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恋人

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 漆黒の綺麗な髪に惹きつけられる。
 切れ長の目は怖いような、ドキドキするような。
 すっと通った鼻筋も、品の良い唇も、全部全部。

「素敵…………」
「椿ちゃん!?起きてる??椿ちゃん?」

 誰かが眼前で手を振る。
 それでも私はぼーっとその綺麗な人に見惚れていた。

「おーい。椿ちゃん!!」

 私とその人の間にさくらの顔が割り込み、ようやく私ははっとする。

「え……。何?」
「何じゃないよ!!何ぼーっと乙女の顔してるの!?」
「お、乙女の顔?」

 それってどんな顔? と思っていると、私の前にレモンティーが置かれる。
 置いたのは時津さん。なぜか苦笑していた。

「あれ?どうして私、時津さんのお店にいるの?」
「えっ。覚えていないの? 椿ちゃんショックを受けすぎて放心状態だったから、この女の人がここに連れて来てくれたのよ」

 私たちは今、時津さんのお店のボックス席に並んで座っていた。
 妖魔から助けれくれた綺麗な人も向かいに座っている。
 また顔を見て、見惚れてしまう。
 ……って、あれ? さくら今、女の人って言った?

 よく見るとその人の胸には立派な膨らみがあった。
 女の人だった! と愕然としていると、時津さんが盛大に笑った。お腹を抱えてひーひー言ってる。

 そんなに顔に出ていたのかしらと恥ずかしく思いながらちらりと女性を見遣る。
 怒っているかなと思ったけれど、女性は凛々しい顔で微笑していた。
 また胸が高鳴るのを抑えて、私は頭を下げる。

「助けていただいて、ありがとうございました」
「うん。間に合って良かった」

 女性にしては少し低めの声も耳に心地いい。

「あの。あなたもその……妖魔が見えるんですか?」
「そうだよ」
「ということは、あなたも魔力っていうのがあるんですか?」
「うん。カオウから聞いてない?」
「カオウから?」

 どくん、と嫌な胸騒ぎがした。
 この世界で魔力を持ってるなんてありえない。
 私が見えるようになったのは、カオウとえっちしたからだ。
 ということは……。

「あっ。椿ちゃん、思い出した! この女性だよ。カオウと一緒にいた女の人って」
「え……」

 さくらのダメ押しで胸が詰まる。
 つまり、この人とカオウは体の関係があるってことだ。
 私に内緒で会って、そういうことしてたんだ。

 ボロボロと涙がこぼれた。

「あ……あなたも……カオウと……?」
「カオウと何?」

 女性は至極冷静に私を見つめていた。
 その瞳はかっこいいけれど、今はもう、全然ときめかなかった。
 カオウが他の人と関係を持っていたってことが、ショックで仕方ない。

「カオウはあなたと会ってたこと隠していたんです。それに、あなたにも魔力があるなら、あなたもその……カオウと……そういう関係なんでしょう?」

 私は両手で顔を覆って、嗚咽が出そうになるのを懸命に堪えていた。
 
 静まり返る店内。

 だけど誰かが、ぷっと吹き出した。
 時津さんだ。また大きな笑い声を上げ始める。
 さらに今回は声が一つ増えていた。聞き覚えのある声だったので顔を上げて振り返ると、カウンターに兄の姿が。

「兄さん?いたの?」
「最初からいたよ。それよりお前、本気でそう思ってるのか? さすがにカオウが可愛そうに思えてきた……」
「え? え? どういうこと?」

 兄はカウンターに頬杖をついて、呆れた顔をする。

「こいつには生まれつきそういう能力があるんだよ。妖魔に限らず、普通は目に見えないものが見えるし、除霊みたいなこともできる。それにな」

 兄は椅子から降りて女性の隣に座り、肩に腕を回した。

「こいつの恋人は俺だ」
「……え!?」

 女性は顔をしかめて兄の腕を払ってから、私に微笑する。

「りょうって呼んで。前世の貴女のことは良く知ってる」
「りょう……さん。あの……でも。やましい関係じゃないなら、どうしてカオウはあなたのこと内緒にしてたんでしょう……」

 りょうさんは返事をせず、カウンター内でまだ肩を震わせていた時津さんへ目配せした。
 「生まれ変わっても役目は変わらないんだな」とため息混じりに自嘲する時津さん。

「カオウは前世の二人の関係を気にしてたんだよ」
「関係?」
「皇女様の初恋はりょうだから」
「ええ!?私、女の人が好きだったの?」
「違う違う。りょうの前世は男」
「へ?」

 正面に座る二人へ向き直る。
 りょうさんは微笑のまま。
 兄は恋人の前世についてあまり考えたくないのか、げんなりというかなんというか、眉間をピクピクさせてなんとも言えない表情をしていた。

 隣ではさくらが、「ええ?もしかしてりょうさんってあの人?ということは陛下とあの人が……うそ……」とぶつぶつ言いつつ、目を潤ませ頬を紅潮させていた。たぶんBL的妄想でもしているんだろう。

 時津さんはそんな反応に苦笑しながら続ける。

「ってことで、カオウは椿ちゃんがりょうに惚れると危惧して紹介しなかったんだよ。考えすぎだって思ってたけど、その通りになったみたいだね」

 私を見てニマニマする時津さん。
 私は何も言い返せず、いきなり泣き出してしまった恥ずかしさで顔が赤くなる。
 と、とりあえず話題を変えよう。

「りょうさんが助けて下さったのって、偶然ではないですよね? どうして私の場所がわかったんですか?」
「カオウに頼まれたんだよ。嫌な予感がするから探してくれって」
「嫌な予感?」
「椿にあげた石を持ってないかもしれないと言ってた。……確かに、持ってないようだ」
「わかるんですか?」

 りょうさんは目を細めて私の右肩あたりを注視した。

「わかるよ。貴女から甘い匂いがするから」
「匂い?」
「妖魔は魔力の匂いに寄ってくる。あの石があればその匂いを消せるというのに、持たずに出歩くなんて、随分愚かなことをしたね」

 言い方が冷たくてぐさりと胸に刺さった。

「でも、あんな怖い思いをしたのは初めてです。石を持ってるだけでこんなに違うものなんですか?」
「カオウが昼間何していたかも聞いていない?」

 りょうさんは小首を傾げた。
 素朴な疑問だったんだろうけれど、何も知らないと呆れられた気がして落ち込む。

「カオウはあんまり自分のこと話さなくて」
「貴女がちゃんと聞こうとしてないからでしょう」

 またぐさりと胸に突き刺さる。
 何も言えず目を伏せると、お皿を洗っていた時津さんが穏やかな声で口を挟んだ。

「それについて聞いたところで、どうせカオウははぐらかしていたと思うよ」
「どういうことですか?」
「ちゃんと説明しようとすると、ファンタジーの世界に入っちゃうけど……」

 と時津さんは気恥ずかしそうに顔をしかめながら続ける。

「妖魔ってのはさ、一匹だけじゃ何もできない。だけど魔力に惹かれて集まってきた奴等が合体すると力を増して、物理的に傷つけられるようになる」

 そう言われて、私は腕の傷を反対の手で隠すようにそっと覆った。

「だからカオウは椿ちゃんがいない間、奴等を探して退治してたんだよ」
「た…退治?」

 さくらが含み笑いで聞き返す。私もお札もってるカオウをイメージしてしまって吹き出しそうになった。
 あ、でも西洋っぽい感じなら、呪文とか?聖剣とか?どちらにしろ口の端がムニムニしてしまう。

「それならそうと、説明してくれればよかったのに」
「言えないだろ。自分のせいで妖魔が集まってくるのに、椿ちゃんと離れたくないから退治してるなんて」
「あれ? 妖魔は私の右肩にある魔力にも惹かれてくるんですよね? それなら、カオウがいなくても変わらないんじゃ……」 
「椿の魔力はそこまで多くないよ。元々はね」

 そう答えたのはりょうさん。コーヒーを一口だけ飲み、カップを置く。

「だけどカオウと触れれば触れるほど匂いが強まるから。親密なほど、ね」

 含みをもたせた言い方。
 えーとつまり、えっちすればするほど妖魔が寄ってくる可能性があるってこと?

 がたっと椅子が倒れる音がした。
 隣にいたさくらが突然立ち上がったのだ。

「なにそれ!やっぱりカオウが悪いんじゃない!」
「さ、さくら」
「椿ちゃんも、もっと怒っていいんだよ?わざと隠してること、まだたくさんあるかもしれないよ?そのせいで今日より危険な目にあったらどうするの!さっきだって、無理矢理連れて行かれそうになったでしょ!」

 さくらはまっすぐ私を見つめていた。心の底から私を心配してくれてる。
 それはよくわかっているけれど、私はカオウを怒る気になれなかった。

「でもカオウは結局連れて行かなかった。その気になれば、一瞬ですむはずなのに」

 この前瞬時にさくらを家へ飛ばしたように、本当だったら触れるだけで移動できるはずだ。
 あのときカオウは、すごく辛そうな顔をしていた。
 連れて行きたかったに違いないのに、ギリギリまで葛藤してた。

 ────彼はそういう人だ。昔から。

 突然頭の中にそんな考えが浮かんだ。

「カオウは……私が本気で嫌がること……しないと思う」

 私がうつむいてしまったのを見て、さくらはすとんと腰を下ろし、私の手を握った。

「結局椿ちゃんは、カオウのこと許しちゃうのね」

 私もその温かい手を握り返す。

「ごめん、さくら。私……もう一度、カオウとちゃんと話したい。今度こそ、全部向き合う」
「いいの? あんなに前世のこと聞くの嫌がっていたのに」
「今も、前世を思い出すのは怖い。カオウは私の前世が好きなだけ……そう思うとすごくつらい。だけどそれより、さっきカオウの手を離してしまって、深く彼を傷つけてしまったことの方がつらいの」 
「椿ちゃん……」
「私やっばり、カオウと一緒にいたいよ」

 さくらは私の気持ちを確認するようにじいっと私の顔を見つめた。
 出会ってまだ三年も経ってない。だけど、すごく昔から知ってる気がする。

 ────昔から、私のことを一番に考えてくれるかけがえのない人。

 またそんな考えが頭に浮かぶ。

 やがてさくらは軽いため息を吐いた。

「わかった。すっごく、すっっっっっごく言いたいことはあるけど、椿ちゃんがそれでいいなら我慢する。すっっっっっっごく言いたいことはあるけど!!」

 眉根を寄せて二回嫌味を言われた。

「ご……ごめんね?」
「パフェ一つで許してあげよう」

 ふんぞり返るさくら。
 同じタイミングで、ふふっと笑い合う。

「あ、でも。どうやって行くの?他の妖魔が寄ってくるかもしれないんでしょ?」
「そうだね……」

 不用意に出たら危険だ。りょうさんが一緒に来てくれたら心強いけど……とちらりと顔色を窺おうとしたとき、スマホが鳴った。
 相手は玲央だった。
 なんだろうと思って出ると。

『椿。カオウが向こうの世界へ帰るって言ってるぞ。もう二度と来ないって』
「…………え?」

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