ゾンビの坩堝

GANA.

文字の大きさ
上 下
5 / 94
ゾンビの坩堝【1】

ゾンビの坩堝(5)

しおりを挟む
 全身が引きつった自分は、どうにかこうにか振り返った。酷薄そうな老ヒツジの横顔は、かんぬきを思わせる腕組みごと後ろに回ってしまいそうだった。マール、マール、マール……何から、どう言えばいいのか……こんがらがったまま叫び出しそうだった。
「そこの壁際にある」
 怪訝な顔をする自分に、自治会長はあごをしゃくった。部屋の中程、壁沿いにほうき・ちりとりセット、雑巾を縁にかけたプラスチックのバケツ……開封され、半分くらい減ったトイレシートのパック、トイレットペーパーといったものが直置きされている。
「使用済みのトイレシートはバケツに入れ、さっきの汚物処理室のゴミ入れに捨ててきなさい。床の汚れは雑巾で拭き、それから新しいシートを隙間なく敷くんだ。便は、トイレットペーパーで包んで――」
 どこか遠くを眺めながら、自治会長はとうとうと話し続けた。聞けば聞くほどはまり込んでいく気がしてうろたえ、ぐらっと踏み出すと、互いの左手首からピィー、ピィーと耳障りな警告音が発せられる。ぎょっとして固まる自分……眉をひそめて自治会長が離れると、ウォッチは静かになった。
「その部屋のことは、そこの者が責任を持つ。それが、ここのルールだ」
 自分は耳を疑った。なぜ、そんな……清掃業者、もしくはこの施設のスタッフがやることじゃないのか……じわじわとのぼせ、揺らめいて、言葉が喉に絡む。切れ切れに疑問を呈するも、相手はそっぽを向いたまま、ルールだからと繰り返すばかり……今まで誰が面倒を見ていたのかと問うと、隣の部屋の被収容者だと返ってきた。
「とにかく、これからは同室の君がやるんだ」
 だったら、別の部屋にしてください!――
 つい声が高くなり、自治会長が眉間をいびつにしたとき、がらっと隣――147号室が開いて、クソ寒いだの、うるせえだのと罵りながら中年男の二人組が出てきた。それらゾンビの獣じみた目つきでにらまれ、自分は立ちすくんだ。目立つ方はこちらより頭一つくらい高く、たわし風の剛毛を生やし、どら猫っぽい角張り顔をして、ファストフードをばくばく食べて育ったような図体が肩をそびやかしており、丸太並みに太い左手首では1945と表示されている。その隣はチンピラネズミ男という例えがぴったりの、出っ歯の無精ひげ面……1956と表示されたこちらの目鼻立ちは少々くどく、どことなく南方の血が混じっていそうだった。
「うォ! 臭ぇ!」
 大げさに顔をしかめる、チンピラネズミ男……どら猫男は図々しそうな鼻にしわを寄せ、背を向けかけている自治会長をじろっとにらんで、こちらにのしのし迫ってきた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

三界創世秘録設定資料集

きゅうちゃん
SF
人間界、魔界、天界の3つの世界

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

果てしなき宇宙の片隅で 序章 サラマンダー

緋熊熊五郎
SF
果てしなき宇宙の片隅で、未知の生物などが紡ぐ物語 遂に火星に到達した人類は、2035年、入植地東キャナル市北東35キロの地点で、古代宇宙文明の残滓といえる宇宙船の残骸を発見した。その宇宙船の中から古代の神話、歴史、物語とも判断がつかない断簡を発掘し、それを平易に翻訳したのが本物語の序章、サラマンダーである。サラマンダーと名付けられた由縁は、断簡を納めていた金属ケースに、羽根を持ち、火を吐く赤い竜が描かれていたことによる。

入れ替われるイメクラ

廣瀬純一
SF
男女の体が入れ替わるイメクラの話

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...