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嘘つき

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 真っ白いデイジーのような花を一輪、金髪の少年から受け取る。少年が花弁に手をかざすと、真っ白だった花が淡いピンク色に変わった。

 せっかく素敵な魔法を見せてくれたのに、幼い私はとても悲しくて泣いていた。
 いやだいやだと何度もわめく。
 少年も辛そうな顔で目を赤くしていた。
 私を包むように抱きしめた後、優しく頭を撫でる。
 少年は何かを話すけれど、日本語ではなかった。
 それでも何が言いたいのか、なぜか夢の中の私は理解できる。

「約束」

 少年は、ダイヤモンドみたいなキラキラした宝石を幼い私の目の前にかざす。

「必ず思い出して」

 暗示するように告げられた瞬間、世界が暗転した。

 
 

 目覚めた私は頭を枕に預けたまま、夢の出来事を反芻する。
 あの少年はカオウだった。それならきっと前世の記憶なんだろう。
 花をもらって何か言われたけど、内容をもう忘れてしまった。すごく悲しい気持ちだったことだけ心に残る。

 もそもそと手を布団から出して、枕元のスマホで時刻を確認した。
 結構寝た気がしたけど、まだ夜中の一時だった。
 もう一度寝ようと目を閉じる。

 しんと静かな部屋。

 耳を澄ませても一階から何も聞こえなかった。兄とカオウももう寝たのかもしれない。
 兄は今日泊まっていくと言っていたから、飲みすぎて潰れてなければ、きっと隣の部屋にいる。

 それにしても兄が前世でも兄だったなんて驚いた。
 カオウも心を許している感じで無邪気に笑っていたし、二人は前世でも仲良かったのかな。

 記憶のない私には、到底入り込めない空気だった。
 
 はあ、とため息。
 妙に目が冴えてしまって、眠れない。

 布団を頭からかぶって呼吸に集中しようとしたけど、私には見せない無邪気な笑顔のカオウがちらちら浮かんで、胸が苦しくなる。


 悔しいけど、私はやっぱりカオウが好きだ。
 私を見つめる綺麗な金色の瞳も、私に触れる意地悪だけど優しい指先も、きつく抱き締めてくれる腕も、私の名前を呼ぶ声も。
 一度知ってしまったら、もう離れるなんてできない。
 でも、それらがすべて前世の私に向けられたものなら、とてもじゃないけど許容できない。
 
 今だって体に触れてほしくてたまらないのに、そんな気分になれない。私の中に心が二つあるみたいだ。


 再びため息をつきかけたとき、カチャッとドアが開く音がした。
 誰かが足音もなく近づいて、ベッドの横に立つ気配がする。
 そっと、掛け布団がめくられていく。

 必死で寝てるフリをした。早く出てってほしいと願ったと同時に、ギシ…とベッドの端に手をつく音。

 ドキン、ドキンと鼓動が大きくなる。

 横向きに寝ていた私の正面に誰かが寝転び、掛け布団の中でギュウッと抱き締められた。
 私の頭を撫で、そのまま手を滑らせて頬を包む。

 数秒後、唇に柔らかいものが触れた。息に混じったお酒の匂いで私も酔いそうになる。
 ときどき舌で私の唇をなぞったり、チュッチュッと音をたてたりしながら、私の唇を自分ので挟むように何度もキスする。

 すごくドキドキして、キュンキュンして、もっとしてほしくなる。
 無意識に私も唇を開き舌を出してしまった。
 私が起きていると気づいた彼はより深く舌を挿れてきた。私のTシャツの中に手を入れて、胸を強く揉みしだく。

「カ、カオウだめ。平日はしないって決めたでしょ……!」
「触らないとは決めてない」
「きゃっ」

 カオウは私の体を持ち上げ、ちょうど胸の尖端が自分の口の位置に来るように抱きしめた。

「やっ……カオウ! んんっ」

 尖りを口に含み舌先で舐められ、ゾクゾクしてしまう。

「待ってカオウ。兄さんが隣にいるのに……!」
「なら、静かにしなきゃ」

 カオウは尖りを吸いながらズボンの上から両手でお尻を弄る。
 次第に手が秘部へ伸びてきたので、咄嗟に止めた。

「だめっ。まだ生理終わってない」
「……本当?」
「うん」

 嘘をついた。
 本当は終わっているけれど、これで諦めてくれる。

 ……とはいかなかった。

 カオウは胸にキスしながら、五本の指をバラバラに動かして太ももやお尻、腰や背中など、私の弱い部分に触れていく。
 くすぐったいのと気持ちいいのの狭間の力加減で。ゾワッと言い知れぬ刺激に耐えられず体をのけぞらせる。

「はあぁ……!」
「やらしい声」

 笑いを含んだカオウの声で、カアッと顔が赤くなった。

「もう離して。明日も学校があるんだから」

 抵抗するとカオウはくるんと反転して、今度は私が下になった。
 軽く唇にキスを落とし、おでこ同士をくっつける。

「最近、よそよそしくない?」
「……そんなことないよ」

 二つめの嘘。
 タコパをした翌日の日曜は図書館へ行って勉強して、月曜は塾、火・水は文化祭の準備を遅くまでやって、帰っても疲れているからとすぐ部屋にこもっていた。

「椿」
「……何?」

 聞き返した後、沈黙が訪れる。暗闇に目は慣れていたけど、カオウの表情まではわからなかった。
 不満そうなのか、不安そうなのか。

 じっと待っていると、ようやく口を開く。

「本当に何も、思い出してない? 夢も見ない?」
「……見てないよ」

 三つめの嘘。
 そっか、と小さくため息交じりのカオウの声を聞き流す。

「オレは絶対、椿を連れてくから」
「…………」
「だから早く、思い出してほしい」
「………………」
「向こうの世界のことも、ちゃんと知ってほしい」
「………………」
「絶対連れてく。約束したから」

 『約束』
 その言葉を聞いて、一瞬チカッと目の前に光が走った気がした。
 でもそれにも気づかないフリをする。

「椿、何か不安なことがあるなら言って」

 私が何を不安に思っているのか、カオウは想像できているんだろうか。
 異世界へ行くより不安なことがあるって、気づいているんだろうか。

「カオウ。聞きたいことがあるの」
「うん」
「カオウは、こっちに来てから仲良くなった人とかいるの?」

 想定外の質問だったのか、カオウはすぐに答えなかった。

「……いないよ」
「じゃあ、兄さんが言ってた前世の知り合いの人たちと、よく会うの?」
「トキツとはよく会う」
「先週は? 玲央以外で」
「……先週は、他には誰にも会ってない」

 嘘だ。
 さくらは先週、喫茶店で女性と一緒にいるカオウを見てる。
 その女性って誰?
 前世の知り合いなら、私に言えない関係だったの?

 気になって仕方ないのに、聞く勇気がなかった。

「もう眠たいから、部屋に戻って」

 私は四つめの嘘をついた。
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