ゾンビの坩堝

GANA.

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ゾンビの坩堝【3】

ゾンビの坩堝(16)

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 あんなのは人間じゃない……人間なものか……――
 テレビをつけて虫唾の走る咀嚼音を打ち消し、あぐらにトレイを置いた自分は、先割れスプーンをきちんと握った。水をケチったのか米はぱさぱさ、味噌汁はインスタント並み、ほとんどもやしの野菜炒めは大味……何よりも、部屋に染み付いた糞尿の臭いで食は進まなかった。液晶画面はスポーツを映し、本邦のプロテニスプレイヤーがコートを駆け、巧みに打ち返してポイントを取るたびに拍手喝采……チャンネルを変えようとリモコンに手を伸ばしたとき、寝床の足下側で間仕切りカーテンが波立ち、がちゃ目がのそのそ入り込んできた。
 うわッッ!――
 仰天した自分はトレイをひっくり返してしまい、具と汁とでたちまち寝床が汚れる。ずりずり下がる自分の前で、四つん這いはシーツだろうと床だろうと構わずにべろべろ……火がついたように鳴り出すウォッチ――自分は間仕切りカーテンの外、通路に転がり出て左手首を押さえた。
 こっちの食事を奪いにきたのか……――
 ウォッチが静まってから病衣の汚れを手や袖で拭き、壁の横手すりにふらっとつかまる。マール、マール、マール……青い足は、自然とエレベーターの方へ……デイルームでは二台の配膳車が縦列になっていて、それぞれのそばには被収容者――片方はコアラ、もう片方はぎょろ目でメガネザル似が立っており、何やら雑談していた黒ずくめのコンビがこちらを見とがめる。
「何か用か。用もないのにぶらつくのはルール違反だぞ」
 こちらがへどもどしていると、相方がマニュアルを読むトーンで付け加える。
「昼休みなら出歩いても構いません。ルールはきちんと守ってください」
 声は高めのようだったが、くぐもっていて性別はさだかではない。指導員はどうにも見分けがつかず、ヘッドさえときどきあやふやになる。しばらくしたら食器とトレイを回収に行くから戻っているように、と言われ、自分は小さくなって頭を下げた。そうして回れ右する途中で目に入ったあちら側、南館はこちらよりも明るく、春を感じさせる空気感で過ごしやすそうだった。昼休みになったら自治会長に相談しよう。それでだめなら、指導局に……――
 北西の角を右折し、自分は共同トイレに入った。小便器が三据並び、その向かいに個室二室と端の掃除用具入れ……ひっそり、ひんやりとした空間で奥の小便器を前にちょろちょろ……ふにゃふにゃの先から出るそれは、消えそうな薄さだった。
 洗った手を備え付けのペーパータオルで拭き、ごみ箱に捨て、のそっとトイレを出たところでぶつかりそうになる。黒ずんだ青いロバ……ロバ先生……もやのかかった瞳、ふらふらの前のめりの後ろには、影のようにウーパーが付いていた。
「手すり、つかまって、手すり」
 ウーパーはこちらに目もくれず、ため息じみた指示を出す。しかし、ロバ先生はつかまらずにふらつき、よたよたと角を曲がっていく……どこへ行くのか知らないが、トラブルが起きないようにくっついているのだろう。それなりに大変そうではあるが、それでも……みじめさがいや増し、ぬかるみにはまった足取りで自分は戻った。
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