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追う者、追われる者編
第121話 - 怪物
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「少シ喋リ過ギダゾ、上野菜々美……」
柚木は黒いサイクスに包まれ、更に胸が赤く輝いて心臓を型取っている。これまでとは明らかに違う口調で菜々美に話しかける。
「別に私の勝手でしょ?」
菜々美は少し笑みを浮かべながら柚木に伝える。
「アマリ調子ニ乗ルナヨ。オ前ナゾイツデモ殺セルンダゾ?」
柚木から滲み出る不気味なサイクスが菜々美にジリジリと近付いていく。異不錠によってサイクスを抑えられている菜々美であっても自身に何か得体の知れないものが迫っていることは感じ取れていた。
「GOLEMニ手ヲ出ソウトシテイタ時点デ本来ナラオ前ハ死ンデイタ。オ前ガ未ダニ生キテイルノハMAESTROニ気ニ入ラレテイルカラニ過ギナイ」
「それはどうかな~? やってみないと分かんないよ?」
菜々美はサイクスを使えないという圧倒的不利な状態であっても余裕を持って対応する。
––––ズズズズ……
「オ前、マダ自分ガ殺サレナイトデモ思ッテイルノカ?」
柚木から漏れ出すサイクスが明らかな殺意を孕んで菜々美に近付く。
「ふふ。危害を加えることはできないくせに。発動条件でしょ?」
依然として涼しい表情で菜々美はそれに対応する。
「私を殺すことが目的ならもっと前からやってるでしょ? わざわざ愛香お姉ちゃんと接触するのを指くわえて見てるのもおかしいよね。何ならあの場にいた人たち全員を殺っちゃえばいいんだし」
柚木は動きを止め、少しの沈黙の後に再び口を開く。
「MAESTROガ気ニ入ッテイルカラニ過ギナイト言ッタハズダガ?」
菜々美はアハハと笑いながら答える。
「それなら尚更私のこと殺せないじゃん。矛盾してるの分かってる?」
菜々美は相手を小馬鹿にしたように告げ、少し腹部を押さえながら笑っている。
––––合格ダ
柚木はゆっくりと菜々美の首元に手を伸ばし、異不錠を取り外す。菜々美は少し驚いた表情を見せつつ首元をさする。
「付イテ来イ」
柚木は菜々美に背を向け自分に付いてくるよう促す。
「てかこの状況、まずくない? 皆んな見てるよ」
柚木は背を向けたままそれに答える。
「問題ナイ」
––––"月に憑かれたピエロ"・"月に酔って"
既に施設内の全監視ルームと収容側にいる全職員と全収監者はMOONの超能力によって"月の染み"へと誘われ、眠りについている。
柚木は現在、MOONの"月に憑かれたピエロ"による超能力の1つ、"赤いミサ"でMOONの分身 ("お目付け役") に乗っ取られている。
––––ゴゴゴゴ……
「!?」
柚木に取り憑いている"お目付け役"は背後に突如発生した凄まじいサイクスに戦慄し、振り向く。
その視線の先には膨大なサイクスを纏って真っ直ぐに"お目付け役"を見つめている菜々美が立つ。
「(覚醒……!)」
#####
––––サイクスは人の感情と密接に関係する。
菜々美は5月に東京第三地区高等学校での瑞希との戦闘において異質な感情を抱いていた。
「(月ちゃんが私に全力で向かってくる……!)」
瑞希は徳田花に迫る命の危険、幼馴染みの変わり果てた姿への恐怖とショックが引き金となってこれまで以上のサイクスを纏って戦闘を開始した。また、それまで発現していなかった固有の超能力を手にした。
「(私が月ちゃんの中で特別になってる……)」
自分が引き金の一部となって瑞希のサイクスの成長を促した。その要因となったことへの興奮を戦闘中に感じていた。それと同時にその要因は自分だけではないことへの嫉妬心も大きく膨らんだ。
「(私の"病みつき幸せ生活"を月ちゃんも使ってる……!)」
更に瑞希が自身の超能力である"病みつき幸せ生活"を使用している姿を見てそれを自分への依存と捉え、興奮と歪んだ愛の感情がより増幅された。
––––そして菜々美は敗北する。
確保された後に異不錠をかけられて自身のサイクスを封じられたことが原因となって膨張したその感情は菜々美の中で行き場を失った。
「(月ちゃん……。可愛い……。大好き……)」
再教育機関で生活する内にその感情は日に日に大きくなり、それは菜々美の心の中に蓄積された。そしてその感情がサイクスと呼応し、暴発する瞬間を菜々美の身体が求めていた。
#####
「ゴフッ……」
"お目付け役"は出し抜けに吐血して跪く。
視線の先には跪く自分を見ながら冷酷に笑い、真紅に輝く心臓 ("仮宿") を手に持つ菜々美が立っている。
「(コイツ……注射器モ使ワズニ……! ソレニコノ感ジ……覚醒維持カ……!)」
––––怪物
そのまま"仮宿"を握り潰し、"お目付け役"を死に至らしめる。
「高校で内倉先生から花ちゃん先生に標的を変えさせたのはあなたたちでしょ? 何をしたのか知らないけど。それともう1つの監視の目。結局、誰のものか分からなかったけど、それの仕返し。それと私、外に出たくないんだよね。でもキッカケをくれてありがとう。また誘ってよ」
––––3122年8月19日、新たな"怪物"が誕生する。
"月に酔って"の効力が切れて全員が目を覚ます。柚木もまた"お目付け役"の支配から解放されて目を覚ました。
「(一体……どういうこと!?)」
自身の目の前で凶悪なサイクスを纏う少女を見て恐怖で腰を抜かす。
「(立って……!)」
その思いは虚しく、柚木の身体は硬直したまま注射器を持った少女を見つめることしか出来ない。
––––"病みつき幸せ生活"
「止まりなさい!!!」
注射器を片手に持って柚木に近付いていた菜々美が動きを止めて声のする方を見る。そこには異変に気付いて収容施設側へと駆けつけた愛香と玲奈、警備員たちが拳銃を構えていた。
菜々美はそれを見てフッと笑うと注射器を消し、両手を挙げる。
「確保!」
菜々美は再び異不錠を首に取り付けられ、大人しく捕らえられる。
「あなたは一体何がしたいの!?」
愛香の問いかけに対して菜々美は静かに答える。
「月ちゃんは必ず私を求める。帰ってくるよ」
それだけを言い残し、そのまま職員に連れられて隔離室へと向かった。
「ハァッ……! ハァ……ッッ……!]
愛香は持っていた拳銃をその場に落とし、両手に顔を埋めながら呼吸が荒くなる。
玲奈は屈んでそっと愛香の背中に手を置き、落ち着かせようと試みた。
この前代未聞の出来事の後、上野菜々美は未成年ながら特別隔離収容者に認定。『超能力犯罪者収容施設』の凶悪犯罪者隔離エリア・通称"エリアS"への移送が決定した。
#####
だって収容所にいた方が月ちゃんに会える確率高まるじゃん?
未成年者は保護者付き添いでないと面会は許されない。その間に模範生として再教育機関を抜けてもどうせ月ちゃんには会わせてもらえない。脱獄したらそれはもっと難しい。
それなら私たちが成人する18歳になれば月ちゃん次第で面会出来るかもしれない。それなら収容所で待ってた方が良いじゃん。
月ちゃんが自分の意思で会いに来るとは限らないって?
心配ないよ。
月ちゃんは必ず私を求めてやって来る。
だって私たちお互いに依存しているんだもの。
手記:不協の十二音 第12音・GRIM –– 凶悪犯罪者隔離エリアより
柚木は黒いサイクスに包まれ、更に胸が赤く輝いて心臓を型取っている。これまでとは明らかに違う口調で菜々美に話しかける。
「別に私の勝手でしょ?」
菜々美は少し笑みを浮かべながら柚木に伝える。
「アマリ調子ニ乗ルナヨ。オ前ナゾイツデモ殺セルンダゾ?」
柚木から滲み出る不気味なサイクスが菜々美にジリジリと近付いていく。異不錠によってサイクスを抑えられている菜々美であっても自身に何か得体の知れないものが迫っていることは感じ取れていた。
「GOLEMニ手ヲ出ソウトシテイタ時点デ本来ナラオ前ハ死ンデイタ。オ前ガ未ダニ生キテイルノハMAESTROニ気ニ入ラレテイルカラニ過ギナイ」
「それはどうかな~? やってみないと分かんないよ?」
菜々美はサイクスを使えないという圧倒的不利な状態であっても余裕を持って対応する。
––––ズズズズ……
「オ前、マダ自分ガ殺サレナイトデモ思ッテイルノカ?」
柚木から漏れ出すサイクスが明らかな殺意を孕んで菜々美に近付く。
「ふふ。危害を加えることはできないくせに。発動条件でしょ?」
依然として涼しい表情で菜々美はそれに対応する。
「私を殺すことが目的ならもっと前からやってるでしょ? わざわざ愛香お姉ちゃんと接触するのを指くわえて見てるのもおかしいよね。何ならあの場にいた人たち全員を殺っちゃえばいいんだし」
柚木は動きを止め、少しの沈黙の後に再び口を開く。
「MAESTROガ気ニ入ッテイルカラニ過ギナイト言ッタハズダガ?」
菜々美はアハハと笑いながら答える。
「それなら尚更私のこと殺せないじゃん。矛盾してるの分かってる?」
菜々美は相手を小馬鹿にしたように告げ、少し腹部を押さえながら笑っている。
––––合格ダ
柚木はゆっくりと菜々美の首元に手を伸ばし、異不錠を取り外す。菜々美は少し驚いた表情を見せつつ首元をさする。
「付イテ来イ」
柚木は菜々美に背を向け自分に付いてくるよう促す。
「てかこの状況、まずくない? 皆んな見てるよ」
柚木は背を向けたままそれに答える。
「問題ナイ」
––––"月に憑かれたピエロ"・"月に酔って"
既に施設内の全監視ルームと収容側にいる全職員と全収監者はMOONの超能力によって"月の染み"へと誘われ、眠りについている。
柚木は現在、MOONの"月に憑かれたピエロ"による超能力の1つ、"赤いミサ"でMOONの分身 ("お目付け役") に乗っ取られている。
––––ゴゴゴゴ……
「!?」
柚木に取り憑いている"お目付け役"は背後に突如発生した凄まじいサイクスに戦慄し、振り向く。
その視線の先には膨大なサイクスを纏って真っ直ぐに"お目付け役"を見つめている菜々美が立つ。
「(覚醒……!)」
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––––サイクスは人の感情と密接に関係する。
菜々美は5月に東京第三地区高等学校での瑞希との戦闘において異質な感情を抱いていた。
「(月ちゃんが私に全力で向かってくる……!)」
瑞希は徳田花に迫る命の危険、幼馴染みの変わり果てた姿への恐怖とショックが引き金となってこれまで以上のサイクスを纏って戦闘を開始した。また、それまで発現していなかった固有の超能力を手にした。
「(私が月ちゃんの中で特別になってる……)」
自分が引き金の一部となって瑞希のサイクスの成長を促した。その要因となったことへの興奮を戦闘中に感じていた。それと同時にその要因は自分だけではないことへの嫉妬心も大きく膨らんだ。
「(私の"病みつき幸せ生活"を月ちゃんも使ってる……!)」
更に瑞希が自身の超能力である"病みつき幸せ生活"を使用している姿を見てそれを自分への依存と捉え、興奮と歪んだ愛の感情がより増幅された。
––––そして菜々美は敗北する。
確保された後に異不錠をかけられて自身のサイクスを封じられたことが原因となって膨張したその感情は菜々美の中で行き場を失った。
「(月ちゃん……。可愛い……。大好き……)」
再教育機関で生活する内にその感情は日に日に大きくなり、それは菜々美の心の中に蓄積された。そしてその感情がサイクスと呼応し、暴発する瞬間を菜々美の身体が求めていた。
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「ゴフッ……」
"お目付け役"は出し抜けに吐血して跪く。
視線の先には跪く自分を見ながら冷酷に笑い、真紅に輝く心臓 ("仮宿") を手に持つ菜々美が立っている。
「(コイツ……注射器モ使ワズニ……! ソレニコノ感ジ……覚醒維持カ……!)」
––––怪物
そのまま"仮宿"を握り潰し、"お目付け役"を死に至らしめる。
「高校で内倉先生から花ちゃん先生に標的を変えさせたのはあなたたちでしょ? 何をしたのか知らないけど。それともう1つの監視の目。結局、誰のものか分からなかったけど、それの仕返し。それと私、外に出たくないんだよね。でもキッカケをくれてありがとう。また誘ってよ」
––––3122年8月19日、新たな"怪物"が誕生する。
"月に酔って"の効力が切れて全員が目を覚ます。柚木もまた"お目付け役"の支配から解放されて目を覚ました。
「(一体……どういうこと!?)」
自身の目の前で凶悪なサイクスを纏う少女を見て恐怖で腰を抜かす。
「(立って……!)」
その思いは虚しく、柚木の身体は硬直したまま注射器を持った少女を見つめることしか出来ない。
––––"病みつき幸せ生活"
「止まりなさい!!!」
注射器を片手に持って柚木に近付いていた菜々美が動きを止めて声のする方を見る。そこには異変に気付いて収容施設側へと駆けつけた愛香と玲奈、警備員たちが拳銃を構えていた。
菜々美はそれを見てフッと笑うと注射器を消し、両手を挙げる。
「確保!」
菜々美は再び異不錠を首に取り付けられ、大人しく捕らえられる。
「あなたは一体何がしたいの!?」
愛香の問いかけに対して菜々美は静かに答える。
「月ちゃんは必ず私を求める。帰ってくるよ」
それだけを言い残し、そのまま職員に連れられて隔離室へと向かった。
「ハァッ……! ハァ……ッッ……!]
愛香は持っていた拳銃をその場に落とし、両手に顔を埋めながら呼吸が荒くなる。
玲奈は屈んでそっと愛香の背中に手を置き、落ち着かせようと試みた。
この前代未聞の出来事の後、上野菜々美は未成年ながら特別隔離収容者に認定。『超能力犯罪者収容施設』の凶悪犯罪者隔離エリア・通称"エリアS"への移送が決定した。
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だって収容所にいた方が月ちゃんに会える確率高まるじゃん?
未成年者は保護者付き添いでないと面会は許されない。その間に模範生として再教育機関を抜けてもどうせ月ちゃんには会わせてもらえない。脱獄したらそれはもっと難しい。
それなら私たちが成人する18歳になれば月ちゃん次第で面会出来るかもしれない。それなら収容所で待ってた方が良いじゃん。
月ちゃんが自分の意思で会いに来るとは限らないって?
心配ないよ。
月ちゃんは必ず私を求めてやって来る。
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