ゾンビの坩堝

GANA.

文字の大きさ
上 下
7 / 94
ゾンビの坩堝【2】

ゾンビの坩堝(7)

しおりを挟む
 マール、マール、マール、マール、マール、マール……徳念が、冷たい闇にねっとりと混ざっていく……包まったところで薄い掛け布団では寒さを防げるはずもなく、自分は床に直置きのマットレスの上で縮こまっていた。何度となく一連の出来事がよみがえり、そのたびに腹がちりちりして一向に寝付けない……糞尿を汚物処理室のごみ箱に捨て、バケツの中を柄付きブラシで洗って……床を雑巾で水拭きし、隙間なくトイレシートを敷いて、それから……左太ももにかゆみを覚え、自分は病衣の上からぼりぼりかいた。
 ダニも、いるのか……――
 まったく、なんてところだ……以前、ネットで小耳に挟んだところでは、裕福な患者は高級ホテル並みの施設で至れり尽くせりらしい。天と地ほどの隔たりに、自分は引き裂かれそうだった。
 部屋の奥から、うなされるかのような息遣い……やたらと癇に障り、そちらを背に丸まってもいら立ちはじりじりと募る一方……たまらず、のっそりと起き上がってあぐらをかき、自分はもわっとした息を吐いた。微熱でぼやけ、だるさが全身に詰まって、とりわけ両肩から背中、腰にかけてずぅんとしている……まるで蝋人形になりかけているみたいだ。少しずつ溶けていく、青ざめた人形……手探りでベッドライトをつけると、ポリエステル製のひだと出入り口側の壁に囲まれた、畳一畳半ほどの狭苦しい空間が照らし出される。ベッドライトのある枕側の壁には呼出ボタン、スピーカーにマイクロホン……その横の床頭台にはテレビがあり、食事天板下の引き出しには支給品の歯ブラシ、T字カミソリにプラスチックコップ、業務用のちり紙パック……タオル掛けには、安物のフェイスタオルが掛けられている。自治会長によれば、日用品はデイルームのタブレット端末で注文できるそうだが……ふと見上げると、鈍くぎらつくカーテンレールが弧を描いている。それに目を細め、自分はタオル掛けのフェイスタオルから病衣へと視線を移した。フェイスタオルでは短くて無理だが、この病衣のパンツなら……死神の鎌にも似たぎらつきにかけ、裾を結んで作ったストライプ柄の輪が頚動脈と椎骨動脈を塞ぐのを思い浮かべて、ぶすぶすと笑みがくすぶる。
 その気になれば、いつでも葬ることができる……――
 他人は笑うだろうが、自分はこの命が絶えれば何もかも消えると確信していた。この主体が消えてなお、世界が存在するはずないのだから……――
 ががっ、と窒息から逃れたようないびきが聞こえる。自分は舌打ちをこらえ、ベッドライトで青い両手を見た。終わった後に石けんで念入りに洗ったつもりだが、どうも臭う気がする。これから毎日、汚物の始末だなんて……そんな趣味はないが、ルックスがモデルやアイドル並だったら、尿をなめ、便を味わう物好きだっているだろう。だが、こいつは……とても女とは言えないし、実は男だったとしても驚きはしない。それ以前に人間かどうか……あの四つん這いは、まるで野良犬か野良猫……ノラめ……――
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

三界創世秘録設定資料集

きゅうちゃん
SF
人間界、魔界、天界の3つの世界

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

果てしなき宇宙の片隅で 序章 サラマンダー

緋熊熊五郎
SF
果てしなき宇宙の片隅で、未知の生物などが紡ぐ物語 遂に火星に到達した人類は、2035年、入植地東キャナル市北東35キロの地点で、古代宇宙文明の残滓といえる宇宙船の残骸を発見した。その宇宙船の中から古代の神話、歴史、物語とも判断がつかない断簡を発掘し、それを平易に翻訳したのが本物語の序章、サラマンダーである。サラマンダーと名付けられた由縁は、断簡を納めていた金属ケースに、羽根を持ち、火を吐く赤い竜が描かれていたことによる。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

うろたもも

GANA.
ライト文芸
故郷に金銀財宝を持ち帰った桃太郎。しかし、大団円までの経緯が分からない。辻褄合わせをさかのぼった先の「はじまり」とは……――

処理中です...