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ゾンビの坩堝【2】
ゾンビの坩堝(7)
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マール、マール、マール、マール、マール、マール……徳念が、冷たい闇にねっとりと混ざっていく……包まったところで薄い掛け布団では寒さを防げるはずもなく、自分は床に直置きのマットレスの上で縮こまっていた。何度となく一連の出来事がよみがえり、そのたびに腹がちりちりして一向に寝付けない……糞尿を汚物処理室のごみ箱に捨て、バケツの中を柄付きブラシで洗って……床を雑巾で水拭きし、隙間なくトイレシートを敷いて、それから……左太ももにかゆみを覚え、自分は病衣の上からぼりぼりかいた。
ダニも、いるのか……――
まったく、なんてところだ……以前、ネットで小耳に挟んだところでは、裕福な患者は高級ホテル並みの施設で至れり尽くせりらしい。天と地ほどの隔たりに、自分は引き裂かれそうだった。
部屋の奥から、うなされるかのような息遣い……やたらと癇に障り、そちらを背に丸まってもいら立ちはじりじりと募る一方……たまらず、のっそりと起き上がってあぐらをかき、自分はもわっとした息を吐いた。微熱でぼやけ、だるさが全身に詰まって、とりわけ両肩から背中、腰にかけてずぅんとしている……まるで蝋人形になりかけているみたいだ。少しずつ溶けていく、青ざめた人形……手探りでベッドライトをつけると、ポリエステル製のひだと出入り口側の壁に囲まれた、畳一畳半ほどの狭苦しい空間が照らし出される。ベッドライトのある枕側の壁には呼出ボタン、スピーカーにマイクロホン……その横の床頭台にはテレビがあり、食事天板下の引き出しには支給品の歯ブラシ、T字カミソリにプラスチックコップ、業務用のちり紙パック……タオル掛けには、安物のフェイスタオルが掛けられている。自治会長によれば、日用品はデイルームのタブレット端末で注文できるそうだが……ふと見上げると、鈍くぎらつくカーテンレールが弧を描いている。それに目を細め、自分はタオル掛けのフェイスタオルから病衣へと視線を移した。フェイスタオルでは短くて無理だが、この病衣のパンツなら……死神の鎌にも似たぎらつきにかけ、裾を結んで作ったストライプ柄の輪が頚動脈と椎骨動脈を塞ぐのを思い浮かべて、ぶすぶすと笑みがくすぶる。
その気になれば、いつでも葬ることができる……――
他人は笑うだろうが、自分はこの命が絶えれば何もかも消えると確信していた。この主体が消えてなお、世界が存在するはずないのだから……――
ががっ、と窒息から逃れたようないびきが聞こえる。自分は舌打ちをこらえ、ベッドライトで青い両手を見た。終わった後に石けんで念入りに洗ったつもりだが、どうも臭う気がする。これから毎日、汚物の始末だなんて……そんな趣味はないが、ルックスがモデルやアイドル並だったら、尿をなめ、便を味わう物好きだっているだろう。だが、こいつは……とても女とは言えないし、実は男だったとしても驚きはしない。それ以前に人間かどうか……あの四つん這いは、まるで野良犬か野良猫……ノラめ……――
ダニも、いるのか……――
まったく、なんてところだ……以前、ネットで小耳に挟んだところでは、裕福な患者は高級ホテル並みの施設で至れり尽くせりらしい。天と地ほどの隔たりに、自分は引き裂かれそうだった。
部屋の奥から、うなされるかのような息遣い……やたらと癇に障り、そちらを背に丸まってもいら立ちはじりじりと募る一方……たまらず、のっそりと起き上がってあぐらをかき、自分はもわっとした息を吐いた。微熱でぼやけ、だるさが全身に詰まって、とりわけ両肩から背中、腰にかけてずぅんとしている……まるで蝋人形になりかけているみたいだ。少しずつ溶けていく、青ざめた人形……手探りでベッドライトをつけると、ポリエステル製のひだと出入り口側の壁に囲まれた、畳一畳半ほどの狭苦しい空間が照らし出される。ベッドライトのある枕側の壁には呼出ボタン、スピーカーにマイクロホン……その横の床頭台にはテレビがあり、食事天板下の引き出しには支給品の歯ブラシ、T字カミソリにプラスチックコップ、業務用のちり紙パック……タオル掛けには、安物のフェイスタオルが掛けられている。自治会長によれば、日用品はデイルームのタブレット端末で注文できるそうだが……ふと見上げると、鈍くぎらつくカーテンレールが弧を描いている。それに目を細め、自分はタオル掛けのフェイスタオルから病衣へと視線を移した。フェイスタオルでは短くて無理だが、この病衣のパンツなら……死神の鎌にも似たぎらつきにかけ、裾を結んで作ったストライプ柄の輪が頚動脈と椎骨動脈を塞ぐのを思い浮かべて、ぶすぶすと笑みがくすぶる。
その気になれば、いつでも葬ることができる……――
他人は笑うだろうが、自分はこの命が絶えれば何もかも消えると確信していた。この主体が消えてなお、世界が存在するはずないのだから……――
ががっ、と窒息から逃れたようないびきが聞こえる。自分は舌打ちをこらえ、ベッドライトで青い両手を見た。終わった後に石けんで念入りに洗ったつもりだが、どうも臭う気がする。これから毎日、汚物の始末だなんて……そんな趣味はないが、ルックスがモデルやアイドル並だったら、尿をなめ、便を味わう物好きだっているだろう。だが、こいつは……とても女とは言えないし、実は男だったとしても驚きはしない。それ以前に人間かどうか……あの四つん這いは、まるで野良犬か野良猫……ノラめ……――
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