29 / 33
第二章
十四話
しおりを挟む
「そろそろ、降りる。いい?」
俺の薄っぺらい胸に顔を埋めたまま微動だにしない男に声をかけると、ギロリと睨まれた。
体制が体制だけに全く怖くはないが。
「……………………………………分かった。」
長い長い沈黙の末、嫌そうな、そりゃあもう心から嫌そうな顔でノロノロと腕を解いた男に苦笑し、今度は彼の隣へと腰掛ける。
これから話をしようってのに抱っこされたままじゃあ寝落ちしかねないし、何よりいい年した男二人であんなベタベタしてるのもどうかと思うし。
そう自分に言い聞かせて磁石のように男の方へと吸い寄せられようとする体を必死に律する俺の隣で、彼は先程までの殊勝な態度などまるで無かったかのように両腕を背もたれに掛け、偉そうに踏ん反り返った。
「で、何から話す?」
ニヤリと口角を吊り上げてさもニヒルに笑って見せている彼だが、つい今し方までベタベタに甘えて来てたんだよな……と考えれば何やら可愛らしく思えてくる。
生暖かい笑みを浮かべつつ、一先ずは今日一番聞きたかった事を口にした。
「今、状況、聞きたい。」
「あ?状況だぁ?」
そう、状況だ。
「オーナー、社長に、俺、あげるから、雇った。俺、どうなる?売られる?俺、買った奴、返す?」
「馬鹿言うな、誰が売るか。手放すくらいならお前を喰って死んだ方がマシだ。」
サラリと冗談とも本気ともつかない事を宣い、彼は続ける。
「まぁ、順を追って話すとだな。」
一拍置いて、節くれ立った指が一本ピンと立つ。
「まず一つ。お前は今、エテレインの支部にいる。」
「えて、れいん……」
確か、昨晩俺を襲った男達が零していた単語だ。
てっきりクソデブの名前とばかり思っていたが、どうやら何かの組織の名称らしい。
ん?組織……?
「……キャラバン、後ろ、組織いる、聞いた。」
「何だ、あのガキお前に組織の事話してたのか?口の軽いこった。」
ギラリと剣呑な光の灯った瞳に、冷や汗が流れる。
「あ、えっと、オーナー、怒る、ダメ。」
「庇ってやってんのか?お前を騙くらかしてここまで連れて来たクソ野郎だろうが。」
自分でそうさせた癖に、男は弓形に歪んだ瞳に苛立を浮かべて吐き捨てた。
確かに彼の言う通り。
俺はオーナーに騙された。
それは事実だし、失望を覚えたのも本当だ。
しかし。
「オーナー、俺、騙した。けど、それだけ。酷い事、怖い事、なにも、しない。優しい。」
殴られたり焼き鏝を押し付けられたり、犯されたり罵られたり、人格を否定されたりタダ働きさせられたり、そんな理不尽を強いられた事は一度だってなかった。
ここに連れて来るだけが目的なら、適当にふん縛って無理矢理に引きずって来ることだってできたのに、彼はそうしなかった。
態々あんないつでも逃げ出せるような自由な環境に俺を置き、適性の給料をキッチリ支払った上で人並みの仕事を与え、俺を一人の人間として扱い、尊重してくれた。
それに何より、彼は自ずから俺を騙した訳ではないのだ。
全ては組織……この男の言うエテレインへの恩を返すために已む無く行った事。
故に俺は彼を恨んではいないし、むしろ感謝してさえいる。
彼が酷い目に遭うのは、寝覚めが悪い。
「あと、オーナー、会わないと、たぶん俺、死んでた、し。」
どうにか男の怒りを収めようと持ち得る語彙を駆使して拙く弁護する俺をジッと睨むように見つめたまま、男は口をへの字に曲げてムスリと口を噤んだ。
静かな見つめ合いの後、先に目を逸らしたのは男の方だった。
険しかった表情を呆れに塗り替え、やれやれと首を振る。
「……甘っちょれぇな。」
「そう、かな。」
「あぁ。………だが、アイツにはその方が効くかもな。」
「???」
意地の悪い表情でポツリと呟かれた言葉の意味が分からず首を傾げる俺の頭を乱雑に撫で、男は脱線した話を強引に軌道修正した。
「まぁ、アイツの事はどうでもいいとして。お前が言った通り、キャラバンの出資者はエテレインだ。」
そんな前置きと共に二本目の指が立てられる。
「エテレインは……まぁ、広義の意味で、人材派遣会社と言えるな。」
人材派遣会社……だと?
「おい、そんな疑わしそうに見るな。」
ちょん、と指先で小突かれた頭を揺らす俺には構わず、彼は言葉を探すように視線を彷徨わせる。
「その……なんだ。お前の想像する通りちょいとアングラな仕事の割合が大きいのも確かだがな。キャラバンは後ろ暗い事なんざしちゃいなかったろう?」
「……うん。」
「求められる場所へ適切な人材を。それが例え駄菓子屋だろうが殺し屋だろうが、な。」
こ、殺し屋。
耳慣れない物騒な言葉にゴクリと生唾を飲み込む。
「最初はその辺のゴロツキを半殺しに……ごほん、交渉して雇ってな、殺し屋として働かせたのが始まりだ。」
この人、今何か怖い事言いかけなかったか?
「どんな不景気でも、金を出してでも人を殺したい人間が消える事はねぇ。手っ取り早く稼がせてもらったモンだ。お陰で組織を充分に肥やす事ができた。表の世界にも手を伸ばせる程に。」
鋭い犬歯を覗かせて獰猛に笑む男に感じるのは、恐怖……ではなく、純粋な疑問だった。
悪い事と言うのはどこの世界でも金回りがいいようだが、彼を見た限り金や権力を欲してそんな事をしているようには見えない。
服装は決して粗末な物ではないが上等でもないごく一般的な物だし、この部屋だってそうだ。
金が目的でないなら、一体どうして。
「何で、エテレイン、作った?」
端的な問に、男は三本目の指を立てた。
「人探しのためだ。」
予想だにしなかった返答に呆気に取られていると、彼は少し寂し気に笑って手を下ろした。
「言ったろう?ずっと探してたってな。」
その言葉にハッと息を飲む。
そうだ。
彼は言っていた。
ようやく会えたと、探し続けていたと。
いや、そんなまさか、あり得ない。
思い上がりも甚だしい。
俺は、道具だ。
楽しく遊んで飽きたら捨てられる、いくらでも替えの効く使い捨ての生きた道具。
それなのに……
「考えるな。」
耳を打つ低く染み入るような声と衣擦れの音と共に両頬が大きな掌に包まれ、コツリと互いの額が重ねられた。
視界いっぱいに広がる優しい深緑色が、頭から一切の思考を奪い去っていく。
「何も考えるな、ただ感じたままに受け取ればいいんだ。」
唇に触れる柔らかな吐息に、喉が締まる。
「それが、正解なんだ。」
違う。
止めて。
そんな筈がない。
でも、もしかしたら……なんて。
馬鹿な俺は性懲りもなく期待して、熱に浮かされたように、譫言のように、真っ白な頭に最後に残った言葉を吐き出した。
「お、れの、ため……?」
嗚呼。
言ってしまった。
なんて馬鹿な事を。
そう考える間もなく、息が出来なくなった。
「んんっ!」
くぐもったその声が自分の上げた物であると気付くと同時に、唇を覆う柔らかい何かの存在に気が付く。
近すぎてぼやけた視界に、深緑色を隠した瞼が見える。
あ、睫毛、赤い。
「………っは。」
ほんの数秒の出来事だったのだろう。
息苦しいと感じる前に解放された唇を、やけに冷たい空気が舐める。
赤い睫毛を数度瞬かせて、目の前の男はクシャッと笑って言った。
「ほらな、正解。」
今、その笑顔は狡い。
何も言えなくなってしまう。
黙って真っ赤に染まった顔を俯ける俺の頭をぐしゃぐしゃにかき混ぜて、男は子供のように上機嫌な声で言った。
「20年、お前を見つけるためだけに生きて来た。」
長い指が手遊びのように纏められた俺の髪先をくるくると巻き取る。
「どこに居るのか、本当に存在したかも分からないお前を草の根を分けでても探すために、エテレインを作った。お前がどこに居てもいいように、人種も人間性も問わず引き入れ従え、利用した。」
「……スクレの、時も?」
「そうだ。あの胸糞悪いオークションにも、俺の可愛い猟犬たちは潜んでいた。貴族を敵に回すのはちと面倒なんでな……あの場で攫う事が出来なかったのは今になっても口惜しい事だ。」
小さな舌打ちの音にようやく顔を上げると、男は忌々し気に顔を歪めて虚空を睨んでいた。
「それにあの時はまだ、半信半疑だった。このガキが、本当に俺の求めるお前なのかってな。」
「??それ、どう言う?」
「あー、その……なんだ。」
言い淀む男に更に首を傾げる俺に、彼はさも言いにくそうに顔を背けて言った。
「俺はずっと、お前を女だと思ってたんだよ。」
「は、え?」
「……色が同じでも、お前でなきゃ無意味だ。だから、お前の種族について詳しく聞く事だけが目的だった。もしもあの時お前だとハッキリ分かっていたなら、他の何をどれだけ犠牲にしたとしても攫っただろうぜ。」
女。
幼い頃に出会っていて、俺を、女だと思っていた。
俺に彼の記憶はない。
彼に抱く懐かしさ。
赤い髪。
「………う、ぐっ!!」
「!?」
頭が、痛い。
今にも割れそうな程に痛む頭を抱えて身を縮める俺に何か声を掛けてくれているが、酷い耳鳴りが邪魔をしてよく聞き取れない。
固く瞑った視界の闇に、チカチカと頻りに何かが瞬いている。
寂れた狭い部屋。
汚い毛布。
夕暮れ。
赤毛の子供。
ふわふわの、真っ白な。
「………っ、ネグリジェ……」
「!思い出したのか!」
両肩を掴む大きな手の感触に、喉から引き攣った悲鳴が漏れる。
「あ……悪い、痛かったか……?」
すぐさま手を放して顔を覗き込んでくる男の心底弱り切った表情を見て、頭痛と耳鳴りが次第に遠のいていく。
痛みはなかった。
ただ一瞬だけ、昔を思い出しただけで。
不遜な態度などとっくに鳴りを潜めただただこちらを気遣う彼の視線に、昂っていた鼓動が落ち着きを取り戻していく。
深呼吸を数度繰り返し、先ほどの彼の希望に満ちた問いかけに心苦しくも否やと答えた。
「…………記憶、ない。」
「……そう、か。」
「でも、わかった。」
残念そうに落とされた視線が、再び俺を捕える。
「俺、あなた、いつ、会ったか、わかった。」
大きく見開かれた深緑の瞳を見上げ、過去を思い描く。
思い出したくもない、汚らわしい過去を。
俺の薄っぺらい胸に顔を埋めたまま微動だにしない男に声をかけると、ギロリと睨まれた。
体制が体制だけに全く怖くはないが。
「……………………………………分かった。」
長い長い沈黙の末、嫌そうな、そりゃあもう心から嫌そうな顔でノロノロと腕を解いた男に苦笑し、今度は彼の隣へと腰掛ける。
これから話をしようってのに抱っこされたままじゃあ寝落ちしかねないし、何よりいい年した男二人であんなベタベタしてるのもどうかと思うし。
そう自分に言い聞かせて磁石のように男の方へと吸い寄せられようとする体を必死に律する俺の隣で、彼は先程までの殊勝な態度などまるで無かったかのように両腕を背もたれに掛け、偉そうに踏ん反り返った。
「で、何から話す?」
ニヤリと口角を吊り上げてさもニヒルに笑って見せている彼だが、つい今し方までベタベタに甘えて来てたんだよな……と考えれば何やら可愛らしく思えてくる。
生暖かい笑みを浮かべつつ、一先ずは今日一番聞きたかった事を口にした。
「今、状況、聞きたい。」
「あ?状況だぁ?」
そう、状況だ。
「オーナー、社長に、俺、あげるから、雇った。俺、どうなる?売られる?俺、買った奴、返す?」
「馬鹿言うな、誰が売るか。手放すくらいならお前を喰って死んだ方がマシだ。」
サラリと冗談とも本気ともつかない事を宣い、彼は続ける。
「まぁ、順を追って話すとだな。」
一拍置いて、節くれ立った指が一本ピンと立つ。
「まず一つ。お前は今、エテレインの支部にいる。」
「えて、れいん……」
確か、昨晩俺を襲った男達が零していた単語だ。
てっきりクソデブの名前とばかり思っていたが、どうやら何かの組織の名称らしい。
ん?組織……?
「……キャラバン、後ろ、組織いる、聞いた。」
「何だ、あのガキお前に組織の事話してたのか?口の軽いこった。」
ギラリと剣呑な光の灯った瞳に、冷や汗が流れる。
「あ、えっと、オーナー、怒る、ダメ。」
「庇ってやってんのか?お前を騙くらかしてここまで連れて来たクソ野郎だろうが。」
自分でそうさせた癖に、男は弓形に歪んだ瞳に苛立を浮かべて吐き捨てた。
確かに彼の言う通り。
俺はオーナーに騙された。
それは事実だし、失望を覚えたのも本当だ。
しかし。
「オーナー、俺、騙した。けど、それだけ。酷い事、怖い事、なにも、しない。優しい。」
殴られたり焼き鏝を押し付けられたり、犯されたり罵られたり、人格を否定されたりタダ働きさせられたり、そんな理不尽を強いられた事は一度だってなかった。
ここに連れて来るだけが目的なら、適当にふん縛って無理矢理に引きずって来ることだってできたのに、彼はそうしなかった。
態々あんないつでも逃げ出せるような自由な環境に俺を置き、適性の給料をキッチリ支払った上で人並みの仕事を与え、俺を一人の人間として扱い、尊重してくれた。
それに何より、彼は自ずから俺を騙した訳ではないのだ。
全ては組織……この男の言うエテレインへの恩を返すために已む無く行った事。
故に俺は彼を恨んではいないし、むしろ感謝してさえいる。
彼が酷い目に遭うのは、寝覚めが悪い。
「あと、オーナー、会わないと、たぶん俺、死んでた、し。」
どうにか男の怒りを収めようと持ち得る語彙を駆使して拙く弁護する俺をジッと睨むように見つめたまま、男は口をへの字に曲げてムスリと口を噤んだ。
静かな見つめ合いの後、先に目を逸らしたのは男の方だった。
険しかった表情を呆れに塗り替え、やれやれと首を振る。
「……甘っちょれぇな。」
「そう、かな。」
「あぁ。………だが、アイツにはその方が効くかもな。」
「???」
意地の悪い表情でポツリと呟かれた言葉の意味が分からず首を傾げる俺の頭を乱雑に撫で、男は脱線した話を強引に軌道修正した。
「まぁ、アイツの事はどうでもいいとして。お前が言った通り、キャラバンの出資者はエテレインだ。」
そんな前置きと共に二本目の指が立てられる。
「エテレインは……まぁ、広義の意味で、人材派遣会社と言えるな。」
人材派遣会社……だと?
「おい、そんな疑わしそうに見るな。」
ちょん、と指先で小突かれた頭を揺らす俺には構わず、彼は言葉を探すように視線を彷徨わせる。
「その……なんだ。お前の想像する通りちょいとアングラな仕事の割合が大きいのも確かだがな。キャラバンは後ろ暗い事なんざしちゃいなかったろう?」
「……うん。」
「求められる場所へ適切な人材を。それが例え駄菓子屋だろうが殺し屋だろうが、な。」
こ、殺し屋。
耳慣れない物騒な言葉にゴクリと生唾を飲み込む。
「最初はその辺のゴロツキを半殺しに……ごほん、交渉して雇ってな、殺し屋として働かせたのが始まりだ。」
この人、今何か怖い事言いかけなかったか?
「どんな不景気でも、金を出してでも人を殺したい人間が消える事はねぇ。手っ取り早く稼がせてもらったモンだ。お陰で組織を充分に肥やす事ができた。表の世界にも手を伸ばせる程に。」
鋭い犬歯を覗かせて獰猛に笑む男に感じるのは、恐怖……ではなく、純粋な疑問だった。
悪い事と言うのはどこの世界でも金回りがいいようだが、彼を見た限り金や権力を欲してそんな事をしているようには見えない。
服装は決して粗末な物ではないが上等でもないごく一般的な物だし、この部屋だってそうだ。
金が目的でないなら、一体どうして。
「何で、エテレイン、作った?」
端的な問に、男は三本目の指を立てた。
「人探しのためだ。」
予想だにしなかった返答に呆気に取られていると、彼は少し寂し気に笑って手を下ろした。
「言ったろう?ずっと探してたってな。」
その言葉にハッと息を飲む。
そうだ。
彼は言っていた。
ようやく会えたと、探し続けていたと。
いや、そんなまさか、あり得ない。
思い上がりも甚だしい。
俺は、道具だ。
楽しく遊んで飽きたら捨てられる、いくらでも替えの効く使い捨ての生きた道具。
それなのに……
「考えるな。」
耳を打つ低く染み入るような声と衣擦れの音と共に両頬が大きな掌に包まれ、コツリと互いの額が重ねられた。
視界いっぱいに広がる優しい深緑色が、頭から一切の思考を奪い去っていく。
「何も考えるな、ただ感じたままに受け取ればいいんだ。」
唇に触れる柔らかな吐息に、喉が締まる。
「それが、正解なんだ。」
違う。
止めて。
そんな筈がない。
でも、もしかしたら……なんて。
馬鹿な俺は性懲りもなく期待して、熱に浮かされたように、譫言のように、真っ白な頭に最後に残った言葉を吐き出した。
「お、れの、ため……?」
嗚呼。
言ってしまった。
なんて馬鹿な事を。
そう考える間もなく、息が出来なくなった。
「んんっ!」
くぐもったその声が自分の上げた物であると気付くと同時に、唇を覆う柔らかい何かの存在に気が付く。
近すぎてぼやけた視界に、深緑色を隠した瞼が見える。
あ、睫毛、赤い。
「………っは。」
ほんの数秒の出来事だったのだろう。
息苦しいと感じる前に解放された唇を、やけに冷たい空気が舐める。
赤い睫毛を数度瞬かせて、目の前の男はクシャッと笑って言った。
「ほらな、正解。」
今、その笑顔は狡い。
何も言えなくなってしまう。
黙って真っ赤に染まった顔を俯ける俺の頭をぐしゃぐしゃにかき混ぜて、男は子供のように上機嫌な声で言った。
「20年、お前を見つけるためだけに生きて来た。」
長い指が手遊びのように纏められた俺の髪先をくるくると巻き取る。
「どこに居るのか、本当に存在したかも分からないお前を草の根を分けでても探すために、エテレインを作った。お前がどこに居てもいいように、人種も人間性も問わず引き入れ従え、利用した。」
「……スクレの、時も?」
「そうだ。あの胸糞悪いオークションにも、俺の可愛い猟犬たちは潜んでいた。貴族を敵に回すのはちと面倒なんでな……あの場で攫う事が出来なかったのは今になっても口惜しい事だ。」
小さな舌打ちの音にようやく顔を上げると、男は忌々し気に顔を歪めて虚空を睨んでいた。
「それにあの時はまだ、半信半疑だった。このガキが、本当に俺の求めるお前なのかってな。」
「??それ、どう言う?」
「あー、その……なんだ。」
言い淀む男に更に首を傾げる俺に、彼はさも言いにくそうに顔を背けて言った。
「俺はずっと、お前を女だと思ってたんだよ。」
「は、え?」
「……色が同じでも、お前でなきゃ無意味だ。だから、お前の種族について詳しく聞く事だけが目的だった。もしもあの時お前だとハッキリ分かっていたなら、他の何をどれだけ犠牲にしたとしても攫っただろうぜ。」
女。
幼い頃に出会っていて、俺を、女だと思っていた。
俺に彼の記憶はない。
彼に抱く懐かしさ。
赤い髪。
「………う、ぐっ!!」
「!?」
頭が、痛い。
今にも割れそうな程に痛む頭を抱えて身を縮める俺に何か声を掛けてくれているが、酷い耳鳴りが邪魔をしてよく聞き取れない。
固く瞑った視界の闇に、チカチカと頻りに何かが瞬いている。
寂れた狭い部屋。
汚い毛布。
夕暮れ。
赤毛の子供。
ふわふわの、真っ白な。
「………っ、ネグリジェ……」
「!思い出したのか!」
両肩を掴む大きな手の感触に、喉から引き攣った悲鳴が漏れる。
「あ……悪い、痛かったか……?」
すぐさま手を放して顔を覗き込んでくる男の心底弱り切った表情を見て、頭痛と耳鳴りが次第に遠のいていく。
痛みはなかった。
ただ一瞬だけ、昔を思い出しただけで。
不遜な態度などとっくに鳴りを潜めただただこちらを気遣う彼の視線に、昂っていた鼓動が落ち着きを取り戻していく。
深呼吸を数度繰り返し、先ほどの彼の希望に満ちた問いかけに心苦しくも否やと答えた。
「…………記憶、ない。」
「……そう、か。」
「でも、わかった。」
残念そうに落とされた視線が、再び俺を捕える。
「俺、あなた、いつ、会ったか、わかった。」
大きく見開かれた深緑の瞳を見上げ、過去を思い描く。
思い出したくもない、汚らわしい過去を。
0
お気に入りに追加
235
あなたにおすすめの小説
投了するまで、後少し
イセヤ レキ
BL
※この作品はR18(BL)です、ご注意下さい。
ある日、飲み会帰りの酔いをさまそうと、近くにあった大学のサークル部屋に向かい、可愛がっていた後輩の自慰現場に居合わせてしまった、安藤保。
慌ててその場を離れようとするが、その後輩である飯島修平は自身が使用しているオナホがケツマンだと気付かないフリをさせてくれない!
それどころか、修平は驚くような提案をしてきて……?
好奇心いっぱいな美人先輩が悪手を打ちまくり、ケツマンオナホからアナニー、そしてメスイキを後輩から教え込まれて身体も心もズブズブに堕とされるお話です。
大学生、柔道部所属後輩×将棋サークル所属ノンケ先輩。
視点は結構切り替わります。
基本的に攻が延々と奉仕→調教します。
※本番以外のエロシーンあり→【*】
本番あり→【***】
※♡喘ぎ、汚喘ぎ、隠語出ますので苦手な方はUターン下さい。
※【可愛がっていた後輩の自慰現場に居合わせたんだが、使用しているオナホがケツマンだって気付かないフリさせてくれない。】を改題致しました。
こちらの作品に出てくるプレイ等↓
自慰/オナホール/フェラ/手錠/アナルプラグ/尿道プジー/ボールギャグ/滑車/乳首カップローター/乳首クリップ/コックリング/ボディーハーネス/精飲/イラマチオ(受)/アイマスク
全94話、完結済。
【R18】ギルドで受付をやっている俺は、イケメン剣士(×2)に貞操を狙われています!
夏琳トウ(明石唯加)
BL
「ほんと、可愛いな……」「どっちのお嫁さんになりますか?」
――どっちのお嫁さんも、普通に嫌なんだけれど!?
多少なりとも顔が良いこと以外は普通の俺、フリントの仕事は冒険者ギルドの受付。
そして、この冒険者ギルドには老若男女問わず人気の高い二人組がいる。
無愛想剣士ジェムと天然剣士クォーツだ。
二人は女性に言い寄られ、男性に尊敬され、子供たちからは憧れられる始末。
けど、そんな二人には……とある秘密があった。
それこそ俺、フリントにめちゃくちゃ執着しているということで……。
だけど、俺からすれば迷惑でしかない。そう思って日々二人の猛アピールを躱していた。しかし、ひょんなことから二人との距離が急接近!?
いや、普通に勘弁してください!
◇hotランキング 最高19位ありがとうございます♡
◇全部で5部くらいある予定です(詳しいところは未定)
――
▼掲載先→アルファポリス、エブリスタ、ムーンライトノベルズ、BLove
▼イラストはたちばなさまより。有償にて描いていただきました。保存転載等は一切禁止です。
▼エロはファンタジー!を合言葉に執筆している作品です。複数プレイあり。
▼BL小説大賞に応募中です。作品その③
乳首イキなんてファンタジーに決まってる!
辻河
BL
・乳首で感じる訳ないと思っていた受けが、ねちっこく乳首開発されてぐずぐずになる話。受けが乳首を虐められたり薄い胸でパイズリさせられたりします
・受けもえっちも大好きな年上攻め(周防光希/すおうみつき)×快楽に弱い年下敬語受け(北村洸/きたむらこう)
※以下の表現が含まれています。
・♡喘ぎ、濁点喘ぎ
・淫語
・乳首責め、乳首コキ、パイズリ、結腸責め、中出し
更新のご連絡などはこちらから
→https://twitter.com/nyam_nni
リアクションや感想などいただけると励みになります。
→https://wavebox.me/wave/9x84hmvdsrqe4js1/
変態な俺は神様からえっちな能力を貰う
もずく
BL
変態な主人公が神様からえっちな能力を貰ってファンタジーな世界で能力を使いまくる話。
BL ボーイズラブ 総攻め
苦手な方はブラウザバックでお願いします。
配信
真鉄
BL
スジ筋髭マッサージ師×童顔マッチョ大学生
友達欲しさに一人エロ生配信に手を出した安貴だったが、「アナルチャレンジ」が上手く行かずへこんでしまう。そんな時、安貴のファンと名乗る人物からファンメールが来て――。
筋肉受/潮吹き/乳首責め/イラマチオ/関西弁
弟勇者と保護した魔王に狙われているので家出します。
あじ/Jio
BL
父親に殴られた時、俺は前世を思い出した。
だが、前世を思い出したところで、俺が腹違いの弟を嫌うことに変わりはない。
よくある漫画や小説のように、断罪されるのを回避するために、弟と仲良くする気は毛頭なかった。
弟は600年の眠りから醒めた魔王を退治する英雄だ。
そして俺は、そんな弟に嫉妬して何かと邪魔をしようとするモブ悪役。
どうせ互いに相容れない存在だと、大嫌いな弟から離れて辺境の地で過ごしていた幼少期。
俺は眠りから醒めたばかりの魔王を見つけた。
そして時が過ぎた今、なぜか弟と魔王に執着されてケツ穴を狙われている。
◎1話完結型になります
俺の××、狙われてます?!
みずいろ
BL
幼馴染でルームシェアしてる二人がくっつく話
ハッピーエンド、でろ甘です
性癖を詰め込んでます
「陸斗!お前の乳首いじらせて!!」
「……は?」
一応、美形×平凡
蒼真(そうま)
陸斗(りくと)
もともと完結した話だったのを、続きを書きたかったので加筆修正しました。
こういう開発系、受けがめっちゃどろどろにされる話好きなんですけど、あんまなかったんで自給自足です!
甘い。(当社比)
一応開発系が書きたかったので話はゆっくり進めていきます。乳首開発/前立腺開発/玩具責め/結腸責め
とりあえず時間のある時に書き足していきます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる