ゾンビの坩堝

GANA.

文字の大きさ
上 下
75 / 94
ゾンビの坩堝【8】

ゾンビの坩堝(75)

しおりを挟む
「これからフロアを一回りする。一緒に来てくれ!」
 ミッチーがウーパーを追い立て、ぎらつきを握る者たちが数歩ずつ遅れていく……マール、マール、マール……間を空けた行進はデイルーム西側から北館を回っていき、先頭のジャイ公が遠慮なく片引き戸を開け、ずかずかと入っては投票を呼びかけていく。開けっぱなしのそこを後からのぞくと、誰もがキャンディ包みを手にしてあっけにとられている。
 オレはやる、オレはやる、オレはやる――
 どら声の連呼に徳念がブレンドされ、シュールな合唱になっていく……右や左に姿勢がゆがみ、足を引きずっていく流れは、北西の角部屋を抜かして北通路に入った。こうして歩くだけでもゾンビには重労働にも等しく、前からも後ろからも荒い息遣いが聞こえてくる。引っ張られていくうちに間隔が狭まり、とうとう左手首の黒輪が一斉に鳴り出したが、ジャイ公はひるむどころか左こぶしを突き上げ、いっそうどら声を張り上げた。
 近付くな、かかわるな、重症化リスクが……――
 そうしたアラートは、オレはやる、オレはやる、というシュプレヒコールで化学反応を起こして、熱烈な歓声に聞こえてきた。ウォッチを押さえ、いつスピーカーから天の声がとどろくかとびくついていた自分だったが、もうどうにでもなれと声を出し、こぶしを突き上げた。罰せられるときは、自分だけじゃない……どんどん熱くなって視界がかすみ、霧の中を歩いている心地で叫ぶたびに鬱憤が薄れていく……東通路を下る先頭はエレベーターホールを通過し、106号室を素通りしてその次を開け、我が物顔で入っていく。
「レイプ反対! レイプ反対っ!」
 そう訴えながら、やはり南館でもチョコを押し付けていく。困惑されようが眉をひそめられようがお構いなし……レイプ反対、レイプ反対、オレはやる、オレはやる――熱に浮かされ、たぎる血のままに自分も声を上げ続けた。
 東南の角に差しかかったところでなぜか行進が早まり、どら声がメガホンから拡声器レベルになって、レイプ反対、レイプ反対、とがなり立てる。遅れて角を曲がった自分が目にしたのは、ぎりぎりとしわを引きつらせる老ヒツジ面……そのそばで、片引き戸が中から閉められる。
 あそこの部屋は確か、黒ヤマネコの……――
 選挙運動をしていたのだろう……と、対立候補めがけて、ジャイ公の手から毒々しい色彩が飛ぶ。
「レイプ反対っ! レイプ反対っ!」
 豆まきさながらにチョコをぶつけられて悲鳴を上げ、元・自治会長はゆがんだ右側によろけた。いい気味だ……燃え上がるシュプレヒコールにたじろぎ、通路の壁を背にした獲物は吠え立てるジャイ公、その近くでうつむくウーパーをにらみ、紫がかった唇をわななかせた。
 レイプ反対っ! レイプ反対っ! レイプ反対っ!――
 ひとしきり暴れると群れはまた動き出し、散々辱められたみじめな姿が残される。熱情に酔ったゾンビの列はフロアを一回りし、息を切らしながらデイルームに並んだ。間隔を取ったことでウォッチは静まり、空のギフトボックスを小脇に抱え、荒く肩で息するジャイ公は脂ぎった笑みでガッツポーズをキメた。
「ありがとう、みんな! オレはやるぞ! 投票よろしくなっ!」
 耳を聾する拍手が応え、自分もそれにおぼれていった。とにかくやってほしい……もうろうとした頭には、それしか浮かばなかった。興奮のうちに集会は終わり、手を振るジャイ公がウーパーを連れ、ミッチーらと去って、聴衆は火の粉のごとく散っていく……自分も遅れて、熱に浮かされたまま歩き出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

日本国転生

北乃大空
SF
 女神ガイアは神族と呼ばれる宇宙管理者であり、地球を含む太陽系を管理して人類の歴史を見守ってきた。  或る日、ガイアは地球上の人類未来についてのシミュレーションを実施し、その結果は22世紀まで確実に人類が滅亡するシナリオで、何度実施しても滅亡する確率は99.999%であった。  ガイアは人類滅亡シミュレーション結果を中央管理局に提出、事態を重くみた中央管理局はガイアに人類滅亡の回避指令を出した。  その指令内容は地球人類の歴史改変で、現代地球とは別のパラレルワールド上に存在するもう一つの地球に干渉して歴史改変するものであった。  ガイアが取った歴史改変方法は、国家丸ごと転移するもので転移する国家は何と現代日本であり、その転移先は太平洋戦争開戦1年前の日本で、そこに国土ごと上書きするというものであった。  その転移先で日本が世界各国と開戦し、そこで起こる様々な出来事を超人的な能力を持つ女神と天使達の手助けで日本が覇権国家になり、人類滅亡を回避させて行くのであった。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

銀河皇帝のいない八月

沙月Q
SF
女子高生が銀河皇帝に? 一夏の宇宙冒険を描く青春スペースオペラ。 宇宙を支配する銀河帝国が地球に襲来。 軍団を率いる銀河皇帝は堅固なシールドに守られていたが、何故か弓道部員の女子高生、遠藤アサトが放った一本の矢により射殺いころされてしまう。 しかも〈法典〉の定めによってアサトが皇位継承者たる権利を得たことで帝国は騒然となる。 皇帝を守る〈メタトルーパー〉の少年ネープと共に、即位のため銀河帝国へ向かったアサトは、皇帝一族の本拠地である惑星〈鏡夢カガム〉に辿り着く。 そこにはアサトの即位を阻まんとする皇帝の姉、レディ・ユリイラが待ち受けていた。 果たしてアサトは銀河皇帝の座に着くことが出来るのか? そして、全ての鍵を握る謎の鉱物生命体〈星百合スター・リリィ〉とは?

三界創世秘録設定資料集

きゅうちゃん
SF
人間界、魔界、天界の3つの世界

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...