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夏休み後編

第99話 - 死神

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 船体から身体が投げ出された瞬間、近藤は内心ほくそ笑んでいた。

「(このまま海へ!)」

 近藤は船底から溢れ出た強大なサイクスに一瞬怯み、和人の放った"穿通スコーピオン "を回避することができずに受け止める。

 第一覚醒を起こし、覚悟を持って放たれたその矢は近藤であっても受け止めるには困難な威力であった。そのために近藤は足に込めるサイクスを必要最小限に設定し、命中している腹部に大量のサイクスを集中させて足が破壊されない程度に船外へ弾き飛ばされるように仕組んだ。

 少しでもサイクスの配分を間違えれば近藤の肉体を貫通、または両足が再起不能になるほどの賭け。近藤のフローの正確さと増大したフィジクスによって強化された肉体がその策を可能とした。

「(海水を飲み込め!!)」

 海へ勢いよく吹き飛ばされた近藤は大口を開けて海水を大量に飲み込みそれを燃料とした。

––––"潜水艦ドック"

 海中でのみ発揮する近藤のもう1つの超能力。海水を大量に摂取することによって負傷箇所を特定。問題箇所に対して自動的にサイクスが分配されて身体の内外部から応急処置を施す。
 通常の海水摂取では回復できないほどの致命傷に対して使用される。これは48時間に1度しか使用することができず、修復後、"人間潜水艇イエロー・サブマリン"によるサイクスの消費量は2倍に跳ね上がる。

「あの女とガキ……。俺がこの手で確実に殺すばい」

 近藤に冷静な判断力が残っていればコンテナ船を破壊する判断を下していたことは間違いない。
 しかし、"人間潜水艇イエロー・サブマリン"が発現してから初めてとも言える窮地による精神的ダメージ、覚醒して尚も圧倒された花と自分に大きな被害を与えた和人に対する怒りと復讐心。それらが自らの手で敵を排除しなければならないという一種の義務感とも言える考えに至った。

 その隙が瑞希のサイクスに特定される原因となった。

––––ザバァッッ!!!

 海中から勢いよく現れた近藤は爆撃魚雷を携えながら和人と花を捕捉する。

「あいつ、まだ生きてるわけ!?」

 花は上空からコンテナ船を見下ろす近藤を見て思わず呟く。

「ハハハッ! 今からぶち殺してやるよ!!」

 和人は既に"弓道者クロス・ストライカー"を発動しており、近藤に狙いを定めていた。

––––"集中豪雨ゲリラ"!!

 放たれた"衝撃インパクト"の矢が複数の小さな矢に分割され、近藤が発射した爆撃魚雷と衝突して空中で爆発が引き起こされる。複数の火花によって和人は一瞬近藤を見失う。

「しまっ……!」

 近藤のサイクスを込めた左拳が和人の眼前に迫る。

––––ズオォォン!

 黒いサイクスがまるで意志を持っているかのように近藤に迫り、そのまま包み込む。

「何や、これは!?!?」

 近藤に戦慄走る。
 
 その強張りを和人は見逃さずに近藤の顔面を殴りつける。

「(これは……瑞希の!?)」

 和人は近藤から距離を取り、黒いサイクスの源に目を向ける。花と町田、非超能力者である金本でさえも異変を感じ取って同じ方向を見ていた。

 それは船内へと続く階段。コツコツとゆっくりとした足音が近付き、黒い影が少しずつ露わになる。

「クッソ……」

 近藤は口についた血を拭いながら立ち上がる。

––––ザッ

「あ?」

 目の前に白銀に染まるショートヘアをなびかせた雪のように白い肌の少女がいつの間にか佇んでいた。

「どうしてあんな酷いことしたの?」

 少女は全てを見透かしているかのような透き通った目でじっと近藤を見つめながら尋ねる。

「あ? 何の話して……」

 近藤は言葉を言い終わらないうちに自分の腹部に激痛が走り、吐血しながら倒れ込む。

「ガッ……ハッ……!」

 何をされたかも分からず、ただ苦しむことしか出来ない近藤はその少女から放出されるサイクスに恐怖する。

「(一体!? 何が!?)」

 少女は微動だにせず再び言葉を発した。

「もう1回聞くよ? 萌ちゃんと結衣ちゃんにどうしてあんな酷いことしたの?」

 今度は息を切らしながら跪く近藤を冷たい目で蔑みながら尋ねる。 

「俺を見下すなよ!!」

 近藤は咆哮と共に左拳にサイクスを込めて殴りかかるがその攻撃は簡単に躱され、近藤は右頬を蹴り上げられ、勢いよくコンテナ群へと吹き飛ばされる。

「くそ……」

 近藤は爆撃魚雷を放ち、少女の周りで爆発が起こる。

「(あれは……瑞希?)」

 これまでとは全く異なった振る舞いを見せる瑞希に和人は困惑していた。髪色が劇的に変わっていること以上にその冷酷なサイクスは特別教育機関で共に過ごしていた時代とはまるで違っていた。

「あれは覚醒なの?」

 花もまた別の理由で瑞希の強大なサイクスに驚愕している1人であった。花は上野菜々美との戦闘において発現した複写コピーの超能力が覚醒に付随したものだと考えていた。

「(瑞希に第二覚醒は発生していない。サイクスの増大が起こるのは第一覚醒または成長に伴って少しずつ緩やかに起こる増加……。あれほどの増大は覚醒でしか有り得ない。でもおかしい。まだサイクスの増加が続いている)」

 既に膨大なサイクスを発する瑞希であるがそのサイクスは未だ増加の一途をたどる。

「(底が見えない……。あんなの人間がコントロールできる量なの!?)」

 瑞希のサイクスは上野菜々美という大切な幼馴染みとの決別をきっかけに第一覚醒を起こした。しかし、その覚醒は未だ続いており完全には終わっていない。

 第一覚醒によって得られるサイクスのコントロールが瑞希にはまだ不可能だと判断した瑞希自身の身体とピボットが進行を引き止めていた。
 月島家の教育方針、また、両親を亡くした後に瑞希の側に寄り添ってきた愛香の方針としたサイクスに頼らない生活環境が瑞希にこの事態を引き起こしていた。

 しかし、2人の友人を傷付けられ、それを目の当たりにしたことが再び瑞希の身体的変化 (髪色の変色や肌の質感など) をもたらすほどの急激な増加を引き起こした。

「く……来るな!」

 ゆっくりと自分に近付いてくる瑞希に対して近藤は必死に爆撃魚雷や"超常現象ポルターガイスト"で攻撃するも、それを物ともしない様子に徐々に余裕がなくなり、腰が抜けてその場に崩れ落ちる。

「もういいや」

 瑞希がそう一言発すると右手にサイクスが集中する。

「し……死神……」

 その圧倒的サイクスは近藤に絶望を与え、一歩ずつゆっくりと近付く瑞希の、死神の審判をただただ待つ無力な人間へと成り下がっていた。

 瑞希は右手を伸ばし、ゆっくりと近藤の頭部に近付ける。
 
「(瑞希……!)」

 花も和人もその圧倒的なプレッシャーの前に言葉を発することができない。

––––1つの命が摘まれる。

 その場にいる全員がそう確信した時、瑞希の脳内に自分よりも少しだけ年齢が上であろう見知らぬ少女が現れる。

「(誰……?)」

 その少女は優しく、しかしどこか悲しげに瑞希に微笑みかけた。



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