ゾンビの坩堝

GANA.

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ゾンビの坩堝【6】

ゾンビの坩堝(55)

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 たゆたう暗闇から、いつしか……まぶたの隙間からのぞく、黒ずんだ虚空……――
「目が覚めたか」
 頭上から降る、くぐもった声……薄暗がりからあのフルフェイスヘルメット、無機的な防護服姿が浮かぶ。マール、マール、マール……傾いた視界の端、開け放たれた片引き戸からは、いつもの響きがわずかな明かりと流れ込んでいた。熱は峠を越えたらしく、頭の先から足の先、とりわけ股間がびっしょりの自分は、消化途中で吐き出されたようでもあった。生きて、いる……胸が膨れ、縮むたびに穴が広がっていく……また、あの日常が続くのか……――
「何だ、また漏らしたのかよ」
 仰向けの下半身に気付いたのだろう、指導員が乾いた苦笑を漏らす。あのようにさいなまれたせいか、どことなくぶれた体を動かして自分は起き上がり、パンツに広がった染みと濡れた床を見るともなく見た。そうしている間に交換された左手首では、4891という表示がくっきりと引き継がれていた。
「汚れたまま帰すわけにもいかないし、シャワールームに行ってもらえるかな」
 ため息混じりに指示され、自分は四つん這いからよろよろ立ち上がって黒サンダルを履き直した。闇が薄れた室内には何も見当たらず、単なる空間でしかなかった。こんなところに自分は、あれほどうろたえていたのだろうか……薄暗い床の汚れにとらわれていると指導員が、そのうち乾くだろう、と面倒から逃れようとする口調で急かした。
 後ろからスモークシールド越しに見張られ、生気のない通路を手すり伝いに歩く。ひょっとして、ノラもあそこで漏らして……もしかすると自分は、あいつの尿が乾いた床を這い回っていたのか……どうにもおぼつかない足を出すたび、薄く黄ばんだストライプ柄が内股にべたっとなった。
 血管が縮む脱衣所で汚れたものを脱ぎ、シャワーのハンドルを回すと消毒薬臭いぬるま湯がしょぼしょぼかかってくる。ちりっと左頬がしみ、自分は引っかかれたことを思い出した。頭から足先、股間とその周りを念入りに洗って、目をつぶった顔に浴びると引っかき傷がまた痛む。なぜ、まだ生きているのだろう……あいつの不幸も終わりにできたのに……――
 もうそれくらいで、とシャワーカーテン越しにくぐもった声がかかる。体を拭き、棚から取ったブリーフにインナーシャツ、ストライプ柄の病衣、そして黒サンダルを履く。薬品臭いバスタオルをリネン袋に入れ、ざっと髪にドライヤー……終わったと見て、指導員は出入口に移動した。
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