かせ、3声、4声と複数のメロディーを複雑に構成させるバッハのフーガを経験させてそれぞれの内声に耳を傾かせる意識改革を促した。

 予想を越えて夢中になった光は昨日のレッスン後に折本から課されている『第2番ハ短調 フーガ』の3声全てを独立して1度自分で譜面に書き直し、1つ1つのメロディーを弾いて練習、その後1つずつ全ての組み合わせを試してメロディーを響かせる練習に取り組んでいた。
 
 その練習を夜遅くまで消音ピアノやLogical pro Xを使った自動演奏での練習をしていたために今朝の眠気は酷く、約束の時間を過ぎても眠りについてしまった。
 
 それを知っていた光の両親は娘の睡眠不足を心配し、無理して起こすことを躊躇とまどったのである。

 つまり光は先日のFブルースセッションと同じく、難しい音の構成で明里に驚きを与えたのではなく、アーティキュレーションや強弱によって音楽に生命を吹き込んだ。

 明里は引き続き敢えて動き回るようなことをしない。自分が動き過ぎることで光が描く音の絵の具に濁りを与えてはならない。自然とダブルフィンガーで弦をはじく右手に力が入る。
 この力とは大きな音を奏でるために力を込めているわけではない。1音1音を大事にしようと思うことでほど良い緊張が走っている。

 『ワルツ・フォー・デビイ』のAセクションは32小節で構成され、更に16小節ずつに分けられる。それぞれの16小説を照らし合わせると最後の6小節のメロディーが変わるだけでそれまでの10小節は全く同じメロディーとなっている。

 しかし、ここでビルのハーモニーセンスの真骨頂が浮き彫りとなる。5小節目からは全く違う和音へとリハーモナイズされる。5~8小節目はオンコードのルート音が別の音に、9~10小節目は完全にコードが変化する。

 Aセクションの前半が終わり、17小節目から後半が開始する。17小節目のコードは1小節目と同じくF△7/A。しかし、明里は1回目に鳴らしたAではなくFを奏でてコードをF△7に変える。

 明里は講師である石屋からはまずコードをゆっくりでも良いから正確に読んで演奏できるように練習するよう言われている。故にリードシートに書かれたF△7/AをF△7に変えることはこの指導に背いていることになる。

 F△7/AとF△7の構成音は結局は同じで、ルート音がFであるか、Aであるかの違いのみである。響きに変化はあれど、それが不協な音にはならないだろう、そう確信した明里はコードを微妙に変えたのである。

––––初めての反抗

 この程度のことは反抗とは言わないのかもしれない。しかし、これだけでも明里にとっては大きな、大きな抵抗なのである。

 この変化を引き起こしたのはやはり目の前でピアノを弾く、自分よりも少し身長の低い幼馴染みの存在である。
 彼女の小節やコード、常識に囚われない自由な演奏、いや、普段の彼女の生活全てが明里に影響を与えた。

––––それそれ

 奏でた音を通して光がそう告げたように明里は感じた。

 音の変化に気付いた光がその白い歯を少しだけ見せて笑ったのを見て明里は自分の選択が間違っていなかったのだと安堵した。

 AからFの音へと変化させた、たった1音、されど1音の違い。それが音楽全体に大きな影響を与えることを明里は身をもって感じた瞬間である。


<用語解説>
・リハーモナイズ :既にメロディーについているコードを新たに付け替えること。ミュージシャンの間では『リハモ』と略されて使われる。


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