TRACKER

セラム

文字の大きさ
上 下
123 / 172
追う者、追われる者編

第121話 - 怪物

しおりを挟む
「少シ喋リ過ギダゾ、上野菜々美……」

 柚木は黒いサイクスに包まれ、更に胸が赤く輝いて心臓を型取っている。これまでとは明らかに違う口調で菜々美に話しかける。

「別に私の勝手でしょ?」

 菜々美は少し笑みを浮かべながら柚木に伝える。

「アマリ調子ニ乗ルナヨ。オ前ナゾイツデモ殺セルンダゾ?」

 柚木から滲み出る不気味なサイクスが菜々美にジリジリと近付いていく。異不錠によってサイクスを抑えられている菜々美であっても自身に何か得体の知れないものが迫っていることは感じ取れていた。

「GOLEMニ手ヲ出ソウトシテイタ時点デ本来ナラオ前ハ死ンデイタ。オ前ガ未ダニ生キテイルノハMAESTROニ気ニ入ラレテイルカラニ過ギナイ」
「それはどうかな~? やってみないと分かんないよ?」

 菜々美はサイクスを使えないという圧倒的不利な状態であっても余裕を持って対応する。

––––ズズズズ……

「オ前、マダ自分ガ殺サレナイトデモ思ッテイルノカ?」

 柚木から漏れ出すサイクスが明らかな殺意を孕んで菜々美に近付く。

「ふふ。危害を加えることはできないくせに。発動条件でしょ?」

 依然として涼しい表情で菜々美はそれに対応する。

「私を殺すことが目的ならもっと前からやってるでしょ? わざわざ愛香お姉ちゃんと接触するのを指くわえて見てるのもおかしいよね。何ならあの場にいた人たち全員をっちゃえばいいんだし」

 柚木は動きを止め、少しの沈黙の後に再び口を開く。

「MAESTROガ気ニ入ッテイルカラニ過ギナイト言ッタハズダガ?」

 菜々美はアハハと笑いながら答える。

「それなら尚更私のこと殺せないじゃん。矛盾してるの分かってる?」

 菜々美は相手を小馬鹿にしたように告げ、少し腹部を押さえながら笑っている。

––––合格ダ

 柚木はゆっくりと菜々美の首元に手を伸ばし、異不錠を取り外す。菜々美は少し驚いた表情を見せつつ首元をさする。

「付イテ来イ」

 柚木は菜々美に背を向け自分に付いてくるよう促す。

「てかこの状況、まずくない? 皆んな見てるよ」

 柚木は背を向けたままそれに答える。

「問題ナイ」

––––"月に憑かれたピエロピエロ・リュネール"・"月に酔ってモーントトランケン"

 既に施設内の全監視ルームと収容側にいる全職員と全収監者はMOONの超能力によって"月の染みモーントフレック"へと誘われ、眠りについている。
 柚木は現在、MOONの"月に憑かれたピエロピエロ・リュネール"による超能力の1つ、"赤いミサロート・メス"でMOONの分身 ("お目付け役パロディ") に乗っ取られている。

––––ゴゴゴゴ……

「!?」

 柚木に取り憑いている"お目付け役パロディ"は背後に突如発生した凄まじいサイクスに戦慄し、振り向く。
 その視線の先には膨大なサイクスを纏って真っ直ぐに"お目付け役パロディ"を見つめている菜々美が立つ。

「(覚醒……!)」

#####

––––サイクスは人の感情と密接に関係する。

 菜々美は5月に東京第三地区高等学校での瑞希との戦闘において異質な感情を抱いていた。

「(月ちゃんが私に全力で向かってくる……!)」

 瑞希は徳田花に迫る命の危険、幼馴染みの変わり果てた姿への恐怖とショックが引き金となってこれまで以上のサイクスを纏って戦闘を開始した。また、それまで発現していなかった固有の超能力を手にした。

「(私が月ちゃんの中で特別になってる……)」

 自分が引き金の一部となって瑞希のサイクスの成長を促した。その要因となったことへの興奮を戦闘中に感じていた。それと同時にその要因は自分だけではないことへの嫉妬心も大きく膨らんだ。

「(私の"病みつき幸せ生活ハッピー・ドープ"を月ちゃんも使ってる……!)」

 更に瑞希が自身の超能力である"病みつき幸せ生活ハッピー・ドープ"を使用している姿を見てそれを自分への依存と捉え、興奮と歪んだ愛の感情がより増幅された。

––––そして菜々美は敗北する。

 確保された後に異不錠をかけられて自身のサイクスを封じられたことが原因となって膨張したその感情は菜々美の中で行き場を失った。

「(月ちゃん……。可愛い……。大好き……)」

 再教育機関で生活する内にその感情は日に日に大きくなり、それは菜々美の心の中に蓄積された。そしてその感情がサイクスと呼応し、暴発する瞬間を菜々美の身体が求めていた。

#####

「ゴフッ……」

 "お目付け役パロディ"は出し抜けに吐血して跪く。

 視線の先には跪く自分を見ながら冷酷に笑い、真紅に輝く心臓 ("仮宿ホスチア") を手に持つ菜々美が立っている。

「(コイツ……注射器モ使ワズニ……! ソレニコノ感ジ……覚醒維持カ……!)」

––––怪物

 そのまま"仮宿ホスチア"を握り潰し、"お目付け役パロディ"を死に至らしめる。

「高校で内倉先生から花ちゃん先生に標的を変えさせたのはあなたたちでしょ? 何をしたのか知らないけど。それともう1つの監視の目。結局、誰のものか分からなかったけど、それの仕返し。それと私、外に出たくないんだよね。でもキッカケをくれてありがとう。また誘ってよ」

––––3122年8月19日、新たな"怪物"が誕生する。

 "月に酔ってモーントトランケン"の効力が切れて全員が目を覚ます。柚木もまた"お目付け役パロディ"の支配から解放されて目を覚ました。

「(一体……どういうこと!?)」

 自身の目の前で凶悪なサイクスを纏う少女を見て恐怖で腰を抜かす。

「(立って……!)」

 その思いは虚しく、柚木の身体は硬直したまま注射器を持った少女を見つめることしか出来ない。

––––"病みつき幸せ生活ハッピー・ドープ"

「止まりなさい!!!」

 注射器を片手に持って柚木に近付いていた菜々美が動きを止めて声のする方を見る。そこには異変に気付いて収容施設側へと駆けつけた愛香と玲奈、警備員たちが拳銃を構えていた。

 菜々美はそれを見てフッと笑うと注射器を消し、両手を挙げる。

「確保!」

 菜々美は再び異不錠を首に取り付けられ、大人しく捕らえられる。

「あなたは一体何がしたいの!?」

 愛香の問いかけに対して菜々美は静かに答える。

「月ちゃんは必ず私を求める。帰ってくるよ」

 それだけを言い残し、そのまま職員に連れられて隔離室へと向かった。

「ハァッ……! ハァ……ッッ……!]

 愛香は持っていた拳銃をその場に落とし、両手に顔をうずめながら呼吸が荒くなる。
 玲奈はかがんでそっと愛香の背中に手を置き、落ち着かせようと試みた。

 この前代未聞の出来事の後、上野菜々美は未成年ながら特別隔離収容者に認定。『超能力犯罪者収容施設』の凶悪犯罪者隔離エリア・通称"エリアS"への移送が決定した。

#####

だって収容所にいた方が月ちゃんに会える確率高まるじゃん?

未成年者は保護者付き添いでないと面会は許されない。その間に模範生として再教育機関を抜けてもどうせ月ちゃんには会わせてもらえない。脱獄したらそれはもっと難しい。
それなら私たちが成人する18歳になれば月ちゃん次第で面会出来るかもしれない。それなら収容所で待ってた方が良いじゃん。

月ちゃんが自分の意思で会いに来るとは限らないって?

心配ないよ。

月ちゃんは必ず私を求めてやって来る。

だって私たちお互いに依存しているんだもの。

     手記:不協の十二音 第12音・GRIM –– 凶悪犯罪者隔離エリアより 
                             
                                 
 

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

〖完結〗私が死ねばいいのですね。

藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。 両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。 それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。 冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。 クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。 そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全21話で完結になります。

【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。 しかし、仲が良かったのも今は昔。 レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。 いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。 それでも、フィーは信じていた。 レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。 しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。 そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。 国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。

ヒューストン家の惨劇とその後の顛末

よもぎ
恋愛
照れ隠しで婚約者を罵倒しまくるクソ野郎が実際結婚までいった、その後のお話。

【短編】冤罪が判明した令嬢は

砂礫レキ
ファンタジー
王太子エルシドの婚約者として有名な公爵令嬢ジュスティーヌ。彼女はある日王太子の姉シルヴィアに冤罪で陥れられた。彼女と二人きりのお茶会、その密室空間の中でシルヴィアは突然フォークで自らを傷つけたのだ。そしてそれをジュスティーヌにやられたと大騒ぎした。ろくな調査もされず自白を強要されたジュスティーヌは実家に幽閉されることになった。彼女を公爵家の恥晒しと憎む父によって地下牢に監禁され暴行を受ける日々。しかしそれは二年後終わりを告げる、第一王女シルヴィアが嘘だと自白したのだ。けれど彼女はジュスティーヌがそれを知る頃には亡くなっていた。王家は醜聞を上書きする為再度ジュスティーヌを王太子の婚約者へ強引に戻す。 そして一年後、王太子とジュスティーヌの結婚式が盛大に行われた。

【完結】彼女以外、みんな思い出す。

❄️冬は つとめて
ファンタジー
R15をつける事にしました。 幼い頃からの婚約者、この国の第二王子に婚約破棄を告げられ。あらぬ冤罪を突きつけられたリフィル。この場所に誰も助けてくれるものはいない。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

処理中です...