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ゾンビの坩堝【1】
ゾンビの坩堝(5)
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全身が引きつった自分は、どうにかこうにか振り返った。酷薄そうな老ヒツジの横顔は、かんぬきを思わせる腕組みごと後ろに回ってしまいそうだった。マール、マール、マール……何から、どう言えばいいのか……こんがらがったまま叫び出しそうだった。
「そこの壁際にある」
怪訝な顔をする自分に、自治会長はあごをしゃくった。部屋の中程、壁沿いにほうき・ちりとりセット、雑巾を縁にかけたプラスチックのバケツ……開封され、半分くらい減ったトイレシートのパック、トイレットペーパーといったものが直置きされている。
「使用済みのトイレシートはバケツに入れ、さっきの汚物処理室のゴミ入れに捨ててきなさい。床の汚れは雑巾で拭き、それから新しいシートを隙間なく敷くんだ。便は、トイレットペーパーで包んで――」
どこか遠くを眺めながら、自治会長はとうとうと話し続けた。聞けば聞くほどはまり込んでいく気がしてうろたえ、ぐらっと踏み出すと、互いの左手首からピィー、ピィーと耳障りな警告音が発せられる。ぎょっとして固まる自分……眉をひそめて自治会長が離れると、ウォッチは静かになった。
「その部屋のことは、そこの者が責任を持つ。それが、ここのルールだ」
自分は耳を疑った。なぜ、そんな……清掃業者、もしくはこの施設のスタッフがやることじゃないのか……じわじわとのぼせ、揺らめいて、言葉が喉に絡む。切れ切れに疑問を呈するも、相手はそっぽを向いたまま、ルールだからと繰り返すばかり……今まで誰が面倒を見ていたのかと問うと、隣の部屋の被収容者だと返ってきた。
「とにかく、これからは同室の君がやるんだ」
だったら、別の部屋にしてください!――
つい声が高くなり、自治会長が眉間をいびつにしたとき、がらっと隣――147号室が開いて、クソ寒いだの、うるせえだのと罵りながら中年男の二人組が出てきた。それらゾンビの獣じみた目つきでにらまれ、自分は立ちすくんだ。目立つ方はこちらより頭一つくらい高く、たわし風の剛毛を生やし、どら猫っぽい角張り顔をして、ファストフードをばくばく食べて育ったような図体が肩をそびやかしており、丸太並みに太い左手首では1945と表示されている。その隣はチンピラネズミ男という例えがぴったりの、出っ歯の無精ひげ面……1956と表示されたこちらの目鼻立ちは少々くどく、どことなく南方の血が混じっていそうだった。
「うォ! 臭ぇ!」
大げさに顔をしかめる、チンピラネズミ男……どら猫男は図々しそうな鼻にしわを寄せ、背を向けかけている自治会長をじろっとにらんで、こちらにのしのし迫ってきた。
「そこの壁際にある」
怪訝な顔をする自分に、自治会長はあごをしゃくった。部屋の中程、壁沿いにほうき・ちりとりセット、雑巾を縁にかけたプラスチックのバケツ……開封され、半分くらい減ったトイレシートのパック、トイレットペーパーといったものが直置きされている。
「使用済みのトイレシートはバケツに入れ、さっきの汚物処理室のゴミ入れに捨ててきなさい。床の汚れは雑巾で拭き、それから新しいシートを隙間なく敷くんだ。便は、トイレットペーパーで包んで――」
どこか遠くを眺めながら、自治会長はとうとうと話し続けた。聞けば聞くほどはまり込んでいく気がしてうろたえ、ぐらっと踏み出すと、互いの左手首からピィー、ピィーと耳障りな警告音が発せられる。ぎょっとして固まる自分……眉をひそめて自治会長が離れると、ウォッチは静かになった。
「その部屋のことは、そこの者が責任を持つ。それが、ここのルールだ」
自分は耳を疑った。なぜ、そんな……清掃業者、もしくはこの施設のスタッフがやることじゃないのか……じわじわとのぼせ、揺らめいて、言葉が喉に絡む。切れ切れに疑問を呈するも、相手はそっぽを向いたまま、ルールだからと繰り返すばかり……今まで誰が面倒を見ていたのかと問うと、隣の部屋の被収容者だと返ってきた。
「とにかく、これからは同室の君がやるんだ」
だったら、別の部屋にしてください!――
つい声が高くなり、自治会長が眉間をいびつにしたとき、がらっと隣――147号室が開いて、クソ寒いだの、うるせえだのと罵りながら中年男の二人組が出てきた。それらゾンビの獣じみた目つきでにらまれ、自分は立ちすくんだ。目立つ方はこちらより頭一つくらい高く、たわし風の剛毛を生やし、どら猫っぽい角張り顔をして、ファストフードをばくばく食べて育ったような図体が肩をそびやかしており、丸太並みに太い左手首では1945と表示されている。その隣はチンピラネズミ男という例えがぴったりの、出っ歯の無精ひげ面……1956と表示されたこちらの目鼻立ちは少々くどく、どことなく南方の血が混じっていそうだった。
「うォ! 臭ぇ!」
大げさに顔をしかめる、チンピラネズミ男……どら猫男は図々しそうな鼻にしわを寄せ、背を向けかけている自治会長をじろっとにらんで、こちらにのしのし迫ってきた。
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