ゾンビの坩堝

GANA.

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ゾンビの坩堝【8】

ゾンビの坩堝(79)

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 何かがこすれ、摩滅していく……冷えきった目を覚まし、寝床からのぞいた暗がりに奥のうめきが爪を立てていく。起床時刻の前にロバ先生を起こし、トイレに連れていかなければ……わき上がるものをかみ殺し、身震いしながら起き上がって自分は両腕をこすった。頭の奥がくすぶり、まぶたを重くさせている。身を縮めた目の前の闇は、掛け布団や間仕切りカーテンがかすかに見えるようでいて、しかしどこまでも真っ暗だった。
 いざとなれば……――
 仰いだそこにカーテンレールは見えなかったが、自分は冷めた達観でルーティンをこなし、そしてデイルームの最後列で頭を鈍く下げた。大型モニター前に立ったヘッドが儀礼的に訓示を垂れ、その後にジャイ公が前に出て、貫禄たっぷりの腕組みで上目遣いの一同を見回す。自治会長という肩書きによって、肉の付いた体が膨れ上がって見える。いよいよか、と自分は息をのんだ。ううんっ、ともったいぶった咳払いをし、どら声がデイルームにとどろく。
「今朝は、重大発表がある!」
 期待や不安のまなざしを集めてから、むっくりした手が何やら書かれた紙をひらひらさせ、いかにも重要そうに広げてジャイ公は続けた。
「部屋移動をしてもらうぞ!」
 ぼやけた百組超の目がはっきりするのを待ち、指導局と決めたことだ、ときっぱり言って――
「それじゃ、発表していくぞ!」
 進み出たミッチーが紙を受け取り、仰々しく読み上げていく。まず最初は、ジャイ公が東南の角部屋に移るという。
 あそこは自治会長、じゃなくて元・自治会長の部屋……――
 そのときになって自分は、右に傾いた五分刈り頭、寒色の半纏が見当たらないと気付いた。南館の列のどこにもいない。昨日の今日だから、顔を見せられないのだろうか……ともかく、これがジャイ公の報復なのか……さらに発表は続き、ミッチーやフォックスといった面々も南館になり、部屋の明け渡しを求められた者たちはうろたえ、一部は憤慨したが、ジャイ公たち、その後ろでくさびのように立つヘッド、目を伏せた大多数に声を失ってしまった。目の端ではディアが青ざめ、口をむなしく半開きにしていた。指導局に人手はなく、筋力や体力の衰えたゾンビには運べないからと家具はそのまま、洗面用具など身の回りの物だけ持って移動という、それはまさに乗っ取りだった。北館送りは元・自治会長に挙手した者だけとも限らず、何に基づいているのかはっきりしないところが不気味だった。それにしても南館は寄付金、もっともそう大した額ではないだろうが、それで優遇されていたはずなのに……――
「4891番!」
 呼ばれた自分はぎょっとし、顔を上げてミッチーの方を見つめた。
「4891番、106号室に移動! 2049番は148号室に移動!」
 ロバ先生と入れ替わり……シェアとかではなく、自分があの部屋を独占……ギグワーカーから唐突に正社員登用された顔のこちらにうなずき、ジャイ公は大物ぶった態度でにやりと笑った。
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