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第二章
八話
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あの後、帰り道の分からなかった俺はオーナーに渡されていた魔具を早速使う羽目になった。
まさか首都入りしたその日に迷子になるなんて……それもこれも全てモブソンのせいだ。
なんて脳内モブソンを罵倒していると、裏通りから終始無言で俺を運んでくれていた男が宿屋を見上げて言った。
「………お前、本当にここに泊まってんのか?」
「?うん、ここ、間違いない。」
「成る程な。」
頷く俺に何やら納得したように頷きを返しつつ、男はさっさと宿に入って宿泊部屋のある階へと上って行った。
「部屋は。」
「206号。」
ごく短いやり取りを経て部屋に入り、ベッドに下ろしてもらう。
男の両腕が自身から離れる間際、俺は咄嗟に彼の袖を掴んで引き留めていた。
「………おい。」
「あっ、ごめん、なさい。」
無意識の行動に自分でも驚きながら慌てて手を放す。
「いや、いい。」
良かった、怒ってない。
何でもないように許してくれた男にホッと胸を撫でおろしていると、彼は何を思ったか再び俺を抱え上げ、今度は自分の足の間に俺を挟むようにしてベッドへと腰かけた。
背中が暖かい。
腹にはしっかりと両腕が絡みつき、まるで全身を包まれているようで妙に安心する。
「……………懐かしい。」
首元に顔を埋めた男の吐息交じりの声がゾワリと耳に響く。
くすぐったくて身を捩る俺にくつくつと笑って、彼は首元に頬を擦り付けた。
まるでマーキングみたいだ。
それが可笑しくてつい笑みが零してしまった。
「ふふ、あ、いててて。」
頬が腫れているだけでなく口角が切れてしまっていたようでピリリとした痛みが走る。
慌てて笑うのを止めると、腹に回っていた彼の右手が労わるように俺の頬を撫でた。
「治してやらねぇとな。」
「大した事、ない。」
「おら。」
「いたたたた!」
「ほら、大したことだろうが。」
そりゃあ腫れてるところ押されたら痛いですよ。
「いいから大人しくしてろ。」
「はい。」
低く唸るように言われては従う他ない。
ピン背筋を伸ばして前を向くと、男は俺の頬を大きな手で包み込んでポツリと呟いた。
「トラタミエント。」
途端、頬を包む男の手が熱を帯び始める。
その熱はジワリと頬に染み入り、まるで血管を通して全身を巡るかのように徐々に徐々に、広がって行った。
ちょっと熱い。
それに妙に心臓がドキドキするのはどうしてだろう?
以前アルさんが治癒魔法を掛けてくれた時はちょっと温かいくらいでこんな風にはならなかったのに。
「治ったぞ。」
不意に響いた男の声にハッとする。
いつの間にか力が抜けて切っていた体をぐったりと男に凭れかけていた事に気付いて、慌てて身を起こそうと試みるがやはり力が入らない。
「どうした、疲れたか?」
「ぅん…たぶん……」
曖昧にぼやけた声で返しつつ、うつらうつらと今にも閉じてしまいそうな瞼を必死でこじ開ける。
「ふ……眠たそうだ。」
また抱き上げられた感じがして、すぐに柔らかいベッドに横たえられたことをぼんやり認識する。
つい先程まで全身を包んでいた温もりが離れていって、ぶるりと体が震えた。
酷く寒い。
温もりを求めて右手で宙を掻くと、ややあってあの温もりが俺の手を包んでくれて、安堵する。
誰かが、優しく髪を撫でてくれている。
誰だっけ?
頭がぼんやりする。
「今は眠れ。もう大丈夫だから。」
耳に心地よいその低い声に誘われるまま、意識が遠のいていく。
額に、柔い何かが押し当てられる。
「おやすみ。」
その声を最後に、俺の意識は完全に途絶えた。
まさか首都入りしたその日に迷子になるなんて……それもこれも全てモブソンのせいだ。
なんて脳内モブソンを罵倒していると、裏通りから終始無言で俺を運んでくれていた男が宿屋を見上げて言った。
「………お前、本当にここに泊まってんのか?」
「?うん、ここ、間違いない。」
「成る程な。」
頷く俺に何やら納得したように頷きを返しつつ、男はさっさと宿に入って宿泊部屋のある階へと上って行った。
「部屋は。」
「206号。」
ごく短いやり取りを経て部屋に入り、ベッドに下ろしてもらう。
男の両腕が自身から離れる間際、俺は咄嗟に彼の袖を掴んで引き留めていた。
「………おい。」
「あっ、ごめん、なさい。」
無意識の行動に自分でも驚きながら慌てて手を放す。
「いや、いい。」
良かった、怒ってない。
何でもないように許してくれた男にホッと胸を撫でおろしていると、彼は何を思ったか再び俺を抱え上げ、今度は自分の足の間に俺を挟むようにしてベッドへと腰かけた。
背中が暖かい。
腹にはしっかりと両腕が絡みつき、まるで全身を包まれているようで妙に安心する。
「……………懐かしい。」
首元に顔を埋めた男の吐息交じりの声がゾワリと耳に響く。
くすぐったくて身を捩る俺にくつくつと笑って、彼は首元に頬を擦り付けた。
まるでマーキングみたいだ。
それが可笑しくてつい笑みが零してしまった。
「ふふ、あ、いててて。」
頬が腫れているだけでなく口角が切れてしまっていたようでピリリとした痛みが走る。
慌てて笑うのを止めると、腹に回っていた彼の右手が労わるように俺の頬を撫でた。
「治してやらねぇとな。」
「大した事、ない。」
「おら。」
「いたたたた!」
「ほら、大したことだろうが。」
そりゃあ腫れてるところ押されたら痛いですよ。
「いいから大人しくしてろ。」
「はい。」
低く唸るように言われては従う他ない。
ピン背筋を伸ばして前を向くと、男は俺の頬を大きな手で包み込んでポツリと呟いた。
「トラタミエント。」
途端、頬を包む男の手が熱を帯び始める。
その熱はジワリと頬に染み入り、まるで血管を通して全身を巡るかのように徐々に徐々に、広がって行った。
ちょっと熱い。
それに妙に心臓がドキドキするのはどうしてだろう?
以前アルさんが治癒魔法を掛けてくれた時はちょっと温かいくらいでこんな風にはならなかったのに。
「治ったぞ。」
不意に響いた男の声にハッとする。
いつの間にか力が抜けて切っていた体をぐったりと男に凭れかけていた事に気付いて、慌てて身を起こそうと試みるがやはり力が入らない。
「どうした、疲れたか?」
「ぅん…たぶん……」
曖昧にぼやけた声で返しつつ、うつらうつらと今にも閉じてしまいそうな瞼を必死でこじ開ける。
「ふ……眠たそうだ。」
また抱き上げられた感じがして、すぐに柔らかいベッドに横たえられたことをぼんやり認識する。
つい先程まで全身を包んでいた温もりが離れていって、ぶるりと体が震えた。
酷く寒い。
温もりを求めて右手で宙を掻くと、ややあってあの温もりが俺の手を包んでくれて、安堵する。
誰かが、優しく髪を撫でてくれている。
誰だっけ?
頭がぼんやりする。
「今は眠れ。もう大丈夫だから。」
耳に心地よいその低い声に誘われるまま、意識が遠のいていく。
額に、柔い何かが押し当てられる。
「おやすみ。」
その声を最後に、俺の意識は完全に途絶えた。
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