とある男のプロローグ

サイ

文字の大きさ
上 下
28 / 33
第二章

十三話

しおりを挟む
扉一枚隔てた向こう側で一人の男が今まさに後悔に打ち拉がれている事など知る由もなく。
パタリと閉じた扉に知らず知らずの内に強張っていた肩からほんの少しだけ力が抜る。
ホッと溜息しつつおっかなびっくり周囲へと視線を走らせてみると、そこには何の変哲もない安宿の内装が広がっていた。
部屋の広さはざっと16畳くらいだろうか?
壁際にはきちんと整えられたシングルサイズのベッドと年季の入ったクローゼット。
部屋の中央には3人掛けの草臥れたソファが二つ、テーブルを挟んで整然と配置されている。

「………」

ソファの内一つ。
扉側に背面を晒す形で配置されている方に視線が留まる。
背もたれには着古された黒いコートが乱雑に脱ぎ捨てられていて、肘掛にはブーツを穿いた両足が窮屈そうに投げ出されている。
生活感のない部屋であるが故に、衣服の一枚、体の末端だけでも異様な程に存在感を放つように感じられた。
緊張に固唾を呑む俺などお構いなしに、どうやら部屋の主はお昼寝中のようだ。
下の店主は『返事があったら帰った方がいい。』なんて言っていたけれど、むしろお昼寝の邪魔をする方が怒りを買うのでは?
お昼寝の邪魔をするのは忍びないし、出直した方がいいのかな。
そうだ、そうしよう。
全く、我ながらなんて気遣い上手なんだろう。
もしも俺があのソファに眠る人物ならば、こんな風に気を利かせてもらえたら涙を流して感謝の念に打ち震える事だろう。
そう自画自賛しつつクルリと背を向けた、その時。

「おいおい、もう帰るのか?連れねぇなぁ。」

ふと掛けられた笑みを含んだ低い声に、ドアノブへと伸ばしかけた手が止まる。
考えるのは『逃げそびれた』とか『起きてたのか』とか、そんな事ではない。
今俺の頭を占めるのはただ一つ、『どうしてここに?』だ。
背後で衣擦れの音がして、背後の人物は再び声を上げる。
聞き覚えのある声を。

「昨日はよく眠れたかよ。」

がばりと、勢いよく振り返る。
そこには一人の男がいた。
ソファの背もたれに逞しい腕を掛け、ひょっこりと精悍な顔を覗かせた男が。
もう会うことはないと諦めたばかりの深紅の男が、そこに居た。

「………、うん、寝た。」

何とか絞り出した返事は、情けないくらい掠れて震えている。

「……ったく、何つう顔してんだよ。」

男は呆れたような、反面どこか楽しそうな声で呟いて気怠げに立ち上がり、長い脚をたった2度交差させただけで目の前までやって来た。
昨夜も思ったが、やはり大きい。
190cmは優に超えているのではないだろうか?

「こんな所に突っ立ってんなよ。ほら、おいで。」

そう言ってさも当然と言わんばかりに俺を抱き上げた男は、再び2度床を軋ませるとソファへどっかりと腰を落とした。
流れるような早業に、つい男の引き締まった太ももの間に挟まれたまま思考停止する。
処理落ちしているのをいい事に男は俺の腹にしっかりと両腕を回し、首筋に顔を埋めてスリスリと頬ずりをしていやがる。
本来ならば屈辱と嫌悪に震えそうな動作も、どうしてかこの男にされると拒絶しようとは思えない。
それどころか、いつもの事だとばかりに受け入れている自分がいる。
昨晩は色々あって頭が混乱していただけだとばかり思っていたが、どうやら素面でもこの不可思議な心持ちは変わらないようだ。
おかしい。
何なのだこの安心感は。
ぐぬぬと唇を噛み締めつつ厚みのある胸に背を預け、すぐに我に返ってピシッと姿勢を正した。

「くはっ!ふ、ふ、ははははっ!おま、お前……くくくっ、ほら、遠慮すんな可愛い奴め。」

盛大に噴出した男の両腕に軽く力が籠もり、引き寄せられる。
抵抗しようとする気概さえ抱けずに、俺の体は容易く男の体へともたれ掛かってしまった。
温かい。
聞きたい事も言いたい事も沢山あるはずなのに、この温もりに包まれるともう駄目だ。
心地よい温もりと体を抱きしめてくれる力強い両腕への安心感にへにょりと顔がだらしなく弛んだのを自覚する。

「っ、う~、ぐぬぬぬぬ……俺、大人……子供扱い、ダメ……」

口では文句を言いつつ、体は完全にリラックスしてしまっていてもう動きたくないとばかりに根を下ろしてしまっている。
くそ、これが体は正直と言うやつか。
なんて葛藤など与り知らず、男はごく自然な動作で俺のフードを下ろし顕になった髪を撫でつつ穏やかに言った。

「そうだな。もうすっかり、大人だな。」

分厚い胸板から響く低い声に、微睡みかけていた目が開く。
大人。
彼は今、大人と言った。
その口調に揶揄いや生暖かい微笑ましさも仕方なく話を合わせる苦々しさもなく、ただ感慨深そうに。
この世界に来て誰も彼もに子供扱いをされて来て、こんな反応をされたのは初めての事で驚いてしまった。

「お前は今、幾つなんだ?」

肩に顎を乗せた男の問いかけに我に返り、短く「27。」と答える。

「そうか……なら俺は、さんじゅう……2…いや3、5……か?まぁ、何にせよお互い年を取ったもんだ。」

そうか。
彼の話しぶりで分かった。
俺たちはどうやら、幼い子供の時分に出会っていたようだ。
そして幼いまま別れたきりそれぞれが大人になって再開した、と言ったところか。
全然覚えてないけど。

「ずっと、探してた。」

首筋にあたる吐息にゾクリと背中が痺れる。
くすぐったくて身を捩ると、男はクスクス笑いながら俺の首を甘噛みした。
何てことしやがる。

「ふはっ、ちゃんといるな。」

文句を言ってやろうと振り返って、言葉を飲んだ。
男は笑っていた。
精悍な眉をたらし、目尻を赤く染めた深緑の瞳を柔らかく細め、鋭い犬歯を覗かせて。
嬉しそうで、それでいて今にも泣きだしそうな、まるで迷子の子供がやっと母親を見つけたような、そんな笑顔だった。

「よいしょ。」

温かな腕の檻の中でモゾモゾと身をくねらせてどうにか後ろを向くと、俺は男の両足に跨って驚きに目を見開く彼の頭を抱きしめた。

「いるよ。俺、ここ、いるよ。ちゃんと。」
「………っ!」

息を飲んだ男の両手がゆっくりと背中に回り、ぎゅうう、と抱きしめられる。

「お、まえ……記憶ないんじゃ、なかったのかよ。」
「ない。」
「そうかよ……あぁ、畜生。懐かしいなぁ……」

震える声で悪態を吐く男の赤毛を撫でながら、ゆっくりと語り掛ける。

「いっぱい、話そう。知らない時間、いっぱい。俺、知りたい。」

赤毛がサラリと揺れて指に絡まる。
顔を上げた彼の深緑の瞳が、上目遣いにこちらを見上げて弓形に笑んだ。

「上等だ。今夜は優しく寝かしつけてなんかやらねぇぞ。」
「昨日の、それ、忘れて。」

不貞腐れた声に男が再び噴出して、男はクシャッと破顔した。

「嫌だね。お前の事は、何一つだって忘れてやらねぇよ。」

嗚呼、この笑顔。
好きだったなぁ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18/短編】おばかな幼馴染が壁に嵌ったら

ナイトウ
BL
幼馴染、壁尻、有能世話焼き臆病片思い攻め、鈍感ぽっちゃり無自覚淫乱おバカ受け、乳首イキ、中イキ、壁尻、連続絶頂

投了するまで、後少し

イセヤ レキ
BL
※この作品はR18(BL)です、ご注意下さい。 ある日、飲み会帰りの酔いをさまそうと、近くにあった大学のサークル部屋に向かい、可愛がっていた後輩の自慰現場に居合わせてしまった、安藤保。 慌ててその場を離れようとするが、その後輩である飯島修平は自身が使用しているオナホがケツマンだと気付かないフリをさせてくれない! それどころか、修平は驚くような提案をしてきて……? 好奇心いっぱいな美人先輩が悪手を打ちまくり、ケツマンオナホからアナニー、そしてメスイキを後輩から教え込まれて身体も心もズブズブに堕とされるお話です。 大学生、柔道部所属後輩×将棋サークル所属ノンケ先輩。 視点は結構切り替わります。 基本的に攻が延々と奉仕→調教します。 ※本番以外のエロシーンあり→【*】 本番あり→【***】 ※♡喘ぎ、汚喘ぎ、隠語出ますので苦手な方はUターン下さい。 ※【可愛がっていた後輩の自慰現場に居合わせたんだが、使用しているオナホがケツマンだって気付かないフリさせてくれない。】を改題致しました。 こちらの作品に出てくるプレイ等↓ 自慰/オナホール/フェラ/手錠/アナルプラグ/尿道プジー/ボールギャグ/滑車/乳首カップローター/乳首クリップ/コックリング/ボディーハーネス/精飲/イラマチオ(受)/アイマスク 全94話、完結済。

【R18】ギルドで受付をやっている俺は、イケメン剣士(×2)に貞操を狙われています!

夏琳トウ(明石唯加)
BL
「ほんと、可愛いな……」「どっちのお嫁さんになりますか?」 ――どっちのお嫁さんも、普通に嫌なんだけれど!? 多少なりとも顔が良いこと以外は普通の俺、フリントの仕事は冒険者ギルドの受付。 そして、この冒険者ギルドには老若男女問わず人気の高い二人組がいる。 無愛想剣士ジェムと天然剣士クォーツだ。 二人は女性に言い寄られ、男性に尊敬され、子供たちからは憧れられる始末。 けど、そんな二人には……とある秘密があった。 それこそ俺、フリントにめちゃくちゃ執着しているということで……。 だけど、俺からすれば迷惑でしかない。そう思って日々二人の猛アピールを躱していた。しかし、ひょんなことから二人との距離が急接近!? いや、普通に勘弁してください! ◇hotランキング 最高19位ありがとうございます♡ ◇全部で5部くらいある予定です(詳しいところは未定) ―― ▼掲載先→アルファポリス、エブリスタ、ムーンライトノベルズ、BLove ▼イラストはたちばなさまより。有償にて描いていただきました。保存転載等は一切禁止です。 ▼エロはファンタジー!を合言葉に執筆している作品です。複数プレイあり。 ▼BL小説大賞に応募中です。作品その③

乳首イキなんてファンタジーに決まってる!

辻河
BL
・乳首で感じる訳ないと思っていた受けが、ねちっこく乳首開発されてぐずぐずになる話。受けが乳首を虐められたり薄い胸でパイズリさせられたりします ・受けもえっちも大好きな年上攻め(周防光希/すおうみつき)×快楽に弱い年下敬語受け(北村洸/きたむらこう) ※以下の表現が含まれています。 ・♡喘ぎ、濁点喘ぎ ・淫語 ・乳首責め、乳首コキ、パイズリ、結腸責め、中出し 更新のご連絡などはこちらから →https://twitter.com/nyam_nni リアクションや感想などいただけると励みになります。 →https://wavebox.me/wave/9x84hmvdsrqe4js1/

変態な俺は神様からえっちな能力を貰う

もずく
BL
変態な主人公が神様からえっちな能力を貰ってファンタジーな世界で能力を使いまくる話。 BL ボーイズラブ 総攻め 苦手な方はブラウザバックでお願いします。

配信

真鉄
BL
スジ筋髭マッサージ師×童顔マッチョ大学生 友達欲しさに一人エロ生配信に手を出した安貴だったが、「アナルチャレンジ」が上手く行かずへこんでしまう。そんな時、安貴のファンと名乗る人物からファンメールが来て――。 筋肉受/潮吹き/乳首責め/イラマチオ/関西弁

弟勇者と保護した魔王に狙われているので家出します。

あじ/Jio
BL
父親に殴られた時、俺は前世を思い出した。 だが、前世を思い出したところで、俺が腹違いの弟を嫌うことに変わりはない。 よくある漫画や小説のように、断罪されるのを回避するために、弟と仲良くする気は毛頭なかった。 弟は600年の眠りから醒めた魔王を退治する英雄だ。 そして俺は、そんな弟に嫉妬して何かと邪魔をしようとするモブ悪役。 どうせ互いに相容れない存在だと、大嫌いな弟から離れて辺境の地で過ごしていた幼少期。 俺は眠りから醒めたばかりの魔王を見つけた。 そして時が過ぎた今、なぜか弟と魔王に執着されてケツ穴を狙われている。 ◎1話完結型になります

俺の××、狙われてます?!

みずいろ
BL
幼馴染でルームシェアしてる二人がくっつく話 ハッピーエンド、でろ甘です 性癖を詰め込んでます 「陸斗!お前の乳首いじらせて!!」 「……は?」 一応、美形×平凡 蒼真(そうま) 陸斗(りくと) もともと完結した話だったのを、続きを書きたかったので加筆修正しました。  こういう開発系、受けがめっちゃどろどろにされる話好きなんですけど、あんまなかったんで自給自足です!  甘い。(当社比)  一応開発系が書きたかったので話はゆっくり進めていきます。乳首開発/前立腺開発/玩具責め/結腸責め   とりあえず時間のある時に書き足していきます!

処理中です...